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おまえのうしろ
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訓練場を出て、廊下を歩く。
建物の中は空調がきいているとはいえ、窓から差し込む日差しは強くてそこだけやたら暑い。
「クロエがそんなことを?」
「ああ、本人が言わない限り俺が誰かに言うのもどうかとは思ったんだが、こうなるとな」
「そうだね、さすがに心配だ。博士は何でもないって言ったんだっけ?」
「そう。まあその博士が信用できないんだが」
状況的に怪しすぎるが逆に白なのではと思いつつある。
赤い石のついた黒竜とその飼い主らしいこと、これもカイル先輩たちに共有すべきなのだろう。ただそうなると、クロエはどうなるのだろう。事情聴取とかされるのか?
すやすや寝ている友人はいまだ起きる様子はない。
二階にある医務室に着いたものの鍵が開いていない。ノックをしても声を出しても反応が無く、アルと二人立ち尽くす。
「ユーリ、もしかしたら先生休憩かも?」
「む、なら職員室あるいは食堂とかか」
「俺ちょっと見てくる。クロエを頼む。すぐ戻るから絶対動かないように」
クロエを俺に預けてアルが来た道を戻る。まるで俺を動き回る子供のように言いやがって、俺は誰よりも落ち着いている男だ。
ずっしりとした重みに足がぶるぶるした。このままでいるのはきつい。
ゆっくりと廊下に腰を下ろして、白い床に寝かせると、長い髪の毛が散る。図体のでかさもあって、大型犬のしっぽのようだ。
上着を脱いで畳み、頭の下にいれてやる。意識の無い人間の頭は重い。
クロエの頬をつついて待っていると、ふいに足音が聞こえてきた。方向からしてアルではない。俺が顔を上げると、廊下の角からクロードがひょいと現れた。
制服姿のクロードは、俺を見るなり嫌そうな顔をしてその場で足を止める。
「補習か?」
「違う、部活だ。そっちはペットのお世話か?」
「そうだ」
「否定しろ」
お前だんだん俺に慣れてきたな。
「ん?」
なんだか視界が歪む。いや、違うな、空間が歪む。
強い日差しが入り込んでいるとはいっても、逃げ水ができるような環境ではない。だが、クロードの背後、廊下の奥に違和感がある。
空間が揺らぎ、影が水面のように動いたような。
「おい、どこを見ているアーヴィン」
クロードが視界を遮るように俺の前に立つ。今お前の後ろに異変が起きていたんだが、邪魔するな。
クロードの背後を覗き込もうと背伸びをすると、さっきの現象が幻のように消えていた。幻か? 俺も疲れているのかもしれない。
「クロード、憑かれてるんじゃないか?」
「ふん、心配されるほどではないさ」
「そうか、なら良いが」
お前の後ろになにか居たが、まあ、本人が心配するなというから心配しないでおこう。
俺を一瞥して、クロードが横を通り過ぎる。挨拶も無しとは冷たい奴め。などと心の中で思っていると、またしても視界の端に何かを捉えた。
クロードが居た位置、光と影のコントラストが強い曲がり角、そこに黒い何かが居る。人型で、どろどろで両目があるべき位置に赤い光が輝いている。
黒い何かはぼたぼたと体液のようなものを垂らしながら、水中を歩くようにひた、ひた、とこちらに向かっていた。
「びゃっ!?」
「びゃ? びゃっ!?」
俺の声に驚いたクロードが、俺と同じような鳴き声を上げた。
夏、学校、そりゃ出るものもでる季節だ。惜しむらくは時間が真昼間ということだろう。
「くくくろーど! だから言ったろ!」
「知らない知らない! お前の友達だろ!」
「はっ!? 俺だって、っておい!」
ばたばたと大きな足音をたて、クロードが脱兎のごとくその場を走り去る。逃げ足が本当に速い男だ。そして臆病者だ。一生語り継いでやる。
クロードの背中を追っていた視線が、足元を、そして正面、天井とせわしなく動き回る、後ろを向きたくない。クロエをなんとかしないと、守ってやらないと、なんで俺が守る方なんだ?
