1 / 16
ゴミ箱あさり
しおりを挟む
こんなに長い間ゴミ箱に手を突っ込んでいるのは、生まれて初めてだ。
木下茜は左手でふちを抑え、右手で紙くずや短い色鉛筆をかき回す。おととい社会科見学で行ったパン工場で、生地をこねていたおじさんの姿を思い出した。よくこねるほど空気が混じり、パンがふっくらと仕上がるそうだ。おじさんが腕を力強く動かしながら説明している間、美味しそうな香りにみんながウットリしていた。今は何とも言えない臭いが鼻をつく。お婆さんのように腰を曲げながら、顔だけ後ろに向けて新鮮な空気を鼻に送る。
三時間目が終わった後の休憩時間。みんなはおしゃべりをしたり、スマホをいじったりしている。数人の男子がこちらをニヤニヤしながら見ているのに気がついた。ハッとしてごみ箱から腕を素早く引き抜き、傍にどかしていた蓋を被せて席に戻った。駅のホームでゴミをあさっている人達って、こんな気持ちなのかな。ショートヘアの頭をポリポリかくと、横にはねたくせ毛が手をなぞった。
あたしはこの三日間、ずっとスマホのストラップを探していた。一ヵ月ほど前、仲良しの住永奈美と人気のテーマパークで遊んだ日に、自分の誕生日プレゼントとして買ってもらったストラップだ。その日の売店はたくさんの家族連れやカップルで賑わっていたが、人混みの中を奈美はズイズイと進んでいった。しばらくして戻ってくると、息を弾ませながらストラップをプレゼントしてくれた。テーマパークのマスコットキャラクターであるクマがペアになっていて、奈美の持っている方と組み合わせると、カチッと愛らしく肩を組む。普通は茶色をしているが、期間限定のそれは銀色で光っていた。
二人の宝物にしようと決めたお揃いのストラップだったが、それを三日前に失くしてしまった。ずっとスマホにつけていたが、何かの拍子に取れてしまったらしい。どこで落としたのか全く思い出せないが、考えられる場所は学校・通学路・家の三つしかない。自分の席でスマホを手にしながら、神経を集中させて必死に記憶をたどる。
「茜、どうかしたの?」
声に驚いてバッと見上げる。奈美が心配そうな顔をして横に立っていた。いつも可愛いシュシュで結ってあるポニーテールは、同じ女子のあたしでも見とれてしまう。今日は水玉模様のボンボンが、明るい黄色のシャツにとても良く似合っている。
「ううん、何でもないよ」
「大丈夫ー? なんかすごい考え込んでる顔してたよ?」
奈美はそう言いながら安心した笑顔を見せると、頭をポンと軽く撫でてくれた。横にはねた自分の髪が揺れる。
三年生で同じクラスになってからは、いつも一緒だった。憧れるくらい可愛いし、何より優しい。奈美みたいになれたらなぁ、とよく思った。あたしなんか生まれつきのくせ毛で、いつも髪の先が横に広がっている。昔いたずらで男子に引っ張られた時、助けてもらったこともある。「男子には茜の良さが分からない」と怒る奈美に、「あたし、もし男だったら奈美に告白してたと思う」と呟いたら笑われた。思い返すと恥ずかしいが、正直な気持ちだった。
奈美が両手を机の上につき、顔をぐうっと寄せてきた。
「ねぇ今日さ、新しくできたパン屋行ってみない?」
「新しいパン屋? へー、知らなかった。どこにあるの?」
「公園から少し歩いた所だよ。この前の工場と同じで、酵母パン作ってるんだって」
その公園は放課後によく一緒に遊ぶ場所だった。
「ホント? やったぁ、あれすごく美味しかったもん」
「茜は十個くらい食べてたもんねー」
「やだ! そんな食べてないし!」
あたしの反応に笑っている奈美を見ながら、楽しかった工場見学を思い出す。ベルトコンベアで運ばれていく生地を二人で眺め、焼きたてでキツネ色のパンをハフハフ言いながら食べた。奈美はスマホを取り出し、パン屋のホームページを見せてくれた。美味しそうなメニューが並んでいるが、その横で輝く銀色のクマについ目がいってしまう。
「ちょっと、聞いてる?」
「え、うん、聞いてるよ」
「ホントにー? なんか、最近元気ないよ」
「大丈夫、大丈夫。へへへ」
「なら……いいけど。あれ、それ新しいストラップだね」
しまった……。自分の体が内側から凍っていくのを感じる。話している間にさりげなくポケットへしまえば良かった。しかし、もう遅い。
「え、あぁ。うん、気分転換で変えてみたんだ」
「そうなんだ……。うん、それも可愛いね」
臨時でつけていたストラップは、へた付きのトマトに顔が描かれたシンプルなものだった。クマの方が何百倍も可愛いよ、と思ったが、今そんなことは言えない。
話を切り替えようと口を開いたが、それを制するように四時間目のチャイムが鳴った。
「あ、算数の準備しなきゃ。じゃあ後でね」
奈美はそう言うと、自分の席に戻っていった。ポニーテールの髪と銀色のクマが同じリズムで揺れる。
今日中に見つけなきゃ。
本物のトマトを潰すように、臨時のストラップを強く握りしめた。
