悪役令息さん総受けルートに入る

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心配してる

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「心配かな。会うたびに顔つきも言動も変わって、おれに出来ることなんかないのにね」
 自嘲気味にクロエが言う。
 俺に背を向けたまま話を終えたクロエも、クロエの記憶の中の博士と同じように背中が丸くなっていた。

 竜人が世界樹の影響を受けず、魔石病に罹った者が存在しない。体質か、環境か、と調査をしている記述はあった。たしか人と魔力の構成が違うからではないか、となって、その血液から薬はできないかと試行錯誤をしていた。結果は薬の生成は難しい、できたとしても効果が期待できないとなっていたと記憶している。

 昔はもう少し、接しやすい人物だったのか。優しい人が変わっていく様はどんな感じなのだろう。
「何もしてない、そう言いきれたら良いんだけど、おれも違和感は感じてるんだ」
「違和感?」
「そ、言ったと思うけど、こっちにきてやたら眠気が強くなった」
「何かされたかもってことか?」
「固有魔法も上手く使えなくなってて、今は竜化くらいしか竜人らしさないんだよね」
「な、まずいだろそれ」
「まあねー。もともとあんま使ってなかったけど、いつか必要かもだし」
 クロエの能力、やっぱりぴゅー太とそっくりだ。しかしこの様子だと、最近は使っていないのだろうし俺やアルと会っていたらクロエはちゃんと反応をする気がしている。
 ベッドに座っていた体を、クロエの隣に持っていく。こちらを見たクロエは、何も言わず目を細めた。
「俺は、去年の秋くらいにお前の能力に似た力を持ったものを見た。あと、下層の教会でもだ」
「去年の秋? おれまだこっちに居ないし、下層も行ったことない」
 首を横に振ったクロエは、でも、と言葉を付け足した。
「二人は初対面な気がしなかった。とくにユーリ」
「操られている、とか」
「んー、それは分からない。そういうのって知覚できるもん?」
「でき、ないんだろうな? 操られたことないから分からないが」
「あったらこわいよ」
 確かにそうだな。さすがのヴィルも、そういう自意識を操るなんてことはしないだろう。ないよな。
「クロエは、どうしてその話をしてくれたんだ?」
「ユーリはずっと博士のこと嫌そうにしてたし、あと、なんていうかどう消化して良いか分からなくなって」
 一人で抱えるのが苦しくなった。クロエの言葉に、己の今までの言動を少々後悔した。
 配慮したつもりでもいろいろ質問を口にしたし、俺以外からも何かしらあったのだとしたら、友人としてなんて嫌な振舞をしてしまったのだろう。
「その、ごめん、なさいです」
「別に、おれの心配もしてたんだって分かってるから」
「言葉の選び方が、良くなかったような」
「いつもだから気にしてない」
 いつも? いつも悪いのか、そうか、そうだな。そういうのってどう直すんだ。まだ若いから矯正できるはずだ。
「こうして聞いてくれてありがと、友達とかどうでも良いって思ってたけど、ユーリと会えて良かった」
「な、なんだ突然」
「なんだろね」
 そういう台詞はなんだか怖い。最後みたいじゃないか。
 嬉しくはあるが、反応の仕方が分からない。照れるとはこういうことか、相手がアルならば今更だろう感謝しろ! というが、クロエだと、しかも今の話を聞いた後だとそれが難しい。
「もし、博士が悪人だったらどうしよ。おれ実家に帰るのかな。竜人たち、どうするんだろ」
「そしたら、俺が父に掛け合おう。お前を支援してくれるようにな。母はきっと泣いて喜ぶ」
「ありがたいけど、なんで泣いて喜ぶ……?」
 彼女は本当に泣くと思う。俺が友達のために家族を頼るなんて、初めてのことになるだろうしな。
「あと、竜人のことも。博士は残念だったが、これからはアーヴィンを頼れと」
「ふうん、ユーリがウノ―の谷まで来るんだ?」
「俺で良いならな」
「良いよ。人間の友達ですって連れてくの、初めてだ」
 お互い友達が居ない仲間か、クロエと俺では状況が違うがシンパシーを感じる。
 俺が友達という言葉をかみしめているとクロエの手が背に回る。そしてそのままぎゅっと抱きしめられた。
 どうしてどいつもこいつも、俺をぬいぐるみのごとく腕の中におさめるのだろう。
「この前、一緒に寝なかったから今日寝よう」
「いつの話をしてるんだ? お前寝相悪いんだから諦めろ」
「誰か一緒ならなんとかなるって」
 ならない。被害が俺に及ぶだけだ。
 腕の中でもがくも、そのままベッドに倒された。狭い。一人用のベッドに男二人はきつい。クロエは自分のでかさを考えていない。
「明かり!」
「うーんめんどうくさ……」
 すでに声がふにゃふにゃになっているクロエのせいで、ベッドから抜け出せない。あとで隙を見て逃げ出そう。
 友達はこういうことしないのでは? しかし俺も友人のスタンダードが分からない。複雑な心を抱えたまま俺もまぶたを閉じる。

 翌日、ベッドから投げ出され床で目を覚ますことになった。



「お、れ、も行く……! 俺はクロエの保護者だぞ!」
「違うだろ! こら、離れなさい!」
「いたいいたい腕が千切れる」
 例の虫を見つけて以降、博士の捜査が早まったのかクロエが騎士団や研究所の人間に行く日も前倒しとなった。
 あの虫はやはり魔石で構成されていて、生物の部分は中心部のみだそうだ。その中心を覆う魔石は、無色の魔石で魔力吸収に使われているものだった。
 それを生成しているのは博士ではないが、その魔石を改造して使っているのは彼くらいなのだという。加工が難しく、できる人間が限られているそうだ。
 その話を聞いてから、俺はカイル先輩にクロエの件について抗議した。先輩はしょっぱい顔をしていたが、これに関しては俺に正義があるだろう。なぜなら俺は聖女さまだ。忖度しろ。
 ちなみに黙っていた理由は、絶対こうなる気がしたからだそうだ。首をつっこんできそうだなんて失礼な話だ。実際突っ込もうとはしているが。
「だーから言いたくなかったんだ! お前の弟なんとかしろ!」
「ユーリが行くなら僕も行きたいな」
「え、じゃあ俺も、クロエが心配だし」
「お前らなぁ!」
 にこにこのヴィルとクロエに張り付いた俺を剥がそうとしつつ、クロエの隣に行きたそうなアルにカイル先輩が声を荒げる。
 特進寮の入り口に待機している騎士団の方々が困惑した顔をしているが、俺はまだ子供と呼べる年齢なので駄々をこねても許されるのだ。気にしてはいけない。
「冗談はこのあたりで、ユーリ」
「え? あっ!?」
 ヴィルがぱちんと指を鳴らすと、体に電流のようなものが走って力が抜けた。体勢を崩すと、今度は足が凍る。そうだ、ヴィルはデバフが得意だった。
「じゃ、行ってらっしゃい」
「なんか一気に疲れた……」
「クロエ気を付けて、後でまた」
「なんでだ、俺には権利が」
「文句は後で聞くから黙ってろ」
 うだうだ言っている俺を見て、クロエが困ったように笑う。小さく手を振って、騎士団員が使った転送術で姿が消える。
 足の氷がぱらぱらと割れ落ち、体の自由が戻った。恨めしそうにヴィルを見ると、やつはにっこりするだけだった。

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