天冥海フロンティア

バトサラム

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第11話「火星急襲」

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第1節:策謀の盤面 ― 火星急襲作戦の立案

 天王星宙域に設けられた司令部。その会議室に、作戦幕僚たちの視線が一点に注がれていた。
 卓上に投影された立体映像――赤い地平を背景に、巨大な工廠群が広がっている。火星オリンポス西域。地球軍が兵器製造の拠点として急速に拡張している施設だった。

 この情報は、先の作戦会議の最後に持ち込まれたものだ。ダラーがどのような経路で掴んだかは定かでない。しかし信憑性は高く、既に裏付けも得られていた。

「……ここを叩けば、戦況は変わる」
 低くつぶやいたのはバジール司令だった。疲労の色を隠せぬ顔に、それでも鋼のような決意が宿っている。

 フランソワが慎重に問いかける。
「別働隊を編成するとなれば、天王星防衛戦の兵力は確実に削がれます。持ちこたえられる保証はありません」

 会議卓の隅で、カーレンが鋭い視線を投げた。
「保証など元よりない。だが、この工廠が稼働し続ける限り、いずれこちらは押し潰されるだけだ。戦う前に詰んでしまう」

 静寂が落ちる。全員が理解していた。これは乾坤一擲、未来を賭けた賭博だ。

 バジールは映像に映る工廠の立体像を睨みつけ、言葉を紡ぐ。
「天王星戦線は欺瞞と撹乱で時間を稼ぐ。別働隊を火星へ送り、工廠を破壊する。それ以外に勝機はない」

 フランソワは一瞬だけ瞼を閉じ、深く頷いた。
「了解しました……そのための部隊編成案を、直ちに起案いたします」

 カーレンが小さく笑う。
「派手にやらせてもらおう。火星の心臓を叩き割る。――それが俺の役目だ」

 会議室に漂う重圧は、もはや誰も逃れられぬ宿命を告げていた。


第2節:虚実の綾 ― 天王星戦線の撹乱

 天王星の蒼い光を背に、フロンティア艦隊は不気味な静けさの中にあった。実際には、その沈黙の裏で複数の欺瞞作戦が同時進行していた。

 電磁波の攪乱信号が発射され、虚偽の艦影データが地球軍の索敵網に流し込まれる。遠隔操作の無人艦が配置され、あたかも主力艦隊が留まっているかのように演出される。
 さらに一部の輸送艦には巨大な反射板が取り付けられ、敵のレーダーに戦艦規模の反応を映し出した。

 「これで、少なくとも数日は主力を割り出せまい」
 作戦管制席のフランソワが、モニターに並ぶ虚偽信号を確認しながらつぶやいた。彼女の声は冷静だったが、内心の緊張は拭えない。欺瞞の糸は脆く、敵が一度でも深追いすれば容易に破られる。

 カーレンは腕を組み、視線を戦域マップに落とした。
「連邦軍は強気だ。必ず突っ込んでくる。だが突っ込んできた先で見せるのは――蜃気楼だけだ」

 前線では陽動部隊が展開を始めていた。小型艦隊があえて攻撃を仕掛け、撃ち返されることで敵を誘い込む。その混乱に乗じて、主力がいまだ天王星に残っていると錯覚させる算段だった。

 だが、フランソワの胸中には一つの懸念が芽生えていた。
(相手がこちらの意図を読んでいたら……別働隊が火星に到達する前に、戦線は瓦解する)

 「フランソワ」
 バジールが低く声をかけた。
「我々は綱渡りをしている。だがその先に勝機があると信じねばならん」

 彼女は短く息を吐き、頷いた。
「承知しました。――欺瞞の糸、必ず繋ぎ止めてみせます」

 天王星の環を背景に、虚実が交錯する戦線が動き始めた。
その裏で、別働隊はすでに火星へと航路を取っていた。


第3節:赤き地平 ― 火星急襲部隊の出撃

 虚実の網が天王星宙域に広がるその頃、別働艦隊は静かに赤い惑星へと進んでいた。
 火星――かつて開拓民が夢を託した地は、いまや連邦軍の軍需拠点と化している。低軌道には監視衛星が幾重にも巡り、迎撃艦隊が常に周回していた。

