悪役令息さん総受けルートに入る

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昔から今

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 アルと別れたあと、俺は無事帰宅することができた。
 その頃には陽が傾いていて、あと少しでも下層に居たら帰れなかったかもしれない。
 中層に寄ってアルの家に行って、工房を少し見せてもらって、とても楽しかった。見たことのない道具や、魔石にアクセサリー。これを人の手で作っているなんて、と驚くとアルはどこか誇らしげにしていた。
 アルの義父だというドワーフのおじさんは血のつながりも、種族も違うのに、アルを引き取ってくれたのだという。
 たまたま彼が下層に来たときに出会って、仕事を見ている内に仲良くなったとアルが教えてくれた。
 いいな、俺もミラさんは好きだけど、今忙しいみたいであまり話をする時間がない。他の人は良く分からない。
 アーヴィンへ帰る足はとても重くて、やっぱり諦めないでもう少し母さんを探そうかな、なんて思った。
 結局やらなかったのは、歩きすぎて足が痛かったからだ。こんな俺だから、母さんは要らなくなっちゃったのだろう。

 屋敷に戻ると、俺を探していたらしい使用人に捕まった。
「どうして何も言わずに出かけるんですか! 家庭教師の先生も困ってましたよ! 貴方に何かあったら私たちだってただじゃすまないんですからね」
 メイドの女性が俺の前で腰に手をあて、眦を吊り上げる。その声は語尾に向かうにつれ唸るような響きをしていて、俺は視線を彷徨わせる。自室はすぐそこなのに、すごく遠い。
 大きな屋敷は清潔に保たれていて、下層とは大違いだ。俺の嫌いな虫も出てきたりしない。だけど、居心地は最悪だ。
「どこに行っていたんですか? ああ、お勉強をさぼったことは旦那様にはちゃんと報告しますから」
「ユーリをちゃんと見てなかったのは、きみたちだろう?」
 突然後ろから聞こえた声に、俺もメイドさんも飛び跳ねそうになった。
 振り向くと、ヴィル、お兄様が俺の背後に立っているではないか。音も聞こえなかったし、メイドさんだって気が付いていなかった。いつの間にそこに居たのだろう。
「ぼ、坊ちゃん、でもそれは、私たちも他の仕事が」
「他の仕事かぁ。ユーリを見るのも仕事だろ? ま、父さんたちも許すんじゃないかな、報告してみたら?」
「はあ、そうでしょうか……」
「うん。ほらもういいだろ、下がって」
 お兄様が言うと、メイドさんは曇った表情のまま廊下の向こうへ消えて行った。
「ユーリお帰り」
「はい、あ、ただいま戻りました」
「ふふ、良いよかしこまらなくて。一人で出かけるのは危ないからやめた方が良いよ」
「……はい、あの」
「一人で遊びに行きたいときもあるよね、わかるよ。うーん、そうだなぁ。次は僕も連れて行ってほしいな?」
 思わぬ提案に、俺はぱちぱちとまばたきをする。
 お兄様の笑顔は、謎の圧があって拒否しにくい。次は、アルのところに行く時だ。大丈夫かな、アルは驚かないかな。
「わかりました」
「ん、ありがとう。あと、僕のことはお兄ちゃんか兄さまが良いなぁ」
「え? 何か違う……、んですか?」
「響き?」
 そういうものか、言葉遣いとは難しいものだ。俺はまだまだ勉強しなくてはならないことが沢山あるらしい。




「……、ユー……、」
「ん……?」
「ユーリ、そろそろ」
「はっ」
 昔の夢を見ていた。
 何度も閉じそうになるまぶたを開いて、周囲を見回す。この車両には俺たちのみのようだ。くたびれた座席の上であくびをかみ殺す。
「寝不足?」
「ああ、リザ先生に出された課題について調べていたら、思ったより遅くなって」
「頑張るのは良いけど、やりすぎは体に毒だ。無理しないで」
 アルの言葉に被せるように、車内アナウンスが駅への到着を告げる。徐々にスピードが緩み、停車駅へすべり込むのが振動で分かる。
 中途半端に寝てしまったせいで重くなった体を動かそうとした瞬間、違和感に気が付いた。
「おい、なんのつもりだ。離せ」
「え? ああ、ごめん」
 アルが俺の手を握っていて、当たり前のようにそのまま移動しようとしているではないか。
 俺も俺で、それが普通かのように感じていて、危うくそのまま外に出るところだった。こんなところ人に見られたらとんでもない。しばらく部屋から出られなくなる。
 手が離れたのに、まだアルの体温が残っている気がする。それを気にした様子を見せるのも嫌で、黙って腕を組んで自分を誤魔化す。
 ガタンと揺れて、電車が止まる。扉の先の景色は昔と何ら変わらない、色の少ない景色だ。
 改札を見張る旧型の機体に切符を読み込ませて、外に出る。やはり下層は空が遠い。空気もどこか淀んでいて、思わず息を止めてしまった。
 子供の頃の夢なんて見たから、妙な感覚だ。あの頃の俺は、心が綺麗だった。どうしてこんな成長を遂げたのだろう。進化中にBボタンを押す人間は居なかったのか。
 この世界には無いBボタンに思いを馳せていると、アルが肩から掛けた鞄から何かを取り出すのが見えた。
「なんだそれ」
「お菓子、足りない気がしてきた」
 教会の子供の数は多くない。だとしても、彼らは食べ盛り。きっとすぐに無くなるだろう。
 チョコがたくさん入った大袋を鞄にしまって、アルはため息を吐く。
「ちょっと緊張してるのかな、頭が回ってないかも」
「よく来ているんだろう? 緊張する要素があるか?」
「あるよ」
 そう言ったきり、アルはさっさと前を行ってしまう。小走りで追いかけ、理由を聞こうかと思ったが言葉がでなかった。
 アルの態度が不審だ。こういうのは初めてで、対応に悩む。
 隣を歩くのを躊躇していると、アルが歩く速度を遅める。わざわざ俺の歩調に合わせているようだ。なんなんだお前。
「手、繋いでやろうか?」
「……子供のころのユーリは可愛かったな」
「子供のころなんざ誰だって可愛いだろ」
「ヴィルさんは昔から怖かった」
 そういえば、アルの家にお礼に行った時にヴィルも居た。
 アルとヴィルの間には謎の緊張感が漂っていて、一言発するたびに肌がぴりりとしたのを覚えている。ミラさん、母さんにお菓子を持たされて、三人で食べたはずなのに味が全然分からなかった。
 後日家で食べた時は、バターの風味が濃くてとても美味しいクッキーだった。一緒に食べる人って重要なのだと学んだ。
 ちなみにその時は車で行った。本当は俺とヴィルで電車で行きたかったのだが、母さんにばれて怒られたのだ。
 初対面からそんな感じだから、もう永遠に仲良くなることが無さそうだな、こいつら。
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