「ゆ…ー………」
「へ?」
か細い声が、自分の名を紡いだような気がして恐怖を忘れて振り返る。
「あれ?」
俺とクロエだけが残された廊下には、遠くから生徒の笑い声とどこかから聞こえる楽器の音が遠くから響いていた。
白い床、壁、光を取り込んだ窓。時間が止まったような空間に、黒いどろどろは存在していない。
でも、確かに居た。というか、クロードも見たんだ。絶対に何か居た。
「う、……ユーリ?」
「あ、クロエ、起きたか」
「ここどこ」
「医務室前」
のっそりと体を起こしたクロエは、ゆっくりまばたきをして周囲を見る。
寝起きのだるそうな表情をしていて、体に不調があるかどうかは分からない。というかクロエはさっきの奴の影響を受けていないのだろうか。
クロエの顔を覗き込もうとそこに座ると、廊下の向こうからアルの声が聞こえた。
「ごめんユーリ遅くなった! 先生すぐ来るから、ていうか」
「ああ、いや、クロエ起きた。ありがとうお疲れ様」
「何か分かんないけどごめーん」
間延びしたクロエの謝罪に、気が抜けた。
「幽霊ねぇ。歴史のある学校だし一つや二つあるだろうが……」
世界樹の木の根に腰掛けたカイル先輩が、何とも言えない顔をする。
「先生方にも報告しました。魔力の気配も残っておらず、侵入者が居る形跡無しとのことです」
「なら良いんだけど」
カイル先輩が心配しているだろうことは、俺を狙った侵入者なのでは? というものだろう。それならあの場で襲うだろう。
不可解ではあるし、警戒するにこしたことはない。学園側でも引き続き不審者の捜索はしてくれるとのことだ。
今日も今日とて、世界樹の修復作業だ。なんで特別講習があった日にこんなことをしないといけないのだろう。
世界樹の庭は、空調というものが存在しない。なのに空気がひやりとしていて、夏の太陽なんて存在しないかのようだ。天気も良く、過ごしやすい空気、昼寝したい。
なのに俺は木をぺたぺた触りながら、魔力の放出をしている。苦しい。
クロエの状況を先輩たちにも話したところ、やはり医者に行けという結論となる。クロエも酷くなるなら考える、としぶしぶ言ってくれた。
博士がなんて言っていたのか、というのも問うたが返って来たのは前と同じだ。深く掘り下げたい空気を出すと、クロエは僅かに眉を顰めたので、その話はそこで終わった。
「はああ、まずい……」
「僕が飲ませてあげようか」
「飲み終わったのでお気になさらず」
魔力切れを起こす前に、世界樹のしずくを飲む。ミストタイプにしたほうがコスパも体にも優しそうだから、次はそうしようかな。金持ちがコスパとか言うな、俺の中でユーリと悠太が喧嘩をしている。
俺の背後にぴったりついてるヴィルのせいで、集中が乱れる。もう帰って良いか、来て一時間も経ってないが限界だ。
「幽霊ねぇ、この世界ではあまりいないと思うよ」
ふわふわ浮きながら神様が言う。それは初耳だ。ゴーストというものは魔獣図鑑に載っていた。魔族と魔法生物の間という微妙な位置に存在していて、死んだものの魂だとされている。奴らは人の生命力を吸いに、夜現れる。
「幽霊があまりいないとは?」
「この世界に限らないけど、魂の循環って早いんだ。だから死んだらすぐに別の世界に行く。ユーリは知ってるよね」
確かに悠太は死んですぐに転生課に回されていたな。あれがあの世か、夢が無いな。
「地縛霊とか悪霊化したものは、確かに居るけど大体がすぐ回収される。たぶんユーリの前世の世界よりこの世界はそれが早い」
「……、しかしこの世界にも降霊術やネクロマンサーが存在している」
「死者の蘇生は罪だよユーリ」
「神様が何か言ってるんです。俺じゃない」
横やりを入れるヴィルを横目で睨むと、嬉しそうにほほ笑まれた。こいつは構ってはいけないのを忘れてた。
神が言ったことを話すと、ヴィルがなるほどと納得したとばかりにうんうん頷く。
「死んだものを蘇生しても、魂は無い。死体を操っているにすぎない。そしてそれは禁術だ」
「ネクロマンサーって魂も呼び出せるんじゃないんですか?」
アルの質問に、ヴィルが無表情で黙る。面倒な奴だな。俺が同じ質問をすると、ぱっと笑顔に変わった。
「魂は戻せないんだ。ついでに降霊術も成功率は低い。できる者も希少で、死者と会話ができると言うものは大体詐欺だよ。気を付けてねユーリ」
「戻したい死者はいないので大丈夫です」
悠太の世界は、魔法やらなにやらファンタジーに属すものは無いに等しい。あっても科学で証明できてしまうような時代だった。
