41 / 66
日常回
しおりを挟む
そして翌日の放課後、学園長にも会った。
その日は普通に授業を受け、いつも通り過ごしたのだがやはり周囲の視線は普段とは違う。こちらを見ながらこそこそ話す者はいたが、思ったより絡んでくる者はいなかった。
朝見たニュースに、俺の話題が上っていた。愛人の子という話も出ていたし、中等部での振る舞いにも触れていた。魔法実技の成績は平凡か中の下なのに傲慢な性格とのことだ。
俺はその記事を書いた記者と出版社を調べた。訴訟だ。学生だからと侮るなよ。法廷で会おうじゃないか、泣きながら酷いことを書かれたと訴えてやる。だが、勝手なことはできないのでまずはカイル先輩に報告した。
ここまでは予想の範囲内。だったのだが――
「アーヴィン、お前聖女だったんだな? どうだ? 世界樹に選ばれた気分は」
「やあクロード、きみには俺が女性に見えていたんだな? すまない美しくて」
「は? そんなわけないだろ! 自意識過剰も大概にしろ」
「ところで、再試験はどうだった? 触媒は手に入れたか? 俺は特進クラスに入ったもので、忙しくてきみの存在を忘れていてね。気にかけられず申し訳ない」
「……ッ、本当に性格悪いなお前。こんなのを選ぶだなんて世界樹も狂ったか?」
クロード、俺はお前がむしろ好きだ。日常が戻ったようで安心する。これだよこれ。人を二人殺しかけといてその態度。素晴らしい。
授業と授業の生徒が世話しなく移動する時間、なのに我がクラスは静まり返っていた。俺たちに不穏な空気が流れているのを察知し、遠巻きに見守っているようだ。次は魔法薬学だ、今日は外に行くのだからきみたちは移動したほうが良い。
世界樹はたぶん最初からおかしい。安心しろ、とは言えない。俺は頬が綻びそうになるのを抑え、悲しそうな表情を作ってみる。俺の背後でクロエが「はじまった」とため息を吐いたのが聞こえた。
「酷いな、俺は国のために死力を尽くしているというのに……。俺の言動が気に障ったのならすまない。きみに会えて嬉しくて言葉を選ぶ余裕がなくて」
「はいうそー」
クロエが呟く。お前も楽しんでやいないか。ちなみに本音だ。俺はクロードを煽ることを楽しみに生きてきたといっても過言ではない。勉強以外の趣味が出来た。
そんなこんなと数度言い合いをしたところで、満足したしそろそろ切り上げるかという頃合い、俺とクロードの間に割って入ってくる人物たちが現れた。
「酷いよクロード! アーヴィンくんは突然世界樹に選ばれて大変なのに!」
「な、なんだよ急に、お前らだってなんでこいつがって言ってただろ」
「私たちは、異世界の人じゃないんだって思っただけ、ていうか前からつっかかりすぎ」
「ね! ユーリくん、噂より優しいし、なんでみんな無視するのかなって思ってた」
女子A、Bが急に俺の味方に付く。
何事だ、突然どうした? 金で買われたか? 俺にすり寄れば良いことがあるとでも思ったのだろうか、というか、俺は無視されてたって? 何それ知らない……。俺の心に甚大なダメージなんだが。
ほかのクラスメイトも、なにやらクロードに対し「ああいうの良くないよね」「ずっと思ってた」などなど冷たい視線と言葉を送っている。いやお前ら、今の言葉が本当ならお前らだって共犯だろ。良かったな、俺の心が強くて。
詰め寄られ何も言えなくなったクロードが俺たちに背を向け、教室を出る。敗走とは情けない。お前はもっと根性があるだろ。
俺が突如訪れた味方に唖然としていると、AとBがこちらを振り返る。
「ああいうの気にしない方が良いよ!」
「え、ああ、ありがとう?」
「急に大仕事任されて大変なのに、酷いよね」
「いえ、おかまいなく、大丈夫なので」
「ユーリが押されてる……」
押されるに決まってる。お前護衛だろ、助けろ。
「ねえ、ユーリくんの護衛って、クロエくん以外にもアルフレッドくんとヴィル先輩カイル先輩がいるんだよね?」
「はあ、そうですね」
「アルフレッドくんと幼馴染って本当?」
「はい」
「そうなんだー! じゃあアルフレッドくんの好きな食べ物とか、好きなタイプとかって知ってそうだよね! 色々聞きたいなぁ」
あ、そういうこと。俺はついに男以外にも俺という存在が認められたかと思っていたが、どうやら違う。
クラスのやつらが俺に向ける興味深げな視線、これ、俺じゃなくてアルとか先輩方へのものだ。
今ならこのクラスを、闇魔法で圧縮してやれるかもしれない。注目すべきは俺じゃないのか、もっと崇めろ褒めたたえろ。
俺が固まっていると、クロエに背中を押される。
「はいそこまでー、行こ」
クロエが割って入ると、女子たちが黙る。クロエもいい男だぞ、もっとはしゃげ。
などと思っていると、小さな声でクロエくんも格好良いよね、と言うのが聞こえてきた。クロエもそっち側だった。俺は? 自認では、俺も派手さはないが、そこそこだと思うのだがどうだろう。
魔法薬学の教科書とノートを持ち直しつつ、移動のため廊下を歩いているとクロエが珍しく大きくため息を吐いた。
「ああいうの嫌い」
険しい顔つきのクロエは珍しい。もともと表情が少ないから、新しい顔を見ると謎の感動が生まれる。
「おれがここにはいった時も、見世物小屋でも見に来たみたいに寄ってきた。自分に都合が悪いやつって分かると手のひらを返す」
「竜人は珍しいからな。いい気分はしないのだろうが、仕方ない」
「……ユーリは今の嫌じゃないの」
「くだらんとは思うよ。それだけだ」
クロエは俺の知らないところで嫌な思いをしてきたのだろう。俺の置かれた状況とは違うから、共感をしてやれるかは別だ。俺はこの先、当たらず触らずといった対応をするだろう。
人間のああいう所が嫌だから、クロエは彼らと仲良くしないのか、それならば納得もいく。人をよく見て口を開くべき相手を選んでいるのだろう。ということは、俺は選ばれし人間である。
「俺やアルはいいのか」
「ユーリは最初からユーリ、アルも」
「最初からユーリってなんだ」
「変」
「お前に言われたくない」
変度では俺よりお前のが高い。じと、と横目で睨む。
「変だけど好きだよ」
思わぬ言葉に、思わず足を止める。どうしたの、と問う声はあまりにもいつも通りで動揺した俺がおかしいみたいだった。
放課後、学園長との面会は全員で向かうこととなる。
レナ・マクドウェル学園長との面談は、特筆することはない。終始穏やかで、俺たちは普通の生徒として過ごすように、とのことだった。
「我が校から聖女様が出るなんて嬉しいわ、でも、特別扱いはしないで良いとのことでした。貴方たちのお仕事はサポートするけれど、生徒としては他の子と同じように扱います」
「特別な理由があった場合、テストなど免除していただけたりは……」
「日付を改めることはできます。ユーリくんは世界樹のお世話もありますから、都合が悪ければ担任に申し出るようにね」
駄目か、忙しいから手を抜いてくれというのは通らないようだ。紙のテストは良いが、実技は逃げたかった。
と、このように、学園での生活についてと、外出についての注意などを話して終わり。
最後に年輪を感じる手を握手をした。無理はしないでね、と微笑む顔は、祖母が居たらこのような感じだったのかな、などと不思議な気分にさせてくれた。
これである程度面倒ごとが終わったのだが、世界樹との往復と学生生活の両立が存外大変だった。
世界樹の世話をしていた研究員に、早く異変の原因を探せとせっつかれるし、特進の実地訓練が重なると這う這うの体で世界樹の修復をしに行かねばならない。慣れるまでは心身ともにきついものだ。
というのが俺が聖女代行になってからの出来事。
いつ刺客が襲いに来るかと警戒していたのに、敵の影も形も現れない。そんなだから、俺が倉庫管理とかいう雑用をさせられるんだ。しっかりしろ敵勢力。襲ってこい。
せっかく片づけを倉庫の品々をひっぱりだしながら、心の中で悪態を吐く。
夏期講習というか、特進候補生用の共同講習が夏休み中にある。
その際、候補生と共に授業を受け実技訓練も行うそうで、一日の最後にテストをして目標点数をとれなかった者は、罰ゲーム行きだ。
俺たちはその罰ゲームに使う道具を探していた。なんでも、出られない部屋とかいう代物だそうな。聞いた瞬間悠太の記憶が邪魔しそうになったが、これはいかがわしいものではない。
魔術科と魔法科の教師が協力して作り上げた、課題が終わるまで出られない部屋だ。
中は時の流れが狂っており、中での一時間は外での一分に設定されている。なので、中では思う存分課題に集中できるというわけだ。
俺とカイル先輩は、この古のアイテム探し出せとリザ先生とダン寮長からの命令をされて今にいたる。
「扉の形、ですよね?」
「ああ、あー? なんかクローゼットぽくもあるらしい」
曖昧過ぎる。形状くらいはっきりさせておいてくれ。
開きっぱなしの窓から爽やかな風が入り込む。外は晴天、こんな日は勉強日和だ。なのになぜ俺は物に囲まれているのだろう。
とりあえず、両開きの扉っぽいものを探そう。どんな形でもいい。
「お、これ」
「ありましたか?」
