創造世界の道化英雄《ジェスター・ヒーロー》

帯来洞主

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第二幕「世界の眼」・World Eyes

第09話「英雄の条件」3/3

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「舘上っ!!」

 繰り広げられる異形の者達の攻防。それに気を取られてしまい、流れるように舘上を人質に取られた真坂部の叫び声が響く。

「舘上! 聞こえるか! 早くそこから飛び降りるんだっ!!」

「う、う~~ん…………あれ、先輩? なんでそんな真下にいるんですか……って、うわぁ!?」

 ひしゃげた車の中で目を覚ました舘上には発狂しそうな光景だ。自分の乗ってる車が怪物の手に握られており、周囲には真坂部と創伍以外に人間らしい姿をした者がいないのだから。

「うわああぁっ! オバケだ~~っ! 先輩助けてーっ!!」

「カーッカッカッカッ!! さぁさぁ英雄女傑諸君、掛カーッてきな!この刑事デカーがどうなってもいいならなぁっ!?」

 オボロは戦う前から傍観する真坂部と気絶していた舘上に目を付けていた。隙を見つけこの二人のどちらかを人質に取れば、ヒバチ達は迂闊に手出しは出来ないと読んだのだ。
 そしてその読み通り、ヒバチ達と創伍の手は止まる。

「刑事さんっ!!」
「道化ー! ユーの相手は斬羽の兄ィだ! もしミーに剣を向けたらそれでも刑事の命はナッスィンだカーらな!?」
「ぐ……っ!」

 苦渋の表情を浮かべる創伍。ますます自分達が不利な状況に立たされてしまい、嫌でも鴉と雌雄を決するしか選択肢がなかった。

「あんにゃろー! 不死身のくせに人質取って牽制しようなんて……まさかさっきのは、私達の能力を見切るためにわざと攻撃を受けてたってワケ!?」
「そりゃそうでしょ。敵に勝つにはまず敵を知るってね……っていうか乱狐ちゃん、そんなことも気付かず大技決めちゃってたのー?」
「う、うるさいな! つららさん達が不死身だからってしてた所為でしょ! もし人質死なせたら報酬は無いんだから、こっからは本気でやってよね!?」

「ガハハハ!なぁに心配すんな創伍!! あの兄ちゃんはヒバチ様が華麗に救い出し、オンボロ車をぶっ倒した後はそこのカラス野郎も焼き鳥にしてやっからよ!」

 そんな創伍の心中もいざ知らず、脅しに屈せず強く意気込むヒバチ達。

「カッ……カ~!?!? ミーはオンボロ車って呼ばれるのが一番ムカーッと来るんだっ! この刑事に報酬が懸カーっているんなら、いっそこのまま喰い殺してやろうカー!? その方がユー達の泣きっ面が目に見えるってカアアアアッ!!」

「あ……あれ?」
「相手を刺激してどうすんのこの馬鹿ヒバチー!!」

 それが仇となってオボロの逆鱗に触れてしまい、早くも囚われの舘上を風前の灯火に陥れてしまう。

「あわわ……あぁぁ~っ……! しぇんぱぁぁい……!!」
「カーカカカ! 早く泣いて許しを乞わないと、こいつが死んでしまうカー!!」

 オボロの牙が、手に掴んだ車ごと喰らおうと大口を開けて少しずつ舘上に迫る――


……

…………

………………


「そういうことだ道化英雄——悪いが俺との勝負はこのまま最後まで付き合ってもらうぜっ!!」
「クソ……!」

 時同じくして鴉と撃ち合う創伍は、舘上を人質に取られたことで戦いに集中できなくなっていた。
 ヒバチ達を信用していない訳ではない。しかし彼らは今、下手に動けなかった。三人とオボロの間には約十メートル程の距離があり、少しでも動きを見せては舘上が喰い殺されてしまう危険性があるからだ。

「創伍どうしよう。このままじゃ刑事さん達が……」

 傍でサポートを続けるシロも、流石に舘上にまで手が回せそうにないのは疲弊しきった声からして明白であった。

(せめて俺が……俺がオボロの不意を突いて助けに行ければ……!)

 創伍は葛藤していた。自分はこのまま鴉と戦わねばならない。だが本心は、今すぐにでも舘上を助けに行きたいのだ。

「どうした! 今度は脚がガラ空きだぜ――」
「っ!? また別の型を……!」

 心の迷いは渦巻けど、斬羽刀の型が変わるたびに防御を強いられる創伍。

(いったいどうしたら……!)

 まさしくどちらも絶体絶命という状況に――


「――舘上っ!!」

「んっ!? ガアアアアアッ!?!?!?」

 予期せぬ横槍に、全員が驚愕した。
 なんと先程まで創伍と鴉の戦いを傍観していた真坂部が、オボロのボディに飛び付き舘上の乗る車までよじ登り始めたではないか。

「んなっ! わっぷ、な、何をするカー!?!? 前が見えねぇってカー!!」

「舘上! 早く……この手に捕まれっ!!」
「うわぁ目が回る~~~~!」

 創伍には退くよう言われたが、後輩の危機には居ても立ってもいられなかったのだろう。オボロの顔面を踏み台にし、腕にしがみついて舘上の方へと手を伸ばす。

「な、何あのおっさん? 一人で異品に立ち向かって……」
「おっさん早く逃げろ! あんたまで殺されちまうぞ!!」

 真坂部のことなど眼中になかったヒバチ達は完全に出遅れてしまった。持ち前の能力でオボロを倒すのは容易いが、下手に暴れた拍子に真坂部達を巻き添えにしては元も子もない。かえって余計に手出し出来なくなり苦虫を噛み潰す羽目に。


 ―—ただし創伍にとっては違った。


「刑事さん……」

 真坂部の勇姿が後押しし、創伍の中である決意が固まったのだ。

 そしてこの時こそ千載一遇の好機——もしこれを逃せばもう彼らを救うことは出来ないだろう。
 ならばもう心の迷いはない。創伍は何かが吹っ切れたかのようにすぐ行動に移した。

「シロ……一つ頼んでもいいか」
「……なに、創伍??」

 鍔迫り合いの中、創伍はシロと目を合わさないまま小声で何かを伝え始める。

 無論それは鴉も見逃さなかった。

(……やっと反撃する気になったか)

 反撃さえ許さず攻撃に徹することも出来たろう。しかし彼は、再戦前に創伍が言ったことを思い出す。

『舞台の最後にはどんでん返しがあるもんだろ――』

「………………」

 苦し紛れか、ただの能天気か――いずれにしてもシロという『未知』を後ろ盾にしてる以上油断は禁物。せめて足は掬われないよう間合いを取り、二人の出方を窺おうとした

 その一瞬に――

「創伍! 今だよっ!!」
「あぁ!!」

 シロが合図を出し、創伍が脇目も振らず脱兎の如く駆け出したのだ。
 向かう先は、真坂部達のもとであった。

「なっ……!? 待ちやがれっ!」」

 まさかのに拍子抜けした鴉はすかさず銀翼を翻す。創伍は剣を引き摺って走っていたため、追い抜くのは容易だった。
 だが再び見た創伍の顔は、焦燥に駆られていない落ち着いた面持ちだ。

「――そこを退いてくれ。斬羽鴉」
「澄ました顔して何言ってやがる。ここまで俺に語らせといて、お前まだ踏ん切りついてねぇのか!」
「……あぁそうだ。正直言うと、俺はお前と戦いたくない」
「ふざけんなっ! 言ったはずだぞ。お前を殺さなきゃ英雄になれねぇとな! 英雄になるためなら手段は厭わず、なれないのなら死ぬ覚悟だって出来てる。お前にはそれ以上の覚悟も無ぇのか? あぁ!?」

 いくら追い詰めど自分と戦う覚悟を持たない創伍に、苛立ちを隠せない鴉は斬羽刀を向けて警告した。

「戻れ。そして俺と闘え! もしここから先一歩でも進んでみろ。この刀の、おくかたで殺す!」
「………………」

 所謂斬羽刀の必殺技。それを使うということは、間もなく二人の戦いにも決着が着くということだ。

 ―—立ち塞がる鴉の向こう側では真坂部が奮闘している。オボロが振り払おうと車を掴んだ右手を振り回すが、死に物狂いで後輩を助けんとする彼の意地が勝り……

「クソっ……離れろ! 離れないカー!!」

「早く……! よし……飛び降りろ!」
「うわぁっ!?」

 見事舘上を奪い返したのはいいが、腕を引っ張って身を投げるようにオボロの頭上から飛び降り、真坂部達は五メートル程の高さから落下してしまう。

「イタタタ……。先輩、一体何が起きているんです!?」
「話は後だ! 今すぐここから逃げ――」
「先輩?!」

 その勇敢な行動の代償は大きかった。真坂部の左足は痛々しく折れており、とてもこの窮地から逃げ果せられる状態ではない。

「っつ……俺のことは構うな! お前だけでも逃げろ!!」

 それでも自身を省みず、舘上だけでも逃がそうとする彼の背後で、文字通り怒りに燃えるオボロの足がズシンと地面を鳴らす。

「カアアアアアア……! 人間ごときが、よくもやってくれたなぁ?!」

「ちぃっ……」
「ひゃああぁぁ!?」

「そんなに死にたきゃあ、お望みどおりミーが殺してやるカー!!」

 人間が蚊に刺されて不快に思う心理に近いだろう。自分より劣る生き物に抵抗され激昂するオボロは、躊躇いもなく二人を手に掛けようとした。

「刑事さんっ!!」

 その光景が引き金となり、創伍が一心不乱に走り出す。鴉が立ちはだかっているにも関わらずだ。

「バカにつける薬は無い……か」

 諦観した鴉は両手に握っていた二本の斬羽刀の剣先を、突貫してくる創伍へ向ける。


「……奥ノ型――『弩流鴉威羽どりゅうやいば』!」


 鍔の先からは弾ける爆音。小型ロケットを射出するようなそれは、銀の刃をバネ仕掛けの要領で勢いよく放つものであった。敵の意表を突く為のカラクリの奥の手は、ダーツよりもタチの悪い手裏剣擬きだったのだ。

 迎え撃つ鴉の奥の手に対し、創伍は――

「——シロ! 今だっ!!」

「——それぇぇいっ!」

 闘いを放棄したに見せかけ、なんと反撃に出たのだ。
 刃が射出されたと同時に創伍は合図を送り、シロが羽衣をひらめかせる。

(やはり最後の悪足掻きか……だがもう遅い!)

 鴉はこの状況までも読んでいた。窮鼠猫を噛むのなら道化師も戯けるだけ戯けるだろう、と。
 丁度羽衣が創伍の顔面を覆ったところで、二本の斬羽刀がそのまま貫通する。

 そして――


「ぎっ……あぁぁっ……!」
「あぁぁ……そ……う……伍……!」


 羽衣を貫いた二本の刃は、なんという不運だろう。それぞれ二人の喉元を刺さってしまったのだ。

「かはっ……! ク……ソぉぉ……!」

 裂かれた傷口からは鮮やかな血飛沫が舞い、真坂部の元へ向かう創伍の歩みは段々と遅くなる。

「あ~あ……やっぱ宝の持ち腐れか。あっけね」

 もっと熾烈な死闘を繰り広げて勝利を手にしたかったのだろうが、現実とは無情だ。シロに頼るだけの創伍では釣り合わなかったのだ。
 道化英雄を望み通り討ち倒した鴉は不服そうに、倒れる創伍の最期を見届ける――


「……なーんてね」


 彼がもう死ぬ寸前であるならば、今の台詞が遺言になっていただろう。

「はっ……?!」

 死ぬ寸前の話だが……。

「宝の持ち腐れにならなくて……悪かったなぁ!!」
「そうだそうだー!」

 しかし、刀が首に刺さったままの創伍は崩れ落ちるどころか歩みを止めず鴉の胸ぐらを掴むではないか――

「創伍、今だよ!」
「うっ……らぁぁっ!!」

 豆鉄砲を喰らい隙だらけになった鴉の顔面に、創伍が渾身の拳打を見舞う。ヘルメット越しとはいえ怯ませるには十分な威力。まともに受けた鴉は地面に転がり倒れる。

「ぐぬぃ!? がぁぁっ――!!」

 遂に、斬羽鴉に一矢報いたのだ。

 初めて受けたダメージは相当大きく、ヘルメットをしていなかったなら致命傷であっただろう。その証拠に、鴉のヘルメットには大きな罅ができており……

「しまった……!」

 ヘルメットが割れ――鴉の素顔が曝される。
 灰色の嘴、鋭い目の下には赤いインクを塗ってある以外は人間に近い、まさに鳥人という顔立ちだった。

「やったね創伍! 作戦大成功!!」
「シロのおかげだ。まぁ嘴は折れてないけど、鼻っ柱まではへし折れたかな……!」

「馬鹿な……斬羽刀は確かに喉に刺さっている。何か細工をしやがったな!?」

 鴉には今の状況が理解出来なかった。まさか不死身でもあるまいに、首には刀が刺さったままの創伍が確かに自分の眼前に立っている。こんな状況など、誰が予想してたであろうか。

