悪役令息さん総受けルートに入る

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試験

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 ヴィルやカイル先輩と別れ、家に戻った後、俺は気が付いた。
 俺のファーストキス、ヴィルになってしまったではないか。
 別にそんなものにロマンも何も感じていないし、重要視もしてないが相手があれだったのが最悪だ。
 悠太の記憶のせいでキスくらいでは動揺しなかったが、脳内では経験豊富な実技素人みたいで少し嫌だな。
 その日はひたすら顔を洗い、口を洗っていたらクロエに不審がられた。キスはなんともないが、他人の口腔細菌のことを考えると鳥肌ものだ。
 こんなことを気にしていたら、恋人を作るのすら困難なのだろうな、と自分の将来が不安になる。もう少し人と触れ合って慣れていくべきかもしれない。たしかキスって免疫作るのにも効果的って聞いたし。


「いやだ、無理だ。本当にいやだ」
 人と触れ合えたとして、苦手な物体はどうしたって苦手だ。俺が克服すべきは、他者よりこれなのだろう、と今強く感じる。
「ユーリ、進まないと落第」
「事前に試験会場は通達していたでしょう? アーヴィン」
「分かってます! でもいざその場に来ると……! もう退学しか」
「ユーリ、ほら、意外と自然もいいものだよ」
 魔導士初級資格は、毎年会場が変わる。前年度は魔晶の森、今年はセグター遺跡だ。王都からほど近い場所だが、周囲は深い森に囲まれている。
 かつては魔法研究のために使われていたという場所で、今は草木生い茂り苔むした最悪な様相となっている。噂では非人道的な研究もおこなわれていて、検体達が魔物と化し闊歩していると聞いた。
 入り口からもうツタだの苔だのでふさふさしているし、中は暗い。水の流れる音も聞こえていて、深い場所はじめじめしてるに違いない。まだ魔晶の森のがましだ。あそこの木々は魔石でできているようなもので、見た目も美しい。
 ルートは確保され、安全のために事前に結界も施され、魔獣も居ない。中で遭遇するのは、訓練用魔道機と簡単なギミックだろう。魔法を駆使して攻略し、最終地点でゴーレム戦である。
 試験はクラスごとで、個人で動いてもグループで動いても良い。最後のゴーレムだけ、個人戦だ。
 簡単そうではあるが、多人数で動くのを想定した難易度となっているため、一人では難易度が上がる。マルチをソロでやってる感じだ。
「二人で最後ですよー? 急いでください」
 試験官の一人、リザ先生は笑顔で手を振る。
 この先生、にこにこしてるけど容赦ないんだよな。あんまりごねると重力魔法でむりやり遺跡に放り込まれそうだ。
 しぶしぶ遺跡の入り口に立つ。石造りのそこは、かつては大きな門戸だったのだろう。今はぼろぼろに崩れていた。
 深くため息をはきつつ、やっとの思いで試験会場に足を踏み入れる。俺たちは最後のクラスであり、最後の受験者だ。
「ユーリ、いままでどうやって生きてきたの」
「うるさいな、人工物は平気だし普通の生活はできるんだ! 自然のものが駄目なだけで」
「空気も自然のものだろ……。ほら」
「何のつもりだ」
 呆れた声のクロエは、俺の手を握るとぐいと引っ張る。そしてそのままどんどん先へ進む。
 手のひらから伝わる体温に、さきほどまで痒く感じていた肌が落ち着いていく。まあ、よく分からない物質で満たされた空間より人の肌のがましか。
 クロエは他人に興味があるのか無いのか分からない男だ。表情が変わらないものだから、声が少し低くなったとか、口元の変化くらいでしか察することができない。
 嫌われてはいないのは良いのだが、他者との接し方の差にたまにどういう顔で受け入れて良いのか分からなくなる。

 暗い場所は俺が火で明りを灯し、ギミックは二人で解く。
 内容は簡単なパズルで、石板に合う属性の魔法で動かすものだの、透明な床をなんらかの方法で浮かび上がらせろ、などだ。
 時折襲ってくる訓練機は二人で分担して破壊していく。これなら楽勝だ。そうこれだけなら、楽勝なはず。

「本当に! 帰りたい!」
「まーた魔法の無駄遣い……ゴーレム戦で何もでなくなる」
「ちゃ、ちゃんと計算して使ってる」
 目の前に飛んできた蛾を火の魔法で散らす。
 古い遺跡だけあって、虫が多い。羽虫もムカデみたいな体が長いのも海に住んでいそうなのも居て、ここが彼らにとって天国なのだろうことが分かった。俺にとっては地獄だ。
 そして何故かこいつらは人に向かってくる。現状、訓練機よりも虫に魔法使う方が多い。
「ユーリの魔法明るいから虫も寄ってくるんだ」
「暗いと歩けないだろ」
「おれはべつに、暗いところでも見えるし」
 人と竜を一緒にするな。
 じめっとしてるだけではなく、視認性の悪い空間は、人が歩いて良い場所とは思えない。壁に進行方向の矢印が描いてあるが、三つくらいあって運ゲーを強いてくる。
 遺跡突破時間も試験の点数に関わるので、外れを引くと遠回りになるためできれば避けたい。なので明りで進行方向を確認をしたり、風で行き止まりではないか調べるのは細かいが重要だ。
「あれ、ひとだ」
 クロエに言われ、進行方向のT字路に人が三人いることが分かった。俺たちの前に入った奴らだろう。ということは、俺たちは最短距離を選べたということか。
「ん、田舎貴族」
「は? ああ、お前らやっと進んだのか? アーヴィンくん虫は大丈夫でちゅか?」
「周回遅れじゃないか? こんなところで足止めか? ちゃんと確認して進めば時間はかからないはずだが」
「面倒だからそのやりとりやめて」
 クロエの心底面倒臭そうな声に、俺は口を閉ざす。にやけ面のクロードは、俺の様子に気分がよさそうに笑みを深くした。殴りたい。
「道を間違えたんじゃない。ここ、道があるんだ。矢印は二方向なんだけど」
 とクロードが言うと、子分その一が矢印が描かれた壁をこんこんと叩く。空洞があるような音には感じないが、傍に寄れば聞こえ方が違うのだろうか。
「たぶんここ、左右より近道になってると思う」
「では行けばいいだろう。俺は違うと思うがな。そもそも道があると何故確信できるんだ?」
「こういう場所は隠し通路ってのがあるもんだろ、お前も触ってみろよ」
 進行方向としてなんのヒントも無い。つまり、試験側はここを道として認めてないというわけだ。
 そもそも音がするだけで道があるとは確定してないだろうに。無視して先に進みたいのだが、三人のうち二人が正規の道を塞ぐように立ちはだかる。
 確認するまで逃さないつもりか、生徒同士の戦闘は禁止。つまり、実力行使をすれば負け。俺は小さくため息を吐いて、ジャージのポケットに入れていた手袋を取り出すと、矢印の間に手を添える。
「手袋なんてあったんだ」
「備えあれば患いなし、押しても何もない。魔力も感じない」
「どうかな?」
 がこん、と何かが押し込まれた音がする。振り向くと、クロードが壁の一部を押し込んでいるのが見えた。
 え、と反応する前に、俺の足を支えるべき床が消え俺の体は宙に投げ出された。
「ユーリ!」
 火の魔法が解け周囲が暗闇に包まれる。そのままどこまで深いかも分からない穴を落ち続ける。あいつら、それ犯罪にならないか、俺が死んだらお前らどうなると思ってる。
 冷静に彼らの未来を考えている場合じゃない。穴の先が見え、薄っすら光が見えた。
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