カイル先輩が声を上げたので、これで終われるか!? と背後を振り返る。しかし、そこにあったのは長方形の道具入れのような何かだ。
縦に長く、頑張れば人二人は入れるかな、という大きさ。木で出来たそいつは何の装飾もなく、生徒が何となく授業で作ったと言われても頷ける。古いものなのか、所どころ塗装が剥がれて中の木材の色がむき出しになっていた。
「これですか?」
「いや、これ掃除道具入れに使えねぇかなって、ほらここそういうの無いだろ?」
「そんな頻繁に出入りしないでしょう」
「週一で掃除してるんだから必要だって」
庶民っぽい王子様だなぁ。ドヤ顔をしているカイル先輩は、譲る気はないようだ。ならもう好きにさせよう。この言い争いは不毛である。
「中次第だと思いますよ、空とは限りませんし」
「ああ、そうだな。よし、見てみるか」
「え、待って」
言いながら、カイル先輩は何の警戒もなく道具入れの戸をぱかっと開く。
おい馬鹿者、ここは魔法の道具が置かれた倉庫だぞ、少しは警戒しろ、と言う間も無い。
開かれた扉の向こうは、無だ。見れば見る程黒くて、亜空間じみた様相をしている。さっさと閉めよう、そう思い立ったが時すでに遅し。
「なんだこれ? っわ、おわあ!?」
ぽかんとした顔で、真っ黒などうみてもやばい空間を見つめていたカイル先輩の体が突然浮き上がる。
俺が重力魔法を使って物を引き寄せるときみたいな吸引力でぐいぐい引っ張られているようだ。
「えっ、せんぱ……! ちょ、離し……わっ」
反重力で対抗を、と足を上げた瞬間、カイル先輩が俺の手を掴んだ。そしてバランスを崩した俺の体は、先輩と共に宙に浮く。
これは身の危険を感じる。まさかの理由でゲームオーバーを迎えるのだろうか、抵抗しようにも足は床から浮いてしまっているからどうしようもない。
集中すればこんな状況でも魔法で抵抗できるはず、俺は足に集中し、重力魔法を使おうと試みた。
「悪い! って、ぐあっ!」
のだが、ぐいっと体が引き寄せられて意識が散った。俺もまだまだ修行が足りない。
「もー! なんで無警戒に開けるんですか!」
「ごめーん!」
カイル先輩が悲鳴のような声を上げるのと同時に、俺たちは謎の力で謎空間に引き込まれる。
周囲は真っ暗で、俺たちが入ってきた入り口がゆっくりと閉じていくのが視界に入った。絶望的な気持ちで、そのまま下に落ちていく。
頼む、これ、何らかの転移装置であってくれ。人食いロッカーでないことを祈りながら、せめて落下の衝撃を抑えようと魔法を発動させた。
その日は普通に授業を受け、いつも通り過ごしたのだがやはり周囲の視線は普段とは違う。こちらを見ながらこそこそ話す者はいたが、思ったより絡んでくる者はいなかった。
朝見たニュースに、俺の話題が上っていた。愛人の子という話も出ていたし、中等部での振る舞いにも触れていた。魔法実技の成績は平凡か中の下なのに傲慢な性格とのことだ。
俺はその記事を書いた記者と出版社を調べた。訴訟だ。学生だからと侮るなよ。法廷で会おうじゃないか、泣きながら酷いことを書かれたと訴えてやる。だが、勝手なことはできないのでまずはカイル先輩に報告した。
ここまでは予想の範囲内。だったのだが――
「アーヴィン、お前聖女だったんだな? どうだ? 世界樹に選ばれた気分は」
「やあクロード、きみには俺が女性に見えていたんだな? すまない美しくて」
「は? そんなわけないだろ! 自意識過剰も大概にしろ」
「ところで、再試験はどうだった? 触媒は手に入れたか? 俺は特進クラスに入ったもので、忙しくてきみの存在を忘れていてね。気にかけられず申し訳ない」
「……ッ、本当に性格悪いなお前。こんなのを選ぶだなんて世界樹も狂ったか?」
クロード、俺はお前がむしろ好きだ。日常が戻ったようで安心する。これだよこれ。人を二人殺しかけといてその態度。素晴らしい。
授業と授業の生徒が世話しなく移動する時間、なのに我がクラスは静まり返っていた。俺たちに不穏な空気が流れているのを察知し、遠巻きに見守っているようだ。次は魔法薬学だ、今日は外に行くのだからきみたちは移動したほうが良い。
世界樹はたぶん最初からおかしい。安心しろ、とは言えない。俺は頬が綻びそうになるのを抑え、悲しそうな表情を作ってみる。俺の背後でクロエが「はじまった」とため息を吐いたのが聞こえた。
「酷いな、俺は国のために死力を尽くしているというのに……。俺の言動が気に障ったのならすまない。きみに会えて嬉しくて言葉を選ぶ余裕がなくて」
「はいうそー」
クロエが呟く。お前も楽しんでやいないか。ちなみに本音だ。俺はクロードを煽ることを楽しみに生きてきたといっても過言ではない。勉強以外の趣味が出来た。
