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第九話 二日目

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「じゃあ、今日の仕事をしに行くか」

 うつろな目で夢の境目をさまよっていると、そんな声で現実に引き戻される。横になった状態で声のする方向を見る。視線の先にはあぐらの状態で片膝を立てて座っているブレンがいる。

「おはようございます」

 上半身を起こしながら自然と出てきた挨拶をする。寝起きで言うのは1年で数回もないほどであるが、状況と紐づけられた言葉は意識せずとも出てくるものである。いたって普通の少女の様子である。

「おう」

 すでに準備万端のブレンと違い、眠そうな目をこすりながら必死に体を起こそうとしているカエデは特に戸惑いはないようだ。しかし、ここは少女生まれ育った日本ではない。それは一夜明けても変わらない事実であった。

(意外とよく眠れたような気がする。人の気配はずっと感じたけど気にならないものなんだな)

「大丈夫か?」

「はい!」

 寝起きのいいカエデはすぐさま、普段通りのテンションまでもっていく。その元気な声を聞くとブレンは立ち上がり、自身の愛剣を手にする。
 この世界では起きたらすぐに働きに出るのが当たり前のようで、準備を促す。しかし、カエデも特に持ち物があるわけでもなく、自身がばすぐに戦闘可能である。そのため、カエデもブレンに続き立ち上がり「行きましょう!」と両手の拳を胸の前で握り応える。



 暗くなりはじめたころに通った道のため、うろ覚えではあるが昨日通った道をそのまま戻っているようだ。太陽が元気に輝いているがまだカエデの頭上にないということは、おそらく午前中なのであろう。
 それにも関わらず、すでに多くの人が活動を始めている。

(そういえば、昨日は暗いな~って思ってたけどここって電気がないんだ)

 ブレンとともに歩いた道には街灯の一つもなかったことに気が付く。

「あれは?」

 ブレンの後ろをついて歩くカエデが、ふと前方で動く大きなものに目を奪われた。

「ああ、あれはギルドで働いている奴らだな。ああやって勤務時間になったら城内からやってくるんだ」」

 それに、当たり前のように反応して答えるブレンは相変わらずの目つきの悪さだ。
 そこには、馬が馬車のようなものを牽いているのが2台見えた。馬車をというよりも、本物の馬を見たことがないカエデにとっては妙に興味を引くものであった。

「なんか、大きいですね?」

「そうか? 馬は大体あのくらいだろ」

 そういって、路地を曲がり振り向かなければ正面にその光景は映らなくなった。それでもカエデは、チラチラと後ろを振り返りながらその興味深い対象を観察する。可愛いと思う反面その雄々しさに近寄りがたい、そんな感情のようだ。

「まあ、あれも魔法で強化しているから普通の馬っていったら語弊があるかもな」

「魔法ってそんなこともできるんですね」

 カエデの言葉に反応してブレンが振り返りカエデのほうを見るが、カエデはまだ馬のほうを見ている。はたから見れば、それは都会に来た田舎娘と同じ立ち位置である。通り行く人も案外他人のことを見ているもので、その明らかに異様な行動をしているカエデは注目の的である。
 それに気が付いているのはブレンだけだが、当の本人はあまり気にしていない。

「あんな偉そうにしている奴らも、城内だと身分が低いらしい。もっともそりゃそうだよな。こんな蛮族たちの相手をしているくらいなんだから」

 ようやく、その光景を見ることに諦めが付いたカエデを確認してからブレンが言う。皮肉を言うブレンの顔はさぞかし楽しいのだろうと、一目で分かるほどの笑顔であった。



 二人はそのまま歩くこと数十分が経った頃だった。町を出て、そこは昨日二人が出会った場所と同じようなところに着いた。

「よし、この辺でいいだろ」

 ブレンは、あたりを見渡すようにその場でぐるりと一周まわって見せた。ブレンの視界には人影も異界の獣の姿も映らない。

「お前はなんの元素が使えるんだ?」

 ブレンはずっとカエデに聞きたかったことをようやく聞くことができた。ここまでは何気ない、カエデにとっては興味深いものでもブレンにとってはどうでもいい話しかしてこなかった。
 しかし、一緒に行動すると決めたブレンにとってはどうしても必要な情報であった。

