15 / 16
帰り道
しおりを挟む
刻々と帰りの会の終わりが近づいている。各係の発表や連絡が終わるごとに、鼓動は早くなっていった。時計の長針を見て、ぐっと唾を飲み込む。
帰り支度は早めに済ませていた。そうすれば、何かの事情で奈美が急いで帰りだしたとしても、見失う心配はない。
全員が起立し、日直が号令をかけた。それと同時に後ろを向く。奈美がランドセルを背負い、女子達と一緒に教室を出た。注意深く距離を保ち、見失わないように後を追いかけた。友達とおしゃべりを続ける奈美を見つめて歩く。いつも通り、学校付近では周りにたくさんの生徒が下校している。それでもあたしの目は、奈美をしっかりと捉えていた。
やがてクラスメイトと別れ、奈美も一人で歩き始める。分かれ道が来る度に人が減っていった。無意識に枯葉を避けて足を運ぶ。もうじき十月も終わるというのに、じんわり背中に汗をかいていた。気持ちを落ちつけようとゆっくり深呼吸をした時、前を歩く低学年の子が脇道に入っていった。
もう前を歩くのは一人だけになった。それを確認すると同時に走り出す。恐い。奈美の姿が大きくなるにつれて、息も出来なくなる。それでも足を動かす。気がつけば、そこは公園が柵越しに見える道だった。距離は五メートルもなくなった。
「奈美」
奈美の足が止まった。荒い呼吸を整えながら反応を待つ。どうしようか迷っているのか、奈美はしばらく動かなかった。風に吹かれた髪だけが、ゆらゆらと揺れている。
しかしもう一度名前を呼ぼうとした時、意を決したようにこちらを振り向いた。怒っているのか、緊張しているのか、悲しんでいるのか分からない。見る人によって印象が変わりそうな表情を浮かべていた。
話をするには少し遠い。嫌な距離を感じると、ゆっくりと歩き始めた。崩れ落ちそうな地面を刺激せず、慎重に崖の近くを歩いているような足取りだった。
「なに?」
怯えと緊張の入り混じった声で奈美が聞く。二人が手を伸ばしてもギリギリ届かない距離の所で、あたしは立ち止った。
何か言わなくちゃ、と思ったが言葉が見つからない。社会のグループワークで無視された日の夜、メッセージを打とうとした時と同じだ。色々伝えたい気持ちは溢れていたが、口が動かない。ただならぬ雰囲気を察したのか、反対側の歩道を歩くお婆さんがチラチラとこちらを見ている。
すると奈美がガサッと枯葉の音を立てて背を向けようとした。
「ごめんなさい!」
頭を下げながら叫んだ。下を向いているから、奈美の姿は見えない。でも帰ろうとするのをやめて、まだそこに立っている気配があった。ゆっくりと顔を上げ、奈美をじっと見つめた。やっと自分の気持ちの一部を伝えられた。その思いから生まれるあたしの眼差しを避けるように、奈美が目線を地面に逸らせ、「何が?」と小さい声を吐く。あたしは拳を強く握り締めて言った。
「ゴミ袋係押しつけて、ごめんなさい。あと、急に一緒に帰るの断ったりしてごめん。今さらって思われるのは分かってるけど……でも、本当にごめんなさい。あたしのこと嫌いになったと思うけど、やっぱり友達でいたい。仲直りしたいんだ。前みたいに一緒に遊びたい。だから……本当に、今までのこと、本当にごめんなさい」
つっかえながら滅茶苦茶に話しているのが分かった。でも、言葉を順序良く並べるなんて出来ない。色々な記憶や気持ちがごちゃ混ぜになり、口を勝手に動かした。奈美はまだじっと地面を見つめていた。さらに言い足そうか迷ったが、同じ言葉しか出てこない気がした。
「それって、本当にあたしと仲直りしたいから言ってるの?」と、奈美は足元の枯葉に話しかけるみたいに言った。
そしてゆっくりと視線を上げ、あたしを見定めるように続けた。「他の女子に仲間外れにされるのが嫌だから言ってるんじゃないの?」
「そんな……違うよ! 本当に前みたいに仲良くしたいだけ!」
すると奈美は、なぜか急にランドセルを脱いだ。それを胸元に抱えて蓋を開け、すごい勢いで右手を突っ込んだ。それは以前、夜中にスマホをランドセルから取りだそうとする自分を思い出させた。奈美は何かを掴んで手を引き抜くと、少し近づいてきて目の前にバッと拳を突き出した。
「じゃあ、これ何!?」
叫び声が周りの家々にこだまする。気づくと奈美の右手は何か摘まんでいて、そこには光るものがぶら下がっていた。
うそ……。
目の前で二匹のクマが揺れている。どちらも銀色で、可愛い笑みを浮かべている。
帰り支度は早めに済ませていた。そうすれば、何かの事情で奈美が急いで帰りだしたとしても、見失う心配はない。
