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虚無
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しばらく水流に流され、どのくらいか経った頃に急に宙に放り出された。
ふわりと浮いたと思えば、重力通り下に落ち、俺たちは固い床の上に転がった。
「いたた」
「な、なんだ……? 何の気配も無かったぞ」
「ユーリ、怪我は?」
「おかげさまで」
「良かった」
ヴィルのことは苦手ではあるが、こういう場面では素直に感謝すべきだろう。だが、ほっとした顔をされるとむず痒い。
何があったのか理解が追いつかない。黒い何かが出てきたと思ったら、急に下方向に引き込まれた。魔法の類だろうが、強制転移などだろうか。
周囲は暗く、ひんやりとした空気が漂っている。鼻につく饐えた臭いに、嫌な記憶がじわりと蘇る。
俺より早く立ち上がったカイル先輩が火の魔法で周囲を照らす。
石畳の床、高い天井、四方の壁は、動物を入れるような檻が何段も重なって並んでいる。
薄っすらと苔の生えた床を見ながら雰囲気が何かに似ていると思った。たぶん、セグター遺跡だ。魔導士初級のテスト会場。でも、こんな場所はあっただろうか。
ぱきん、と金属が割れるような音が室内一帯から響き、何者かが一斉に動く気配がする。
「わあ、すごいね」
「こ、これ、あれですよね。あの、魔石のついた」
ヴィルののんびりした様子とは逆に、アルが困惑したような声を出す。
檻からふらふらと現れたのは、世界樹を襲った魔獣に似たものだ。魔石に侵され、朽ちた体を無理やり動かしているような動きに、敵だというのに同情心がわく。俺は動物に弱い。
「アなんとかくん、ユーリを」
「アルフレッドです。了解しました」
「わ、おい。みんなでやった方が」
剣を構えたアルに引き寄せられるのを拒否する。何匹居るんだこれ、俺の魔法で引き寄せからの圧縮したほうが早いような。
などとアルの腕と戦っている内に、鋭い爪が地を蹴る音が響き渡る。
「カイル」
ヴィルがカイル先輩を呼ぶと、周囲に強い冷気が立ち込め、室内に白い霧が立ち込める。
魔獣がうなり声を上げ、今にも飛びかかろうという瞬間、氷の壁が魔獣を飲み込み動きを止めた。
冷えた空気が明かりである炎を揺らし、影が揺れる。まばたきをする間もなく終わってしまった。
「ほら、早く核ごと燃やして」
明らかな無茶ぶりに、カイル先輩は一度口を開いて何かを言いかけたが、黙って手を翻す。
「お前と違って簡単に大技できるわけじゃねえんだよなぁ……!」
俺とアルは、わけが分からぬまま身を寄せ合う。敵に襲われた巣の中のひな鳥状態だ。
ヴィルが指を鳴らすと同時に氷が砕ける。
さっきまでは冷凍庫の中のようだったのに、今度は強い熱気につつまれ氷の壁があった場所に火柱が立ち上がった。
拘束が溶け動き出そうとした敵を、大きな炎の壁が包み込み、肉が焼ける音も臭いも感じる間もなく敵影が消えていく。お前攻撃より防御よりのキャラじゃなかったのか。そんな高火力出るだなんて、俺が下位互換になってしまうじゃないか。
炎が消えた後は、焦げた壁と床しか残っていない。
「核を壊さないと駄目なら消し炭にする方が早いよね。ユーリ、大丈夫?」
「はー……つら」
「後輩を守るのも先輩の役目だろう」
「いや、でも、みんなでやったほうが楽じゃね?」
「ユーリに無理はさせたくないから」
弟に甘い顔をするな、とでも言いたげな顔をしてカイル先輩は大きく息を吐く。
ほぼ部屋全体を覆うような炎を突然要求されて瞬時に出すなんて、器用がすぎる。疲れるのも分かる。
「先輩休憩どうぞ、火は俺が変わるので」
「弟のが優しいな?」
その場に座り込んだカイル先輩の代わりに炎を出す。
一気に敵が消えたのは良いが、ここはどこで、襲ってきたヤツはなんなのかが問題だ。室内の四隅にも火球を飛ばして全体が分かるようにした。
「なんだろう、ここ……さっきのもなんていうか、死体みたいだったけど」
