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44話

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 朝起きて、ホテルの朝食を食べて会場に向かう。
 いよいよ明日は大会当日だ。12時から配信開始で、俺たちの準決勝は13時から。そのため、普段よりも早い起床時間で体を慣らす。家でずっとゲームをしているだけだと、生活習慣というか、生活リズムが狂ってもなにも問題ない。だけど、時々予定とかで、外に出ないといけない時は、注意が必要だ。
 ましてや、大会に寝ぼけた状態のまま出るなんて、絶対に出来るわけがない。そのための早起きだ。とは言っても、時刻は9時。世間一般に見たら、特別早い時間ではない。

「お前、明日大丈夫かよ?」

 テツにまで心配されているのは、こんな時にまで寝坊してきたニシだ。こちらが、心配になるが、これはこれで通常運転なのか?

「始まれば大丈夫だよ」

 本人がそう言うなら、大丈夫なのか?

「ご飯食べたの?」

「途中コンビニで買う」

「まあ、飲み物とかも必要だから、みんなで寄っていくか。どうせ会場の目の前にあるんだし」



 4人でコンビニ袋をさげて会場に向かう。昨日貰った、通行証をかけていれば、すぐで出入りできるらしい。
 控室に着くと、昨日と同じくそれぞれのポジションで練習を開始する。最終調整と言ってもやることはいつもと変わらない。
 AIM練習。そしてチーム練習。掛け声もタイミングもばっちりで、俺達のチーム側に不安要素は無い。後はどのくらい、相手チームが自分たちの予想の範囲でいてくれるかと、予想外の行動に出たときに、どれほどの対応が出来るかだ。

「だいぶいい感じだね」

 いったん昼休憩を挟んでいる時に、タイガがそういった。

 テツ、ニシ、タイガはソファーに座って、さっきコンビニで買った弁当を食べている。

「負ける気がしないんだよな。慢心とかじゃなくて」

 もう、すでに冷めているであろうホットスナックにかぶりつきながらテツが言う。

 一方俺は、自分のパソコンの前でサンドイッチを食べながら、相手チームの最終チェックを行っている。最後の最後まで研究すれば、まだなにか見つかるかもしれない。そう思うとやめられなくなってしまう。
 今回もいつものスケッチブックを持ってきている。案外こういった、情報をまとめたり、研究をすることが性に合っているのかも知れない。嫌な人がやったら苦痛以外の何物でもないだろうから。

 そんな時だった。俺たちの控室にノックの音が入り込んだ。

「はーい。どうぞ」

 扉から一番近いニシが返事をする。

「お疲れ様です。練習中の所すみません」

 そう言って入ってきたのは、スタッフの人だった。俺達とは色の違う通行証を首からかけているから、すぐに分かった。

「会場の準備が整いました。そこで、明日のリハーサルをしたいので、参加していただけますか」

「あ、はい。分かりました」

 俺達よりも、確実に年齢が上にも関わらず、礼儀正しくしてくれている。物凄く好感を持てる人だ。普通世間からみたら、俺達なんて、ゲームしかしていないクソガキだろうに。

「じゃあ、行こうか!」

 一人正真正銘のクソガキがいるが。
 俺達は、スタッフの人の後に着いて行き、実際に準決勝、決勝が行われる会場に初めて足を踏み込んだ。

「おお」

 目の前の光景に、つい声を漏らしてしまった。俺の目の前には、ステージの上にハの字型に並べられた、パソコン8台とそれより少し後ろに実況解説をするための席が用意してある。後ろには大きなスクリーンが用意されており、客席からは、試合映像とプレイしている選手両方を同時に見られるようになっている。
 ゲームの国内大会で、オフラインでやるというのは、あまり聞かない話なので、この規模が大きいのか、小さいのかは、分からなかったが、十分すぎる舞台に正直驚いている。
 しかし、いつも部屋の一室で引きこもってゲームをしている、人間からするとなかなかに緊張するものではある。でも、そのおかげもあって、本当に日本一を争う場所にいるか感覚が増してくる。

