悪役令息さん総受けルートに入る

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クロエと博士の話

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 出会いはまだ五歳の頃。

 竜人の里は、かつては小国とも言える規模で王族というものも存在していたし、文明も他と劣らないものだった。
 世界樹を頼りに魔族と戦っている最中、竜人の国は大きな被害を受けてどんどん小さくなった。オルカンドが建国されてからは、もっと悪くて、竜人は魔族ではないのかと疑われ人里を追われ、疲れたご先祖様たちはウノ―の谷に隠れるようになった。
 ウノ―の谷周辺に結界を貼り、常人にはたどり着けないようにしていた。これで、竜人は竜人だけの世界で穏やかに暮らせるはずだった。
 それが百年、二百年、ついには五百年と経った頃。不具合が生じる。
 外の血を断った結果、血が濃くなり異形が産まれるようになった。最初から竜の者、理性の無いもの、症状は様々だ。
 竜人をおさめる王、というか、今は族長かな、一応王族はあっておれもその血筋。えっと、長が丁度若い人になったタイミングで、外と再び交流を持とうって話が出た。
 それ時おれはまだ子供も子供なんだけど、昔話に出てくる外の景色が気になってこっそり家出したんだ。
 飽きてたんだよね。子供の好奇心ってやつ。冒険したい年頃だったんだ。
 王族の血縁だからって子供の頃から修行修行、五歳児って親に甘えて良い時期だって知ったのは、外に出てからだった。もしおれが竜人の偉い人になったらもっと規則緩くする。

 おれは竜人の里を出て、ウノ―探索を始めた。
 見つかったら大目玉だから、こっそりひっそり人目を避けて外に出て、俺は知らない景色に感動した。
 広大で空を裂くように切り立った断崖に囲まれ、青い空が破れた紙みたいだった。吹き抜ける風は岩の壁にあたって生き物の鳴き声みたいで面白かった。
 かつてはこの辺りにも居住地があったんだろうなって残骸が残っていて、竜の像や石造りの塔が立ち並んでいた。わくわくしたよ。
 で、うろうろしてるうちに、塔の下で座り込んでる人を見つけた。
 黒い髪の毛に、こんな場所を歩くには不似合いなスーツ姿。この時スーツって服を初めて見た。
 声をかけてはいけない。人間は怖いもの、そう教えられていたけど、おれは声をかけた。だって、大人はみんな新しいものが必要って言うくせに何もしない。じゃあおれがって思った。
 何しているのかって聞くと、おじさんは道に迷ったと言って困った顔で笑う。
「きみは、もしや竜人か? このあたりに竜人の里があると聞いたんだが」
「あるよ、なんで?」
「子供に話しても分からないさ」
「じゃあおしえない」
「くっ、まてまて、悪かった! お兄さんの大事な人のためにいろいろ調べてて! きみたちの話が聞きたいんだ!」
 おじさんはおれの手を掴んで、必死な顔して竜人の里に行きたいって語った。
 で、おれは連れてったんだよね。当然怒られたよ。
 でも、結果的に良かったと思う。おじさん、クラウス博士の願いを聞くのと交換条件で、外との繋がりを持つパイプ役を頼んだんだ。
 そこからおれたちと博士の交流が始まる。
 博士は、魔石や魔石病、魔術の研究をしていて、奥さんが魔石病になってしまったからその治療法を探しているって話だった。
 竜人は世界樹の影響を受けない、と文献にあったらしい。ユーリも知ってるんだ。ああ、博士の本にあった?
 それで、おれたちの血を調べさせてあげた。でも、皆は「世界樹から遠いから影響が薄いだけなのでは」って言っていて、自分たちを調べることには懐疑的だった。
 もう何百年も外に出てないから、世界樹のそばで暮らしてる竜人居ないんだ。おれが初めてになるかも。
 で、それから数年後に、博士が奥さんを連れてきた。博士は預かってくれって長に頭を下げていて、長は子供も幼いのに母が居ないのは可哀想じゃないのかって渋ってたらしい。
 博士の息子さん、まだ三歳くらいだったのかな。奥さんが魔石病発症するのと同じくらいに産まれたらしい。
 結局預かることになったよ。なんていうか、優しそうな人だった。穏やかだし、苦しい病気なのに明るくて、おれはちょっとしか話したことないから、苦しんでるのを知らないだけかもしれない。

 で、その時くらいからおれを含めた数人が、ウノ―近くの町の学校に通うことになった。
 人間と交流して、人間の知識と文明を知ってこいってこと。おれが選ばれたのは単純に魔力が高くて、将来シルヴィアにも入れるだろうって博士の推薦。修行もあるのに勉強もって酷い話だろ?
 人間はおれたちを珍しそうに見てきた。化け物って言う人や、とかげだって揶揄うヤツもいた。だからあんまり好きじゃないんだよね。
 そうそう、おれがクラスのやつらと話さないのはそれ。好きな人としか話したくない。
 博士に人間が嫌だって言ったら
「そいつらは後できみを馬鹿にしたことを後悔する。だから言わせておきなさい」
 って言った。今でも、そんなことあるのかな? とは思うけど、言わせておけば良いっていうのには納得した。だからおれは、自分を悪く言う人を気にしないようになった。
 えっと、おれの話は置いといて、博士。
 この頃は、別にひねくれてるって印象は無かった。奥さんの為に仕事して、子供の世話もして、おれたちとの約束も守ってって偉いなって。今でも思う。たまにお子さんも来てたみたい。おれは会う暇無かったけど。

