銀色のクマ

リューク

文字の大きさ
6 / 16

メッセージの送信

しおりを挟む
 その後の授業や休み時間、どの女子にも話しかけづらさを感じた。チラリと周りを見ると、目が合いそうになった子が急に顔をそらす。まるで昨日公園を柵越しに見ていた自分のようだ。でも、違う。みんなはそれを楽しんでいる。

 顔をわずかに後ろへ向けて、奈美の席に目をやった。近い席の友達に囲まれ、楽しそうにおしゃべりをしている。いつもは自分も楽しくしてくれる笑顔なのに、今日は見ると息苦しくなる。体の向きを戻して机の上で腕を組み、トマトのストラップを見つめ続けた。

 先生が明日の連絡事項を黒板に書き、みんながランドセルに教科書やノートをしまっている。いつの間にか帰りの会の時間になっていた。そうだ、まだ何の帰り仕度もしていない。ごちゃごちゃになったプリントや体育着と格闘し始めると、日直が号令をかけて帰りの会が終了した。急いで持ち物をまとめ、ワイワイざわめく教室を見渡す。すると奈美がランドセルを背負い、さっさと廊下に向かっていた。

 学校の正門前の通学路には、まだ大勢の生徒がいた。犯人を尾行する刑事のように、距離を保って奈美の後ろを歩いた。いつも傍にいたせいか、こうしてじっくり後ろ姿を眺めるのは初めてかもしれない。

 奈美はたまに振り返りそうなしぐさを見せた。その度にビキッと体をこわばらせる。それでも結局振り返りはしなかった。ポニーテールが三十メートルほど先で揺れ続ける。

 いつもの公園の道をそのまま過ぎて角を曲がると、見慣れないお店の看板が目に入った。クリーム色の背景に、ふっくらした幾つかのパンの絵が楕円上に並び、その中に店名が書いてある。奈美が教えてくれた、最近できたお店だった。ここしばらくは下を向いて歩いていたから、全く気がつかなかった。看板の前まで来ると、色々な種類のパンが並んでいるのがガラス窓越しに見えた。小さなお店だったが、中は多くの人で賑わっている。急に空腹感が襲ってきた。給食でおかずだけ食べ、パンに手をつけなかったせいだ。

 前を歩く奈美とすぐ近くのパン屋を交互に見つめた。一緒に行こうって話していたのに、今はこうして離れた所を歩いている。昨日のことでも、昔話を聞くみたいに遠く感じる。

 パン屋を過ぎると、同じ道を歩く生徒が徐々に減っていった。近づいて話しかけたい。「ねぇ、早くあそこの酵母パン食べようよ」と声をかけたい。しかし足は気持ちに反して、その動くテンポを上げなかった。むしろ枯葉を踏む音でばれないように、慎重な足取りで歩いている。

 俯きながらどうしようか迷っていると、いつの間にか家に着いてしまった。奈美は途中で道を曲がり、とっくに目の前からいなくなっていた。

 家の階段を重い足取りで上り、自分の部屋でランドセルを下ろす。枕元のぬいぐるみのように、しばらくベッドに腰掛けて動かずにいた。

 ふんわりと床を這って近づいてくるものが視界に入った。掃除をさぼって生まれた埃だ。少し開いた窓からの風で、たんすの隙間から追い出されたようだ。それを目で追っていると、順に学校での一日が思い出された。牧ちゃんと歩いた朝の道。奈美が冷たかった社会の時間。パン屋をそのまま通り過ぎた帰り道。くせ毛のあたりが急に痒くなり、地肌をえぐるように掻きむしった。抜けて指に絡みついた髪の毛を、足元まで到着した埃に向かって落とす。

 立ち上がってランドセルに手を突っ込み、スマホをバッと取りだした。腕を引き抜くのと同時に、乱暴に押し詰められていたプリントが床へ散らばる。再びベッドに座り、枕元のクマのぬいぐるみを膝の上に置いた。

 工場見学のグループのメンバーだった四人の女子宛てに、メッセージを作成する。普段よりも可愛い絵文字を多めに挿入し、「今日のグループワーク楽しかったね。また今度も同じメンバーで見学しようね」と文章を打ち込んだ。簡単な内容だが、間違いがないよう何度も読み返す。一斉送信ではなく、一人ひとりに少しずつ文の違うメッセージを送った。

 送信が終わると、再びストラップを探し始める。リュックサックの中、玄関の隅、便器の陰……。次々と場所を変えて体を動かし、頭で自動再生される一日を振り払おうとした。その間ずっと握りしめていたスマホは、手の汗で表面がベタベタになっていった。

 次の日の朝、起きると同時にアプリを起動した。メッセージはどれも既読になっていたが、返信はなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。 カレンと晴人はその後、どうなる?

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様を書いたストーリーです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

(ほぼ)5分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ5分で読める怖い話。 フィクションから実話まで。

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

処理中です...