「言っただろ。どんでん返しはあるもんだってな……『には弱い』――お前の戦術を、俺達も手品で真似したんだ」
「……どういうことだ!?」
「シロ、種明かししてくれ」

「はぁい! 種明っかし~☆」

 シロは得意げに首に刺さった斬羽刀の刃を抜き取る。スルリと抜け落ちた後の二人の首元をよく見ると……

「羽衣を……首に巻いている……?」

 シロの長い羽衣が二人の首を絞めつけない程度に巻かれているが、どこから見ても斬羽刀は羽衣ごと首を貫いているようにしか見えなかった。

「『剣刺しマジック』って見たことあるか? これが結構初見者にはウケの良いマジックなんだ」

 実際の剣刺しマジックは、観客の前で鋭利な剣の切れ味を紹介し、その後剣を腹部に刺す。そして抜き取ると刺し傷も流血も無いのだが、これは鋭利な剣を観客に見せた後、折り曲がる剣とすり替えてから刺し、服の下に重ねて着たコルセットの中を潜らせるという簡単な手品なのだ。

「まさか俺の刀をマジックの道具に変えたのか……?」

 創伍達が斬羽扇に翻弄されていたあの時——シロは捕捉したものに対し指を鳴らすことで、イメージしたものに変異させる――扇を風船に変異させたことで、その能力は鴉に見破られていた。

「そうだ。あの時の羽衣を翻したのは、俺達の行動を先読みされない為のカモフラージュで、首に巻き付けたのはコルセット代わりにするため。刀の切っ先はそっちから見えないし、今は夕暮れ時だから羽衣に刺さっても、喉に刺さって見えるだろうと咄嗟に思い付いたんだ」
「そして血飛沫はシロ特製の血糊で、創伍の迫真の演技とベストマッチ! 創伍が考えてくれた、私達だけの戦術だよ♪」

「なるほど……お前を見くびっていたために足を掬われるとは……考えたもんだ」

 一杯喰わされながらも鴉は笑っていた。あのまま創伍が本当に死んでは物足りなかったからだろう。

「なら……もっと俺を楽しませろ。そのお得意の手品がお前の武器なら相手にとって不足じゃねぇ。どっちかが死ぬまで俺と闘え!」

「もう勝負はついただろ。お前は奥の手を使い、武器も使い物にならない。俺は刑事さん達を助けたいんだ!」

「確かに奥の手は使った。でもな……俺の武器は斬羽刀だけじゃねぇ!!」

 満たされない鴉は、立ち上がりざまに次の武器を繰り出す。奥の手と言っても、彼にとってはあらゆるカラクリ仕掛けの武器に奥の手を用意しているのだ。

「こんどはコイツで――勝負だ!!」

 終わらない殺し合いを楽しもうと、次なる武器を抜き出す鴉。

 だが……

 PONG! 
 PANG! PANG!
 BAKOOOOOON!
 CHUDOOOOON!

 鴉のコートやブーツなど至るところから突然、クラッカーの破裂音が響き、煙や花火が噴き出したのだ。

「うわっ……!?!?」

 爆薬や銃などあらゆる武器が不自然に暴発し、弾け飛ぶ。これには鴉もパニックに陥り、武器を搭載したコートを脱ぎ棄て、体毛についた火をはたく。

「クソッ! 何なんだよこれは!?」

 これも創伍の作戦の内だった――

「言っただろ、お前の武器はもう使い物にならないって。悪いけど、お前に諦めてもらうには持っている全ての武器を取り上げるしかないと思ったんだ。お前のコートを掴みに行く為だけに、だいぶ苦労したよ」
「何だと……あの時俺を掴みにかかって来たのは、ただの反撃ではなく……」
「シロにお前のコートを細工させる為さ。肉を切らせて骨を断つって程でもないけど、俺にとっては十分危険な賭けだった……」

 限りがあるかも分からない武器を一つずつ潰せる程シロの体力に余裕は無い。故に創伍は危険を顧みず、自分は鴉との間合いを詰めて、シロの手品で武装解除させたのだ。

「……とんだ腑抜け野郎め。そこまでして俺と闘わないとは、見下してるのか!?」
「違う! 俺は殺し合いのためにシロと契約したんじゃない!」

 シロとの契約を結んだあの日、恥ずかしくない主役になってみせるとシロに約束した。そして自分の守りたいもののために戦う覚悟を決めた。
 しかし鴉が創伍に求めた覚悟は、勝つか負けるかの殺し合いだ。

「俺とシロの力は、誰を何人殺したかで誇る為にあるんじゃない。この力で記憶を取り戻し、俺自身の過去を精算する為……この力で、守りたい人を守る為っ! そしてそれが――俺達の『英雄の条件』なんだっ!!」

「なっ……待てっ!!」

 創伍の英雄の条件に、鴉と戦う道理は何処にもない。それを突き付けた創伍は、戸惑う鴉を放って再び真坂部の元へ走る。

 壁は越えた。後は彼らを救うだけだ。


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