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王都への旅路 〜ドルキア砦〜
46.おっさん、孤独を感じる
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部屋に荷物を運んで来たのは、若い猫の尻尾を持つ獣人の騎士だった。
かなり可愛い顔をしている。元の世界でアイドルになれただろうに、と思うほど顔が整っていて、失礼だが、なんでこんな可愛い子が騎士なんてやってるんだろう、と不思議に思った。
その彼が、荷物を部屋のベッドの側に置いた後、何か言いたそうにこちらをチラチラと見てくる。
「ありがとうございます」
運び終わって、お礼を言うと、周りをキョロキョロと見渡した後、質問してきた。
「あのー…なんかの事件の証人で王都に行くと聞いたんですけど…。」
「はい。そうですね」
「殿下やロイ様達と旅を?」
「はい…そうですが…」
そう聞くと、若い騎士が興奮したように鼻息を荒くする。
「羨ましい!ロイ様は普段どんな感じなんですか?好きな食べ物とかってあります?」
ロイ様、ロイ様と矢継ぎ早に質問されて、かなり戸惑った。
「あ、えと…。あんまり良く知らないです…」
グイグイと詰め寄って来られたが、とりあえず設定通りに、知らない、わからないで通す。
「っち」
そうすると、若い騎士が明らかに舌打ちした。
その態度の豹変ぶりに驚き、その理由がわからず、とにかく何も言えずに黙り込んだ。
「あんた、平民だろ?何の事件に巻き込まれたわけ?」
180度態度が変わり、上から目線で話しかけられる。それに対してかなりイラッとした。
「話すな、と言われてますので」
視線を逸らして、素っ気なく答える。
すると、突然バシッと大きな音を立てて、思い切り頬を平手打ちされた。
は?
いきなり叩かれて、かなり面食らう。
「平民のくせに、誰に向かって口きいてんのさ。僕は貴族だよ。シギアーノ侯爵家。聞いたことあるでしょ」
打たれた頬が熱い。かなり容赦なく平手打ちされて、口の中が切れたようで鉄臭い味が広がる。
「…すみません、事件の影響で記憶が曖昧になってまして、わかりません」
無表情でじっと目を見て答える。
「ふん、使えねー。まあいいや、面倒臭いから、ここから出ないでよね。夜、誰かが迎えにくるからさ」
「…わかりました」
若い騎士は自分の返事を聞かずに、さっさと部屋を出ていく。
ドアをバタンと後手に締めると、その後ガチャガチャと外側から鍵を締める音がする。
完全に閉じ込められた。本当に軟禁状態となり、はぁっと短いため息を着くと、打たれた頬に手をあて、すぐにヒールで治した。
なんだったんだ、あれ。
あれで騎士なのか、とかなりイラつく。
見た目、かなり若いようだったが、濃紺の騎士服から見て、獣士団の騎士であることは間違いない。
だが、あの態度には腹が立つ。
平民だと見下して、出自をひけらかす横柄な態度に、賎民思考全開のベネットを思い出す。
やたらロイの事を聞いてきた。ロイへの憧れがそうさせているのか、ただのファン根性なのか。
すごくイライラして、ムスッとした表情のまま、窓際に椅子を置いて外を眺め、気分を落ち着かせた。
ドアの向こうが騒がしい。
人の話し声がするが、何を言っているかはわからない。
そうこうしているうちに、ガチャ、ガチャっと鍵が2箇所開く音がした。
「ショーヘー」
入ってきたのはロイだった。
「お前ら、なんでショーヘーを閉じ込めた」
声に怒気が含まれており、後ろに控えていた若い騎士が2人オロオロしている。
さっき、鍵をかけていった可愛い顔の騎士ではなく、同じ獣士団の騎士ではあるが、違う人物だった。
「申し訳ありません。自分たちもまさか鍵がかけられているとは…」
「あ?」
それでもロイの怒りが収まらないらしく、低い声で若い騎士を睨みつける。
「止めろよ、多分、その人達じゃない」
犯人は別にいる事を知っているので、2人を庇う。
「じゃあ誰だ」
「…わからない」
さっきの事を話そうかどうか一瞬悩み、話すのをやめた。
告げ口のようなことはしたくないし、閉じ込められた当事者だけど、自分は騎士ではない。
彼の素行は褒められるものではないが、それでも口を出すべきじゃないと判断した。
「間違えたんじゃないか?きっと…」
そうロイに言うが、嘘をついていることに後ろめたさを覚えて、ロイの視線から目を逸らした。
