悪役令息さん総受けルートに入る

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プロローグ1

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「お前が好きなんだ。子供の頃からずっと」
 清廉な空気に、主祭壇を囲むよう誂えたステンドグラスと、教会内に広がる柔らかな色彩。昼の暖かな空気もあって、この世全てが俺たちを祝福しているかのような光景だ。
 そして何より、目の前には鮮やかな金糸の髪に、青空を切り取ったような双眸を持つ天使のような男が居る。おあつらえ向きのシチュエーションではないか。
 こんな愛の告白、受けて当然。嬉しいありがとう両想いだね! で、ハッピーエンド。
 ――とは、残念ながら、ならない。
 もし俺が女子だったら、なにより「ユーリ・アーヴィン」という人物でなければ、その道もあったのだろう。
「ユーリ?」
 名前を呼ばれ、足元に向けていた視線を上げる。
「アル」
 幼馴染である男の名を呼んで、俺は一度大きく息を吸い込む。
「そのルートは、無いんだ」
 そう、俺の中の記憶によるとそのルートは存在してはいけない。
 そもそもこの世界、乙女ゲー的なものなので。お前はヒロインに惹かれていないとおかしいだろう。




 鈴木悠太、享年二十歳。

 駅のホームに落ちた子供を助けた結果、逃げ遅れて轢かれたのが死因。
 死んだときの記憶は無いが、助けるのに必死だったのと、めちゃくちゃ怖かったのはしっかり覚えている。
 目の前に迫る車体に「ああ、死んだ」と確信した。
 なのに、目覚めというものが訪れたものだから驚いた。その景色が病院でも無く体に痛みが無いどころか感覚も曖昧で、自分がどこに居るのかも分からなかった。
 なんとか視界を左右に動かし、真っ白い空間に漂っているということだけは把握できた。
 自分と同じような存在はこの虚無空間に沢山居て、ふわふわと浮く火の玉のような姿をしていた。
 それらは一列に並んでいて、ずっと先の扉を目指しているようだ。気の遠くなるような列の長さにもかかわらず、火の玉たちはするすると扉に吸い込まれ、列はどんどん進んでいく。
 やることも無く、ただ浮かんでいるだけの気が遠くなる時間の果てに、俺は扉の前にたどり着く。
 中に招かれるまま、入室する。すると、室内は相変わらず真っ白ではあるが、目の前に人間がいるではないか。
 会議で使いそうな長机にスーツを着た人が二人。
 ただし、顔はぼやけていてはっきり見ることができない。のっぺらぼうでもないは、個人として認識ができなかった。
 しかし、男女二人組ということだけは分かった。一人は無表情、一人はにこにこと元気そうな笑みを浮かべている。気がした。何せ見えないので、気配で察するしかない。
「鈴木さんですね! 転生課の田中と佐藤です。よろしくお願いいたします」
 田中の方なんだろうか、女性の方が溌溂とした声で自己紹介をする。
「あ、はい。転生ってことは、やっぱ死んだすか? 俺」
「ええ、でも良い死に方でしたから、落ち込まないでくださいね!」
「良い死に方って……」
 子供一人助けることはできたけど、多くの人に迷惑をかけただろう。ホームに居た人とか駅員さんとか、いろいろ。それになにより、親より先に死んじゃったし良いとは思えない。
 俺が無言になると、話を進めます、と男の声がする。
「生前の行いで、来世というものが決まるんです」
 男性の方、多分佐藤さんが穏やかな声で説明を始めた。
「貴方は一人の命を救いました。幼い頃にも、怪我をした猫を助けてあげてましたね」
 そんな情報まであるのか、確かに小学生の頃猫を拾った。道路でうずくまっていて危ないなって抱き上げたら、足を怪我していた。
 にゃーこと名付けたその猫は、今もまだ元気だ。妹に名づけのセンスが無いと罵られたのもいい思い出だ。
「生前の行いの採点について、詳しく説明をしたいところですが、長くなるのでとりあえずこの二点で、気になるようでしたら後で質問してください」
「いえ、それだけで良いです。人生の採点とか聞きたくない」
「初めての彼女に振られた時の話などいかがでしょう」
「いらねーつってんの! 次行け次!」
「残念です」
 何が残念だこの野郎。人の嫌な過去を掘り起こそうとするな。もう一回死ねるだろうが。
 ちなみに初彼女は、実は俺じゃなくて俺の友達が好きでそいつに近づくために俺を利用したとかしないとか、忘れたい過去である。