木下茜は左手でふちを抑え、右手で紙くずや短い色鉛筆をかき回す。おととい社会科見学で行ったパン工場で、生地をこねていたおじさんの姿を思い出した。よくこねるほど空気が混じり、パンがふっくらと仕上がるそうだ。おじさんが腕を力強く動かしながら説明している間、美味しそうな香りにみんながウットリしていた。今は何とも言えない臭いが鼻をつく。お婆さんのように腰を曲げながら、顔だけ後ろに向けて新鮮な空気を鼻に送る。
三時間目が終わった後の休憩時間。みんなはおしゃべりをしたり、スマホをいじったりしている。数人の男子がこちらをニヤニヤしながら見ているのに気がついた。ハッとしてごみ箱から腕を素早く引き抜き、傍にどかしていた蓋を被せて席に戻った。駅のホームでゴミをあさっている人達って、こんな気持ちなのかな。ショートヘアの頭をポリポリかくと、横にはねたくせ毛が手をなぞった。
あたしはこの三日間、ずっとスマホのストラップを探していた。一ヵ月ほど前、仲良しの住永奈美と人気のテーマパークで遊んだ日に、自分の誕生日プレゼントとして買ってもらったストラップだ。その日の売店はたくさんの家族連れやカップルで賑わっていたが、人混みの中を奈美はズイズイと進んでいった。しばらくして戻ってくると、息を弾ませながらストラップをプレゼントしてくれた。テーマパークのマスコットキャラクターであるクマがペアになっていて、奈美の持っている方と組み合わせると、カチッと愛らしく肩を組む。普通は茶色をしているが、期間限定のそれは銀色で光っていた。
二人の宝物にしようと決めたお揃いのストラップだったが、それを三日前に失くしてしまった。ずっとスマホにつけていたが、何かの拍子に取れてしまったらしい。どこで落としたのか全く思い出せないが、考えられる場所は学校・通学路・家の三つしかない。自分の席でスマホを手にしながら、神経を集中させて必死に記憶をたどる。
「茜、どうかしたの?」
声に驚いてバッと見上げる。奈美が心配そうな顔をして横に立っていた。いつも可愛いシュシュで結ってあるポニーテールは、同じ女子のあたしでも見とれてしまう。今日は水玉模様のボンボンが、明るい黄色のシャツにとても良く似合っている。
「ううん、何でもないよ」
「大丈夫ー? なんかすごい考え込んでる顔してたよ?」
奈美はそう言いながら安心した笑顔を見せると、頭をポンと軽く撫でてくれた。横にはねた自分の髪が揺れる。
三年生で同じクラスになってからは、いつも一緒だった。憧れるくらい可愛いし、何より優しい。奈美みたいになれたらなぁ、とよく思った。あたしなんか生まれつきのくせ毛で、いつも髪の先が横に広がっている。昔いたずらで男子に引っ張られた時、助けてもらったこともある。「男子には茜の良さが分からない」と怒る奈美に、「あたし、もし男だったら奈美に告白してたと思う」と呟いたら笑われた。思い返すと恥ずかしいが、正直な気持ちだった。
奈美が両手を机の上につき、顔をぐうっと寄せてきた。
「ねぇ今日さ、新しくできたパン屋行ってみない?」
「新しいパン屋? へー、知らなかった。どこにあるの?」
「公園から少し歩いた所だよ。この前の工場と同じで、酵母パン作ってるんだって」
その公園は放課後によく一緒に遊ぶ場所だった。
「ホント? やったぁ、あれすごく美味しかったもん」
「茜は十個くらい食べてたもんねー」
「やだ! そんな食べてないし!」
あたしの反応に笑っている奈美を見ながら、楽しかった工場見学を思い出す。ベルトコンベアで運ばれていく生地を二人で眺め、焼きたてでキツネ色のパンをハフハフ言いながら食べた。奈美はスマホを取り出し、パン屋のホームページを見せてくれた。美味しそうなメニューが並んでいるが、その横で輝く銀色のクマについ目がいってしまう。
「ちょっと、聞いてる?」
「え、うん、聞いてるよ」
「ホントにー? なんか、最近元気ないよ」
「大丈夫、大丈夫。へへへ」
「なら……いいけど。あれ、それ新しいストラップだね」
しまった……。自分の体が内側から凍っていくのを感じる。話している間にさりげなくポケットへしまえば良かった。しかし、もう遅い。
「え、あぁ。うん、気分転換で変えてみたんだ」
「そうなんだ……。うん、それも可愛いね」
臨時でつけていたストラップは、へた付きのトマトに顔が描かれたシンプルなものだった。クマの方が何百倍も可愛いよ、と思ったが、今そんなことは言えない。
話を切り替えようと口を開いたが、それを制するように四時間目のチャイムが鳴った。
「あ、算数の準備しなきゃ。じゃあ後でね」
奈美はそう言うと、自分の席に戻っていった。ポニーテールの髪と銀色のクマが同じリズムで揺れる。
今日中に見つけなきゃ。
本物のトマトを潰すように、臨時のストラップを強く握りしめた。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。
カレンと晴人はその後、どうなる?
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様を書いたストーリーです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる