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8月15日 土曜日
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昨日からずっと楽しみにしていた花火大会の日。
朝から胸がそわそわして落ち着かず、やっと夕方になった。
会場は明くんのマンションから近いので、僕はそこに向かって歩いていた。
鼓動が速くて、歩幅まで自然と速くなる。
――あ、明くん……!
マンションの前に立つ明くんが、腕時計をちらりと見ていた。
その姿に一気に顔が熱くなる。
僕はお兄ちゃんが「暑いだろ」と貸してくれたキャップを深く被り、気合いを入れるように小さく呟いた。
「よしっ……!」
そのまま駆け寄ると、明くんが気づいて顔を上げる。
「蓮翔……走ってこなくてもいいのに」
軽く笑う声が優しくて、胸が跳ねる。
「そ、そんなに走ってないよ」
息を整えながら答えると、明くんは「行こっか」と自然に歩き出した。
僕も横に並ぶ。ここから花火の会場までは歩いて20分くらい。
だけど、途中の売店はもう人で溢れている。
「売店、人多そうだけど……行く? それとも普通に買って行く?」
人混みを見渡しながら、明くんが僕に問いかけてくれる。
その声に合わせて僕も視線を巡らせたとき――目に飛び込んできたのは、模試の帰りに一緒に入ったあのカフェ。
「あ……あのカフェ。……また、一緒に行ってくれる?」
勇気を出して指差すと、明くんがすぐにこちらを見て、ふっと笑う。
「もちろん。せっかくだし、期間限定メニュー頼もう」
――覚えててくれたんだ……。
胸がじんわり熱くなる。
「……期間限定、なんだろ」
独り言みたいに呟きながら歩く僕に、明くんはくすっと笑って「楽しみだね」と小さく返した。
カフェに入ると、冷房の涼しい風が火照った体を撫でていく。
列に並んでメニューを見ていると、明くんが横で「今は桃だね」とさらりと言う。
その一言だけで胸が弾んで、僕は小さく頷いた。
「期間限定は名前とサイズだけ言えば通じるから」
明くんが耳元で教えてくれて、その通りに伝えるとちゃんと通じて、無事にレシートを受け取った。
小さな達成感に胸をなで下ろしながら受け取り口に立つ。
けれど、前に並んでいたお客さんたちの小声が耳に入ってきた。
「……あの人、かっこよくない?」
「話しかけてみる?」
「花火、誘えたら最高じゃん」
明くんのことを言っている。
わかっていたはずなのに、心臓がぎゅっと掴まれたように苦しくなる。
――もし、このあと声をかけられたら……。
カップを受け取り、明くんと並んで店を出る。
夕暮れの街はさらに賑やかで、どんどん人が増えていく。
歩きながら、胸の奥の不安が大きく膨らんでいった。
気づけば、僕は自分のキャップを脱いでぎゅっと握っていた。
「……明くん」
「ん?」
立ち止まって、思いきり勇気を振り絞る。
「これ……被ってほしい」
「キャップ?」
明くんが片眉を上げ、口元に笑みを浮かべる。
「どうして?」
「……明くんがもし……声かけられたら、一緒に花火見られなくなるかもだから……それは嫌だから」
最後は声がかすれて、自分でも聞き取れないほど小さくなった。
耳まで熱くなって、思わず視線を落とす。
明くんは一瞬黙ったあと、ふっと吹き出して笑ってキャップを受け取る。
そして「カップ持って」と僕に飲み物を渡し、キャップをすっと被る。
つばを軽く指で整えてから、目を細めて言った。
「蓮翔、ありがと」
笑顔でそう言われただけで、胸の奥が強く締めつけられる。
思わず手に持ったカップを頬に押し当てて冷やした。
キャップの影に隠れた明くんの横顔が、いつもよりもっと大人っぽく見えて、視線を外せなかった。
夕暮れの街は、どんどん人で溢れていく。
屋台から漂う甘い匂いや、遠くから響く太鼓の音に混じって、人の声が絶え間なく重なる。
「……すごい人だな」
思わず呟くと、明くんはキャップのつばを軽く指で押さえて、落ち着いた顔で前を見ている。
視線を上げても、人の波で明くんの姿がすぐに隠れてしまう。
「……っ」
胸の奥がぎゅっと掴まれたみたいに苦しくなる。
せっかく隣にいるのに、このまま離れてしまうんじゃないかって、不安が込み上げてきた。
「きゅっ!」
すっと、手首を掴まれる。