「あの映像にいた魔石魔獣を作っていたか、出来そこなったものかもしれないな」
「出来そこないって」
アルが口元をへの字に歪ませる。俺だってそう思うが、あの姿を見るとそうとしかいえない。皮が裂けて足を引きずる空洞のような眼を持った生き物、ホラーゲームのゾンビ犬のようだった。
わざわざこんなところにご招待をしてくれたということは、俺たちを処理したかったのだろう。となると、世界樹を襲ったやつの仕業と考えるのが自然だ。
ていうか、こっそり見ているとかいう護衛はどうした王様。ピンチに出てこい。
「ん?」
ひた、ひた、と引きずるような足音が耳に届き、俺たちは再び警戒状態に入る。皆の立場からしたら当たり前なのだろうが、俺を庇うように立たれると謎の焦燥感に襲われる。
音の方向は、この部屋唯一の扉だ。
「こ、ども?」
黒い髪の毛に白い肌の年頃は十かそこらだろうか。白い病衣のような服を身にまとっていて、見間違いでなければ足と手の肌の色が違っている。
長い前髪の隙間から、赤い瞳が見える。子供の口元が小さく動いたものの、声は聞こえない。
ふらりと体が傾き、子供が倒れる。その体が、どろりと溶けて影に吸い込まれるように消えていく。
「ユーリ、あれ、見たことある」
アルの指さす方へ視線を向けると、子供の胸元に赤い石が見えた。
「え? あ、待て!」
子供の方へと駆けだそうとしたものの、突然足が凍りつく。ヴィルの仕業である。動くなということだろう。
子供が完全に影に溶け、室内に静けさが戻った。
「見たことあるのか?」
「いや、似たものを見たことがあるっていうか」
「あの子供、胸に赤い石がついてました」
「ということは、彼も魔石で動かされているのかな?」
「それは分からないけど、あれと同じものが付いた竜が下層に居て」
「初耳だぞそれ」
「世界樹の件と関係あるとは思わな……」
いや、まあいろいろ繋がるところはあったが、その時は聖女代行やるとは思ってなかったし。そこら辺が飛んでいってたような。言うべきだったかな? 気まずくなってヴィルとカイル先輩から視線をそらす。
「カイル、ユーリだからしょうがないだろう」
「ヴィルは弟に甘いところをどうにかしろ」
「甘やかしている、のか?」
ユーリに報告するほどの知能は無い、と言われたのかと思った。
「はぁ、まあいいとにかく部屋を出る。良いか、ユーリは真ん中だ。というか後輩共は下がってろ。ヴィルは最後尾で、俺が先頭だ」
「王子様なんだから後ろのが良いのでは」
「今この国で価値があるのは、オレよりお前なの」
価値、そう言われると心にもやっとしたものが生まれる。まあ、俺は聖女代行だからな、誰よりも偉いと言っても過言ではない。だが、この三人が俺を守って死ぬなんてことがあったら嫌だと思ってしまった。
重い鉄扉をカイル先輩とアルで開け、廊下に出る。
部屋以外も夜のように暗くて、何の音も聞こえない。水の気配も、風が吹き抜ける感覚も無い。
廊下はT字路になっていて、左右どちらかに行けるようだ。
ヴィルが氷の蝶を出し、右の方へと飛ばした。その手があったか、この厄介な魔法をどうして忘れていたのだろう。前は一生使うなと思っていたが今は助かる。
「ん? 何もない」
「行き止まりか?」
「いや、待って」
今度は小鳥型のを出して、左を調べに向かわせた。そして少しして、やはり首を傾げる。
「何もないね」
「何もないって、どういうことですか?」
「無、かな。見に行けば分かるよ」
不穏な言葉すぎる。ヴィルは笑顔のままだが、俺たちは表情をこわばらせた。なんでお前そんなに余裕そうなんだ。
カイル先輩がとりあえずこっちに行くぞ、と右に進んだので、俺たちはその後をついていく。
見れば見る程、某遺跡にしかみえない。たしかあそこの通路はこんな感じだったような。しかし、遺跡というものは、大体こんな感じに朽ちて植物に侵食されているよな。勝手な決めつけだが、たぶんそう。
だが、所どころにある柱の装飾はどこも一緒とは言えないだろう。これが似てるということは、近しい種類の建造物だったということか。
さっきの場所には檻と魔獣が居たのに、廊下にはその影も形も無い。どういうことだ。俺たちを殺そうとしたのだと思ったが、違うのか。
数分歩いた先、ヴィルが行き止まりだよ、と言った辺りで、俺たちは無の意味を知る。
通路の先が無い。建物を空間ごと切り取ったみたいに、床が消え前方には真っ黒な闇だけが広がっていた。
月も星も無い。夜などではなく、この世界自体が闇に沈んだかのような景色だった。
言葉を無くし、その場に立ち尽くす。
落ち着け、見たことがあるだろう。出られない部屋の類かも。なら、こちらの要求も飲んでくれるかも。前は紅茶が出てきた。
そしてもう一つ、思い当たる話をつい最近聞いた。
「クロエの能力で、影の世界に行けるって」
「それだと影の世界なら、彼の仕業ってことになるよ」
「いや、でもクロエは最近その能力を使えていないって言ってました」
「クロエがそんなことをする理由がないです。違いますよ」
「落ち着け、とりあえず行ける範囲を調べようぜ。とにかく出ないとだろ」
カイル先輩が深々とため息を吐く。
魔術ならその痕跡があるはずだ。それを探す? それか消えた子供がまた出て来てくれるのを期待するか? どちらにしろだ。魔術は学んでいないし、子供を待つのは賭けすぎる。
首から下げた世界樹のつぼみに触れ、これが使えないか考えた。
神様は恋が叶う時が良いとはいっていたが、これの発動条件は大事な人のための祈りだ。一つだけ叶うというなら、この状況も打破できる可能性がある。
とはいえ、大事な人。一人だけ救えても意味ないんだよな。
俺が悩み始めたところで、炎が陰り、大きな羽音が聞こえてきた。そう、まるで竜とか大きな生き物が飛ぶような音――
「あ、やっぱり」
「その声! クロ……うわぁ格好良い!」
アルが歓喜の声を上げる。その瞳は幼子のように輝いていた。
途切れた通路の先を見れば。巨大な黒竜が黒い空間に溶け込むように羽ばたいているではないか。
驚いた。クロエの竜化はこんなにもでかいのか。人一人どころか二、三人は乗れそうな大きさだ。たしかにこれはぴゅー太とは別ものだ。
いや、そんなことより。
「なんで居るんだ? お前王城に居たろ」
「知らない。気を失ったと思ったら落っこちてた」
こいつも俺たち同様落とされたのか、だが助かった。これなら外に出られる。
「まあ、助かった。クロエ、上に乗っても良いか?」
「良いよ。でも助かったと思わない方がいい」
クロエが背中を見せるように通路の先で滞空する。不安になる言葉だが、とりあえず背に飛び乗る。クロエもぴゅー太のように毛がふさふさしたタイプの竜で、哺乳類に似ている。温かい。やっぱり可愛いじゃないか。余計なことに思考を持っていかれそうだ。
俺たちを落とさないようにしているのか、クロエはゆっくりと浮上する。大きいとはいえ、足元はおぼつかなくてバランスを崩さないように必死だ。
時が止まったような世界で、自分たちだけが動いているような状態は、なんだか気持ちが悪い。頭がおかしくなりそうだ。
通路から出ると、建物の全容が確認できた。やはり、大きな建造物を無理やり切り取ったような外観をしており、一番上は庭園のような風貌をしていた。
俺たちが居たのは地下なのだろう、階段も何もない場所でクロエが来なければどうなっていたのやら。天井を壊すか、俺の力で上に誰かを飛ばすかしか抜け出す方法が思いつかない。
クロエは屋上の庭園らしき場所に俺たちを下ろすと、手に握っていたらしい自分の服もその場に落とす。
「よいしょ」
「ぜ、全裸?」
「当たり前。びりびりになると困るから竜になる前に脱いだ」
「手間だね」
手間? それで流していいのか、シュールにも程があるだろう。服くらい諦めろ竜人。
服を着ながらクロエは頷く。俺たちは今、恐らく敵陣に居るのだろう。なのにこの緊張感の無さは良いのか。
ふわりと浮いたと思えば、重力通り下に落ち、俺たちは固い床の上に転がった。
「いたた」
「な、なんだ……? 何の気配も無かったぞ」
「ユーリ、怪我は?」
「おかげさまで」
「良かった」
