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掃除の時間
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学校で落としたとしたら、まず間違いなくこの教室だ。学校にはスマホを持ってきても良いことになっているが、校内での使用は禁止されている。「帰り道で何かあった時のために」というPTAの意見で決まったルールだ。だから廊下や校庭でスマホをいじったりはしない。休み時間も大抵は奈美や他の友達と教室にいる。しかし、教室なら尚更早く見つけないといけない。奈美が拾ったりしたら、言い訳出来なくなる。
ストラップの心配で、先生が読み上げる計算式が全く頭に入らない。斜め前の席の子が、こっそりとスマホをいじっている。普段は気にならないのに、先生にこっそり言いつけてやろうかと、意地悪な気持ちが湧いてくる。
四時間目が終わると、給食係が白い割ぽう着をまとってワゴンを教室に運んできた。班ごとで食べるため、みんなが席を動かし始める。ガタガタ踊る机や椅子の合間を縫うように、ストラップが落ちていないか見てみたが駄目だった。教室全体を見回すには時間が短すぎる。
献立なんて気にならない。工場のベルトコンベアが機械的に食べ物を運ぶように、味を感じる間もなく給食が口に入れられる。十分に噛まずに飲み込んでしまい、何度もむせる。自由に行動できない時間。早く過ぎてほしいと思う分、異様に長く感じた。
毎日恒例、給食後の掃除。六年生は教室や廊下だけでなく、校庭やトイレも掃除する。今週教室を担当するのは、あたしや奈美のいる班だった。
それぞれが分担された仕事をする。ホウキ・チリトリ・雑巾・黒板消しが、みんなの手に従って教室を綺麗にしていく。
奈美と一緒にホウキで埃をせっせと掃いているふりをしながら、ストラップが落ちていないか必死に探した。椅子の間、窓のさん、金魚の水槽の後ろ……。一見すれば掃除熱心な優等生だろう。ロッカーの裏側を探していると、ホウキに布が絡まった。手に取って見ると、それは青いハンカチだった。
「あ、それ俺のだ」
落とし主の男子は「サンキュー。うえぇ、きったな」と言いながらハンカチをあたしの手から取った。誰かの上履きで踏まれた跡を、手で叩き落とし始める。それを見て、大事なことを思い出した。
「ねえ、落し物届ってどこだっけ?」
学校には落し物が集まる場所がある。もしかしたら誰かが拾ってそこに届けているかもしれない。その可能性をすっかり忘れていた。湧き上がる期待に、自然と足踏みを始める。
「んー、確か一階の事務室だったと思うけど」
「ありがとう」と言いながら教室の時計を見た。一時二十六分。やばい、五時間目まで四分しかない。しかも今日は十月三十一日だ。落し物は落とし主が現れないと、たしか月の最後にまとめて処分される。
しかしホウキ係は最後にゴミをまとめ、ゴミ袋を校舎の遠い裏まで運ばなければならなかった。他の子は分担された掃除で忙しい。でも迷っている時間はない。頼みづらいが、今回は緊急事態だ。
「ねぇ奈美。ちょっとお願いがあるんだけど」
チリトリに集まったものをゴミ箱に入れている奈美に、後ろから声をかけた。
「え? どうしたの?」と奈美が振り向く。
「あたしね、掃除の時に職員室へ来るよう先生に言われたの忘れててさ。もう五時間目始まっちゃうから、悪いんだけど一人でゴミ袋持ってってくれないかな?」
「えー、しょうがないなぁ。分かった、いいよ」
少しだけ怒ったように見えた。重いゴミ袋を運ぶ係なんて、奈美一人に押しつけたくなかった。でも今は理由を説明出来ない。「ありがとう、ごめんね」と言いながら、走って教室を出た。
階段をズンズン駆け下りていく。徒競争でもこんなに早く走ったことがない。すぐに事務室までたどり着き、乱れた呼吸を整える間もなく扉を叩いた。
「茜ちゃん、五時間目始まるよ」
肩を落として事務室を出たところで、校庭の掃除が終わったクラスメイトの牧ちゃんに声をかけられた。
「どうしたの? 大丈夫?」
「ううん、何でもないよ。教室行こっか」
意識的に頬を動かして口元を引き上げ、一緒に階段を上り始めた。
あっという間に五時間目が過ぎ、帰りの会が始まった。どうしよう。落し物届にもないとなると、あとは通学路と家しか考えられない。でも念のためだ。全部の教室から集められたゴミ袋をこれから見てみよう。
ゴミが一斉に収集されるのは明日の早朝だ。朝に探そうかと思ったが、そんなところを誰かに見られたら噂になり、ストラップを失くしたことがばれてしまう。今日一緒にパン屋へ行くのは断ろう。食べたとしても、せっかくの酵母パンも味わえない気がする。
「起立。気をつけ。さようなら」
日直の号令を合図にクラス全員が礼をすると、一気に教室が賑やかになる。唐突に大声をあげて走り回る男子。好きなアイドルの話をしてはしゃぐ女子。その中をかき分けて奈美に近寄った。
「奈美。お母さんにさっきお使い頼まれてさ。一緒にパン屋行けなくなっちゃったんだ。ごめんね」
振り返った奈美の表情は、あまり驚きを浮かべていなかった。
「……いいよ、あたしも用事できたし」
何か凍りつくような間を置いてから奈美は呟き、さっとランドセルを背負って教室を出た。クラスメイトはまだたくさんいたのに、さっきまでのガヤガヤが急に聞こえなくなった。
ストラップの心配で、先生が読み上げる計算式が全く頭に入らない。斜め前の席の子が、こっそりとスマホをいじっている。普段は気にならないのに、先生にこっそり言いつけてやろうかと、意地悪な気持ちが湧いてくる。
四時間目が終わると、給食係が白い割ぽう着をまとってワゴンを教室に運んできた。班ごとで食べるため、みんなが席を動かし始める。ガタガタ踊る机や椅子の合間を縫うように、ストラップが落ちていないか見てみたが駄目だった。教室全体を見回すには時間が短すぎる。
献立なんて気にならない。工場のベルトコンベアが機械的に食べ物を運ぶように、味を感じる間もなく給食が口に入れられる。十分に噛まずに飲み込んでしまい、何度もむせる。自由に行動できない時間。早く過ぎてほしいと思う分、異様に長く感じた。
毎日恒例、給食後の掃除。六年生は教室や廊下だけでなく、校庭やトイレも掃除する。今週教室を担当するのは、あたしや奈美のいる班だった。
それぞれが分担された仕事をする。ホウキ・チリトリ・雑巾・黒板消しが、みんなの手に従って教室を綺麗にしていく。
奈美と一緒にホウキで埃をせっせと掃いているふりをしながら、ストラップが落ちていないか必死に探した。椅子の間、窓のさん、金魚の水槽の後ろ……。一見すれば掃除熱心な優等生だろう。ロッカーの裏側を探していると、ホウキに布が絡まった。手に取って見ると、それは青いハンカチだった。
「あ、それ俺のだ」
落とし主の男子は「サンキュー。うえぇ、きったな」と言いながらハンカチをあたしの手から取った。誰かの上履きで踏まれた跡を、手で叩き落とし始める。それを見て、大事なことを思い出した。
「ねえ、落し物届ってどこだっけ?」
学校には落し物が集まる場所がある。もしかしたら誰かが拾ってそこに届けているかもしれない。その可能性をすっかり忘れていた。湧き上がる期待に、自然と足踏みを始める。
「んー、確か一階の事務室だったと思うけど」
「ありがとう」と言いながら教室の時計を見た。一時二十六分。やばい、五時間目まで四分しかない。しかも今日は十月三十一日だ。落し物は落とし主が現れないと、たしか月の最後にまとめて処分される。
しかしホウキ係は最後にゴミをまとめ、ゴミ袋を校舎の遠い裏まで運ばなければならなかった。他の子は分担された掃除で忙しい。でも迷っている時間はない。頼みづらいが、今回は緊急事態だ。
「ねぇ奈美。ちょっとお願いがあるんだけど」
チリトリに集まったものをゴミ箱に入れている奈美に、後ろから声をかけた。
「え? どうしたの?」と奈美が振り向く。
「あたしね、掃除の時に職員室へ来るよう先生に言われたの忘れててさ。もう五時間目始まっちゃうから、悪いんだけど一人でゴミ袋持ってってくれないかな?」
「えー、しょうがないなぁ。分かった、いいよ」
少しだけ怒ったように見えた。重いゴミ袋を運ぶ係なんて、奈美一人に押しつけたくなかった。でも今は理由を説明出来ない。「ありがとう、ごめんね」と言いながら、走って教室を出た。
階段をズンズン駆け下りていく。徒競争でもこんなに早く走ったことがない。すぐに事務室までたどり着き、乱れた呼吸を整える間もなく扉を叩いた。
「茜ちゃん、五時間目始まるよ」
肩を落として事務室を出たところで、校庭の掃除が終わったクラスメイトの牧ちゃんに声をかけられた。
「どうしたの? 大丈夫?」
「ううん、何でもないよ。教室行こっか」
意識的に頬を動かして口元を引き上げ、一緒に階段を上り始めた。
あっという間に五時間目が過ぎ、帰りの会が始まった。どうしよう。落し物届にもないとなると、あとは通学路と家しか考えられない。でも念のためだ。全部の教室から集められたゴミ袋をこれから見てみよう。
ゴミが一斉に収集されるのは明日の早朝だ。朝に探そうかと思ったが、そんなところを誰かに見られたら噂になり、ストラップを失くしたことがばれてしまう。今日一緒にパン屋へ行くのは断ろう。食べたとしても、せっかくの酵母パンも味わえない気がする。
「起立。気をつけ。さようなら」
日直の号令を合図にクラス全員が礼をすると、一気に教室が賑やかになる。唐突に大声をあげて走り回る男子。好きなアイドルの話をしてはしゃぐ女子。その中をかき分けて奈美に近寄った。
「奈美。お母さんにさっきお使い頼まれてさ。一緒にパン屋行けなくなっちゃったんだ。ごめんね」
振り返った奈美の表情は、あまり驚きを浮かべていなかった。
「……いいよ、あたしも用事できたし」
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