悪役令息さん総受けルートに入る

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まっくら

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 庭園には、生命力を失った木に、枯草、かつては水が流れていただろう水路に、大きな石柱が折れ転がっている。
 宙に火を浮かせ視界を確保すればするほど、この場所が黒い絵の具を塗りたくったような絵画の世界に放り込まれたような感覚に陥る。生命の気配を感じない不気味さがある。
「おれが居てもここから出られないよ。なんか邪魔されてる感あって、それでなんでかなーってうろうろしてたら皆が居た」
「邪魔されてる?」
「そ、なんだろ、出口に蓋されてるみたい」
 服を着たクロエがその場に座り込む。どことなく顔がつかれている。気を失ったと言っていたが、体の不調なのだろうか。
 クロエの左耳のピアス、触媒であるそいつが光も無いのに小さく光ったような気がして、俺は目を凝らす。
 これも赤い石。でもたぶん、これは元からつけていたし家から持ってきたものだろう。
「あー、あと、みんなはここで魔法あんまり使わない方が良い。外と違って自然から発生するマナが無い」
 魔力を消費した場合、傷の自然治癒のように回復に時間がかかるのだが、空気中のマナを取り込むことで回復を早めることができる。まあ、それも微々たるものだがないよりかマシ。
 ついでに魔法によってはそのマナで威力を増やせるものもある。
「そこら辺は良いんだが、どうするよ。この建物? はなんだ」
「うーん、たまーにこうやって外のものを取り込んだのかな? っていうのはあるから……」
 クロエはそこまで言うと、ぱっと顔を上げる。
「誰か防御魔法」
「え、あ、俺が!」
 クロエの差し迫った声音に、アルが即座に反応し光のシールドを俺たちを覆うように展開する。
 何事か、と視線を動かすと――
 バチバチ! と黒い何かがシールドに弾かれる音が響く。
 真っ黒な闇から棘のようなものが無数に現れ、こちらにむかって襲い掛かってきているのがシールド越しに見えた。
 クロエが教えてくれなければどうなっていたことだろう。魔力も、空気の揺らぎもなにも感じなかった。この空間は確かに無だ。五感が機能していない。
 ぐらりとクロエの体が傾き、地に伏す。その顔は暗がりでも分かるくらい血の気が無い。
「クロエ、おい。ここで寝るな」
「随分体温が低いね。これはヒールではどうにもできないかも」
 ヴィルがクロエの頬に触れ、眉間に皺を寄せる。
 ヒールは怪我は治せても病気の類は治せない。それが重篤なものだと尚更だ。
 これはいよいよまずい状況なのかもしれない。闇が襲い掛かる上、俺たちはそれを感知ができない。
 光は闇に強い、という相性はこの世界には無く、むしろ同等だ。アルに頑張ってもらうにしても空間事闇属性だと範囲が広すぎる。
 どうするか、と考えていると、こつ、こつ、と床を歩く音が聞こえてきた。
 火球を広範囲に散らせる。あまり魔力を使いたくないので、庭園全体をというのは無理だ。
「本当は姿を表すつもりは無かったのだが」
「クラウス……」
 後ろに流した黒髪に、笑っているだけなら人のよさそうな顔の男だ。その隣には胸に赤い石が付いた黒い竜が佇んでいた。そのサイズはクロエよりもはるかに小さい。
「クロエがまだ生きているようだから、お礼を言っておこうかと思ってね。まあ、もう聞こえないかな」
「生きてる、ようだから?」
 まるでクラウスの想定では、クロエが死んでいたみたいじゃないか。聞き間違えであってほしい。なんでこの男は、幼いころから知っているだろう人間にそんなことを言うのだろう。
 クロエに意識は無いように見えるが、胸は上下し苦し気ではあるが呼吸はある。
「どうせきみたちは戻れない。ここで、おっと」
 クラウスの頭上から、氷の刃が降り注ぐ。しかしそれは隣の黒竜の魔法らしきもので弾かれてしまった。
 闇を切り取ったような膜がクラウスを覆い、氷をはらったかと思えば空気のように消えた。
「名家の坊ちゃんなのに、手癖が悪いね。話を聞く前に攻撃か」
「失礼、暗くて良く見えなかったもので魔獣かと」
 穏やかに笑うヴィルに、クラウスは舌打ちをする。
「きみたちが虫を見つけなければ、もう少し生かしておいたんだが」
「あれ、やっぱあんだだったのか、冥途の土産に全部話しても良いぜ?」
「王子様は潔いね、攻撃の機会を狙っているきみらも見習いたまえ。ちなみに、僕になにかあれきみらの希望は断たれる。下手に動かない方が良い」
 嘘だな。確かにあの男をどうこうしたらここから出る方法も分からないだろうが、どうせ出す気なんてない。俺には分かる。何故なら俺もヤツのような男だからだ。勝ち確で気持ち良くなって、悔しがる馬鹿どもを煽る瞬間に全力を注ぐタイプ。
「クロエに何をした」
「ヒューイに命を譲ってもらったんだ。彼の力は凄いだろう? 深淵を泳ぎ、その力を使う。魔力を増強すれば世界樹すら闇に沈めることができるんだ」
 世界樹にも勝てる、の答えがこれか。なるほど。つまりこいつは、クロエが励ますつもりで見せた力を自分の為に利用することを思いついたというわけだ。
 博士を心配していたクロエが、こんな話を聞かなくてよかった。
「世界樹があるから、魔石病が無くならない。誰も耳を傾けないどころか、教会に邪魔されこの説はもみ消される。世界樹に選ばれない人間が悪い、とな」
「だから世界樹を襲ったのか」
「一度目は、世界樹の枝葉を狙った。生命と魔力の源は、利用価値があるからね。おかげでほぼ不死身の魔獣を完成させられたし、ヒューイの力も近いうちにクロエを凌ぐだろう」
 ヒューイ、あの竜の名前か、俺がぴゅー太と悩んだやつだ。本名を言い当てるとは、俺も予知があるのかもしれない。
 おそらく、ヒューイはクラウスに操られている。彼が手を動かしたときに目と胸の赤い石が光った。それ以外は置物のように静かだ。
 赤い石、クロエのピアス。今更遅いかもしれないが、クロエの耳にぶら下がっていた瞳を模したような形のピアスを外す。
 血のように赤い石が、一度光るとすぐにただの石に戻った。
「気が付けて偉いね。だが今さらだよ」
「これ、クロエの家から持ってきたものではないのか」
「僕が預かっていたのだからどうとでも出来る」
「命を吸い取り他者へ移すだなんて、すごい技術ですね? もっと良い使い方があったでしょうに」
「息子を生き返らせる以上に、良い利用法があるかな?」
 これまでの会話で、クラウスがクロエの力と命を使って死んだ息子を生き返らせようとしていたこと、世界樹の一部を使って魔獣を作ったこと、そしてヒューイとやらをさらに改造して強くしようとしていることが分かった。ありがとう勝ち確説明おじさん。ちなみにそれフラグだからな。
 聞けば聞くほど、過去に告発された段階で学者の地位を剥奪されてしまえば良かったのに、と腹が立つ、世界は何をしていたんだ。憎まれっ子世に憚りすぎているぞ。
 クラウスの能力は高い。天才ともいえるのだろう。問題を起こしたというのに、大学やシルヴィアにも講義に来ていた。広く認められている能力も、使い方を間違えれば憎いだけだ。
「死者蘇生は罪だ。魂は戻らない。そのヒューイというのも、本当に息子か?」
「知っているとも、中身はもうどうでもいい。獣以上の知恵もない。だが、息子の一部が入っているだけで僕は満足だ。十分僕の子と言えるだろう?」
 言えないだろ。一部だけって、こんなことを言っても、瞳孔の開ききった男に届きそうもない。
 知恵が無いから操るか、去年俺があった時に保護できたら違ったのだろうか。あの時はきっと、まだ操られていなかった。
「学校にヒューイを寄越したか」
「……勝手に動いてしまって困ったよ」
「さっき、下に居た子供は」
「さあ、なんだろうね」
 学校で会ったあれがヒューイなら、彼は俺を呼んだ。下の部屋で出会ったのが同一人物ならなら、もしかして会いに来たのかな、なんて考えてしまう
 殴ろう。殴って全部吐かせて、ごめんなさいをさせたい。
「クロエは、お前を心配していたんだぞ。幼いころから知っているんじゃないのか、息子と同じくらいの年ごろから」
「だからなんだ。そろそろお話は終わろうか、そうだな」
 クラウスが後ろで手を組むと、ヒューイの瞳が赤く光る。それに反応したアルが、再びシールドを展開する、が
「な」
「……!」
 音もなくシールド内に現れた黒い何かにヴィルとカイル先輩が飲まれ、手を伸ばす間もなくふわりと消えた。
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