 急襲部隊の旗艦《イシュマエル》艦橋。カーレンは正面モニターに映る赤茶けた地表を睨みつけた。
「……目標は目前だ。敵の警戒網を突破する」

 副官席の若い士官が緊張に震える声を発した。
「迎撃部隊、反応あり! 数は……十隻以上!」

 たちまち警報が鳴り響き、火星軌道上に散開していた地球軍の小艦隊が一斉に動き始めた。赤い惑星を背に放たれる無数の光線が、真空を走る稲妻のように襲いかかる。

 「正面突破だ!」
 カーレンの号令に、各艦の推進器が火を噴いた。
 フロンティア艦隊は楔形陣を形成し、砲撃を浴びながらも火星低軌道へ突入を図る。

 激しい衝撃に船体が震え、艦橋の照明が一瞬落ちた。だが乗員たちは歯を食いしばり、必死に持ちこたえる。

 「被弾区画、第二層! 消火班、急げ!」
 「推進器、出力低下……! しかし進路は維持できます!」

 モニターに映る赤い地表は、次第に大きさを増していく。砂嵐が舞い、山脈の影に隠された巨大な工廠群が、その全貌を現しつつあった。

 カーレンは拳を固く握り、声を張り上げる。
「ここが奴らの心臓だ! 突き破れ、フロンティアの旗を赤い地平に刻み込め!」

 火星上空に、烈しい戦火の幕が開かれた。


第4節:鉄の心臓 ― 火星工廠への突入

 火星低軌道を突破した《イシュマエル》率いる急襲艦隊は、工廠地帯に向けて降下を始めた。赤茶けた砂嵐の奥に、鋼鉄の要塞が横たわっている。巨大な格納庫群、無数の発射シリンダー、そして戦術機の組立ドックが地平線まで連なっていた。

 「敵防衛システム、起動! 無人砲塔多数、迎撃開始!」
 警報と共に、地表から無数の光線が噴き上がる。高射砲火が夜空の花火のように散り、突入艦隊を容赦なく打ち据えた。

 「突入部隊、降下用シャトル発進!」
 カーレンの号令に応え、数機の強襲艇が《イシュマエル》の腹部から吐き出された。地表すれすれを疾走し、直ちに格納ゲートへと突入していく。

 内部はまるで鉄の迷宮だった。コンベアに載せられた機体フレームが並び、整備アームが自動で溶接を繰り返す。そこへ襲いかかるのは、工廠専用に配備された無人戦闘機群――蜘蛛のような四脚砲台が壁を這い、ドローンが群れをなして迫る。

 「排除しろ! 一機たりとも通すな!」
 狭い格納区画で閃光と爆炎が交錯し、シャトル部隊は血路を切り開いた。手負いの兵士が壁際に崩れ落ちながらも、爆薬を運び、指定の柱や動力炉に設置していく。

 フランソワの声が無線に響いた。
『タイムリミットは二十分! 全装薬を配置したら即時撤収せよ!』

 汗に濡れた兵士が震える手で起爆装置を設置する。カーレンは仲間の背中を押し、最後尾で守りを固めた。
 頭上では、次々と完成間近の戦術機がレールに乗せられ、出撃準備を整えている。もしも稼働を許せば、天王星戦線の欺瞞など一瞬で打ち砕かれるだろう。

 「……ここで止めるしかねぇんだ」
 カーレンの呟きは、爆音にかき消された。

 赤き惑星の心臓部で、炎の種火が次々と仕掛けられていく。


第5節:炎上する惑星 ― 撤退と余波

 轟音とともに、工廠の動力炉が閃光を放った。
 設置された爆薬が連鎖的に爆発し、格納庫の天井が持ち上がるように破裂した。圧縮ガスと炎が奔流となり、組立途中の機体群を吹き飛ばしてゆく。

 「全員、撤退だ!」
 カーレンの怒号に、残存兵たちは強襲艇へと飛び込んだ。背後では鋼鉄の梁が崩れ落ち、火柱が天を衝く。赤い大地は燃え上がり、工廠は巨大な火山の噴火のように崩壊していった。

 《イシュマエル》艦橋では、フランソワが震える手で爆破の映像を見つめていた。
「……やった、のですか」

 バジールの顔に浮かんだのは、歓喜ではなく険しい影だった。
「勝利ではない。ただ敵の刃を一時、鈍らせただけだ」

 その言葉通り、火星軌道にはなお地球軍の迎撃艦隊が健在だった。撤退する急襲部隊に追撃が迫り、戦火はさらに激しさを増す。

 「損傷艦、多数! 後方へ下がれ! 前衛は俺が引き受ける!」
 カーレンの《イシュマエル》は身を挺して火線に飛び込み、仲間の退路を切り開いた。閃光が連続して艦体をかすめるたび、鉄の巨躯がきしむ。

 だが、部隊はついに火星圏を離脱した。背後に残された工廠は炎に包まれ、赤い惑星そのものが燃え上がるかのように見えた。

 天王星宙域――。
 欺瞞作戦はなお続いていたが、敵の圧力は増し続けている。虚実の糸が解かれるのは時間の問題だった。

 バジールは深く息を吐き、呟く。
「火星の心臓は潰した。だが、次に潰れるのが我らでない保証はどこにもない……」

 炎上する惑星の残光が、彼の眼に焼き付いていた。
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