創造世界の道化英雄《ジェスター・ヒーロー》

帯来洞主

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第二幕「世界の眼」・World Eyes

第05話「日常との訣別」2/3

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 PM17:20 学生寮 居間

「ふふ、フフフフフ……!」
「……笑い事じゃねぇって」
「だって本当に驚いたんだもの。迎えに来たら創伍がみたいになってて……それがまさか……幼馴染にやられたなんて……!」

 約束通り夕方に迎えに来たアイナは、タロットをモチーフにした魔術で創伍の怪我の手当てをしている。必死に笑いを堪えているのは、織芽の殺人技を受けた創伍の無残な姿に敵襲と勘違いしたからだ。

「良かったね創伍。右腕の力は自分以外の人の傷しか癒せないから、迎えに来たのがアイナじゃなかったらあのまま死んでたかも!」
「その前に手品すんなや」
「フフ……終わったわよ」

 悪びれもしないシロに呆れる創伍だが、アイナの術で怪我も治ったため、終わり良ければ全て良しにするのであった。

「まぁ私としては、あなたがその幼馴染に詰められて口を割ったりしなかったことが幸いね。私達『作品アーツ』は、人間に見られるだけならまだしも、創造世界の存在まで絶対に知られてはいけないから」
「……アーツ?」
「創造世界に生まれた生命の総称よ。私も守凱も、マンティスだってみんな『Artsアーツ』という人間の想像の具現物で括られてる」
「じゃあアイナも、誰かに想像されて生まれたのか」
「えぇ。元々は『マジカルタロット・スクール』っていうパズルゲームのヒロイン役なんだけど、知ってる?」
「あぁ、マジカルタロット・スクールか……ごめん」

 ゲームや漫画はそれなりに嗜んでいる創伍だが、アイナが登場している作品には心当たりもなく、知ったかぶりも失礼なので素直に謝った。

「いいのよ。あるゲーム会社でデザインまでは完成していたのに、肝心なゲームは途中で企画倒れして誰も知る由がないもの……。創造世界はそういう事情や作者の意思など問わず、この人間界たる『現界げんかい』で創られたキャラクターの形や性格、特技などの設定コンフィグが八割方完成していれば、生命を機械的に産み落としていくの」

 生まれた時点で役割と能力が決められる――自分と似たような境遇をもたらす創造世界に対して、創伍はあまり良い印象を持てなかった。

「そんな私達の存在を知って、人間達が創造世界を探し始めたりしたら、世界が余計混乱しちゃうでしょ? お互いの為にも絶対に関わり合ってはいけない……だから一昨日は止むを得ず、私達の機関が全力で痕跡を抹消したってわけ」

 アイナの言う通り、一昨日は世界各地で起きた大事件にも関わらず、今朝のテレビでも犯行グループなどに関する情報や手掛かりなどは一切報道されなかった。
 あの状況下で、自分達の存在を勘付かれないような隠蔽工作を遣り果せるなど、一度や二度で熟せる単純な作業でもないはず――

「……キミたちは、いつからこの世界に?」

 創伍は、禁じられた境界線に踏み込むつもりでアイナに問いを投げた。

「――人類が進化し、初めて想像力を用いるようになった時に創造世界とアーツは誕生した。アーツは人類より一足先に早く科学力を身に付け、平安時代の頃には創造世界と現界の繋がりまで理解し、現界入りを果たして歴史の影で暗躍するようになったと聞いてるわ。人類への関心も勿論だけど、大半の理由はから守る為だけどね……」
「秩序を乱す存在……?」

 アーツの存在はシロから詳しく聞かされていたが、アイナの抽象的な表現にはパッとしたイメージがつかなかった。

「これだよ! 創伍!!」

 解りやすい例として、シロは創伍が描いた作品――『ヒュー・マンティス』のイラストを見せつける。
 アイナはまさにそれだと頷きながら言葉を続けた。

Differentディファレント.Artsアーツ……略して『異品ダーツ』――創作物の中で主に悪役、怪物といった設定を与えられた者達。人間の中で善と悪が分かれるように、作品はアーツとダーツで二極化されるの。人類との平和と友好を望んで文明開化に尽力したアーツも居たけれど、過激派である異品は、それを良しとしなかった。自分達よりも遥かに劣る人間を滅ぼそうと現界入りをし、悪行の限りを尽くしてきたのよ」
「それってつまり……」
「えぇ、アーツなくして人類の歴史は無いわ。私達の身の回りにある様々な物は、発明の歴史があって現存している反面、妖怪や神と呼ばれる非科学的な存在が見られないのは、私達が人知れず異品の暴走を鎮圧しているからこそなの――世界観と秩序を壊さない為にね。異常気象による災害や神隠しのような超常現象……それに巻き込まれた昨今までの未解決事件は、全て私達が真実を闇に葬った後の爪痕と言うべきね」

