創造世界の道化英雄《ジェスター・ヒーロー》

帯来洞主

文字の大きさ
28 / 44
第二幕「世界の眼」・World Eyes

第07話「英雄達の集結」1/3

しおりを挟む

「さぁさぁ寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 紅蓮魔ヒバチ、今世紀最大の大魔術だぁ! 見ねぇと一生後悔するぞー!」

 百人近くの観衆に囲まれているのは、黒い炭の下駄を履き、白い道着とさらしで筋肉質な体躯を包んだ長身の青年。パッと見では人間と変わらない。しかし顔から手、胸や足にかけての皮膚は全て橙色で、ボサボサに乱れた頭髪は真紅に染まっているという、怪異的な容貌をしていた。

「只今俺の片手には鉄球四つ、もう片手には灯油ボトルがある。これよりこの灯油を頭から被り、三分間燃え滾る鉄板の上で火達磨になりながらジャグリングをやってみせよう!! しかも最後の山場まで見届けた奴は奇跡を目の当たりにするぜぇ!? さぁどうだどうだ!!」

 耳を疑うような自殺行為だが、紅蓮魔ヒバチという男は死も恐れずひたすらに囃し立てる。その賑やかさにアーツ達が何事かと足を止め、噴水広場は一瞬にして見物人で溢れかえった。

「ほぁ~、なんかすごいことが起こりそうだよ!」
「アイナ、あの人が……?」
「私や守凱と同じW.Eのエージェント――『紅蓮魔ぐれんま ヒバチ』よ。お調子者だけど、大目に見てあげて」

 アイナとの合流もうわの空か、ヒバチは観衆から見物料を絞り取るくらいのつもりで口八丁に煽っていく。

「紅蓮魔ヒバチ、最初で最後の大魔術! 見たい奴はその目に焼き付けときなぁ! YouTubeで見るのと肉眼で見るのとでは価値が違うってもんだ! プライスレスだ! それがたったの100ワルドだぁ~!!」

 ワルドとは創造世界共通の貨幣の単位だ。1ワルドで1円、つまり100円分のワルドを大勢のアーツから巻き上げればそれなりの小遣い稼ぎになる。

「面白い、やってみろぉ!」
「いいぞぉ! 兄ちゃん! 奇跡を見せてみやがれ!!」

 観衆は多大な期待を寄せて小銭をヒバチの足元へと投げる。彼のやる気は俄然上がり、遂にその火蓋が切って落とされた。

「おいしゃあ! そんじゃ危ねえから少し離れな! さぁさぁ見さらせ紅蓮の炎舞えんぶを!!」

 ヒバチが得意げに叫ぶと、手に持った灯油をそのまま頭から被っていく。普通の人間なら引火すれば焼死は免れない。
 そして何処からともなく火が点いた。ヒバチの全身は業火に包まれ、鉄板の下の薪に滴り落ちた灯油も引火し、下から上まで火炙り地獄と化す。

「お、おい兄ちゃん大丈夫か!?」
「誰か念のためにバケツに水汲んできて来い!!」

「やめろぉ! このヒバチ様に水なんぞいらねぇ! それこそことになんだよぉ!!」

 だが……ヒバチは絶叫するどころか、屈託無く笑いながら宣言通りジャグリングを始めた。

 間もなくして炎は最高潮に達し、ジャグリングをしているであろうヒバチの姿を覆い隠す程の火柱が上がる。

「アイナ、これ……ちょっとまずくないか。早く鎮火しないと本当に死んじまうぞ?」

 火の勢いに創伍だけが危機感を抱いていたが……アイナはそれがどうしたと言わんばかりの素っ気ない返事を返す。

「——大丈夫よ。彼はこれで通常運転だから」

「通常運転……?」
「創伍! アレを見て!」
「何だよシロ……って、あれ? 火柱が……」

 次に見た時には火柱がみるみる縮み始めていた。
 そして炎の中には未だジャグリングを続けているヒバチの姿が――

「い、生きてるぅ!?」
「見ろ! 道着から下駄まで、何一つ燃えちゃいねぇ!」
「何なんだコイツは?!」

 誰もが驚愕した。ヒバチの体は燃え散るどころか、体に纏っていた炎の方が段々と小さくなっていく。肉を焼くような音を立てながらも、最後は彼の体へと入り込むように消えていったのだ。

「…………はいぃぃ!!」

 鉄板の上で決めポーズ。
 燃え盛る炎を自然消火させたヒバチの大魔術に拍手喝采が起こらないはずがなく、観衆の誰もが追加で大量の硬貨や紙幣を投げ入れる。

「すっごーい! 創伍、あの人ジャグリングしながら火を消しちゃったよ!?」
「こりゃあ……なんとも……」

 最後まで見届けた創伍やシロも、気付けば周囲に釣られて拍手を送っていた。

「いやーどうもどうも。このヒバチの本日限りの大魔術、ご覧いただきありがとう!」

 止まらない拍手の嵐に満足げなヒバチは、頭を何度も下げながら笑顔で路上に落ちた銭を拾い集める。

 しかし――

「あ、あれ? あれあれれ?」

 どうしたことか。投げられた硬貨はヒバチから逃げるようにふわふわ浮き始めた。そして投げた観衆一人一人の財布へと素早く戻っていくではないか。

「あぁ! 俺の生活費っ……どこ行くんだよ!?」

「そこまでよ――ヒバチ」

 次々と飛んでいく硬貨を取り戻そうと走るヒバチの前に、アイナが立ち塞がる。

「ア、アイナ……!?」
「みんな、彼はW.Eの一員。ただの炎使いのアーツよ。十八番を披露していただけなの――だからそのお金は持ち帰って」
「あ! バッ、おまっ!」

