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銀色のクマ
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どれくらい歩き回っただろう。どれほど目を凝らしただろう。どんなに手を動かしただろう。探し続けて見つからなかった物が、今すぐそこにある。夢だと思った。奈美のことをもっと大好きにさせ、いつの間にかどこかへ去ってしまった、ずっと探していた大切なストラップだった。
「なんで……それ、持ってるの?」
奈美の方に目を向けたが、ピントが合わない。クマがくっきり目に映り、奈美の顔がぼやけて見えた。
「自分が捨てたんじゃない」
あたしが、捨てた?
「ゴミ袋に入ってたんだけど」
聞こえてくることを理解しようとした。それでも先程の自分の言葉みたいに、上手く頭で整理できなかった。
「茜がゴミ袋係押しつけたあの日だよ。よく分かんない理由つけてさ。そしたらゴミ袋にこれが入ってて。しかも先生とじゃなく、牧ちゃんとおしゃべりしてたし」
あの日のことを思い出した。休み時間にゴミ箱の中を丹念に探したが、見つからなかった。でも、それは見落としだった。もしかしたら、その後に誰かがゴミ箱に入れたのかもしれない。とにかく掃除の時間に教室や落し物届を探していたが、ストラップはもうゴミ袋の中に入っていた。それを運ぶ係を押しつけられた奈美が偶然見つけた。ゴミ袋は半透明だから、光るものは少し目立つし、ぼんやりと形も分かる。袋からストラップを取り出し、教室へ戻ろうとした時、事務室を出て牧ちゃんに話しかけられたあたしが目に入った。
信じられない。でも今の話からは、それしか考えられない。
奈美はあたしがストラップをわざと捨てたのだと思った。あたしが内緒でストラップを変えたことが、それを確信に至らせたのだろう。だから帰りの会の後に冷たい態度を取って、他の女子と公園で遊んでいた。たぶんその時に、あたしのことをみんなに打ち明けたんだ。
ゴミ袋係を押しつけたことや、よそよそしい態度が理由で嫌われたんじゃない。原因はストラップだった。
クマが夕日を反射して光ったのと同時に、意識が今に引き戻された。突風で枯葉が足にぶつかっていく。少しよろけたが、奈美は髪をなびかせたまま、しっかりと立って睨みつけている。宝物にするって約束した誕生日プレゼントをどうして捨てたの? と目が聞いている。
「違う! それは捨てたんじゃなくて、落としちゃったの!」とあたしは叫び、本当のいきさつを説明した。打ち明けられず、こっそりストラップを変えた朝。落し物届を確認するため、ゴミ袋係を押しつけた昼。家中をずっと探していた夜。伝えると同時に、後悔の気持ちが湧きあがる。どうしてもっと早く正直に言わなかったんだろう。
奈美も驚きを隠せないでいた。風に吹かれた髪の毛先が、僅かにあいた唇に入り込む。ストラップを握り、その右手を下ろした。
「なにそれ……。なんでそれを初めから言わないわけ?」
「奈美だって言わなかったじゃん! あたしは一生懸命探してたのに」
「一生懸命探してるのに、なんで男子と平気な顔してゲームで遊んでたの?」
「そっちも他の子と仲良くしてたでしょ! メッセージだって……返信してくれなかったし」
「プレゼントを失くしたままで、メッセージの返信をしろだなんて、自分勝手じゃん!」
大声で奈美が怒鳴るのは初めて見た。これは、あたしがしてしまったことの重みなんだ。さっき話しかけるまでは、怒られたり嫌われたりするのが恐かった。でも今は、プレゼントを失くしてしまったことの方が重くのしかかった。
奈美は肩で息をしている。手の震えで、クマが喧嘩をするようにカチカチとぶつかり合っている。あたしはそれを見つめながら言った。
「ごめん……。誕生日プレゼントを失くしたなんて言ったら、絶対嫌われると思って。だから、言えなかった。でも最低だよね。本当に、最低。黙ってコソコソしないで、ちゃんと奈美に言って謝らなきゃいけなかったのに」
小さい子たちの楽しそうな声が公園から聞こえた。ブランコの揺れる音も響いた。
「あたし、自分がどれだけ酷いことをしたのか、ちゃんと考えられなかった。奈美だって苦しかったのに、それを分かろうとしなかった。そうじゃなきゃ……、奈美が勝手にメッセージを……ブロックなんてしない」