 それは自分の事ではないという人間の無関心さを死角として突いているものであった。今日までの人類の歴史は、全てアーツの支えあってのものという真相を知り、創伍は思わず息を呑んでしまう。

「じゃあ今回の場合、キミ達は異品ってのを防ぎ切れなかったってことだよな……俺の描いた落書きに、何か凄い影響力でもあったの?」
「防ぎ切れなかったことは素直に認めるわ……そして少なくともこの現界での暴動は、あなたの絵が起爆剤となった可能性がある。でも数日前から、他の世界でも同じようなことが起きていたのよ」
「他の……世界?」
「わかりやすく説明するわ――」

 アイナはどこからともなく紙とペンを取り出し、創造世界のシステムについて分かりやすく絵を描いて説明しようとした。

「アハハ! アイナの絵って面白ーい」
「うるさいわね……これでも真面目に描いてるの!」

 シロにも笑われてしまうその簡易的なイラストは、丸い体に手足が生えた悪人顔のキャラクター。分かりやすさ重視とはいえ、お世辞にも上手いとは言えなかった。

「……創造世界には、創られたアーツ達の特徴や属性ごとに分けられた異世界がいくつも存在し、人間に創られた時点で生まれてくる世界も決まっているのよ――例えばマンティスなら昆虫という属性により『大自然界だいしぜんかい』。私はこの服装や能力からイメージしやすいけど『魔術界まじゅつかい』——といった具合にね」

 創造世界とは一つの巨大な箱庭ではない。近未来の世界に恐竜が現れたりしないよう、混沌化を防ぐシステムというべきか。創作で生まれたアーツの設定や属性に応じ、その者に適した環境に生み落としていくのだ。

「機関の本部が置かれている『裏ノ界うらのかい』を始め……『大自然』『魔術』『大海たいかい』『大空だいくう』『戦乱せんらん』『機甲きこう』『炎獄えんごく』『氷結ひょうけつ』『呪術じゅじゅつ』……などの上位界。そして残りは幾億にも枝分かれしたマイナーなジャンルの下級界で分けられる。最初は下級界のみで起きた小さな暴動だったのが、急速に上位界にも拡大したことで、次第に抑え切れなくなったのよ……」

 弁明とも受け取れるが、悔しそうに語るアイナの解説に、創伍は異品を御し切れなかったアーツを責める気にはなれなかった。異能者同士では、死ぬか生きるかの熾烈な闘いに違いないだろうと思えたからだ。
 だが、俯くアイナの瞳には、未だに強い使命感が宿っていた。

「でも……この一連の暴動は偶発的じゃない――きっと同じ人物が、何年も前から綿密に立てた計画的犯行ではないか――ならばその黒幕を突き止め、次なる襲撃に備えられるよう、現界と創造世界を繋ぐ"世界の眼"である英雄連合機関――『Worldワールド.Eyesアイズ』ことWダブル.Eイーは、あなた達二人を重要参考人として保護することに決定した」

 一学生が巨大な組織に目を付けられるシチュエーションなど、SF映画の中だけの話と思っていた創伍。アイナの解説もあってか、今回の惨劇がどれだけ重大な問題であるかを思い知らされる。

「私はその本部までの案内人として、貴方達の身辺警護を務めさせてもらうわ。くれぐれもつまらないミスで、人間に勘付かれるようなボロだけは出さないようにね?」
「善処します……」

 しかしそれだけではない。創伍には創造世界という新たな舞台で、自らの記憶を求めて破片者と闘わねばならない宿命が背負っている――

「後悔はしてないんでしょ?」
「お、おう。勿論だっ」
「返事良しっ。それじゃあ、創造世界に向かうわよ。シロも準備してね」

「はーい! 出発、進行ー!!」

 まるで遠足気分なシロに和まされながら、創伍達は学生寮を後にする。

 必ず帰ってくるから――脳裏に織芽の姿を浮かべ、その言葉を心の中に秘めたまま、この現実世界に訣別けつべつを告げるのであった。


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