ヴィルのことは苦手ではあるが、こういう場面では素直に感謝すべきだろう。だが、ほっとした顔をされるとむず痒い。
何があったのか理解が追いつかない。黒い何かが出てきたと思ったら、急に下方向に引き込まれた。魔法の類だろうが、強制転移などだろうか。
周囲は暗く、ひんやりとした空気が漂っている。鼻につく饐えた臭いに、嫌な記憶がじわりと蘇る。
俺より早く立ち上がったカイル先輩が火の魔法で周囲を照らす。
石畳の床、高い天井、四方の壁は、動物を入れるような檻が何段も重なって並んでいる。
薄っすらと苔の生えた床を見ながら雰囲気が何かに似ていると思った。たぶん、セグター遺跡だ。魔導士初級のテスト会場。でも、こんな場所はあっただろうか。
ぱきん、と金属が割れるような音が室内一帯から響き、何者かが一斉に動く気配がする。
「わあ、すごいね」
「こ、これ、あれですよね。あの、魔石のついた」
ヴィルののんびりした様子とは逆に、アルが困惑したような声を出す。
檻からふらふらと現れたのは、世界樹を襲った魔獣に似たものだ。魔石に侵され、朽ちた体を無理やり動かしているような動きに、敵だというのに同情心がわく。俺は動物に弱い。
「アなんとかくん、ユーリを」
「アルフレッドです。了解しました」
「わ、おい。みんなでやった方が」
剣を構えたアルに引き寄せられるのを拒否する。何匹居るんだこれ、俺の魔法で引き寄せからの圧縮したほうが早いような。
などとアルの腕と戦っている内に、鋭い爪が地を蹴る音が響き渡る。
「カイル」
ヴィルがカイル先輩を呼ぶと、周囲に強い冷気が立ち込め、室内に白い霧が立ち込める。
魔獣がうなり声を上げ、今にも飛びかかろうという瞬間、氷の壁が魔獣を飲み込み動きを止めた。
冷えた空気が明かりである炎を揺らし、影が揺れる。まばたきをする間もなく終わってしまった。
「ほら、早く核ごと燃やして」
明らかな無茶ぶりに、カイル先輩は一度口を開いて何かを言いかけたが、黙って手を翻す。
「お前と違って簡単に大技できるわけじゃねえんだよなぁ……!」
俺とアルは、わけが分からぬまま身を寄せ合う。敵に襲われた巣の中のひな鳥状態だ。
ヴィルが指を鳴らすと同時に氷が砕ける。
さっきまでは冷凍庫の中のようだったのに、今度は強い熱気につつまれ氷の壁があった場所に火柱が立ち上がった。
拘束が溶け動き出そうとした敵を、大きな炎の壁が包み込み、肉が焼ける音も臭いも感じる間もなく敵影が消えていく。お前攻撃より防御よりのキャラじゃなかったのか。そんな高火力出るだなんて、俺が下位互換になってしまうじゃないか。
炎が消えた後は、焦げた壁と床しか残っていない。
「核を壊さないと駄目なら消し炭にする方が早いよね。ユーリ、大丈夫?」
「はー……つら」
「後輩を守るのも先輩の役目だろう」
「いや、でも、みんなでやったほうが楽じゃね?」
「ユーリに無理はさせたくないから」
弟に甘い顔をするな、とでも言いたげな顔をしてカイル先輩は大きく息を吐く。
ほぼ部屋全体を覆うような炎を突然要求されて瞬時に出すなんて、器用がすぎる。疲れるのも分かる。
「先輩休憩どうぞ、火は俺が変わるので」
「弟のが優しいな?」
その場に座り込んだカイル先輩の代わりに炎を出す。
一気に敵が消えたのは良いが、ここはどこで、襲ってきたヤツはなんなのかが問題だ。室内の四隅にも火球を飛ばして全体が分かるようにした。
「なんだろう、ここ……さっきのもなんていうか、死体みたいだったけど」
「あの映像にいた魔石魔獣を作っていたか、出来そこなったものかもしれないな」
「出来そこないって」
アルが口元をへの字に歪ませる。俺だってそう思うが、あの姿を見るとそうとしかいえない。皮が裂けて足を引きずる空洞のような眼を持った生き物、ホラーゲームのゾンビ犬のようだった。
わざわざこんなところにご招待をしてくれたということは、俺たちを処理したかったのだろう。となると、世界樹を襲ったやつの仕業と考えるのが自然だ。
ていうか、こっそり見ているとかいう護衛はどうした王様。ピンチに出てこい。
「ん?」
ひた、ひた、と引きずるような足音が耳に届き、俺たちは再び警戒状態に入る。皆の立場からしたら当たり前なのだろうが、俺を庇うように立たれると謎の焦燥感に襲われる。
音の方向は、この部屋唯一の扉だ。
「こ、ども?」
黒い髪の毛に白い肌の年頃は十かそこらだろうか。白い病衣のような服を身にまとっていて、見間違いでなければ足と手の肌の色が違っている。
長い前髪の隙間から、赤い瞳が見える。子供の口元が小さく動いたものの、声は聞こえない。
ふらりと体が傾き、子供が倒れる。その体が、どろりと溶けて影に吸い込まれるように消えていく。
「ユーリ、あれ、見たことある」
アルの指さす方へ視線を向けると、子供の胸元に赤い石が見えた。
「え? あ、待て!」
子供の方へと駆けだそうとしたものの、突然足が凍りつく。ヴィルの仕業である。動くなということだろう。
子供が完全に影に溶け、室内に静けさが戻った。
「見たことあるのか?」
「いや、似たものを見たことがあるっていうか」
「あの子供、胸に赤い石がついてました」
「ということは、彼も魔石で動かされているのかな?」
「それは分からないけど、あれと同じものが付いた竜が下層に居て」
「初耳だぞそれ」
「世界樹の件と関係あるとは思わな……」
いや、まあいろいろ繋がるところはあったが、その時は聖女代行やるとは思ってなかったし。そこら辺が飛んでいってたような。言うべきだったかな? 気まずくなってヴィルとカイル先輩から視線をそらす。
「カイル、ユーリだからしょうがないだろう」
「ヴィルは弟に甘いところをどうにかしろ」
「甘やかしている、のか?」
ユーリに報告するほどの知能は無い、と言われたのかと思った。
「はぁ、まあいいとにかく部屋を出る。良いか、ユーリは真ん中だ。というか後輩共は下がってろ。ヴィルは最後尾で、俺が先頭だ」
「王子様なんだから後ろのが良いのでは」
「今この国で価値があるのは、オレよりお前なの」
価値、そう言われると心にもやっとしたものが生まれる。まあ、俺は聖女代行だからな、誰よりも偉いと言っても過言ではない。だが、この三人が俺を守って死ぬなんてことがあったら嫌だと思ってしまった。
重い鉄扉をカイル先輩とアルで開け、廊下に出る。
部屋以外も夜のように暗くて、何の音も聞こえない。水の気配も、風が吹き抜ける感覚も無い。
廊下はT字路になっていて、左右どちらかに行けるようだ。
ヴィルが氷の蝶を出し、右の方へと飛ばした。その手があったか、この厄介な魔法をどうして忘れていたのだろう。前は一生使うなと思っていたが今は助かる。
「ん? 何もない」
「行き止まりか?」
「いや、待って」
今度は小鳥型のを出して、左を調べに向かわせた。そして少しして、やはり首を傾げる。
「何もないね」
「何もないって、どういうことですか?」
「無、かな。見に行けば分かるよ」
不穏な言葉すぎる。ヴィルは笑顔のままだが、俺たちは表情をこわばらせた。なんでお前そんなに余裕そうなんだ。
カイル先輩がとりあえずこっちに行くぞ、と右に進んだので、俺たちはその後をついていく。
見れば見る程、某遺跡にしかみえない。たしかあそこの通路はこんな感じだったような。しかし、遺跡というものは、大体こんな感じに朽ちて植物に侵食されているよな。勝手な決めつけだが、たぶんそう。
だが、所どころにある柱の装飾はどこも一緒とは言えないだろう。これが似てるということは、近しい種類の建造物だったということか。
さっきの場所には檻と魔獣が居たのに、廊下にはその影も形も無い。どういうことだ。俺たちを殺そうとしたのだと思ったが、違うのか。
数分歩いた先、ヴィルが行き止まりだよ、と言った辺りで、俺たちは無の意味を知る。
通路の先が無い。建物を空間ごと切り取ったみたいに、床が消え前方には真っ黒な闇だけが広がっていた。
月も星も無い。夜などではなく、この世界自体が闇に沈んだかのような景色だった。
言葉を無くし、その場に立ち尽くす。
落ち着け、見たことがあるだろう。出られない部屋の類かも。なら、こちらの要求も飲んでくれるかも。前は紅茶が出てきた。
そしてもう一つ、思い当たる話をつい最近聞いた。