泣き声になりかけているのに気がつき、俯いて唇を噛んだ。ブロックされ、スマホを投げつけた夜を思い出す。傾いた夕日がさらに眩しく感じられた時、奈美が静かに口を開いた。
「ごめん。あたし……女子がブロックしなよって言うから。断ったら自分も何かされる気がして、やっちゃったんだ。でも、やっぱりあたしが他の子に言われるまんまで、茜に向き合わなかったのがいけなかったんだよね」
「奈美は悪くないよ! スマホで返事をもらおうとした、あたしが臆病だった」と顔を上げて叫んだ。
「あたしだって臆病だった。本当は茜にストラップのこと聞きたかったのに。周りの女子も怖くて。茜が男子と遊んでるのを見て、意地張っちゃって」
あたしは体の震えを抑えるように、拳を強く握りしめた。そして奈美に近づき、目を見てはっきりと言った。
「あたし、男子と遊んで逃げてた。忘れようとしてた。でも無理。あたし、奈美とまた遊びたい。プレゼント失くしちゃって、自分勝手で臆病で、本当にごめんなさい。でも、奈美とずっと友達でいたいよ」
奈美の頬に涙が伝う。指からぶら下がっていたクマがぶつかるのを止め、閉じた右手に包まれた。
「あたしも、ごめんなさい。あたし、ずっと茜と遊びたかった。離れて歩いたりしないで、一緒に帰りたかった」
奈美がゆっくりと手を伸ばし、あたしのくせ毛を包んだ。胸の中の重みが消えていく。奈美の腕に、あたしのこぼした涙がはねる。夕日が眩しさを増し、お互いがよく見えなかった。それでもしっかりと寄り添い、肩に顔をうずめてしばらく泣き合った。
公園から子供の声やブランコの音は聞こえなくなり、通りにはあたし達の声だけが響いている。ごみ箱をあさっていた日にしてもらったように、今度は自分が奈美の頭をポンと撫でた。ポニーテールはなくなっても、少しも変わらない大好きな奈美だった。
約束していたお店で買ったパンを食べながら、久しぶりに奈美と並んで歩いた。噛む度に、色々なことを思い出す。パン工場の見学。グループワークをした社会の授業。奈美の後ろを歩きながら、お店をそのまま過ぎた帰り道。ベルトコンベアに運ばれたアツアツのフワフワではなかったが、今食べている酵母パンの方がずっと美味しかった。
二人の影が長くなって重なり始めた頃、帰り道の分かれる空き地の交差点に着いた。奈美がストラップを目の高さにやりながら、あたしの分を返して合図する。気づいたあたしが受け取って同じように近づけると、カチッと音を立てながら銀色のクマが肩を組んだ。
「なんで……それ、持ってるの?」
奈美の方に目を向けたが、ピントが合わない。クマがくっきり目に映り、奈美の顔がぼやけて見えた。
「自分が捨てたんじゃない」
あたしが、捨てた?
「ゴミ袋に入ってたんだけど」
聞こえてくることを理解しようとした。それでも先程の自分の言葉みたいに、上手く頭で整理できなかった。
「茜がゴミ袋係押しつけたあの日だよ。よく分かんない理由つけてさ。そしたらゴミ袋にこれが入ってて。しかも先生とじゃなく、牧ちゃんとおしゃべりしてたし」
あの日のことを思い出した。休み時間にゴミ箱の中を丹念に探したが、見つからなかった。でも、それは見落としだった。もしかしたら、その後に誰かがゴミ箱に入れたのかもしれない。とにかく掃除の時間に教室や落し物届を探していたが、ストラップはもうゴミ袋の中に入っていた。それを運ぶ係を押しつけられた奈美が偶然見つけた。ゴミ袋は半透明だから、光るものは少し目立つし、ぼんやりと形も分かる。袋からストラップを取り出し、教室へ戻ろうとした時、事務室を出て牧ちゃんに話しかけられたあたしが目に入った。
信じられない。でも今の話からは、それしか考えられない。
奈美はあたしがストラップをわざと捨てたのだと思った。あたしが内緒でストラップを変えたことが、それを確信に至らせたのだろう。だから帰りの会の後に冷たい態度を取って、他の女子と公園で遊んでいた。たぶんその時に、あたしのことをみんなに打ち明けたんだ。
ゴミ袋係を押しつけたことや、よそよそしい態度が理由で嫌われたんじゃない。原因はストラップだった。
クマが夕日を反射して光ったのと同時に、意識が今に引き戻された。突風で枯葉が足にぶつかっていく。少しよろけたが、奈美は髪をなびかせたまま、しっかりと立って睨みつけている。宝物にするって約束した誕生日プレゼントをどうして捨てたの? と目が聞いている。
「違う! それは捨てたんじゃなくて、落としちゃったの!」とあたしは叫び、本当のいきさつを説明した。打ち明けられず、こっそりストラップを変えた朝。落し物届を確認するため、ゴミ袋係を押しつけた昼。家中をずっと探していた夜。伝えると同時に、後悔の気持ちが湧きあがる。どうしてもっと早く正直に言わなかったんだろう。
奈美も驚きを隠せないでいた。風に吹かれた髪の毛先が、僅かにあいた唇に入り込む。ストラップを握り、その右手を下ろした。
「なにそれ……。なんでそれを初めから言わないわけ?」
「奈美だって言わなかったじゃん! あたしは一生懸命探してたのに」
「一生懸命探してるのに、なんで男子と平気な顔してゲームで遊んでたの?」
「そっちも他の子と仲良くしてたでしょ! メッセージだって……返信してくれなかったし」
「プレゼントを失くしたままで、メッセージの返信をしろだなんて、自分勝手じゃん!」
大声で奈美が怒鳴るのは初めて見た。これは、あたしがしてしまったことの重みなんだ。さっき話しかけるまでは、怒られたり嫌われたりするのが恐かった。でも今は、プレゼントを失くしてしまったことの方が重くのしかかった。
奈美は肩で息をしている。手の震えで、クマが喧嘩をするようにカチカチとぶつかり合っている。あたしはそれを見つめながら言った。
「ごめん……。誕生日プレゼントを失くしたなんて言ったら、絶対嫌われると思って。だから、言えなかった。でも最低だよね。本当に、最低。黙ってコソコソしないで、ちゃんと奈美に言って謝らなきゃいけなかったのに」
小さい子たちの楽しそうな声が公園から聞こえた。ブランコの揺れる音も響いた。
「あたし、自分がどれだけ酷いことをしたのか、ちゃんと考えられなかった。奈美だって苦しかったのに、それを分かろうとしなかった。そうじゃなきゃ……、奈美が勝手にメッセージを……ブロックなんてしない」
泣き声になりかけているのに気がつき、俯いて唇を噛んだ。ブロックされ、スマホを投げつけた夜を思い出す。傾いた夕日がさらに眩しく感じられた時、奈美が静かに口を開いた。
「ごめん。あたし……女子がブロックしなよって言うから。断ったら自分も何かされる気がして、やっちゃったんだ。でも、やっぱりあたしが他の子に言われるまんまで、茜に向き合わなかったのがいけなかったんだよね」
「奈美は悪くないよ! スマホで返事をもらおうとした、あたしが臆病だった」と顔を上げて叫んだ。
「あたしだって臆病だった。本当は茜にストラップのこと聞きたかったのに。周りの女子も怖くて。茜が男子と遊んでるのを見て、意地張っちゃって」
あたしは体の震えを抑えるように、拳を強く握りしめた。そして奈美に近づき、目を見てはっきりと言った。
「あたし、男子と遊んで逃げてた。忘れようとしてた。でも無理。あたし、奈美とまた遊びたい。プレゼント失くしちゃって、自分勝手で臆病で、本当にごめんなさい。でも、奈美とずっと友達でいたいよ」
奈美の頬に涙が伝う。指からぶら下がっていたクマがぶつかるのを止め、閉じた右手に包まれた。
「あたしも、ごめんなさい。あたし、ずっと茜と遊びたかった。離れて歩いたりしないで、一緒に帰りたかった」
奈美がゆっくりと手を伸ばし、あたしのくせ毛を包んだ。胸の中の重みが消えていく。奈美の腕に、あたしのこぼした涙がはねる。夕日が眩しさを増し、お互いがよく見えなかった。それでもしっかりと寄り添い、肩に顔をうずめてしばらく泣き合った。
公園から子供の声やブランコの音は聞こえなくなり、通りにはあたし達の声だけが響いている。ごみ箱をあさっていた日にしてもらったように、今度は自分が奈美の頭をポンと撫でた。ポニーテールはなくなっても、少しも変わらない大好きな奈美だった。
約束していたお店で買ったパンを食べながら、久しぶりに奈美と並んで歩いた。噛む度に、色々なことを思い出す。パン工場の見学。グループワークをした社会の授業。奈美の後ろを歩きながら、お店をそのまま過ぎた帰り道。ベルトコンベアに運ばれたアツアツのフワフワではなかったが、今食べている酵母パンの方がずっと美味しかった。
二人の影が長くなって重なり始めた頃、帰り道の分かれる空き地の交差点に着いた。奈美がストラップを目の高さにやりながら、あたしの分を返して合図する。気づいたあたしが受け取って同じように近づけると、カチッと音を立てながら銀色のクマが肩を組んだ。
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