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初級者用ダンジョン編
【6】第二形態
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其れは打撃と言うにはあまりに鋭く、斬撃と言うにはあまりに遠く、言うならば、そう、射撃である。
手を翳す度、無数に浮遊する結晶の剣が、一本、また一本と撃たれてゆく。
一矢が如く外壁を射る剣。やがて其れ等は光の粒子と消え、禁断の小精霊のもとへ還る。
撃てども撃てども止まぬ剣。そして、撃てども撃てども射るは壁。粉塵が舞う闘技場。エルは顔色一つ変えず、また、一本の剣を躱す。
ただ躱しているのでは無い。刀身の長さ、刃の厚さ、発射速度、軌道、癖等を観察している。
「───…射出は単本、軌道は直線、且つ掌が照準となる為、現形態での接近は容易である」
「禁断の小精霊を前に分析ですか」
「情報は武器だ。金にも成る」
「こんな時に”小遣い稼ぎ”しないで下さいっ…───」
「景気が悪くてね」
「…仕事熱心なんですね」
軽口を止めぬエルに、禁断の小精霊は手を降ろした。闘技場を抜ける風に月色の髪を靡かせ、翡翠色の双眸は圧を増す。
漆黒の伝統衣装から覗く両腕を力なく垂らすと、浮遊する剣が二本、小さく動く。
「なら、これならどうですか」
腕が交差する刹那、結晶の剣が二本射たれた。但し、速度は先程までの三倍以上に化け、その軌道は不規則な弧を描く。
間一髪の所で避けたエルだが、既に目前には次弾が射出されており、尚も同時射出され続ける剣は次第に逃場を奪ってゆく。轟々と舞う粉塵。命の欠片さえ残さぬ非情な剣。
しかし禁断の小精霊は装填を続け、射ち続けた。何故ならば、まるで手応えを感じていないからである。
”第二形態”…────。
従業員は総じて、白の資格者、銅の資格者、銀の資格者、金の資格者等に優劣が格付けされており、銀の資格者以上は戦法を二種類用意する事が許可されている。冒険者の”質”によって第一形態から第二形態へ変動させるのだが、言い方を変えれば、銀の資格者以上への昇格は二種類の戦法が必須と言う事でもある。
禁断の小精霊の場合、第一形態では千霊剣による直線的射撃行動。第二形態では千霊剣の全性能向上と制限解除。そして…───。
「エルさん、其処にあなたを感じます」
そう言って禁断の小精霊は浮遊する結晶の剣を一本掴むと、高く昇る粉塵へと一直線に駆けた。
禁断の小精霊自身による接近戦である。
やがて粉塵の隙間から姿を見せたエルは、予想通り無傷のまま立っていた。其れを見た禁断の小精霊は反射的に後退し、その姿を見据える。
ループタイの埃を払う姿ではない。水蒸気を纏う、その異様な姿をだ。足元の雪は溶け、身に触れた吹雪は一瞬で蒸気と化す。
火の魔素が無き今、炎を放出する事も、熱を帯びる事も許されない。つまり、エルの周囲で起きているあの”現象”は魔法の類では無い。両側頭部から伸びる、黒い靄で形成されたあの丸角も、魔法では無いのだ。
「───…エルさん、その姿は」
「ああ、すまない。”虹の資格者”の君の攻撃から生き延びるには、こうするしかなかったんだ」
「観察するには、の間違いじゃないですか」
「そんな余裕はないさ」
「嘘……ですね」
無言で笑みを浮かべるエル。否定か、肯定か。その真意は解けぬまま、禁断の小精霊は千霊剣を消した。
悟ったのだ。悟ってしまったのだ。決して埋まる事の無い”力”の差を。
「私の負けです」
「まさか、俺は勝ってない」
「そ、そう仰るのでしたら、あ、あの、エルさん」
「どうしたエヴァ」
禁断の小精霊で無く、自身の名前を呼ばれる度、鼓動が高まる。
戦士から乙女へ。頬を桃のように染め、言葉が上手く見つからない。華奢な体躯はより細く、弱く、小さくなる。小精霊の伝統衣装は肌の露出が多い為、その線がはっきり映ってしまう。
「(ど、どどどど、どうしよう。言いたい、デートをし、し、して下さいって言いたい…っ)」