 細かく採点されているのだとしたら、恥ずかしい経験やらなにやらを聞かされる羽目になる可能性が高い。ここは回避するべきだ。来世に嫌な記憶を持ち越しそうだ。新たな生命体として一から始めさせてくれ。
「命を二つ助けた鈴木様は、転生先の希望を出すことができます。どの生き物が良いか、どの国が良いか、などですね。ただし、必ずしも叶うとはかぎりませんのでご了承ください」
「えっ、それだけで善い行いになるんですか? 世界にはもっと善行を積んだ人がいるのでは」
「そういう方には貴方よりも良い特典つくので、気になさらないで大丈夫ですよ」
 何だろう、微妙に鼻につく言い方だ。まあでも、選んでいいって言うんだから選ぶか、正直何でも良い。どうせ前世の記憶とか無いんだろうし。
 猫か人間か悩んで、そういえば最近異世界もののゲームを妹がしていたのを思い出した。あれは転生というか、異世界に召喚される話だったと記憶している。
 女子向けのゲームなのに、謎に戦闘システムが凝っていて難しいとかで俺も手伝いをさせられた。そして、俺もその戦闘が思ったよりも楽しくて、何度か周回して攻略法を生み出しては妹に伝授していた。
「異世界転生とかできるんですか? ほら、流行ったじゃないですか、ゲームや小説とかの中に転生とか! ああいうの憧れるなぁ」
「はあ、そういうのは人間が作り出した架空のものですよね? そもそも二次元の物語に転生ってその世界に魂はあるのでしょうか? 所詮物語の中ですよ? その世界の終わりが決まっているようなものではないですか」
 なんだこいつ、転生ものアンチかはたまた二次元アンチか。急にめっちゃ喋るじゃん怖い。
「あ、先輩ありますよ。ゲームの世界に似た……ほら」
 ちくちくしてくる佐藤さんに、田中さんがタブレット端末を見せる。もう佐藤さんじゃなくて田中さんが説明してくれないだろうか、佐藤さん苦手なタイプだ。
 二人は俺の分からない言語で少し会話をした後、再びこちらを向く。
「ありますね。スター、ホープ……ジュエル? とかいうRPGでしょうか」
「女の子向けのゲームですね! 乙女ゲーになるのかな? 国を守る世界樹が悪の教団に破壊されそうになっているのを救うため、主人公が現代日本からオルカンドって国に召喚されるんです! そこでイケメンたちと絆を深めながら聖女として魔法学校に通いつつ傷ついた世界樹を癒し救うという物語です。女性向けだけど歯ごたえのある戦闘と育成システムで、男性ファンも結構いますね!」
「詳しいですね」
 ほぼ息継ぎしないで説明しきった田中さんに、佐藤さんが引き気味になる。もしかして田中さんファンなのか、女子はああいうの好きなんだな。イケメンだらけで、男に愛を囁かれるのに慣れない俺はボイスオフでプレイしていた。
 田中さんが言ったのは、たぶんスタジュエだ。妹がやってたゲームである。ストーリーは細かく覚えていないけど、キャラ同士の属性相性とか連携が結構面白かった。
「ええと、そのゲームの元となる世界が存在するみたいです」
「世界樹の女神さまが、世界の危機を予知能力で見たようです。それを異世界の人間にSOSを出したところ、たまたまゲームのシナリオライターさんに届いたみたいですね。シナリオライターさん、雑誌のインタビューで言ってたんですよ! ある日見た不可解な夢を天啓だと思って、ゲームのシナリオとして書き起こしたって!」
「詳しいですね」
 天丼は良い。話を進めてくれ。
 田中さんうきうきだが、なんだ、もしかして俺はその世界に飛ばされるのか? イケメンか聖女になって世界救っちゃうのか?
「俺、その世界のキャラになるってことですか?」
「いえ、ストーリー前か後の世界の可能性が高いです。時間軸が貴方の世界と一致してるとは限りませんから。あと、ゲーム通りの人物が居るとも限りません」
 ああそっか、異世界からの信号受けてライターさんが自由に作ったって考える方が自然だった。なら必ずしもシナリオとリンクしてるわけじゃないのか。漫画や小説みたいなはいかないよな。
「鈴木さんここでいいですか?」
「転生先選べるって、異世界ありなんですか? 地球限定じゃないんすか」
「本来はそうですが、面白そうなのでこれでいきましょう」
「せっかくだし、人間に生まれるようにしておきますね!」
 人の人生なんだと思ってんだこいつら。人ではないんだろうから、こっちの倫理観を説いても意味がないだろう。
 俺もちょっとわくわくするし、首を縦に振ることにした。
 来世はもっと長生きできますように、家族に友人たちよ、先立つ不孝をお許しください。
 こうして、俺は異世界へ転生することになったのである。
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