しかしこの世界はそれに満ちている。魔族、魔獣、悪魔に竜に天使に神。もはや部類が面倒なので、人外と人間で分けてしまいたいものだ。
会話を聞きつつ、俺は再び木の幹にあてた手に集中する。
「魂の循環が早いってのは、転生とかの話だよな。回収が早いってなんだ?」
「俺の前世の記憶では、変なのが居ました」
「へんなのって何」
「いや、本当に、俺たちの知覚の外に居る何か」
たぶん彼らにも組織があって、規律とかなんか色々あるのだろう。魂を管理している存在などあまりに大きくて考えたくもない。
宇宙とか、ブラックホールとか空の深さとか、そんなのを考えるだけでもぞっとするのだからそれ以上を知る必要はない。俺は小さき人間だ。
木の中身の魔力の循環を見ているだけでもくらくらする。規格外の魔力すら恐ろしくて気絶しそうだ。
草木の音と誰かの会話する声、それだけで、自分がちゃんと生きていてここにいると安心できる。口ではなんだかんだ言っているが、こうしてこいつらと過ごす時間は嫌いじゃない。これがあれだろ? 部活動ってやつだろ? チームメイト的な、青春的なやつ。
少しテンションが上がりはしたものの、疲れはある。まぶたを伏せたまま、首の運動をしようと上を向いた。最近はこうすると手で触れた場所以外も薄っすら見えるようになってきて気が休まらない。
「ん?」
まぶたの裏側、ではなく世界樹の上の方で何かが光る。
違和感にまぶたを開いて、自分の目でその個所を見つめるが見えるわけもなく。なら、近くに行けばいい。神様に見てこいって言おうかとも考えたが、素直に行くと思えないので俺は足に魔力を込める。
そして地を蹴り、重力魔法で体を浮かせた。まだ自分の体を浮かせっぱなしにはできないので、幹を数度蹴って上を目指す。
「わー、ユーリのそれ便利」
「お前だって飛べるだろ」
「おれ、実は竜化禁止されてるー。あの時は緊急だからゆるされたー」
「禁止?」
聞き返したのはカイル先輩だ。上に行くにつれ、声が遠ざかり会話が聞こえ難くなる。
「そ、竜人特有の力は極力使うなって学園側から。人と同じ魔法を学べって」
そこで会話を捉えられなくなった。一番近い木の枝に座る。確かこのあたりだったような気がする。
葉っぱが近いのがすごく嫌だ。下を向くと、落ちたらただじゃ済まない距離だと思い知らされる。
太陽の光が入り込んだだけか? 太い枝に立つが、光るものは見当たらない。
――と思ったのだが、
「ぎゃっ!」
「おや」
顔に何かが付いた。それを神様は呑気に笑う。
建物の中は空調がきいているとはいえ、窓から差し込む日差しは強くてそこだけやたら暑い。
「クロエがそんなことを?」
「ああ、本人が言わない限り俺が誰かに言うのもどうかとは思ったんだが、こうなるとな」
「そうだね、さすがに心配だ。博士は何でもないって言ったんだっけ?」
「そう。まあその博士が信用できないんだが」
状況的に怪しすぎるが逆に白なのではと思いつつある。
赤い石のついた黒竜とその飼い主らしいこと、これもカイル先輩たちに共有すべきなのだろう。ただそうなると、クロエはどうなるのだろう。事情聴取とかされるのか?
すやすや寝ている友人はいまだ起きる様子はない。
二階にある医務室に着いたものの鍵が開いていない。ノックをしても声を出しても反応が無く、アルと二人立ち尽くす。
「ユーリ、もしかしたら先生休憩かも?」
「む、なら職員室あるいは食堂とかか」
「俺ちょっと見てくる。クロエを頼む。すぐ戻るから絶対動かないように」
クロエを俺に預けてアルが来た道を戻る。まるで俺を動き回る子供のように言いやがって、俺は誰よりも落ち着いている男だ。
ずっしりとした重みに足がぶるぶるした。このままでいるのはきつい。
ゆっくりと廊下に腰を下ろして、白い床に寝かせると、長い髪の毛が散る。図体のでかさもあって、大型犬のしっぽのようだ。
上着を脱いで畳み、頭の下にいれてやる。意識の無い人間の頭は重い。
クロエの頬をつついて待っていると、ふいに足音が聞こえてきた。方向からしてアルではない。俺が顔を上げると、廊下の角からクロードがひょいと現れた。
制服姿のクロードは、俺を見るなり嫌そうな顔をしてその場で足を止める。
「補習か?」
「違う、部活だ。そっちはペットのお世話か?」
「そうだ」
「否定しろ」
お前だんだん俺に慣れてきたな。
「ん?」
なんだか視界が歪む。いや、違うな、空間が歪む。