 持ち前の能力を見せるだけの不当な小遣い稼ぎという種明かしに、硬直してしまうヒバチ。今のはアイナが彼から取り上げる為の魔術によるものだったのだ。

「何だぁ? ただの能力自慢かぁ!?」
「ふざけやがって! みんな帰ろうぜ!」

 観客は散らばり、四人以外に誰も居なくなった広場に静寂が訪れる。

「あぁ! ちょっと待って! せめて灯油代だけでも……」
「ヒバチっ!!」
「あ、はいっ」

 先程まで荒々しく演じていたヒバチが、アイナの怒声で一気に縮こまる始末。

「い、いやぁ久々じゃないかアイナ! 元気にしてたか!? 実はちょいと目立つ行動をして合流しやすいようにしてただけなんだよ~。お陰ですぐ見つけられただろ?」
「まったく……W.E屈指の英雄『赤壁せきへきのヒバチ』が一般市民からお金を巻き上げようだなんて何考えてるのよ!」
「仕方ねぇだろ! ここに来るまでの運賃で有り金全部スッちまったんだって!」
「とにかくっ! 今のを見過ごすわけにはいきません。この事はちゃんと長官に報告しますから」
「あぁぁぁ~っ!! 待ってアイナ様! それはどうかお許しください! 何でもしますから!!」

 完全に見掛け倒しだ――二人のやり取りを傍で見ていた創伍は、これまで抱いていたW.Eへのイメージが覆されたような気さえした。

「言ったわね。じゃあ本部に着くまで一緒にお客さんの護衛をお願いしようかしら」
「んん? 客って何だよ……」
「現界の英雄――真城 創伍と相棒のシロよ」

 話がようやく自分達の方へ振られ、ヒバチと目を合わせる創伍とシロ。

「オーオーオー! ここに来るまでの道中、風の噂で聞いたぜ。期待の新人ルーキーが"ドでかい爆弾"抱えてこの世界にやって来たってな! しかもその爆弾は可愛らしい美人の嬢ちゃんときたもんだ! それがお前達って訳かい!!」

 ヒバチは状況を飲み込むと、目を輝かせて歩み寄り、創伍の背中を盛大に叩いてくる。

「はぁ……なんて言われてるのかは分かんないけど、そう言う噂があるならそうなんじゃないの」
「ハハハ! 緊張感のカケラもねぇなお前。まぁ本部の意向である以上、たとえどんな奴が来ても同じ屋根の下で過ごすんだからな。分かんねぇことあったら、このヒバチに何でも聞いてくれ。伊達に長生きしちゃいねぇからよ!」
「あぁ、よろしく……」

 挨拶を交わし、早速目的地に一緒に向かうと思いきや――

「っ――」

 何をするつもりか、ヒバチは急に構え始めた。

「そうときたら俺様もっ……自己紹介! 耳の穴かっぽじってよぉく聞けぇい! 来る世界の終焉にのみ、駆け付ける一人の色男ありぃぃぃっ!!」

「………………!!」
「ヒバチ……さん??」

 突然の大声に創伍とシロが圧倒され――

「あぁ……また始まった」

 アイナは手を頭に当てて溜息している……どうやら何かのらしく、ヒバチは口上を述べていく。


「この俺こそが、創造世界一の傾奇者! その身その魂は燃え尽きることない無敵の炎熱っ!!」

 下駄を鳴らし、全身を荒ぶらせ――

「絶世の益荒男!」

 手を雄々しく突き出し、脚を広げ――

「炎獄界の大英雄!」

 眉間に皺を寄せ――

「炎天下無双!! 泣く子も黙るW.Eの鉄砲玉あぁっ――」

 飛び六方で地面を片足で跳ねて行き、最後に盛大に名乗りを上げた。


「あ、紅蓮魔ぁヒバチ様よおぉぉっ!!」

 ペンペンッ! 

「………………」
「アホくさ……」

 ……と鳴れば文句無しに決まるはずの彼の大見得。一人だけ違う熱の入り方に、どうリアクションを取ればいいかわからず、創伍とアイナは沈黙する。

「わぁ……カッコいい~!!」

 ただしシロにだけは絶賛だったらしく、お世辞でもない彼女の純粋な反応に、ヒバチは悦に浸っていた。

「ありがとよ嬢ちゃん……。さぁ自己紹介はこの辺にして、本部まではこのヒバチがエスコートさせていただきましょう」
「全く調子が良いんだから……創伍、ボーッとしてないで早く来て」
「お、おうっ」

 何はともあれ彼らと打ち解けることで幾ばくか緊張が解けたような気がした創伍は、ヒバチの後に付いて行こうとした。


 その時だ――


「がっ――!?」


 そんな浮かれたヒバチが、いきなり仰向けにひっくり返る。

「ヒバチ!?」
「ヒバチさん!!」
「おじちゃん!!」

 銃声だ。どこからともなく響いた銃声と共に、弾丸がヒバチの眉間を貫いたのだ。
 ヒバチは理解が追い付かぬまま、口をあんぐりと開けて……死亡した。


 * * *
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜

平明神
ファンタジー
 ユーゴ・タカトー。  それは、女神の「推し」になった男。  見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。  彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。  彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。  その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!  女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!  さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?  英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───  なんでもありの異世界アベンジャーズ!  女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕! ※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。 ※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。

処理中です...