驚いて声と顔を上げると、明くんがこちらを振り返っていた。
「はは、また出てるよ……こっち」
揶揄うような言葉。
でもその声は人混みのざわめきに負けないくらい真っ直ぐ届いて、胸の奥が大きく跳ねた。
繋がれた手は、思った以上に熱くて、大きくて。
人の波に揺れるたびに、その手が強く握り返してくれる。
「……離れるなよ」
横顔だけで、唇がそう動いたのがわかった。
キャップの影に隠れた瞳が、ちらりとこちらを覗く。
鼓動が早すぎて、うまく呼吸ができない。
けど、繋いだ手を振りほどこうなんて気持ちは、これっぽっちもなかった。
人混みを抜け、細い路地を少し歩くと、小さな公園に出た。
数組のカップルと家族がいる小さな公園
「……ここなら、静かに見れそうだな」
明くんが辺りを見回して、繋いでいた手をそっと離す。
――あ……離れた。
ほんの少し、指先に残る温度を惜しむように握り直しかけて、慌てて手を下ろした。
「そ、そうだね……人も少ないし」
言葉がわずかに裏返る。
木陰に立つと、遠くで太鼓の合図が鳴って、夜空が一気に明るく染まった。
「始まったな」
明くんは夜空を見上げていた。
頭上に大輪の花が咲いて、夜空を彩るたびに、胸の奥も震えるように鼓動する。
僕は明くんがどんな顔で見てるんだろと気になった。
そっと横を向き、明くんの横顔を盗み見ようとした瞬間
視線がぶつかった。
明くんは、花火じゃなくて、僕を見ていた。
「……っ!」
全身が硬直する。
耳まで一気に熱くなり、喉が鳴るのに声が出ない。
明くんは、ふっと口角を上げて。
まるで“最初から見ていた”みたいに、静かに笑った。
その瞬間、花火の音すら遠くなって、僕の心臓は、ほぼ止まりかけていた。
「どうした? 花火見ないの?」
軽く揶揄うような声が落ちてくる。
「……ぁ、あ……」
出てきたのは母音だけ。言葉にならない。
熱で喉が詰まって、心臓の音ばかりが耳に響く。
「ん? どうした」
さらに顔を近づけてくる。夜空より近い明くんの瞳。
もう耐えられなくて、思わず手を伸ばして、明くんが被っているキャップのツバを、ぱしっと下げて顔を隠す。
「わっ……!」
その拍子に足がもつれ、尻餅をついてしまった。
地面にへたり込む僕を見て、明くんは肩を震わせ、ついに吹き出した。
「……なにやってんの、蓮翔」
呆れたようで、でもどこか優しい声。
差し出された大きな手。
その手を掴むと、ぐっと力強く引き上げられて、簡単に立たせてもらえた。
花火の轟音が空を揺らしているのに――僕の胸に響いたのは、その温もりだけだった。
「ありがと……」
小声で言うと、明くんは「はは」と笑って、もう一度僕のキャップのツバを軽く弾いた。
その仕草が悔しいくらい自然で、余裕たっぷりで。
夜空に咲いていた大輪が、やがて小さく散っていく。
最後の一発が大きく打ち上がり、光が一面に広がって、すぐに夜の闇へと溶けた。
「……終わったな」
明くんが空を見上げたまま、ぽつりと呟く。
僕も同じように夜空を仰いで、胸の奥がきゅっと切なくなる。
「……あっという間だった」
思わずこぼれた言葉に、胸がじんわり熱くなる。
せっかく二人で過ごせた時間が、もう終わっちゃうなんて。
――少し、寂しいな……。
花火の終わりを告げるざわめきが、公園の外からじわじわ広がってくる。
それでも僕たちの周りは、不思議なくらい静かだった。
「……あっという間だったな」
明くんがもう一度そう呟いて、ポケットに手を入れる。
胸の奥に名残惜しさが広がって、気づけば口が勝手に動いていた。
「……ゆっくり歩いて……帰ろう」
自分の声が小さくて、明くんに届いたかどうかわからなくて、足元ばかりを見つめる。
「……いいよ」
返ってきたのは、いつもと変わらない、優しい声。
それだけなのに、鼓動が跳ねて、熱が耳まで上っていく。
二人で公園を出ると、祭り帰りの人たちと逆の方向へ足を向ける。
賑やかな声が遠ざかっていくたびに、夜風の音と、二人の足音だけが静かに響いた。
ふと隣を歩く明くんの横顔を盗み見るけど、すぐに逸らしてしまう。
街灯に照らされた細い道。
周囲は一気に静まり返っていた。
街灯の光が細長く路面を照らして、その隙間を夜風がすり抜けていく。
どこか非日常の空気が残っていて、胸がまだ高鳴っている。
「……なんか、ホラーの導入みたいだね」
つい口にしてしまった瞬間、自分で「あっ」と思う。
――空気壊した……!
せっかく余韻が綺麗だったのに。
明くんは一瞬きょとんとしたあと、ふっと笑って僕を横目で見た。
「はは、せっかく“世界で俺たちだけ”みたいな夜なのに」
軽い調子で言われたのに、心臓が跳ねた。
夜道の静けさが、まるでその言葉を強調しているみたいで。
「っ……」
声が出なくて、足元ばかり見て歩く。
だけど胸の奥は熱くて、溢れそうだった。
角を曲がると、分かれ道。
帰り道の終わりが近づいている。
「……はい」
明くんが立ち止まり、僕に背負わせていたキャップを外すと、そのまま僕の頭にぽん、と被せてきた。
「ありがとう。……やっぱり蓮翔の方が似合ってるよ」
言葉と一緒に笑う明くん。
胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
「……ありがとう」
小さな声で返した。
花火よりも眩しい夜を胸に抱えながら――僕はキャップを深く被った。
朝から胸がそわそわして落ち着かず、やっと夕方になった。
会場は明くんのマンションから近いので、僕はそこに向かって歩いていた。
鼓動が速くて、歩幅まで自然と速くなる。
――あ、明くん……!
マンションの前に立つ明くんが、腕時計をちらりと見ていた。
その姿に一気に顔が熱くなる。
僕はお兄ちゃんが「暑いだろ」と貸してくれたキャップを深く被り、気合いを入れるように小さく呟いた。
「よしっ……!」
そのまま駆け寄ると、明くんが気づいて顔を上げる。
「蓮翔……走ってこなくてもいいのに」
軽く笑う声が優しくて、胸が跳ねる。
「そ、そんなに走ってないよ」
息を整えながら答えると、明くんは「行こっか」と自然に歩き出した。
僕も横に並ぶ。ここから花火の会場までは歩いて20分くらい。
だけど、途中の売店はもう人で溢れている。
「売店、人多そうだけど……行く? それとも普通に買って行く?」
人混みを見渡しながら、明くんが僕に問いかけてくれる。
その声に合わせて僕も視線を巡らせたとき――目に飛び込んできたのは、模試の帰りに一緒に入ったあのカフェ。
「あ……あのカフェ。……また、一緒に行ってくれる?」
勇気を出して指差すと、明くんがすぐにこちらを見て、ふっと笑う。
「もちろん。せっかくだし、期間限定メニュー頼もう」
――覚えててくれたんだ……。
胸がじんわり熱くなる。
「……期間限定、なんだろ」
独り言みたいに呟きながら歩く僕に、明くんはくすっと笑って「楽しみだね」と小さく返した。
カフェに入ると、冷房の涼しい風が火照った体を撫でていく。
列に並んでメニューを見ていると、明くんが横で「今は桃だね」とさらりと言う。
その一言だけで胸が弾んで、僕は小さく頷いた。
「期間限定は名前とサイズだけ言えば通じるから」
明くんが耳元で教えてくれて、その通りに伝えるとちゃんと通じて、無事にレシートを受け取った。
小さな達成感に胸をなで下ろしながら受け取り口に立つ。
けれど、前に並んでいたお客さんたちの小声が耳に入ってきた。
「……あの人、かっこよくない?」
「話しかけてみる?」
「花火、誘えたら最高じゃん」
明くんのことを言っている。
わかっていたはずなのに、心臓がぎゅっと掴まれたように苦しくなる。
――もし、このあと声をかけられたら……。
カップを受け取り、明くんと並んで店を出る。
夕暮れの街はさらに賑やかで、どんどん人が増えていく。
歩きながら、胸の奥の不安が大きく膨らんでいった。
気づけば、僕は自分のキャップを脱いでぎゅっと握っていた。
「……明くん」
「ん?」
立ち止まって、思いきり勇気を振り絞る。
「これ……被ってほしい」
「キャップ?」
明くんが片眉を上げ、口元に笑みを浮かべる。
「どうして?」
「……明くんがもし……声かけられたら、一緒に花火見られなくなるかもだから……それは嫌だから」
最後は声がかすれて、自分でも聞き取れないほど小さくなった。
耳まで熱くなって、思わず視線を落とす。
明くんは一瞬黙ったあと、ふっと吹き出して笑ってキャップを受け取る。
そして「カップ持って」と僕に飲み物を渡し、キャップをすっと被る。
つばを軽く指で整えてから、目を細めて言った。
「蓮翔、ありがと」
笑顔でそう言われただけで、胸の奥が強く締めつけられる。
思わず手に持ったカップを頬に押し当てて冷やした。
キャップの影に隠れた明くんの横顔が、いつもよりもっと大人っぽく見えて、視線を外せなかった。
夕暮れの街は、どんどん人で溢れていく。
屋台から漂う甘い匂いや、遠くから響く太鼓の音に混じって、人の声が絶え間なく重なる。
「……すごい人だな」
思わず呟くと、明くんはキャップのつばを軽く指で押さえて、落ち着いた顔で前を見ている。
視線を上げても、人の波で明くんの姿がすぐに隠れてしまう。
「……っ」
胸の奥がぎゅっと掴まれたみたいに苦しくなる。
せっかく隣にいるのに、このまま離れてしまうんじゃないかって、不安が込み上げてきた。
「きゅっ!」
すっと、手首を掴まれる。
驚いて声と顔を上げると、明くんがこちらを振り返っていた。
「はは、また出てるよ……こっち」
揶揄うような言葉。
でもその声は人混みのざわめきに負けないくらい真っ直ぐ届いて、胸の奥が大きく跳ねた。
繋がれた手は、思った以上に熱くて、大きくて。
人の波に揺れるたびに、その手が強く握り返してくれる。
「……離れるなよ」
横顔だけで、唇がそう動いたのがわかった。
キャップの影に隠れた瞳が、ちらりとこちらを覗く。
鼓動が早すぎて、うまく呼吸ができない。
けど、繋いだ手を振りほどこうなんて気持ちは、これっぽっちもなかった。
人混みを抜け、細い路地を少し歩くと、小さな公園に出た。
数組のカップルと家族がいる小さな公園
「……ここなら、静かに見れそうだな」
明くんが辺りを見回して、繋いでいた手をそっと離す。
――あ……離れた。
ほんの少し、指先に残る温度を惜しむように握り直しかけて、慌てて手を下ろした。
「そ、そうだね……人も少ないし」
言葉がわずかに裏返る。
木陰に立つと、遠くで太鼓の合図が鳴って、夜空が一気に明るく染まった。
「始まったな」
明くんは夜空を見上げていた。
頭上に大輪の花が咲いて、夜空を彩るたびに、胸の奥も震えるように鼓動する。
僕は明くんがどんな顔で見てるんだろと気になった。
そっと横を向き、明くんの横顔を盗み見ようとした瞬間
視線がぶつかった。
明くんは、花火じゃなくて、僕を見ていた。
「……っ!」
全身が硬直する。
耳まで一気に熱くなり、喉が鳴るのに声が出ない。
明くんは、ふっと口角を上げて。
まるで“最初から見ていた”みたいに、静かに笑った。
その瞬間、花火の音すら遠くなって、僕の心臓は、ほぼ止まりかけていた。
「どうした? 花火見ないの?」
軽く揶揄うような声が落ちてくる。
「……ぁ、あ……」
出てきたのは母音だけ。言葉にならない。
熱で喉が詰まって、心臓の音ばかりが耳に響く。
「ん? どうした」
さらに顔を近づけてくる。夜空より近い明くんの瞳。