強い日差しが入り込んでいるとはいっても、逃げ水ができるような環境ではない。だが、クロードの背後、廊下の奥に違和感がある。
空間が揺らぎ、影が水面のように動いたような。
「おい、どこを見ているアーヴィン」
クロードが視界を遮るように俺の前に立つ。今お前の後ろに異変が起きていたんだが、邪魔するな。
クロードの背後を覗き込もうと背伸びをすると、さっきの現象が幻のように消えていた。幻か? 俺も疲れているのかもしれない。
「クロード、憑かれてるんじゃないか?」
「ふん、心配されるほどではないさ」
「そうか、なら良いが」
お前の後ろになにか居たが、まあ、本人が心配するなというから心配しないでおこう。
俺を一瞥して、クロードが横を通り過ぎる。挨拶も無しとは冷たい奴め。などと心の中で思っていると、またしても視界の端に何かを捉えた。
クロードが居た位置、光と影のコントラストが強い曲がり角、そこに黒い何かが居る。人型で、どろどろで両目があるべき位置に赤い光が輝いている。
黒い何かはぼたぼたと体液のようなものを垂らしながら、水中を歩くようにひた、ひた、とこちらに向かっていた。
「びゃっ!?」
「びゃ? びゃっ!?」
俺の声に驚いたクロードが、俺と同じような鳴き声を上げた。
夏、学校、そりゃ出るものもでる季節だ。惜しむらくは時間が真昼間ということだろう。
「くくくろーど! だから言ったろ!」
「知らない知らない! お前の友達だろ!」
「はっ!? 俺だって、っておい!」
ばたばたと大きな足音をたて、クロードが脱兎のごとくその場を走り去る。逃げ足が本当に速い男だ。そして臆病者だ。一生語り継いでやる。
クロードの背中を追っていた視線が、足元を、そして正面、天井とせわしなく動き回る、後ろを向きたくない。クロエをなんとかしないと、守ってやらないと、なんで俺が守る方なんだ?
「ゆ…ー………」
「へ?」
か細い声が、自分の名を紡いだような気がして恐怖を忘れて振り返る。
「あれ?」
俺とクロエだけが残された廊下には、遠くから生徒の笑い声とどこかから聞こえる楽器の音が遠くから響いていた。
白い床、壁、光を取り込んだ窓。時間が止まったような空間に、黒いどろどろは存在していない。
でも、確かに居た。というか、クロードも見たんだ。絶対に何か居た。
「う、……ユーリ?」
「あ、クロエ、起きたか」
「ここどこ」
「医務室前」
のっそりと体を起こしたクロエは、ゆっくりまばたきをして周囲を見る。
寝起きのだるそうな表情をしていて、体に不調があるかどうかは分からない。というかクロエはさっきの奴の影響を受けていないのだろうか。
クロエの顔を覗き込もうとそこに座ると、廊下の向こうからアルの声が聞こえた。
「ごめんユーリ遅くなった! 先生すぐ来るから、ていうか」
「ああ、いや、クロエ起きた。ありがとうお疲れ様」
「何か分かんないけどごめーん」
間延びしたクロエの謝罪に、気が抜けた。
「幽霊ねぇ。歴史のある学校だし一つや二つあるだろうが……」
世界樹の木の根に腰掛けたカイル先輩が、何とも言えない顔をする。
「先生方にも報告しました。魔力の気配も残っておらず、侵入者が居る形跡無しとのことです」
「なら良いんだけど」
カイル先輩が心配しているだろうことは、俺を狙った侵入者なのでは? というものだろう。それならあの場で襲うだろう。
不可解ではあるし、警戒するにこしたことはない。学園側でも引き続き不審者の捜索はしてくれるとのことだ。
今日も今日とて、世界樹の修復作業だ。なんで特別講習があった日にこんなことをしないといけないのだろう。
世界樹の庭は、空調というものが存在しない。なのに空気がひやりとしていて、夏の太陽なんて存在しないかのようだ。天気も良く、過ごしやすい空気、昼寝したい。
なのに俺は木をぺたぺた触りながら、魔力の放出をしている。苦しい。
クロエの状況を先輩たちにも話したところ、やはり医者に行けという結論となる。クロエも酷くなるなら考える、としぶしぶ言ってくれた。
博士がなんて言っていたのか、というのも問うたが返って来たのは前と同じだ。深く掘り下げたい空気を出すと、クロエは僅かに眉を顰めたので、その話はそこで終わった。
「はああ、まずい……」
「僕が飲ませてあげようか」
「飲み終わったのでお気になさらず」
魔力切れを起こす前に、世界樹のしずくを飲む。ミストタイプにしたほうがコスパも体にも優しそうだから、次はそうしようかな。金持ちがコスパとか言うな、俺の中でユーリと悠太が喧嘩をしている。
