銀色のクマ

リューク

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ゴミ箱あさり

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 こんなに長い間ゴミ箱に手を突っ込んでいるのは、生まれて初めてだ。

 木下茜は左手でふちを抑え、右手で紙くずや短い色鉛筆をかき回す。おととい社会科見学で行ったパン工場で、生地をこねていたおじさんの姿を思い出した。よくこねるほど空気が混じり、パンがふっくらと仕上がるそうだ。おじさんが腕を力強く動かしながら説明している間、美味しそうな香りにみんながウットリしていた。今は何とも言えない臭いが鼻をつく。お婆さんのように腰を曲げながら、顔だけ後ろに向けて新鮮な空気を鼻に送る。

 三時間目が終わった後の休憩時間。みんなはおしゃべりをしたり、スマホをいじったりしている。数人の男子がこちらをニヤニヤしながら見ているのに気がついた。ハッとしてごみ箱から腕を素早く引き抜き、傍にどかしていた蓋を被せて席に戻った。駅のホームでゴミをあさっている人達って、こんな気持ちなのかな。ショートヘアの頭をポリポリかくと、横にはねたくせ毛が手をなぞった。

 あたしはこの三日間、ずっとスマホのストラップを探していた。一ヵ月ほど前、仲良しの住永奈美と人気のテーマパークで遊んだ日に、自分の誕生日プレゼントとして買ってもらったストラップだ。その日の売店はたくさんの家族連れやカップルで賑わっていたが、人混みの中を奈美はズイズイと進んでいった。しばらくして戻ってくると、息を弾ませながらストラップをプレゼントしてくれた。テーマパークのマスコットキャラクターであるクマがペアになっていて、奈美の持っている方と組み合わせると、カチッと愛らしく肩を組む。普通は茶色をしているが、期間限定のそれは銀色で光っていた。

 二人の宝物にしようと決めたお揃いのストラップだったが、それを三日前に失くしてしまった。ずっとスマホにつけていたが、何かの拍子に取れてしまったらしい。どこで落としたのか全く思い出せないが、考えられる場所は学校・通学路・家の三つしかない。自分の席でスマホを手にしながら、神経を集中させて必死に記憶をたどる。

「茜、どうかしたの?」

 声に驚いてバッと見上げる。奈美が心配そうな顔をして横に立っていた。いつも可愛いシュシュで結ってあるポニーテールは、同じ女子のあたしでも見とれてしまう。今日は水玉模様のボンボンが、明るい黄色のシャツにとても良く似合っている。

「ううん、何でもないよ」
「大丈夫ー? なんかすごい考え込んでる顔してたよ?」

 奈美はそう言いながら安心した笑顔を見せると、頭をポンと軽く撫でてくれた。横にはねた自分の髪が揺れる。

 三年生で同じクラスになってからは、いつも一緒だった。憧れるくらい可愛いし、何より優しい。奈美みたいになれたらなぁ、とよく思った。あたしなんか生まれつきのくせ毛で、いつも髪の先が横に広がっている。昔いたずらで男子に引っ張られた時、助けてもらったこともある。「男子には茜の良さが分からない」と怒る奈美に、「あたし、もし男だったら奈美に告白してたと思う」と呟いたら笑われた。思い返すと恥ずかしいが、正直な気持ちだった。
奈美が両手を机の上につき、顔をぐうっと寄せてきた。

「ねぇ今日さ、新しくできたパン屋行ってみない?」
「新しいパン屋? へー、知らなかった。どこにあるの?」
「公園から少し歩いた所だよ。この前の工場と同じで、酵母パン作ってるんだって」

 その公園は放課後によく一緒に遊ぶ場所だった。

「ホント? やったぁ、あれすごく美味しかったもん」
「茜は十個くらい食べてたもんねー」
「やだ! そんな食べてないし!」

 あたしの反応に笑っている奈美を見ながら、楽しかった工場見学を思い出す。ベルトコンベアで運ばれていく生地を二人で眺め、焼きたてでキツネ色のパンをハフハフ言いながら食べた。奈美はスマホを取り出し、パン屋のホームページを見せてくれた。美味しそうなメニューが並んでいるが、その横で輝く銀色のクマについ目がいってしまう。

「ちょっと、聞いてる?」
「え、うん、聞いてるよ」
「ホントにー? なんか、最近元気ないよ」
「大丈夫、大丈夫。へへへ」
「なら……いいけど。あれ、それ新しいストラップだね」

 しまった……。自分の体が内側から凍っていくのを感じる。話している間にさりげなくポケットへしまえば良かった。しかし、もう遅い。

「え、あぁ。うん、気分転換で変えてみたんだ」
「そうなんだ……。うん、それも可愛いね」

 臨時でつけていたストラップは、へた付きのトマトに顔が描かれたシンプルなものだった。クマの方が何百倍も可愛いよ、と思ったが、今そんなことは言えない。

 話を切り替えようと口を開いたが、それを制するように四時間目のチャイムが鳴った。

「あ、算数の準備しなきゃ。じゃあ後でね」

 奈美はそう言うと、自分の席に戻っていった。ポニーテールの髪と銀色のクマが同じリズムで揺れる。

 今日中に見つけなきゃ。

 本物のトマトを潰すように、臨時のストラップを強く握りしめた。
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