悪役令息さん総受けルートに入る

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兄さんはたぶんヤンデレ

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 ヴィルと共に寮に着いたことにはもう夜とも呼べる時間で、朝ご飯を食べてからろくに食べ物を口にしていないことを思い出す。
 転移先はやはりヴィルの自室だ。本人いわく、慣れた場所が行き来しやすいのだとかなんとか。
「ユーリはやっぱり嘘を吐くときに笑うね」
 部屋の灯りを点け、ヴィルが俺を振り返る。温かい色に包まれた室内に、安寧はない。
「何の話ですか」
「ま、あの場で母さんが望まないことを言ってもこじれるだけだしね。おりこうだ」
 頭を撫でる手をはらう。嫌味にしか聞こえない。最近まともに会話していなかったが、やはりこいつと話すのは好きではない。棘なのかなんなのか分からない、ちくちくする物言いをする男だ。
 俺が部屋を出ようとすると、ヴィルが俺の手を掴む。
 身長にほぼ差はないが、僅かにヴィルのが高い位置に目がある。
「僕も懺悔しようかな」
「懺悔……?」
 もしや、俺の部屋に入って何か盗んだのか、さすがに許されないストーカー行為だ。いや、もうずっと許されないことしてるんだけど、魔法で追跡とか。
「一時期、ユーリに嫌われようとしてたことがあるんだ」
「え、今もですよね」
「あの時は、まだユーリと血が繋がってると思っていて」
 あ、俺の質問は無視で話続けるんだ。今も嫌われる努力をしているのかと思ったんだが、違うらしい。むしろそうであったほうが、納得できた。
「ユーリと出会った時、僕はすぐにはきみを受け入れられなかった。だけどユーリが僕に一緒に居てくれてありがとうって笑った瞬間、運命を感じたんだ。僕らは出会うべくして出会ったって」
 いつだ? ああ、たぶんアーヴィンに来て数日後だろうか。
 部屋の隅っこで虚空を見つめていた俺の元へ、ヴィルが来た。たしか、母にユーリと仲良くしてあげて、と言われたのだとか。
 冷たい目で俺を見て、何してるのか問うのに、俺は首を横に振るだけだった。そしたら、一緒に本を読んでくれるというから流されるまま、ヴィルと共に本を読んだ。
 当時の俺は絵本なんて読んだことが無いし、字が読めなかったから新鮮で楽しかった。
 ヴィルは嫌だったのだろうが、幼い俺はただ純粋に「本を読んでくれてありがとう」と感謝を述べた。
 間違えないでほしい、一緒に居てくれてありがとう、とは言っていない。昔の記憶なので曖昧だが、言ってない。
 何から何までおかしいことに固まっていると、ヴィルの指が俺の指に絡む。気が付いたときには恋人つなぎのような状態になっていた。
「だけど、兄弟だから結婚はできない。僕は父さんたちが決めた人と結婚するのだろうし、ユーリもきっとそうだって、だから諦めようとしたんだ」
「諦めてください」
「好きという想いが叶わないなら、嫌われようと思った」
「なんで? おかしい」
「嫌いという感情は好意よりも強く残るんだって。ユーリの中の一番であればなんでも良かった。誰よりも記憶に残りたかった」
「なんで? おかしい」
「でも、父さんたちから血のつながりがないことを知らされて、考えを改めたんだ。まだ諦めなくていいって、これが僕の懺悔だ。ごめんねユーリ、今も大好きだよ」
「諦めてください」
 一から十まで何も分からない、理解できない。普通に兄として好かれる行動を取ったら、お前は俺の唯一無二の大事な兄弟だったんじゃないか? 駄目だ、分からない。無理だ。魔獣と心を通わすより無理。
「ユーリはそればっかりだね。ここまでで思うことは無いのかな」
「え、いや……?」
 お前がやばいということ以外、全く頭に浮かばない。困惑していると、ヴィルの腕が俺を抱き込む。もう慣れたものだ。無抵抗で受け入れた。
「ユーリは責任を取るべきだ。もっと僕に笑って、お兄ちゃんと呼ばないといけない」
「全然分からん」
「僕は心配なんだ。前世の記憶でたまに変なことを言うユーリが、そしてユーリに馴れ馴れしいアルなんとかが最近特に目障りだ。彼と共にユーリを守るだなんて、どうして神は彼を選んだんだろう」
 空気がひんやりしてきた。心なしか頬が冷たい。髪の毛の先が凍り付いているような気がする。
 変なことを言うのは申し訳ない。それはだいたい悠太のせいだ。
 アルに関してはきっかけの人物であるので、むしろヴィルより重要人物の可能性がある。というか、もともとアルの事嫌っていただろうお前。
 どうしてお前らは俺を好きになったんだ。いつか俺のために争わないで、が起きそうで怖い。
 ヴィルにしろアルにしろ、子供の頃の俺に幻想を抱いているんじゃないかと疑わしい。成長した俺を見てみろ、こんなだぞ。子供の頃は誰だって天使なんだよ。
「昔の優しい兄さまになったと思うんだ。まだ足りない?」
「足りない、というか、足りていても貴方は俺の兄には変わりません」
「血のつながりはないよ?」
「それでも、俺にとってはずっと兄でした。今もです」
 こういうのは期待を持たせず、はっきりと言うべきだと俺は考える。
 アルには良いのか、と自分でも思うが、あれはなんというかヴィルとは話が違うだろう。
 だってヴィルは、俺の今までもこれからも兄だ。血のつながりがなくとも、書類の上では家族だ。
 俺の言葉に、ヴィルはしばし無言になる。息が白い。室内が冷凍庫になりつつある。感情がそのまま魔力に現れている。落ち着け兄よ。
「別に、分かってたよ。叶わない覚悟は昔からしていた。立場的にも、ね」
 ヴィルが体が離れ、声色が変わる。語尾に行くにつれ弱く、寂しそうな音をしていた。
「では……これから、兄弟として」
「……僕は、ユーリが死んだらその遺灰を宝石にして肌身離さず持ち歩くよ」
 なんで今俺が死んだ後の話をしてるんだ? まさか殺そうとしているのか? そんなわけないよな。
 先ほどまで、悲劇のヒロインのような顔をしていたヴィルは、今はもう普段通りの笑みを浮かべていた。
 背筋が物理的にも凍りそうな感覚に襲われる。こいつはやる。自分が納得できなければやる。敵は身内に居た。
「兄さんには、俺よりも相応しい人が居ますよ」
「いまだにユーリ以上の人は居ないよ」
「そういうしつこいの、俺だから許しますけど、他の人にやったら捕まります。直してください」
「許すってことは、つまりそういうことだね? 嬉しいな、自分以外僕を受け止められないと認めたんだよね? 父さんたちに報告しないと」
「やめろ馬鹿! なんでそうなるんだ? ていうか、俺はもう疲れた! 帰る!」
「ああそうだね、ごめんね。明日は学園長と話すんだっけ? 今日はゆっくりやすんで、あ、夕飯食べないとね。一緒に食べようか」
 これを拒否したところで、僕はユーリの護衛だからが待っている。無敵かこいつ。
 疲労感に負けた俺は、もはや何も言うまいという状態で頷いた。
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