「なあ、エヴァ」
「(で、でも、め、迷惑だよね、私なんかと…、話すの下手だし、つ、つまらないよ)」
「付き合ってくれるか」
手を翳す度、無数に浮遊する結晶の剣が、一本、また一本と撃たれてゆく。
一矢が如く外壁を射る剣。やがて其れ等は光の粒子と消え、禁断の小精霊のもとへ還る。
撃てども撃てども止まぬ剣。そして、撃てども撃てども射るは壁。粉塵が舞う闘技場。エルは顔色一つ変えず、また、一本の剣を躱す。
ただ躱しているのでは無い。刀身の長さ、刃の厚さ、発射速度、軌道、癖等を観察している。
「───…射出は単本、軌道は直線、且つ掌が照準となる為、現形態での接近は容易である」
「禁断の小精霊を前に分析ですか」
「情報は武器だ。金にも成る」
「こんな時に”小遣い稼ぎ”しないで下さいっ…───」
「景気が悪くてね」
「…仕事熱心なんですね」
軽口を止めぬエルに、禁断の小精霊は手を降ろした。闘技場を抜ける風に月色の髪を靡かせ、翡翠色の双眸は圧を増す。
漆黒の伝統衣装から覗く両腕を力なく垂らすと、浮遊する剣が二本、小さく動く。
「なら、これならどうですか」
腕が交差する刹那、結晶の剣が二本射たれた。但し、速度は先程までの三倍以上に化け、その軌道は不規則な弧を描く。
間一髪の所で避けたエルだが、既に目前には次弾が射出されており、尚も同時射出され続ける剣は次第に逃場を奪ってゆく。轟々と舞う粉塵。命の欠片さえ残さぬ非情な剣。
しかし禁断の小精霊は装填を続け、射ち続けた。何故ならば、まるで手応えを感じていないからである。
”第二形態”…────。
従業員は総じて、白の資格者、銅の資格者、銀の資格者、金の資格者等に優劣が格付けされており、銀の資格者以上は戦法を二種類用意する事が許可されている。冒険者の”質”によって第一形態から第二形態へ変動させるのだが、言い方を変えれば、銀の資格者以上への昇格は二種類の戦法が必須と言う事でもある。
禁断の小精霊の場合、第一形態では千霊剣による直線的射撃行動。第二形態では千霊剣の全性能向上と制限解除。そして…───。
「エルさん、其処にあなたを感じます」
そう言って禁断の小精霊は浮遊する結晶の剣を一本掴むと、高く昇る粉塵へと一直線に駆けた。
禁断の小精霊自身による接近戦である。
やがて粉塵の隙間から姿を見せたエルは、予想通り無傷のまま立っていた。其れを見た禁断の小精霊は反射的に後退し、その姿を見据える。
ループタイの埃を払う姿ではない。水蒸気を纏う、その異様な姿をだ。足元の雪は溶け、身に触れた吹雪は一瞬で蒸気と化す。
火の魔素が無き今、炎を放出する事も、熱を帯びる事も許されない。つまり、エルの周囲で起きているあの”現象”は魔法の類では無い。両側頭部から伸びる、黒い靄で形成されたあの丸角も、魔法では無いのだ。
「───…エルさん、その姿は」
「ああ、すまない。”虹の資格者”の君の攻撃から生き延びるには、こうするしかなかったんだ」
「観察するには、の間違いじゃないですか」
「そんな余裕はないさ」
「嘘……ですね」
無言で笑みを浮かべるエル。否定か、肯定か。その真意は解けぬまま、禁断の小精霊は千霊剣を消した。
悟ったのだ。悟ってしまったのだ。決して埋まる事の無い”力”の差を。
「私の負けです」
「まさか、俺は勝ってない」
「そ、そう仰るのでしたら、あ、あの、エルさん」
「どうしたエヴァ」
禁断の小精霊で無く、自身の名前を呼ばれる度、鼓動が高まる。
戦士から乙女へ。頬を桃のように染め、言葉が上手く見つからない。華奢な体躯はより細く、弱く、小さくなる。小精霊の伝統衣装は肌の露出が多い為、その線がはっきり映ってしまう。
「(ど、どどどど、どうしよう。言いたい、デートをし、し、して下さいって言いたい…っ)」
「なあ、エヴァ」
「(で、でも、め、迷惑だよね、私なんかと…、話すの下手だし、つ、つまらないよ)」
「付き合ってくれるか」
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