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第二幕「世界の眼」・World Eyes

第10話「英雄達の舞台」2/2

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 PM19:28 高速道路上

「………………」

 夕陽も沈み切り、カラスも飛ばない現界の夜空には月が掛かる。シロに引っ張られ、退避させられていた真坂部は、遠くから創伍達が見えるくらいの位置の道路脇に隠れていた。

「あぁもう……どうして繋がらないんだよ~!!」

 途中まで気絶していた舘上は状況を全く呑み込めず、傍にあった公衆電話で助けを呼ぼうとしていた。
 しかし繋がらない――それはヒバチ達が異品討伐に現界に来ているため、W.E本部が周辺のあらゆる電波をジャックしているからだとは知る由もなかった。

「やめろ舘上。呼んでも無駄だ。どうせ助けが来る頃には全部終わってるさ」
「何言ってるんですか! 車のバケモノや、怪人変人が集まってるんですよ!? あの少年は"黒"で、バケモノ同士の抗争が終わった次は僕らを殺すつもりですって!」

 刑事の端くれとはいえ、舘上にも犯罪から市民を守るという信念がある。しかし犯罪者の正体が怪物では話が違う。アクション映画のようなヒーローになる気はない為、すぐにでもこの場から逃げ出したかった。

「それは違う――他の連中は分からんが、あの少年は俺達を助けてくれたんだ」
「だったら生きてるだけで丸儲けでしょ! ここは彼らに任せて、早く応援を呼びましょう!」

 斬羽鴉とオボロ・カーズにそれぞれ襲われる直前で救われた真坂部は、創伍を信用し切ってはいない。しかし刑事の勘とはいえ、惨劇の日の渦中の人物だとしても……敵ではない――そう信じていたのだ。

「ダメだ。俺はこの闘いを見届ける義務がある」

「どうしてですか!?」

 そして真坂部は、創伍達の闘う姿から思い出したのだ――


「……いろんな意味で俺を助けてくれたヒーローだからだよ」


 嘗て子供の頃に抱いた淡い夢……まるでそれを形にしたような少年の姿に真坂部は心を打たれた。
 創伍は誰かを守る為に闘っている。権力で物を言おうとした自分とは違い、揺るがない正義感を真っ直ぐに貫こうとした彼の強い意志から、刑事として忘れかけていたものを思い出したのだ。

 その英雄達が繰り広げる大活劇を是非見てみたい――まるで舞台の観客として招かれるかの如く、真坂部は食い入るように見守るのであった。


 * * *


 夜を騒がす道化の狂宴。地面からは煌びやかな舞台が飛び出し、花火が闇を照らす。その中心で流れる音楽に合わせてシロが踊ると共に、次々と浮かび出る舞台演出の幻影が、重苦しい空気を賑やかなムードへと塗り替えた。

「レディース、アーン……ジェントルメーンッ!! ご来場いただいた紳士淑女の皆々様! 今宵はどこに行っても見られない一夜限りの大舞台! どうぞ最後までお楽しみくださいませーっ!!」

「へぇ~……これがシロちゃんの能力かい」
「アハハ! なんだか愉快な戦い方だねぇ」

 ファンシーな舞台の光景に、初めて目の当たりにしたヒバチ達も思わず笑みを漏らす。

「さーて本日の出演者は……ななな、なんと! 創造世界に名を連ねる素敵なゲストの方々と夢の共演!! 盛大な拍手でお迎えくださーい!!」

「「「えっ……」」」

 思いも寄らぬシロの司会進行に目を点にするヒバチ達。オボロ・カーズは創伍が倒すべき破片者の一体と判明した今、彼らは野暮な手出しはせず、創伍に譲るつもりであったのだ。そんな闘えず終いで消化不良だった三人をも気遣うシロの配慮により、活躍の場が設けられたのだ。