「…ショーへーがそう言うならいいけどよ…お前ら、勘違いすんなよ。大事な証人なんだから丁寧に扱え。周りにもそう言っとけ」
そう言い、恐縮して頭を下げている騎士に目もくれず、ドアをバタンと閉めた。
「1人でつまんなかったろ」
「いや、そうでもないよ。ずっと外見てた」
改めてロイを見る。
濃紺の騎士服に真っ白いマント。素直にカッコいいと思った。
「やっぱり似合うな」
素直に褒める。
「カッコいい?」
「ああ」
そう褒めると、サッと自分の側に来て、自分の腰を引き寄せる。
「惚れ直した?」
さっきの怒気はどこへやら。すっかり機嫌を直してニコニコしている。
「カッコいいのと惚れ直すのは別」
そう意地悪を言うと、それでもニコニコしながら顔に手を添えて、顔を近付ける。
重ねるだけの長めのキスをして向き合うと、どちらかともなく笑う。
「そうだ、これ」
手に持っていた青い布を自分に渡してくる。
「えー…」
あの無駄にビラビラした服を手渡される。
「宴会っつっても、一応な」
「前から思ってたんだけど、これってこの国の民族衣装かなんか?」
「まあ、そんなもん。お貴族様はだいたいそんな感じ」
「俺、平民だけど」
思わず、さっき言われた平民という言葉を使う。
「平民?まさか。ショーヘーはジュノーだ。平民扱いなんてされねーよ」
「そう言ってもなー」
渡された服を広げて、どうやって着るのかを確認する。
「着替えさせてやろうか」
ニヤニヤしながらワキワキと手を伸ばしてくるが、いらないと断りつつ、着替えを始めた。
「…あっち向いてろよ」
ジーッとロイに見られている事に、動きを止めて文句を言う。
「やだ」
即答されて、仕方なく着替えを続行するが、背中に刺さる視線を気にしながらも何とか着替えを終わらせた。
ロイが、その姿に満足げに微笑むと、再び軽いキスを仕掛けてくる。
「ちょっと…、迎えに来たんじゃないのかよ」
「まだ時間ある。俺が会いたかったの」
何度も頬やおでこにキスされ、抱きしめられて、一時のその甘い時間に酔いしれる。
ロイと共に部屋を出ると、先ほどの騎士2人がペコリと自分たちに頭を下げて、宴会の会場である大広間へと案内された。
自分の前をマントを翻して颯爽と歩くロイの姿を見て、改めてカッコいいと見惚れる。
数年前までは、この姿がロイの日常だったんだろうと考えて、知らないロイの過去にズキッと少しだけ心が痛んだ。
大広間に着くと、その場にいた騎士達が一斉にロイを見る。
「おーこっちだこっち」
オズワルドが手を上げてロイを手招きすると、自分の手を握って、そのまま騎士達の間を突っ切った。
引っ張られるままについていくと、不意に自分に向けられた視線の中に、敵意のようなものを感じて、あたりを見渡す。
ピリッとした他人の魔力が自分の体に刺さるような、嫌な感じがした。
だが、一瞬だけですぐにその気配が消え、気のせいかと前を向く。
前の方にオズワルドを始め、各隊長副官がいる。その中にディーとグレイもいてホッとした。
ディーを見ると、自分と似たような服を着ている事に気付く。貴族の服と言われて納得した。今この場にいるディーは魔導士団副団長ではなく、今は王族としてこの場にいるんだと思った。
「どうぞ」
アーチーがグラスを渡してくれて、ペコリと会釈する。
オズワルドの掛け声で、立食形式の宴会が始まった。
お酒も料理も美味しい。
だが、何となく自分はこの場いることが段々と苦痛になってきていた。
ロイも、ディーも、グレイも、久しぶりに会った仲間と楽しそうに話している。
昔の話や今の砦の状況、そんな軍事的な話から、現在の獣士団について、今ここにいない仲間達の話、自分が知らない話がどんどん出てくる。
最初はロイ達の側にいたが、たくさんの騎士達に声をかけられ、話して笑う3人の姿に、少しづつ距離を取っていった。
世界が違う。
今、この場で、自分と3人の間に見えない壁が出来ているようで、ここにいる意味があるのかと考え始めていた。
ちょっとづつ距離を取り、最終的には壁側まで下がり、じっと3人を、ロイを見た。
この場では、自分は異物でしかない。
この場だけではない、この世界において、自分は異物なんだと考えて、ゾクッと悪寒が走り、思わず腕を摩った。
4人での旅が、色々あったけど楽しくて、そんな基本的な事を忘れていた。