「元素?」

 聞きなれないその言葉に、頭の中で?が浮かぶカエデは首を横にかしげる。

「ほら、火とか水とか回復とかあるだろ」

 その能天気な少女に、具体例を出せば聞きたい答えが返ってくると思いいくつか上げるブレンもつい身振り手振りが大きくなる。

「いえ、私はそういったのは使えなくて……」

 ようやくどう答えればいいか分かったカエデだが、それでもブレンの納得いく答えを要することはできなかった。そもそも、少女にとって魔法とは願えば使えるものであったからだ。

「やっぱりそうか。昨日見たときもそう思ったんだ」

 はっきりとしない少女に、怒りを表すのではなく自身の予想の裏付けと確信させた。この女も一見野蛮な風に見えるが周りをよく観察できようだ。
 それは、生まれつき持った観察眼であるのか、それともたった一人でこの世界を生きぬくために必然的に培ったものかは、まだ分からない。

「私が使えるのは、放出と浮遊だけです」

 自身よりも背の高いブレンと目線が同じくらいになるように、少女は浮いて見せた。少女自身もどうやって飛んでいるのかと言われると、分かりやすく説明できないがそれはまるで水の中で浮かんでいるようだった。

「魔法士ってのはみんな空を飛べるものなのか? 俺が前に一緒に行動していた奴は飛べなかったけどな」

 同じ目線の高さのカエデをまっすぐに見つめてブレンはたずねる。

「いや、その他の人のことは分からなくて」

「そうだったな。すまん」

 カエデとブレンとの間で何度このやり取りがあっただろうか。それでも聞きたいことがあったら聞くのは、ブレンの素直さを表すものであろう。なによりも決めつけを嫌うブレンならではである。

「城の上級魔法士らは飛べる奴がいるって聞いたことある。あとは他国には、機械兵器の力を使って飛ぶっていう噂を聞いたことはあるな」

「色々あるんですね」

 なぜ、この国の人たちが異物と戦っているのかはカエデは分かっていない。しかし、戦うことを生業にしている人の多さから、自身とは異なる力を持っている人がいてもおかしくはないだろう。

「ブレンさんは、なんで私と一緒に行動しよと思ってくれたんですか?」

 浮遊したままだった少女は、地面に降りてから訪ねる。
 あの時は勢いで言ってしまっただけだが、それを了承してここまで何も知らない自身を面倒見てくれることへの感謝と疑問が少女には残っている。この世界の過酷さを昨日一日見た後だとなおさらのことだ。

「お前は魔法士の割に鼻につかないからな」

 ブレンは鼻で笑いながニヤリと笑う。

「大体のやつは守ってもらわないとなにもできないくせして偉そうだから嫌いなんだよ」

 嫌いなことの話になるとよく口が回るブレンである。

「その点お前は良いよな。詠唱中も飛んでいればいいんだから」

「詠唱……。あれ? 私って詠唱ってしてるっけ」

 普段自身がどうやって戦っているかを、聞かれると案外分からないものだ。ましてや、それを分かりやすく言語化できる人間は、ごく少数に限られているだろう。少女もその大多数と同じである。
 ましてや、少女のように長い年月の修行の果てで身に着けたものでなければなおさらだ。

「なんか、良くわからないけど色々いるんだな」

 聞いても、大した内容が返ってこないカエデの話に飽きてきたブレンは、どうでもよさそうな態度をとる。
 しかし、ブレンにとってはそれで十分だったのだ。

「ほら、お互いがなにができるのか知っていないとだからな。これからお互いの手綱を握りあうんだから」

 これから、異物と戦うことは少女も察しがついていた。そのため、戦闘の前に軽いコミュニケーションをとっていたのだ。

「ちなみに俺は近づいて斬ることしかできない」

 背に背負った大剣を抜き目の前に構えながらブレンがそういう。歴戦を超えてきたブレンの愛刀は、それにふさわしい作りをされており、柄のほかに握りやすく振りやすいようにグリップが付いている。

「それが一番強そうですね!」

今まで何体もの異物と戦ってきたカエデにとって、自身の弱点は嫌というほど分かっている。そのためその部分を補ってくれるブレンがなによりも心強く思えた。
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