 そして舞台演出は、共に戦う仲間へスポットライトを当てる――

「ではゲストのご紹介ですっ! まずは一人目、暑苦しさは世界一! 炎獄界、不老不死の大英雄——紅蓮魔ヒバチ!」

「おぉ!? 待ぁってましたっ!! 俺こそは、創造世界一の傾奇者! その身その魂は燃え尽きることない無敵の――」
「それでは次です!」
「おい早ぇよっ!!」

 尺の都合で大見得を打ち切られ、ズッコケるヒバチ。ライトは次につららと乱狐へ向けられた。

「二人目もなんと不老不死! その人は、紅蓮魔ヒバチのフィアンセであります氷結界の女傑――白蓮華つらら! そして三人目はスタイル抜群! 可愛さ抜群! 期待の新星、乱れ尾の女狐――美影乱狐!」

「……立ててあげるつもりがこっちも一緒に立てられるなんてね」
「ハハ……こういうのなんだか小っ恥ずかしいな。嫌じゃないけど」

 何処からともなくカメラのフラッシュまで焚かれる。いよいよ主役の登場だ。

「さぁさぁ、そんな彼らと愉快な舞台を繰り広げるのは! 皆さんお待ちかね! 我らが道化英雄こと真城 創伍でーす!!」

 拍手喝采。紙吹雪とジェットスモークも上がって、より一層の盛り上がりを見せる。

「……やっぱ慣れないな。この演出は」
「さぁ!! 英雄達が勢揃いしたところで、彼らが本日お相手をするのはぁ~~……斬羽鴉に代わり、創伍の作品である『オボロ・カーズ』だー!!」


「カ……カカッ!?」

 スポットライトが先制攻撃を仕掛けようとしたオボロを一斉に照らすと、嵐のような拍手と歓声が湧き立つ。敵であるにも関わらず、まるで舞台上の主役にでも祭り上げられるような熱烈な歓迎ぶり――これがシロの能力であると知りながらも、オボロは存外悪い気がせず流れに負けて便乗するのであった。