もう耐えられなくて、思わず手を伸ばして、明くんが被っているキャップのツバを、ぱしっと下げて顔を隠す。
「わっ……!」
その拍子に足がもつれ、尻餅をついてしまった。
地面にへたり込む僕を見て、明くんは肩を震わせ、ついに吹き出した。
「……なにやってんの、蓮翔」
呆れたようで、でもどこか優しい声。
差し出された大きな手。
その手を掴むと、ぐっと力強く引き上げられて、簡単に立たせてもらえた。
花火の轟音が空を揺らしているのに――僕の胸に響いたのは、その温もりだけだった。
「ありがと……」
小声で言うと、明くんは「はは」と笑って、もう一度僕のキャップのツバを軽く弾いた。
その仕草が悔しいくらい自然で、余裕たっぷりで。
夜空に咲いていた大輪が、やがて小さく散っていく。
最後の一発が大きく打ち上がり、光が一面に広がって、すぐに夜の闇へと溶けた。
「……終わったな」
明くんが空を見上げたまま、ぽつりと呟く。
僕も同じように夜空を仰いで、胸の奥がきゅっと切なくなる。
「……あっという間だった」
思わずこぼれた言葉に、胸がじんわり熱くなる。
せっかく二人で過ごせた時間が、もう終わっちゃうなんて。
――少し、寂しいな……。
花火の終わりを告げるざわめきが、公園の外からじわじわ広がってくる。
それでも僕たちの周りは、不思議なくらい静かだった。
「……あっという間だったな」
明くんがもう一度そう呟いて、ポケットに手を入れる。
胸の奥に名残惜しさが広がって、気づけば口が勝手に動いていた。
「……ゆっくり歩いて……帰ろう」
自分の声が小さくて、明くんに届いたかどうかわからなくて、足元ばかりを見つめる。
「……いいよ」
返ってきたのは、いつもと変わらない、優しい声。
それだけなのに、鼓動が跳ねて、熱が耳まで上っていく。
二人で公園を出ると、祭り帰りの人たちと逆の方向へ足を向ける。
賑やかな声が遠ざかっていくたびに、夜風の音と、二人の足音だけが静かに響いた。
ふと隣を歩く明くんの横顔を盗み見るけど、すぐに逸らしてしまう。
街灯に照らされた細い道。
周囲は一気に静まり返っていた。
街灯の光が細長く路面を照らして、その隙間を夜風がすり抜けていく。
どこか非日常の空気が残っていて、胸がまだ高鳴っている。
「……なんか、ホラーの導入みたいだね」
つい口にしてしまった瞬間、自分で「あっ」と思う。
――空気壊した……!
せっかく余韻が綺麗だったのに。
明くんは一瞬きょとんとしたあと、ふっと笑って僕を横目で見た。
「はは、せっかく“世界で俺たちだけ”みたいな夜なのに」
軽い調子で言われたのに、心臓が跳ねた。
夜道の静けさが、まるでその言葉を強調しているみたいで。
「っ……」
声が出なくて、足元ばかり見て歩く。
だけど胸の奥は熱くて、溢れそうだった。
角を曲がると、分かれ道。
帰り道の終わりが近づいている。
「……はい」
明くんが立ち止まり、僕に背負わせていたキャップを外すと、そのまま僕の頭にぽん、と被せてきた。
「ありがとう。……やっぱり蓮翔の方が似合ってるよ」
言葉と一緒に笑う明くん。
胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
「……ありがとう」
小さな声で返した。
花火よりも眩しい夜を胸に抱えながら――僕はキャップを深く被った。
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