 竜人の里に来た奥さんは、こっちに来てから症状が緩やかになった。おれたちの食事か体質か、はたまた環境かウノ―自体に何かあるのかって話になって、博士と一緒にウノ―の谷を調べに来た人も居た。でも、その人たちは里には入れなかったよ。
 だけど、それも大体一年ちょっとのことで、奥さんの家族から一度戻ってきてほしいって言われたらしく、奥さんも子供とゆっくり過ごしたいしって感じで王都に戻ることになった。博士は嫌そうだった。
 それでしばらくウノ―には戻ってなかったんだけど、その間に悪化してこっちに戻る前に入院が必要になったとかで、結局最期まで会うことは無かった。
 そこら辺からかな、博士がちょっと前と違うなって思い始めたの。
 良くも悪くも知識欲がある人で、自分が興味を持ったことや必要なことには全力を出す人だった。それでも、勉強を教えてくれる時は丁寧で分かりやすくて、おれ以外の子供も博士を慕っていた。
 奥さんが亡くなってしばらくし来なくなって、久々に里に来た時にはすっかりやつれてて驚いた。

 博士が長に奥さんのことを話に来た日、その日は一泊して帰る予定だったらしい。
 奥さんが生前使っていた家は、そのままになっていて博士はそこに居た。おれが会いにいった理由は、子供ながらに気になったんだよね。博士が落ち込んでないか心配だったんだ。
 久しぶりにあった博士はよれよれだった。伸びた背筋は曲がって、気障ったらしい動作も全然ない。ただのおっさん。
「クロエか、どうした」
「博士が来てるって聞いてきた」
「ああ、そうか……お土産はないよ?」
「べつに期待してない」
「はは、相変わらずだね」
 力なく笑う姿を見て、胸が痛んだよね。なんか出来ないかなって考えて一つだけ思いついた。
 おれはその頃、同じ年頃の誰よりも早く竜化を覚えて、固有の魔法も使えるようになってたんだ。竜人の固有魔法に興味があったみたいだったし、見せてあげようって。
 竜人の魔法はそれぞれ個性があって、属性も違う。人間が使えるのとはまるで種類が違うんだ。
 おれのは闇。影を操り、影の世界へ行くことができる。
 影の世界について? おれも分かんない。たぶん他にも行ける手段はあるんじゃないか?
「博士ーおれ竜化できるようになった。あと、これ」
 そう言って、おれは博士から少し離れて部屋に落ちる影にもぐった。黒い世界を少し泳いで博士の手前かなって辺りで浮上する。
「ほお、初めて見るな。魔力の気配も無くなった、どうなっているんだ」
「でしょ、世界の裏っ側にいった」
「世界の、裏?」
「なんか真っ暗なんだ。影の世界」
 死んだ目をしていた博士の瞳に、少し光が戻ったのを見ておれは嬉しくなった。
「竜人はすごいな。世界樹にも勝てるんじゃないか」
「なんで世界樹に勝つの?」
「ああ、いや、そうだな。戦う理由は無いか」
 そういうと、博士はおれの頭を撫でて目を細めて笑った。

 んで、博士の息子さんが死んだのが、俺が中等部に行ったくらい。
 今度は竜人のところに預けることもなかった。自分で何とかしようとしてたんだってさ。おれがそれを知ったの、シルヴィア受験前だよ。手続きのために久しぶりに会ってそこで聞いた。
 息子さんと歳が近いから友達になれるかなって聞いたら、死んだよって言われて驚いた。
 あとは、ユーリたちのが知ってるんじゃない?
 博士が悪い研究をしていたかもしれないのも、おれは知らないし竜人たちも知らないんだ。おれたちは博士を信頼している。
 竜人がちょっとづつ外に馴染んで、自分たちのつくった薬や道具でお金を稼いだり、学校に行かせてもらえるようになったのも、博士のおかげだ。
 学校いくのもお金が要るし物を売る場も勝手にやっていいものじゃないだろ? そういうのも手助けしてくれたと思う。まあ、大人の事情になる部分だから、竜人もそれなりの対価を払ってるとは思うんだけどね。
 博士の家には何度か行ったけど、おれが見た範囲だとおかしなところはない。気になるのは、家族の写真が全くないことくらい。
 個人的な感情は抜きにして言うと、彼が本当に何かをしたのであれば、おれたちはどうなるんだろうって心配。またひきこもり一族になりそう。外の血と知が必要なのは確かなのに、困るな。
 おれがどう思うか? そりゃまあ、やっぱり――
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