「カーカッカッカッカ! ご紹介に預カーった、この俺様がっ! 創造世界において最強の不死身妖怪、オボロ――」

 ――そしてまんまと乗ってきたオボロの頭上に、何処からともなく巨大なタライを落下させる。

「ンエギッ!?!? ガアアアアアアァァァァ~!!」

 シロが指をさして笑う。ある意味ヒバチより悪い扱いだ。

「ダメだよオボロ・カーズ、今日の主役は創伍達だもん♪ 悪役は悪役らしくね?」

「ンガアァァッ……! ガアアアアアアァッッデムッッ!!」

 まんまと逆手を取られたオボロの怒りは頂点に達し、舞台もろとも創伍達めがけて、両腕に備え付けられた機関銃を炸裂させる――

 だが、今の役者は道化だけではない。

「カーカカカカカ……って、あれ?」

 弾丸はシロ達に当たらなかった。命中はしたのだが、空から降ってきたが阻んだ。

『ウヘヘヘヘヘ……』

 なんとシロの舞台をも覆い隠す程の、全長三十メートル程の雪だるまであった。

「な……何ですカー! この雪だるまはぁぁ~!?!?」

巨大ビッグ・雪男スノーマン――あたしの友達の"スー君"だよ」

 謂わば氷の障壁で、つららの能力の一つ。体内の水分を放出し、巨大な雪だるまを作ることで敵の不意を突くだけでなく、銃撃から仲間を守ったのだ。

「小癪な真似を……BABANBAババンバBANBANバンバンBURNバーン!!」

 それでもオボロは怯むことなく、掌から火球を繰り出して雪だるまに当てる。

「折角シロちゃんが立ててくれたんだ。ここは舞台に華を添えるつもりで、アタシ達の連携プレーを見せたげようかね――」

「カカカカカっ! 馬鹿め、所詮は見かけ倒しに過ぎないってカー!!」

 当然ながら雪だるまは炎によって無慈悲に燃やし尽くされる。しかし白煙を上げて崩れ落ちた先に見えたのは、シロ達ではない。

「んん……!?」

 いつしか舞台は消え去っており、オボロの視界に映ったのは――


「あっ――オボロ・カーズ様だ♡」
「カッ!?!?」

 乱狐だ。ただし

「本当だ! 今最高にナウいアーツで有名なオボロ・カーズ様じゃーん♡」
「な……な……なぁ~!?!?」
「あたし、前からめっちゃファンなんですぅ♡」

 文字通りの奇怪。なんとが、オボロを囲い込むように詰め寄ってきたのだ。

「素敵ぃ~! 噂通りの男前!!」
「ちょっとあたしのオボロ様だよ? あんた近すぎるんだけど!」

「ここここ、これは一体何事カー!?」

 乱狐は我流の忍術使い。日本でいうなら"くノ一"と呼ばれる彼女は、持ち前の魅力に自信があるため、それを活かした戦法も得意としている。
 忍術でもマイナーな影分身の術――九尾になぞらえて九人の乱狐に分かれ、九人分の色気で相手を籠絡する。

「やだぁんオボロ様ってば、そんなに緊張しないで。私達実は九つ子なんですぅ♡」
「九つ子!?」
「えぇ。一狐いっこ二狐にこ乱狐らんこ四狐よんこ五狐ごこ六狐ろっこ七狐ななこ八狐はっこ九狐きゅうこ! 六つ子も真っ青の九人姉妹でーっす!」

 気付けばオボロは、九人の乱狐に脚を、腕を、肩を、首を、密着する柔い肌によって絡め取られていた。まさにハーレムと言うべき光景に、骨抜き寸前のオボロに振り払うことなど出来るはずもなかった。

「カカカカカ……! そうカーそうカー! 姉妹が多いのは良きことカー!!」
「それでねぇオボロ様♡ 乱狐からお渡ししたいものがあるんですぅ~」
「カーわいい奴め! 寄越すがいい。ミーが受け取ってやるってカー!」
「それじゃあ……」

 すると浮かれたノリで了承したオボロの下を、九人の乱狐が散り散りになって離れていく――

「え???」

 しかしオボロの体は動かない。羽交い締めされているようで、ふと後ろを振り向いてみると……。

「やぁやぁオボロ様、鼻の下なんか伸ばしちゃって……実に憎らし羨ましいご身分なこって」

 おどろおどろしく燃え滾る炎が、オボロの背後で揺らめいていたのだ。

「ゆ、ユーは!!?」
炎魔えんま大王だいおう――この紅蓮魔ヒバチ様のとっておきの技よ。悪いがこのまま最後までお付き合い願おうかぁ!」

 全身を炎に包み姿形を自由に変えられるヒバチは、オボロの体躯と並ぶほどの業火となり、彼の動きを封じる。
 しかし……それではまた拮抗するだけだ。不死身同士が相対しては舞台はいつまでも終幕にまでいかない。

「馬鹿め! ミーもユーも不死身じゃないカー!? こんなことして何の意味があるってカー!!」

「だからこそこの不死身ちからは仲間の為に使うんだ――さぁ、やってちょうだい乱狐ちゃんよぉ!!」

「っ!?」

 だから仲間に繋げるのだ。この瞬間を狙い、散り散りになった九人の乱狐達が今、オボロとヒバチ目掛けて、空高く跳び上がり――

乱狐流らんこりゅう――美撃びげき九連弾きゅうれんだん!!」

 渾身の一撃は九人分。グレードアップされたボディだろうと、容赦ない跳び蹴りと鉄拳の雨が、ヒバチもろとも粉微塵にするまでオボロを打ち砕く!

「ギャババババババ……!!」
「うっぎゃー! 痛ぇけど……つららちゃんのとはまた違う快か……んべっ!」

 再びオボロの残骸が路上に転がる。乱狐が着地すると、過剰な体力の消耗からか分身は一斉にドロンという音を立て、煙となって消えた。


「観客の皆々様! W.Eの方々による素晴らしきチームワークプレイに拍手~!!」
 
 そして司会のシロも再び舞台に舞い戻り、三人の華麗なる大活劇に今一度歓声を湧き立たせた。

 連携プレーを終え、雪だるまで注意を引き付けていたつららと、身を粉にしてオボロを道連れにしたヒバチが黒炭の残骸から蘇ってなに食わぬ顔で乱狐と合流する。

「はぁはぁ……もうダメ疲れた! 後は私やんないから!」
「おう休め休め。まだケツの青い甘ちゃんかと思ってたけどよ、イイ拳を持ってんじゃないの。まぁトリッキーさで言うなら、俺のつららちゃんには劣るけどな」
「とかいってダーリンてば、ちょっと乱狐ちゃんの拳を受けて惚れてなかった?」
「え!? ばば、馬鹿言っちゃいけねぇぜ! 俺はいつでもハニーひと筋さ。ガハハハハッ!」

「……何はともあれ、これで少しはスカッとしたよ。ここまで担がれたら、手を貸さない訳にもいかないもん」
「だな。後は創伍達に締めてもらおうかい」

 三人は体力を使い切り、舞台から退場する。フィナーレを創伍達に飾らせるのだ。

 しかし……


「どこまでも愚かなヤツらってカー……! バラバラで攻撃しようと、一緒に攻撃しようと無駄って言ってるじゃないカー! 何故ならミーは不死身のスーパーオボロ・カーズ……!!」


 オボロは死なず。砕け散ったオボロのボディはまた宙に浮き、一ヶ所に集結してまた再生を始めようとする。
 彼を倒すという目的においては、三人の連携技は全くの無意味に等しい。

 しかし……まだ仲間に繋げ終わってないのなら話は別――オボロを倒す条件はこれで整ったのだ。

「ほんじゃま――」
「後は任せたよ」
「道化英雄さんよぉ!!」

 つららがすかさずホルスターから拳銃を取り出し弾丸を撃ち込む。特殊な冷凍弾が命中すると、足と胴体までが繋がった再生途中の彼のボディは氷塊に埋もれ、他のボディと連結出来なくなった。

「カッ!? ミーのボディが凍らされたのカー……!!」

 連結するはずの髑髏頭は路上に転がり、僅かな隙が生まれてしまう。


 そして……

「はっ……はっ……!」

 真横になったオボロの視界に、剣を両手に駆け出す創伍が映る。

「カッ……揃いも揃って愚カーだな! 今さらミーの動きを封じたところでどうなると……」

 身動きの取れない自分のボディをその剣で切り裂かんとしているのだろうが、不死身であれば形勢の立て直しはいくらでも効く。全てが無駄な努力だと嘲笑おうとした。

「おーっと、ゲストのオボロさん! 本当に我らが主役の創伍が愚かだって思いましたかー??」

 だがオボロは忘れていた。相手が未知を秘めた道化であるということを――いつの間にか髑髏頭の隣に立っていたシロを目にし、改めてそのことを実感したのだ。

「わ……ワイルド・ジョーカー!?」
「それではここでショーの種明かしです! 何故こんな回りくどい戦法を取ったかというと――実は私が具現化させた創伍の剣はただの剣ではありませーん♪ 相手が纏っているして、ただ斬ってただ痛みを与える。シンプルながらも強い能力だからなんでーす♪」

 一度聞いただけでは理解できない道化の理屈を、髑髏頭のままオボロは数秒の間を置いて思考する。

「そんな……馬鹿ーなぁぁぁぁぁぁ!?!?」

 そして理解した時には遅かった。創伍の剣の前に不死身など通用しない。ただオボロの動力源であるエンジンを断ち切ることで、オボロ・カーズは絶命する。
 髑髏頭のまま跳ねるオボロは、泣いて命を乞うしかなかった。

「や……やめ……やめろおおおぉぉぉっ!! やめてくれぇぇぇっ!!」

 道化と三人の英雄達が繋げてくれた好機。

 その好機から繋げた勝機に、シロは剣技を唱え、創伍は臆すことなく剣の一閃を放つ!

勇者の剣ブレイブメン・ブレイド――『因果カルマ・両断バイセクション』!」

「うぉぉぉぉぉぉぉっ――!!」

 一閃がオボロのボディを、不死身であるという法則ごと全て断ち切る――


「ウィナー! 真城 創伍ー!!」


 最後の舞台演出にスタンディングオベーション。壮絶なる賛辞を送られ、長い舞台にようやく幕が下ろされた。


 * * *
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