全員が起立し、日直が号令をかけた。それと同時に後ろを向く。奈美がランドセルを背負い、女子達と一緒に教室を出た。注意深く距離を保ち、見失わないように後を追いかけた。友達とおしゃべりを続ける奈美を見つめて歩く。いつも通り、学校付近では周りにたくさんの生徒が下校している。それでもあたしの目は、奈美をしっかりと捉えていた。
やがてクラスメイトと別れ、奈美も一人で歩き始める。分かれ道が来る度に人が減っていった。無意識に枯葉を避けて足を運ぶ。もうじき十月も終わるというのに、じんわり背中に汗をかいていた。気持ちを落ちつけようとゆっくり深呼吸をした時、前を歩く低学年の子が脇道に入っていった。
もう前を歩くのは一人だけになった。それを確認すると同時に走り出す。恐い。奈美の姿が大きくなるにつれて、息も出来なくなる。それでも足を動かす。気がつけば、そこは公園が柵越しに見える道だった。距離は五メートルもなくなった。
「奈美」
奈美の足が止まった。荒い呼吸を整えながら反応を待つ。どうしようか迷っているのか、奈美はしばらく動かなかった。風に吹かれた髪だけが、ゆらゆらと揺れている。
しかしもう一度名前を呼ぼうとした時、意を決したようにこちらを振り向いた。怒っているのか、緊張しているのか、悲しんでいるのか分からない。見る人によって印象が変わりそうな表情を浮かべていた。
話をするには少し遠い。嫌な距離を感じると、ゆっくりと歩き始めた。崩れ落ちそうな地面を刺激せず、慎重に崖の近くを歩いているような足取りだった。
「なに?」
怯えと緊張の入り混じった声で奈美が聞く。二人が手を伸ばしてもギリギリ届かない距離の所で、あたしは立ち止った。
何か言わなくちゃ、と思ったが言葉が見つからない。社会のグループワークで無視された日の夜、メッセージを打とうとした時と同じだ。色々伝えたい気持ちは溢れていたが、口が動かない。ただならぬ雰囲気を察したのか、反対側の歩道を歩くお婆さんがチラチラとこちらを見ている。
すると奈美がガサッと枯葉の音を立てて背を向けようとした。
「ごめんなさい!」
頭を下げながら叫んだ。下を向いているから、奈美の姿は見えない。でも帰ろうとするのをやめて、まだそこに立っている気配があった。ゆっくりと顔を上げ、奈美をじっと見つめた。やっと自分の気持ちの一部を伝えられた。その思いから生まれるあたしの眼差しを避けるように、奈美が目線を地面に逸らせ、「何が?」と小さい声を吐く。あたしは拳を強く握り締めて言った。
「ゴミ袋係押しつけて、ごめんなさい。あと、急に一緒に帰るの断ったりしてごめん。今さらって思われるのは分かってるけど……でも、本当にごめんなさい。あたしのこと嫌いになったと思うけど、やっぱり友達でいたい。仲直りしたいんだ。前みたいに一緒に遊びたい。だから……本当に、今までのこと、本当にごめんなさい」
つっかえながら滅茶苦茶に話しているのが分かった。でも、言葉を順序良く並べるなんて出来ない。色々な記憶や気持ちがごちゃ混ぜになり、口を勝手に動かした。奈美はまだじっと地面を見つめていた。さらに言い足そうか迷ったが、同じ言葉しか出てこない気がした。
「それって、本当にあたしと仲直りしたいから言ってるの?」と、奈美は足元の枯葉に話しかけるみたいに言った。
そしてゆっくりと視線を上げ、あたしを見定めるように続けた。「他の女子に仲間外れにされるのが嫌だから言ってるんじゃないの?」
「そんな……違うよ! 本当に前みたいに仲良くしたいだけ!」
すると奈美は、なぜか急にランドセルを脱いだ。それを胸元に抱えて蓋を開け、すごい勢いで右手を突っ込んだ。それは以前、夜中にスマホをランドセルから取りだそうとする自分を思い出させた。奈美は何かを掴んで手を引き抜くと、少し近づいてきて目の前にバッと拳を突き出した。
「じゃあ、これ何!?」
叫び声が周りの家々にこだまする。気づくと奈美の右手は何か摘まんでいて、そこには光るものがぶら下がっていた。
うそ……。
目の前で二匹のクマが揺れている。どちらも銀色で、可愛い笑みを浮かべている。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。
カレンと晴人はその後、どうなる?
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様を書いたストーリーです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる