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第一幕「道化の英雄」・Hero de Jester・
Epilogue
しおりを挟む4月19日 AM10:05 学生寮 居間
「はっ……」
目覚めると、視界は一面真っ白な天井。部屋のベッドに仰向けで寝ていた創伍は、普段なら二度寝と洒落込むところを、寝呆けることなく真っ先に――
「シロっ!!」
彼女の名を呼んだ。昨日はアイナの細工によって危うく忘れかけたが、全てを夢で終わらせたくなく、今度は自力で思い出す。
そして直様起き上がると――
「おはよっ、創伍♪」
目と鼻の先に、少女の顔が迫る。紛うこと無きシロの顔だ。また白一色のワンピース姿に戻っており、創伍の腰に跨るような態勢で彼が起き上がるのを待っていた。
「何しとん」
「うんとね、創伍の寝顔が可愛かったからね、観察してた!」
「……ハハ」
夢じゃない。またシロの笑顔が見れて安心すると、創伍は肩の力が抜けて仰向けになる。
「でも……何て顔をしたらいいか」
だが悪く言えば、全て現実。多くの犠牲者が出た昨晩の惨劇に、全くの無関係という訳にはいかなくなったのだ。
「――どっちつかずね。折角記憶を消さないであげたのに」
「えっ!?」
そんな創伍の前に、別の人物が現れる。
「アイナ……さん? どうしてここに? 騒ぎはどうなったんだ!?」
「心配しないで。どうやらマンティスが倒されたことを知り、全員逃げ出したみたい」
「そっか……良かった」
「それでどうなの。模倣犯の真似事をされて、創り主としてやっぱりショック? お望みならば、もう一度記憶を消してあげるけど」
「いえ、やっぱ結構ですっ」
「ならよろしい。これ、横に置かせてもらうわね」
昨日のことが嘘だったかのように穏やかな表情で、アイナは持ってきた盆をテーブルに置く。盆には茶碗一杯のお粥と塩焼き鮭。
「これは……」
「見て見て創伍! これ、アイナと私で作ったんだよっ!」
「えっ、二人で?」
「ほら創伍! アーンしてっ」
「ちょっと、どうして――んっ」
シロがレンゲで掬った粥を創伍の口に押し込める。
「どうかな? どうかな??」
「……美味い」
ここ数日カップラーメンばかり食べていた創伍にとっては、ある意味ご馳走であった。
「やった! 美味しいって、アイナ!」
嬉々として食べさせるシロに、アイナも笑みを浮かべる。
「あのー……アイナさん」
「アイナでいいわ。どうしたの?」
「うちのシロと、何かありましたか?」
「――っ」
ただ創伍だけは腑に落ちなかった。昨日追いつ追われつの争いをしていた二人が、どうして今はこうも仲が良いのかが引っ掛かり、粥がなかなか喉を通らないのだ。
「そ、それは……」
「仲直りしたんだよねー! アイナ!」
「ちょ、ちょっとシロ! 急に抱きつかないでよ」
「仲直り??」
頬を赤らめるアイナは、いつしかシロを「シロ」と呼んでいた。そこに彼女への嫌悪感は無い。
「……私はそうすることにしたの。私が自分の意思で決めたのっ――」
「昨日、あんなになんたらジョーカーとか言っていたのに……」
「あれは機関がそう名付けただけっ。元々私達が属する機関は、今回の暴動を鎮圧する一方で、あなたとシロを邂逅させないように動いていたの。あなたをただの真城創伍として生きてもらうため、私達の存在を知られないためにね」
「………………」
「でも二人は繋がった。その上で機関は創造世界の基準に則り、今後の動向を決めたのよ。まずあなたは、このままこの世界に野放しにする訳にはいかない」
「サーカスで働かされるとか?」
「まさか、創造世界で保護するのよ。そして今回の暴動の加担者の鎮圧に協力してもらう。もう引き返せないのだから……私だけはせめて出来る限りのことをしようってね。朝食は、せめてもの罪滅ぼし」
そう言うとアイナは、深々と頭を下げる。
「……昨日は危険な目に遭わせてしまってごめんなさい」
昨日の行いを、シロと創伍に対しての非礼を詫びた。
「アイナ……」
「私達の行いを、許して欲しいなんて言わない。でもあなた達をどうしても巻き込みたくなかった……」
人ならざる者との遭遇。その引き返せない道へと巻き込んでしまったことへの詫び。それは人ならざる作品達にとっては、死ぬことよりも恥なのだ。
「いいよ。自分で覚悟決めて渡った橋なんだから、別にアイナを恨んじゃいない」
だけど今の創伍に、事情なんてどうでも良かった。こうしてまたシロと会えたのだから終わり良ければ全て良しということにした。
「創伍……」
「俺もこのまま終われるなんて思ってもないし、自分の罪滅ぼしをしなくちゃいけないんだ。その創造世界ってとこに、俺の記憶喪失の原因が散らばってるんだろ?」
ただシロに会えて終わりとはいかない。昨晩の襲撃を敢行した者達には、創伍の作品が数を占めている。彼は自分の記憶という名の創作物と対峙しなくてはならないのだ。
「私の口からは細かく説明出来ないけど、そんなとこね」
「だったら俺はシロと戦う。そこで俺に出来ることがあるならいくらでも協力するよ。でもまだ右も左も分からないから、アイナがいろいろ教えてくれると嬉しい」
「シロも協力するー!!」
まるで冒険を前にときめく子供の様——危機感の欠片もない道化の覚悟に、アイナは思わず笑ってしまう。
「……フフフ、あなた達らしいわね」
不安を抱くどころか安心したのだ。この二人なら、きっとどんな窮地だろうと戯け舞う英雄に違いないから――
「いいわ、創造世界に案内してあげる。でも今すぐじゃない――あなたがマンティスから受けた傷はまだ癒え切ってないもの。明日の夕方にまた迎えに来るから、それまで今日一日は絶対安静よ」
「あぁ、分かった」
そう言ってアイナは創造世界へ戻ろうと立ち上がり、部屋の窓を開ける。窓から飛び去ろうとした一瞬、創伍の方を見ずに一言発した。
「――創伍、あなたが選んだ道よ。決して逃げ出さないようにね」
「勿論だ――よろしく頼む」
「アイナ! シロも頑張るよー!」
やはり二人の覚悟は揺るがない――再認識出来て満足したアイナは、そのまま窓から飛び去る。
窓が開いたままの部屋には静かに風が入り込む。二人きりになった創伍とシロは、改めて互いに感謝の言葉を述べた。
「シロ……本当にありがとな。こんな俺と契約なんてしてくれて。死んだ方が良いなんて、今は口が裂けても言えないや」
「エッヘン! お礼はこっちの台詞! こっちこそありがとうだよ!」
死んだらシロの笑顔は見られない。これ程脳裏に焼きつく彼女の笑顔がなかったら、本当に記憶喪失のまま生きていたことだろう。
「それに創伍は、早速自分の本質に関わる記憶を思い出したようだしね!」
「………………」
そんな彼女との契約の暁に得た物。それは本質に関わる記憶――真城創伍は小さい頃から何をするよりも絵が好きだということ――それを知ったと同時に、マンティスもあの時に生まれたことも……。
「なぁ、シロ」
「何?」
「知ってたら教えてくれ。勘……なんだけどよ、俺が持ってる記憶障害ってのは、俺の無類な絵描き好きが関係してるんじゃないのか?」
「…………」
「つまりその……俺が絵を描いて何かを生み出すことで、その絵に宿った魂が俺の記憶を抜き取り、決められた役割を果たしているとか? そういう法則でもあるのかなーって……」
創伍は、先の回想でもしやと思った。幼少の頃の殆どを思い出せないのは、全てマンティスと同様に絵を描いていたことで、記憶を作品に奪われたのではないかと――
「信じられないかもしれないけれど、その通りだよ」
「……マジかよ」
創伍の作品だからこそ起こり得る現象。創伍が記憶障害である理由は、まさにコレなのだ。
「じゃあ、俺がその記憶を抜き取った奴らを全部捕まえれば、俺は本当の俺に戻れるってことか……?」
「残りの破片者は109体……創伍が忘れている数だけ存在していて、みんな別々の記憶を断片的に持っている。それらを集めないといけないことを忘れないでね?」
「あぁ……」
記憶という完成されたジグソーパズルを海に放り投げて、ピースを一つずつ集めなければならないという壮大な使命感。
だが創伍はもう決めたのだ。死んだ人達のためにも、シロのためにも、そしてこれから誰かを守るためにも、そこまでしなければ普通の人間にすらなれないのだから……。
「無責任な自分にならないためにも、道化であり続けないためにも……」
まだ実感はついていないけれど、憧れる主人公を絶対に諦めないよう――
「今日からよろしく頼むぜ――シロ」
「こちらこそ、よろしくだよ♪」
固い握手をし、二人はより強い誓いを交わした。
が、しかし――
「……ぁぁん……」
「ん?」
寮の廊下から、誰かの声が部屋に響く。
「………………ぁぁぁあん…………」
「…………!?」
「…………ちゃあああぁぁんっ……!」
「…………!!」
「……ソウちゃあぁぁぁぁあん!!!」
「創伍、誰の声??」
「お、オレンジ……!」
緋蓮寺 織芽――究極のお節介者が学生寮へと怒涛の勢いで創伍の部屋の前に駆け込んでくる。
「ヤッベェ……! 昨日電話してから、アイツのことすっかり忘れてたっ……!!」
昨日彼女に電話を掛けた後はすっかりシロのことに夢中で、壮絶な死闘の後に気を失った所為で織芽どころではなかった。
「ソウちゃん無事ぃ!? 昨日変な事件起きて町中パニックだったし電話が混戦で切れちゃったしあの後全く電話繋がらなくて夜になって何度電話してもソウちゃん出てくれないから心配で心配で心配で堪んないから来たんだけどソウちゃん無事いぃぃぃぃぃぃ!?」
……今は無事だから良いものの、彼女のお節介ゲージはマックスを超えて暴発してしまっている。
念の為携帯を開いてみると――
『通話受信履歴:187件 緋蓮寺 織芽』
「何コレ……」
とにかく暴発した際の対処法なんて織芽の取り扱い説明書には無いので、創伍は無難に居留守を貫くことにした。
だが――
「どっせぇいっ!!」
「のわっ!?」
なんということだ。守凱よりも劣るが、織芽は持ち前の空手で鍵の掛かったドアを破壊したのだ。
そして――
「ソウちゃん……?」
「お、おいっす……」
「創伍ー、このお姉ちゃん誰??」
男と女、間には白髪の幼女。今のシチュエーションに創伍はこの世の終わりを感じていた。マンティスなんて屁でもないくらい、今の織芽が夜叉の様な形相の怪物に見えてしまい――
「てめえぇぇぇぇぇっ!! 何しくさってんじゃコラアアァァァァァッ!!」
「うわああぁあぁ!! シロ助けてっ!!」
「わーい! プロレスごっこだぁ!!」
「違ーう!!」
織芽のキ◯肉バスターが炸裂――
「ぎゃぁあぁああああっ~!!!」
今日一日、絶対安静不可。
(あぁ……俺の人生、ここで終わるかもしれない)
という冗談半分はともかく――やはりこんな日常の囁かな時間が作品という者に壊されるのを、創伍は認められなかった。
だったら織芽や日常に住む人々を守る為にも、決別がしっかり出来るよう残されたわずかな時間を噛み締めようと感じるのであった。
* * *
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