そんなこんなと数度言い合いをしたところで、満足したしそろそろ切り上げるかという頃合い、俺とクロードの間に割って入ってくる人物たちが現れた。
「酷いよクロード! アーヴィンくんは突然世界樹に選ばれて大変なのに!」
「な、なんだよ急に、お前らだってなんでこいつがって言ってただろ」
「私たちは、異世界の人じゃないんだって思っただけ、ていうか前からつっかかりすぎ」
「ね! ユーリくん、噂より優しいし、なんでみんな無視するのかなって思ってた」
女子A、Bが急に俺の味方に付く。
何事だ、突然どうした? 金で買われたか? 俺にすり寄れば良いことがあるとでも思ったのだろうか、というか、俺は無視されてたって? 何それ知らない……。俺の心に甚大なダメージなんだが。
ほかのクラスメイトも、なにやらクロードに対し「ああいうの良くないよね」「ずっと思ってた」などなど冷たい視線と言葉を送っている。いやお前ら、今の言葉が本当ならお前らだって共犯だろ。良かったな、俺の心が強くて。
詰め寄られ何も言えなくなったクロードが俺たちに背を向け、教室を出る。敗走とは情けない。お前はもっと根性があるだろ。
俺が突如訪れた味方に唖然としていると、AとBがこちらを振り返る。
「ああいうの気にしない方が良いよ!」
「え、ああ、ありがとう?」
「急に大仕事任されて大変なのに、酷いよね」
「いえ、おかまいなく、大丈夫なので」
「ユーリが押されてる……」
押されるに決まってる。お前護衛だろ、助けろ。
「ねえ、ユーリくんの護衛って、クロエくん以外にもアルフレッドくんとヴィル先輩カイル先輩がいるんだよね?」
「はあ、そうですね」
「アルフレッドくんと幼馴染って本当?」
「はい」
「そうなんだー! じゃあアルフレッドくんの好きな食べ物とか、好きなタイプとかって知ってそうだよね! 色々聞きたいなぁ」
あ、そういうこと。俺はついに男以外にも俺という存在が認められたかと思っていたが、どうやら違う。
クラスのやつらが俺に向ける興味深げな視線、これ、俺じゃなくてアルとか先輩方へのものだ。
今ならこのクラスを、闇魔法で圧縮してやれるかもしれない。注目すべきは俺じゃないのか、もっと崇めろ褒めたたえろ。
俺が固まっていると、クロエに背中を押される。
「はいそこまでー、行こ」
クロエが割って入ると、女子たちが黙る。クロエもいい男だぞ、もっとはしゃげ。
などと思っていると、小さな声でクロエくんも格好良いよね、と言うのが聞こえてきた。クロエもそっち側だった。俺は? 自認では、俺も派手さはないが、そこそこだと思うのだがどうだろう。
魔法薬学の教科書とノートを持ち直しつつ、移動のため廊下を歩いているとクロエが珍しく大きくため息を吐いた。
「ああいうの嫌い」
険しい顔つきのクロエは珍しい。もともと表情が少ないから、新しい顔を見ると謎の感動が生まれる。
「おれがここにはいった時も、見世物小屋でも見に来たみたいに寄ってきた。自分に都合が悪いやつって分かると手のひらを返す」
「竜人は珍しいからな。いい気分はしないのだろうが、仕方ない」
「……ユーリは今の嫌じゃないの」
「くだらんとは思うよ。それだけだ」
クロエは俺の知らないところで嫌な思いをしてきたのだろう。俺の置かれた状況とは違うから、共感をしてやれるかは別だ。俺はこの先、当たらず触らずといった対応をするだろう。
人間のああいう所が嫌だから、クロエは彼らと仲良くしないのか、それならば納得もいく。人をよく見て口を開くべき相手を選んでいるのだろう。ということは、俺は選ばれし人間である。
「俺やアルはいいのか」
「ユーリは最初からユーリ、アルも」
「最初からユーリってなんだ」
「変」
「お前に言われたくない」
変度では俺よりお前のが高い。じと、と横目で睨む。
「変だけど好きだよ」
思わぬ言葉に、思わず足を止める。どうしたの、と問う声はあまりにもいつも通りで動揺した俺がおかしいみたいだった。
放課後、学園長との面会は全員で向かうこととなる。
レナ・マクドウェル学園長との面談は、特筆することはない。終始穏やかで、俺たちは普通の生徒として過ごすように、とのことだった。
「我が校から聖女様が出るなんて嬉しいわ、でも、特別扱いはしないで良いとのことでした。貴方たちのお仕事はサポートするけれど、生徒としては他の子と同じように扱います」
「特別な理由があった場合、テストなど免除していただけたりは……」
「日付を改めることはできます。ユーリくんは世界樹のお世話もありますから、都合が悪ければ担任に申し出るようにね」
駄目か、忙しいから手を抜いてくれというのは通らないようだ。紙のテストは良いが、実技は逃げたかった。
と、このように、学園での生活についてと、外出についての注意などを話して終わり。
最後に年輪を感じる手を握手をした。無理はしないでね、と微笑む顔は、祖母が居たらこのような感じだったのかな、などと不思議な気分にさせてくれた。
これである程度面倒ごとが終わったのだが、世界樹との往復と学生生活の両立が存外大変だった。
世界樹の世話をしていた研究員に、早く異変の原因を探せとせっつかれるし、特進の実地訓練が重なると這う這うの体で世界樹の修復をしに行かねばならない。慣れるまでは心身ともにきついものだ。
というのが俺が聖女代行になってからの出来事。
いつ刺客が襲いに来るかと警戒していたのに、敵の影も形も現れない。そんなだから、俺が倉庫管理とかいう雑用をさせられるんだ。しっかりしろ敵勢力。襲ってこい。
せっかく片づけを倉庫の品々をひっぱりだしながら、心の中で悪態を吐く。
夏期講習というか、特進候補生用の共同講習が夏休み中にある。
その際、候補生と共に授業を受け実技訓練も行うそうで、一日の最後にテストをして目標点数をとれなかった者は、罰ゲーム行きだ。
俺たちはその罰ゲームに使う道具を探していた。なんでも、出られない部屋とかいう代物だそうな。聞いた瞬間悠太の記憶が邪魔しそうになったが、これはいかがわしいものではない。
魔術科と魔法科の教師が協力して作り上げた、課題が終わるまで出られない部屋だ。
中は時の流れが狂っており、中での一時間は外での一分に設定されている。なので、中では思う存分課題に集中できるというわけだ。
俺とカイル先輩は、この古のアイテム探し出せとリザ先生とダン寮長からの命令をされて今にいたる。
「扉の形、ですよね?」
「ああ、あー? なんかクローゼットぽくもあるらしい」
曖昧過ぎる。形状くらいはっきりさせておいてくれ。
開きっぱなしの窓から爽やかな風が入り込む。外は晴天、こんな日は勉強日和だ。なのになぜ俺は物に囲まれているのだろう。
とりあえず、両開きの扉っぽいものを探そう。どんな形でもいい。
「お、これ」
「ありましたか?」
カイル先輩が声を上げたので、これで終われるか!? と背後を振り返る。しかし、そこにあったのは長方形の道具入れのような何かだ。
縦に長く、頑張れば人二人は入れるかな、という大きさ。木で出来たそいつは何の装飾もなく、生徒が何となく授業で作ったと言われても頷ける。古いものなのか、所どころ塗装が剥がれて中の木材の色がむき出しになっていた。
「これですか?」
「いや、これ掃除道具入れに使えねぇかなって、ほらここそういうの無いだろ?」
「そんな頻繁に出入りしないでしょう」
「週一で掃除してるんだから必要だって」
庶民っぽい王子様だなぁ。ドヤ顔をしているカイル先輩は、譲る気はないようだ。ならもう好きにさせよう。この言い争いは不毛である。
「中次第だと思いますよ、空とは限りませんし」
「ああ、そうだな。よし、見てみるか」
「え、待って」
言いながら、カイル先輩は何の警戒もなく道具入れの戸をぱかっと開く。
おい馬鹿者、ここは魔法の道具が置かれた倉庫だぞ、少しは警戒しろ、と言う間も無い。
開かれた扉の向こうは、無だ。見れば見る程黒くて、亜空間じみた様相をしている。さっさと閉めよう、そう思い立ったが時すでに遅し。
「なんだこれ? っわ、おわあ!?」
ぽかんとした顔で、真っ黒などうみてもやばい空間を見つめていたカイル先輩の体が突然浮き上がる。
俺が重力魔法を使って物を引き寄せるときみたいな吸引力でぐいぐい引っ張られているようだ。
「えっ、せんぱ……! ちょ、離し……わっ」
反重力で対抗を、と足を上げた瞬間、カイル先輩が俺の手を掴んだ。そしてバランスを崩した俺の体は、先輩と共に宙に浮く。
これは身の危険を感じる。まさかの理由でゲームオーバーを迎えるのだろうか、抵抗しようにも足は床から浮いてしまっているからどうしようもない。
集中すればこんな状況でも魔法で抵抗できるはず、俺は足に集中し、重力魔法を使おうと試みた。
「悪い! って、ぐあっ!」
のだが、ぐいっと体が引き寄せられて意識が散った。俺もまだまだ修行が足りない。
「もー! なんで無警戒に開けるんですか!」
「ごめーん!」
カイル先輩が悲鳴のような声を上げるのと同時に、俺たちは謎の力で謎空間に引き込まれる。
周囲は真っ暗で、俺たちが入ってきた入り口がゆっくりと閉じていくのが視界に入った。絶望的な気持ちで、そのまま下に落ちていく。
頼む、これ、何らかの転移装置であってくれ。人食いロッカーでないことを祈りながら、せめて落下の衝撃を抑えようと魔法を発動させた。
279
あなたにおすすめの小説
転生令息は冒険者を目指す!?
葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。
救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。
再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。
異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!
とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A
転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい
翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。
それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん?
「え、俺何か、犬になってない?」
豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
【完結済】虚な森の主と、世界から逃げた僕〜転生したら甘すぎる独占欲に囚われました〜
キノア9g
BL
「貴族の僕が異世界で出会ったのは、愛が重すぎる“森の主”でした。」
平凡なサラリーマンだった蓮は、気づけばひ弱で美しい貴族の青年として異世界に転生していた。しかし、待ち受けていたのは窮屈な貴族社会と、政略結婚という重すぎる現実。
そんな日常から逃げ出すように迷い込んだ「禁忌の森」で、蓮が出会ったのは──全てが虚ろで無感情な“森の主”ゼルフィードだった。
彼の周囲は生命を吸い尽くし、あらゆるものを枯らすという。だけど、蓮だけはなぜかゼルフィードの影響を受けない、唯一の存在。
「お前だけが、俺の世界に色をくれた」
蓮の存在が、ゼルフィードにとってかけがえのない「特異点」だと気づいた瞬間、無感情だった主の瞳に、激しいまでの独占欲と溺愛が宿る。
甘く、そしてどこまでも深い溺愛に包まれる、異世界ファンタジー
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
【完結】悪役に転生したので、皇太子を推して生き延びる
ざっしゅ
BL
気づけば、男の婚約者がいる悪役として転生してしまったソウタ。
この小説は、主人公である皇太子ルースが、悪役たちの陰謀によって記憶を失い、最終的に復讐を遂げるという残酷な物語だった。ソウタは、自分の命を守るため、原作の悪役としての行動を改め、記憶を失ったルースを友人として大切にする。
ソウタの献身的な行動は周囲に「ルースへの深い愛」だと噂され、ルース自身もその噂に満更でもない様子を見せ始める。
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!
めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈
社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。
もらった能力は“全言語理解”と“回復力”!
……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈
キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん!
出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。
最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈
攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉
--------------------
※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる