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おまけ2 ヴィル
しおりを挟む「いやぁ、助かるよありがとうユーリ」
「これ、俺要ります?」
「僕一人じゃ運べなかったよ」
そうだろうか、長い廊下を歩きながら、俺は口を引き結ぶ。
たまたま二階に用があって、たまたま一人で、たまたまヴィルと出会ってしまった。
普段ならば誰かと共に行動するのだが、世界樹問題が一旦落ち着いたのだから自由に動きたい、一人でも行動したい、と床と仲良くした結果、ある程度一人の時間が確保できるようになった。
図書室に用があったから、後で寮で会う約束をしてクロエと別れた。そしたらこれだ。授業に使ったという資料を運んでいる兄に捕まったのである。
廊下で目が合った瞬間、逃げようと引き返したが時すでに遅し。足元に氷が現れ滑って転んだ。そして今に至る。
分厚い本が数冊、両腕に収まるサイズの木箱。俺は木箱を持っている。小物が入っているのか、重さは大したことないががたがたと歩くたび音がした。
資料室、と書かれた教室札はくすんでいて年季を感じさせる。
ヴィルがカギをあけ、扉を開ける。ぎぃ、と耳障りな音が廊下に響いた。
資料室内は、紙の匂いで満ちていてカーテンがかかっているせいか薄暗い。
「どこに置けば良いんです、か……っと!」
「気を付けて、結構荒れてるから」
窓に気を取られ、足元が見えていなかった。俺が躓いた本の山がばらばらと床に散らばる。
「すみません」
「これはこっち、はい」
俺の手から荷物を受けとると、ヴィルは手近な棚に戻していく。場所は合っているのだろうか。
ヴィルが作業している内に、倒した本を元のところに戻す。
というか、これらの置き場もここが正解ではないだろう。本は本棚に戻せ。しかし、余計なことはしたくないので位置を変えることはしない。
「さて戻ろう、おや」
「え?」
資料室の扉に戻ろうと振り返ると、異変が起きていることに気が付く。
先ほどまで何の変哲もない木製の扉だったのに、黒い何かがべったりと扉に張り付いているではないか。
数秒の沈黙の後、ヴィルがおもむろにドアノブに手を伸ばす。そしてがちゃがちゃと回すも、扉は開かない。
「これが邪魔して開かないね。ふふ、二人っきりだねユーリ。何する?」
「馬鹿な事言ってないで何とかしないと、えーと、俺が吹き飛ばします」
「いや、そこまでしないで大丈夫だよ。それよりこの時間を大事にすべきじゃないかな」
「すべきじゃないんですよ」
トラブルを理由に寄ってくるな。頬を撫でる手をはらって、改めて黒い物体を見る。
蜘蛛の巣のようにべったりとはりつき、扉が開くのを阻止しているようだ。
よく見ると、ドアノブ付近に何か蠢くものが居る。黒くて小さい、もしや――
「ご……!」
「悪魔だね」
「あ、悪魔? どうしてこんなところに」
「さっき倒した本に封印書が混ざっていたのかな、二年に上がると選択科目で魔術を選べるんだ。魔法科でやるものだから、基礎の基礎だけどね」
「授業で使うんですか?」
「封印魔術っていうのがある。動きを止めるとか、下級魔獣を封じ込めたりね」
ややこしい話だが、魔獣の中の悪魔タイプというものだ。
魔力を帯びた動物は大体魔獣、その中で様々なものに枝分かれし、さらに幻獣なんてものも居るから面倒くさい。ちなみに竜も魔獣だ。
強い魔獣なら、倒せないから封じるという理由があるが、下級ならば封じるより倒す方が楽だろう。
世の中には魔獣使いという職もあるし、封じて調教して使役するという手もあるのかもしれない。
小さくて丸い餅のような姿に、黒いこうもりみたいな羽、よく見れば可愛い姿だ。俺たちが困っているのを面白がっているのか、けたけた笑っている。
「これかな」
俺が戻した本の中から、ヴィルが一冊の本を手に取った。
金の装飾が施された、黒い本だ。ぱらぱら捲ると、たまにページの隙間から何かが出てこようとするのが見えた。
中のものを無視して、ヴィルが真っ白なページで手を止めた。
「ユーリ、それをこっちに」
それ、とは、ドアノブのところでイキっているあれか。あんな可愛いのにちょっと可哀想だな。
魔法で否応なしにこっちに引き寄せる。
ぴにゃぁ! という悲鳴が聞こえたが、無視をしてギュっと握りしめた。やわらかくてひんやりしていて気持ちが良い。
「こいつは悪さをしたんですか? かごに入れて飼えそうなのに」
「うーん、可愛いけど、こうして生き物を閉じ込めて衰弱する様を楽しむ性癖を持っているみたいでね、これに命を奪われた人間も居る」
白いページの反対側に解説が記されているようだ。
そこには、こいつの作り出す黒い網はいかなる魔法をも防ぐらしい。しかも物理も通さない。最強じゃないかこいつ。
しかし、光に弱く本体も脆弱なため余程の事がなければ、対処は可能なのだとか。
「というわけで」
ヴィルが白いページに指を滑らせると、光の文字が浮かぶ。最後に魔法陣を描くと、ページ全体が眩く輝き始めた。
「はい」
「え、あ、はい?」
輝く本をこちらに寄越し、ヴィルが笑う。たぶんこいつをそこに置くのか? と俺は黒い餅を本の上に乗せた。
「これでよし」
ぱたん、と本を閉じると悪魔の悲しそうな声が小さく聞こえた。やはりちょっと可哀想だ。だが命を奪っているなら止む無し。悔い改めよ。
見ると、扉の黒い物体も消えていた。これで出られる。
「魔術、得意なんですね」
「魔術のが魔法より汎用性が高いと思ってるよ」
確かにそう。道具さえあれば少ない魔力で、実力以上の力が引き出せる。
封印に関しても、魔法の場合は古代呪文を覚える必要があるが、魔術はそれが要らない。もちろんデメリットも存在するが、多くを求めない場合は魔術で事足りるだろう。
さあ部屋を出よう。と扉へ向かおうとする俺と、ヴィルが止める。
手を引かれ、振り向くとにこにこの兄と目が合った。
「僕は今、ユーリのミスをカバーした形なんだけど、言う事あるよね」
「ありがとうございます」
「うんうん」
「至らぬ弟で申し訳ございません」
「違うなぁ」
「これからもよろしくお願いいたします」
「惜しい」
面倒くさくて動悸おこしそう。
「……。今度魔術教えてください」
「なるほど、そうきたか」
これで良いのか、嬉しそうなヴィルに俺の方が困惑してしまう。
「二人きりで勉強か、悪くないね。誰にも邪魔をされないところにいこう。何でも教えるよ」
「魔術だけで良いです」
余計な事言った。諦めて兄さまありがとう大好き! くらい言えば良かっただろうか。言ったらそこから大変なことになるのが目に見えてるから、言わなくて正解のはずだ。
きっと忘れたふりをしても、しつこく勉強しようと迫られるのだろう。
なんにせよ、逃げ場がない。大人しく言うことをきこう。そういうところが無ければ、頼りになる人なんだけど、天は二物を与えずということか。
笑顔のヴィルに対し、俺はしかめっ面で資料室を後にした。
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