悪役令息さん総受けルートに入る

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電車にのって

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 ダーキルさんにお礼を言って、雑談もそこそこに俺たちは再び駅に向かう。

「自分で持つから寄越せ」
「俺のも入ってるから俺が持つ。引っ張ると袋破けるからやめなさい」
 アルが触媒たちが入った紙袋をぶら下げ、俺の前を歩く。
 こいつのこういう所が嫌いだ。確かに俺は世話をされるのが当然な身分ではあるが、アルにこういうことをされると何故か腹が立つ。
 荷物すら持てない貧弱だと思っているのなら、認識能力が何らかのバグを起こしているので病院をお勧めしたい。
「で、どこに行くんだ」
 諦めて俺が問うと、アルは少し言い難そうに「下層」と答えた。
「嫌かな? 教会に行きたいんだ」
「手伝いでもあるのか」
 下層のロンカ教会は、アルが幼い頃世話になっていた場所だ。身寄りのない子供の世話をする孤児院でもあり、アルと出会った日、俺も少し世話になった。
「そうじゃないんだ。その、初心に帰りたいっていうか……」
 どうにも歯切れが悪い。視線も落ち着かないし、やましいことがあるようにしか見えない。
 下層はどうにも苦手だ。虫が多い気がするし、清潔さで言えば中層のがはるかにマシ。
 しかし、不思議と俺の中に断るという選択肢は無かった。俺へのお願いは、アルにしては珍しいことだからだ。基本的に、俺に合わせたり意見を聞いてくることが多い。

 シルヴィアへ入るための勉強を見てくれ、というのがここ最近アルからされたお願いで、一番大きなものだったかもしれない。
 アルが通う学校は魔法と無関係な普通学校だ。
 そこで、魔導士体験という催しがあり、その際に訪れた魔導士に「きみの才能を腐らせるのはもったいない。魔法を学ぶべきだ」と言われたらしい。そして、アルは魔法学校を調べてシルヴィアに行きつく。
 シルヴィアには特待生制度がある。特待生認定は少し特殊で、過去の実績は関係なく入学試験ですべてが決まる。
 入試の際に、実技と筆記で優秀な成績を残せば、学費も授業料も免除となるのだ。
 シルヴィアを出れば、安定した未来を約束されたようなものだ。よっぽどでなければ、良い職に就けるだろう。
 アルはダーキルさんの後を継ぐのが夢だったが、将来父を楽させたいからとシルヴィアを選んだ。
 魔具について学べる技術科もあったが、魔法にしたのは将来を考えてのことだと言っていた。

 俺がアルに勉強を教えるのは、俺にはなんてことない日常の一コマだ。面倒くさくて、いつ切っても良い。それくらい軽く考えていた。
 だけど、アルの人生にとっては重要なものだった。塾だの家庭教師だのあるだろう、と、ちくちくしたこともあるが、その二つを選ばなかった理由も父に負担をかけたくなかったのだろう。今更、いや、今だからこそ浅慮であったと反省した。
 今回も重い理由があるのかも、そう考えると付き合ってやるかという気になった。俺にとってはどうでも良いことなのに、どうして俺はこいつの隣にいることを選んでしまうのだろう。
「用事は早めに済ませろよ」
「ああ、ありがとう!」
 表情が明るくなったアルは、早く行こうと歩く足を速めた。
 子供かお前は、いや、子供なのか、自分が二十歳の気分になることがあるが、俺はまだティーンエイジャーである。アルと同い年だ。
 嬉しそうに笑うアルの顔を見てられなくて、俺は視線を前に戻す。
 アルに関してはヴィルとは別のベクトルで、複雑な感情を抱いている。嫌いではない。でも素直に好きというのは、ちょっと苦しい。
 ゲームの中で敵対をしたこと、今こうして友達として会話をしていること、この二つは俺を不安にさせる。
 この関係は、来年もその先も続くのだろうか。そんなしょうもないことを考える。

 駅に着き、券売機にて目的地までの切符を購入する。ICカードが恋しい。なんと面倒なのだろう。開発者さんこの世界に転生してたりしないだろうか。
 改札を通る際、機械の駅員から切符にスタンプを貰う。魔力を帯びたそれは、ちゃんと正規の乗り方をしましたという証明になる。
 上層から中層、中層から下層に向かうにつれ、駅の様相は大きく変わる。
 上層と中層が在来線なら、下層はローカル線だ。車体も古いものが多く、俺たちが乗り込んだ電車も例外でなく、座席はくたびれた色をしていた。
 清掃は行き届いているのだろうか、たまに酒を飲みながら乗ってるおっさんとか居るからな。座席周辺もごみが落ちていないか確認する必要がある。

 たたん、たたん、と線路を走る音は規則的で眠気を誘う。この音を聞くと日本を思い出して懐かしいような、寂しいような心地になった。車内に人が少ないから、余計に心細くなるのかもしれない。
 窓から見える景色は、だんだん色が減っていく。窓から差し込む眩しい午後の日差しが、トンネルに入った瞬間ぷつりと途切れた。
「懐かしよね。初めて会った日、二人で電車乗ったね」
「ああ、今思えばよく無事に帰れたものだな」
「そうだね。俺はよく一人で使ってたから平気だったけど、ユーリは泣きそうだった」
「やめろ?」
「ふふ、子供の頃の話だろ? 気にするなって」
 気にするに決まってる。
 幼き日の俺、アルと初めて会った日、あれは母を求めて家出をした日のことだ。
 俺は電車の乗り方すらわからぬまま、小遣いを握りしめ適当に切符を買って旅に出た。
 世間知らずの幼子がやっていいことではなかった、と後悔したのはすぐのことで、意地を張らずに駅員にでも頼るのは大事なことだと学びを得た。もっとも、その学びは数年後すっかり忘れてしまうのだが。
「俺はあの日、ユーリに会えて本当に良かったって思うんだ」
「何を急に、なんだ? 海外留学でもするのか?」
「どうして特進入ってすぐに出てかないといけないんだよ」
 アルがむっとした声を出す。だって急に昔話をするから、居なくなるんじゃないかって思うじゃないか。
 話をしながら、うつらうつらと船を漕ぐ。目的地までおおむね三十分。仮眠してしまおうか、寝過ごしはちょっと怖い。
「寝てていいよ。俺が起こすから。昔みたいなことにはならないよ」
「うるさいな。もう寝過ごしなんてしない」
 そういいつつ、まぶたを閉じる。アルが起こしてくれるなら、万が一俺が寝過ごしてもこいつのせいにできる。なら寝てしまおう。
 幼い日のように、目的地が無く乗ったわけでもない。大丈夫。起きられる。
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