「凄いね!」

「ああ、これは凄い」

「なんか緊張してくるな」

 各々がこれを見た感想を言う。全員にとっての初舞台。せめて、自分だけは浮き足だたないようにと、気を引き締める。
 目の前の舞台に目を取られていると、後ろからこれが聞こえる。他のチームの人達も来たようだ。後ろを振り返ると、かなりの人数の人がいた。4チームしかいないはずなのに、なんでこんなに人が多いのだろうか?
 スーツを着こなし、明らかに選手ではなさそうな人を見て、ようやくわかった。俺たちはプロチームに所属してないから、4人だけだが、本来はチーム運営の人達も来るから大がかりだのだ。

「あれ~、ヴィクターじゃね?」

「あ、本当だ。おーい!」

 多くの人が会場を見て、驚きの声を上げる中で、一つだけ明らかに俺に向けられたものがあった。
 そちらの方を見る。すると、心臓が大きく跳ね上がるのが分かった。

「あ………」

 そこに立っていたのは、の2人だった。
 いや、違う。俺のトラウマの元凶の2人だ。

「久しぶりじゃんヴィクター。元気してた?」

 俺に向けられた声は、他の3人にも聞こえたいたようで、俺の方を見る。まだ状況が理解できていない3人からしたら、俺の知り合いが来たとしか思っていないだろう。

「ああ、久しぶりだな」

 目を逸らしながら、返答する。鉢合わせになることは、分かっていたため覚悟はしていた。こいつらの前では平然を装うと思っていたが、想像していたよりもそれは難しい事だった。

「ヴィクターさん! 知り合いの人いるなんて凄いですね! たった4チームしかいないのに」

 俺のそばに寄ってくる、タイガの無邪気な言葉が、今ばかりは目障りで消し去りたいと思ってしまった。一切なにも変わらず、ずっとずっと慕ってくれているタイガにこんなことを思ってしまう自分が嫌になる。

「これが、今のヴィクターのチームメイトか。強そうな選手ばっかりじゃん」

「そうだね、これは俺達が歯が立たないかもな」

 俺の前で二人は笑っている。
 ああ、記憶が蘇る。俺が真剣に話をしても全て、笑いごとで済まされ、適当にあしらわれていたあの時を。

「なに言ってんだよ。そっちだって、ここまで上がってきたんだから」

 本当だったら、今すぐ立ち去りたい。だが、そんなことは出来ない。それをしたら、また後時と同じ二の舞だから。逃げることを止めて、また戦うことを選んだのだから。

「ヴィクターはいつもだからな。こんなゲームで配信までして、人気集めと共に、作戦をばらしてな」

「本当にそれな! 勝つ気ないのかとずっと思ってたよ。それがここまで上がってきたんだからびっくりだ」

 テツと、ニシも様子が変だと気が付き、俺の横まで来ている。

「そんなことはないよ」

 情けないことに、返答になっていない言葉しか出てこなかった。

「お兄さん達、俺たちのヴィクターさんの知り合いか何かですか? ずいぶんと親しいようで」

 テツが、そのデカい図体で、少し前に出る。

「元チームメイトだよ。ほら、ヴィクターが最後に活動していたチームの」

「とは言っても、知らん間に消えちゃったけどな」

 再び二人して、笑い声をあげている。既にこの場にいる人が全員こちらの会話に気が付いているだろう。なぜか、いつも以上に目線を感じてしまう。

「なんか、失礼ですね」

 二人の言葉にタイガが反応して、少し詰め寄る。

「いやー、そうなんですね! 感動の再会の所あれですけど、そろそスタッフさんが進行したがってるので、行きますか?」

 タイガの肩を掴んで、テツが無理やり後ろに下がらせる。その間に入り、ニシがこの場を中断させてくれた。

 俺は3人と一緒に、舞台の上に上がる。意図的にあいつらとは離れた場所に、誘導してくれた。
 全チームがそろったので、当日のリハーサルと説明が始まった。












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