「クロエの能力で、影の世界に行けるって」
「それだと影の世界なら、彼の仕業ってことになるよ」
「いや、でもクロエは最近その能力を使えていないって言ってました」
「クロエがそんなことをする理由がないです。違いますよ」
「落ち着け、とりあえず行ける範囲を調べようぜ。とにかく出ないとだろ」
カイル先輩が深々とため息を吐く。
魔術ならその痕跡があるはずだ。それを探す? それか消えた子供がまた出て来てくれるのを期待するか? どちらにしろだ。魔術は学んでいないし、子供を待つのは賭けすぎる。
首から下げた世界樹のつぼみに触れ、これが使えないか考えた。
神様は恋が叶う時が良いとはいっていたが、これの発動条件は大事な人のための祈りだ。一つだけ叶うというなら、この状況も打破できる可能性がある。
とはいえ、大事な人。一人だけ救えても意味ないんだよな。
俺が悩み始めたところで、炎が陰り、大きな羽音が聞こえてきた。そう、まるで竜とか大きな生き物が飛ぶような音――
「あ、やっぱり」
「その声! クロ……うわぁ格好良い!」
アルが歓喜の声を上げる。その瞳は幼子のように輝いていた。
途切れた通路の先を見れば。巨大な黒竜が黒い空間に溶け込むように羽ばたいているではないか。
驚いた。クロエの竜化はこんなにもでかいのか。人一人どころか二、三人は乗れそうな大きさだ。たしかにこれはぴゅー太とは別ものだ。
いや、そんなことより。
「なんで居るんだ? お前王城に居たろ」
「知らない。気を失ったと思ったら落っこちてた」
こいつも俺たち同様落とされたのか、だが助かった。これなら外に出られる。
「まあ、助かった。クロエ、上に乗っても良いか?」
「良いよ。でも助かったと思わない方がいい」
クロエが背中を見せるように通路の先で滞空する。不安になる言葉だが、とりあえず背に飛び乗る。クロエもぴゅー太のように毛がふさふさしたタイプの竜で、哺乳類に似ている。温かい。やっぱり可愛いじゃないか。余計なことに思考を持っていかれそうだ。
俺たちを落とさないようにしているのか、クロエはゆっくりと浮上する。大きいとはいえ、足元はおぼつかなくてバランスを崩さないように必死だ。
時が止まったような世界で、自分たちだけが動いているような状態は、なんだか気持ちが悪い。頭がおかしくなりそうだ。
通路から出ると、建物の全容が確認できた。やはり、大きな建造物を無理やり切り取ったような外観をしており、一番上は庭園のような風貌をしていた。
俺たちが居たのは地下なのだろう、階段も何もない場所でクロエが来なければどうなっていたのやら。天井を壊すか、俺の力で上に誰かを飛ばすかしか抜け出す方法が思いつかない。
クロエは屋上の庭園らしき場所に俺たちを下ろすと、手に握っていたらしい自分の服もその場に落とす。
「よいしょ」
「ぜ、全裸?」
「当たり前。びりびりになると困るから竜になる前に脱いだ」
「手間だね」
手間? それで流していいのか、シュールにも程があるだろう。服くらい諦めろ竜人。
服を着ながらクロエは頷く。俺たちは今、恐らく敵陣に居るのだろう。なのにこの緊張感の無さは良いのか。
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出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。
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攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉
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※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!
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