俺の背後にぴったりついてるヴィルのせいで、集中が乱れる。もう帰って良いか、来て一時間も経ってないが限界だ。
「幽霊ねぇ、この世界ではあまりいないと思うよ」
ふわふわ浮きながら神様が言う。それは初耳だ。ゴーストというものは魔獣図鑑に載っていた。魔族と魔法生物の間という微妙な位置に存在していて、死んだものの魂だとされている。奴らは人の生命力を吸いに、夜現れる。
「幽霊があまりいないとは?」
「この世界に限らないけど、魂の循環って早いんだ。だから死んだらすぐに別の世界に行く。ユーリは知ってるよね」
確かに悠太は死んですぐに転生課に回されていたな。あれがあの世か、夢が無いな。
「地縛霊とか悪霊化したものは、確かに居るけど大体がすぐ回収される。たぶんユーリの前世の世界よりこの世界はそれが早い」
「……、しかしこの世界にも降霊術やネクロマンサーが存在している」
「死者の蘇生は罪だよユーリ」
「神様が何か言ってるんです。俺じゃない」
横やりを入れるヴィルを横目で睨むと、嬉しそうにほほ笑まれた。こいつは構ってはいけないのを忘れてた。
神が言ったことを話すと、ヴィルがなるほどと納得したとばかりにうんうん頷く。
「死んだものを蘇生しても、魂は無い。死体を操っているにすぎない。そしてそれは禁術だ」
「ネクロマンサーって魂も呼び出せるんじゃないんですか?」
アルの質問に、ヴィルが無表情で黙る。面倒な奴だな。俺が同じ質問をすると、ぱっと笑顔に変わった。
「魂は戻せないんだ。ついでに降霊術も成功率は低い。できる者も希少で、死者と会話ができると言うものは大体詐欺だよ。気を付けてねユーリ」
「戻したい死者はいないので大丈夫です」
悠太の世界は、魔法やらなにやらファンタジーに属すものは無いに等しい。あっても科学で証明できてしまうような時代だった。
しかしこの世界はそれに満ちている。魔族、魔獣、悪魔に竜に天使に神。もはや部類が面倒なので、人外と人間で分けてしまいたいものだ。
会話を聞きつつ、俺は再び木の幹にあてた手に集中する。
「魂の循環が早いってのは、転生とかの話だよな。回収が早いってなんだ?」
「俺の前世の記憶では、変なのが居ました」
「へんなのって何」
「いや、本当に、俺たちの知覚の外に居る何か」
たぶん彼らにも組織があって、規律とかなんか色々あるのだろう。魂を管理している存在などあまりに大きくて考えたくもない。
宇宙とか、ブラックホールとか空の深さとか、そんなのを考えるだけでもぞっとするのだからそれ以上を知る必要はない。俺は小さき人間だ。
木の中身の魔力の循環を見ているだけでもくらくらする。規格外の魔力すら恐ろしくて気絶しそうだ。
草木の音と誰かの会話する声、それだけで、自分がちゃんと生きていてここにいると安心できる。口ではなんだかんだ言っているが、こうしてこいつらと過ごす時間は嫌いじゃない。これがあれだろ? 部活動ってやつだろ? チームメイト的な、青春的なやつ。
少しテンションが上がりはしたものの、疲れはある。まぶたを伏せたまま、首の運動をしようと上を向いた。最近はこうすると手で触れた場所以外も薄っすら見えるようになってきて気が休まらない。
「ん?」
まぶたの裏側、ではなく世界樹の上の方で何かが光る。
違和感にまぶたを開いて、自分の目でその個所を見つめるが見えるわけもなく。なら、近くに行けばいい。神様に見てこいって言おうかとも考えたが、素直に行くと思えないので俺は足に魔力を込める。
そして地を蹴り、重力魔法で体を浮かせた。まだ自分の体を浮かせっぱなしにはできないので、幹を数度蹴って上を目指す。
「わー、ユーリのそれ便利」
「お前だって飛べるだろ」
「おれ、実は竜化禁止されてるー。あの時は緊急だからゆるされたー」
「禁止?」
聞き返したのはカイル先輩だ。上に行くにつれ、声が遠ざかり会話が聞こえ難くなる。
「そ、竜人特有の力は極力使うなって学園側から。人と同じ魔法を学べって」
そこで会話を捉えられなくなった。一番近い木の枝に座る。確かこのあたりだったような気がする。
葉っぱが近いのがすごく嫌だ。下を向くと、落ちたらただじゃ済まない距離だと思い知らされる。
太陽の光が入り込んだだけか? 太い枝に立つが、光るものは見当たらない。
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