自分は異世界に迷い込んだ人間で、この世界からすれば、まさに異物なんだと、今になって思い出す。
ここに俺の居場所はない。
そう思い至って思わず俯いた。
「はぁ…」
小さなため息を吐いて、顔を上げると部屋に戻ろうと考えた。
声をかけてからにしようかと思ったが、大広間の中心にいるロイが楽しそうに笑う姿を見て、声を掛けるのをやめた。
素直に邪魔しちゃ悪いと遠慮する事にして、大広間からそっと出る。
その足で、自分にあてがわれた部屋に向かいつつ、時折り宴会に参加していない、当直の騎士達にすれ違い会釈する。
通り過ぎた後に、こそこそと自分の事を話しているのが聞こえたが、聞こえないフリをして足早に部屋へ向かって歩いた。
「本気でやるつもりか」
「こんなチャンス滅多にないし。この機会を逃したら、何のために獣士団入ったのかわかんないじゃん」
別棟へ向かう渡り廊下に差し掛かった時、その向こうから3人の人影が見えて、会話が聞こえてきた。
「既成事実さえ作っちゃえば、後はパパがどうにかするし」
その声が、自分を平手打ちした若い騎士だと気付いて立ち止まる。
何となく話の内容に嫌な予感がした。
「昔から来るもの拒まずって人らしいし、この僕に迫られたらコロっと落ちるさ」
「そんなに上手くいくかね」
一緒にいる若い男が下品な笑い声を立てる。
「きっと溜まってんじゃねーの。絶倫だって噂だしな」
「お前だけじゃ足りねーんじゃね。俺も混ざろっかな」
そう言って3人でゲラゲラと笑う。
名前は出ないが、言葉からロイの事だとすぐにわかった。
「いつやんの?やってるところに乱入して騒げばいいんだろ?」
「今日はもう無理だから、明日とか?明後日かも」
「ロイ様とお前がやってんの想像するだけで勃っちまうわ」
そう言ってさらにゲラゲラと笑う。
何だ?
何の話をしてる?
既成事実?
ヤる?
頭の中でぐるぐると言葉が反復される。
「それより、あの証人だかっておっさん、ずっとロイ様と手繋いでて何なんだろうな」
その言葉にギクッと体を強張らせた。
「ああ、あの平民ねー。ロイ様の慰み者なんじゃないのー?」
そう言ってクスクスと笑う。
「旅の間のSEX要員かよ。ウケる」
「だとしても、あんなおっさんより僕の方が締まりはいいし、何てったって若いもんねー」
「違いねーや」
また下品な笑い声をたてる。
目の前が真っ暗になるような感覚を覚える。
ザワザワと全身に鳥肌が立ち、わけのわからない、言葉で表すことの出来ない感情が一気に押し寄せた。
「あ、もう交代の時間だ」
「やっとかよ。俺らも広間に行こーぜ」
3人がこっちに来るとわかり、慌てて身を隠そうとしたが、どこにも隠せる場所がなく、意を決して部屋へ続く渡り廊下を進んだ。
心の中で、落ち着け落ち着け、と呪文のように唱え、平静を装って歩く。
そして、その姿が見えて、先ほどと同じようにすれ違い様に会釈をし、歩き続ける。
一瞬、3人は自分の姿を見てギョッとし歩みを止めて振り返ったが、そのまま通り過ぎた自分に、
「慰み者のくせに」
わざと聞こえるように言い放ち、クスクスと笑われた。
それでもグッと歯を食い縛り、聞こえなかったふりをして歩みを止めず、馬鹿にしたような笑いを背に、ひたすら歩いた。
廊下を渡りきり、上へと続く階段を上がる。
膝が、ガクガクと震えて、今にもへたり込みそうになったが、必死に堪えて、何とか部屋にたどり着く。
誰もいない部屋のドアを開けて、中に入ると、後ろ手にドアを閉めて、そのままドアによしかかるとヘナヘナと崩れ落ちる。
「っふ…」
ボロッと涙が溢れた。
「くそっ」
湧き上がる感情に耐えきれず、涙が溢れる。
なんで自分があんな言われ方をしなくはならないのか、悔しくて悔しくて、怒りが湧き上がる。
それと同時に、彼らの言葉が自分に突き刺さる。
慰み者。
その一言が自分の心を抉った。
自分は慰み者なんかじゃない。
ロイは真剣に自分を愛してくれている。その愛を感じる。自分もロイを愛している。
でも。
あの若い騎士が何をしようとしているのか、話の内容で検討がつく。
要するに、ロイと寝ようとしてる。
ロイを誘って、SEXして、その場面を仲間に発見してもらうことで、既成事実にしようとしているんだろう。
絶対にロイはそんな誘いに乗るわけがない。あり得ない。
今は自分だけだと言ってくれた。
その言葉を信じてる。
信じたい、けど。
でももし乗ってしまったら。
裏切られたら。
そう考えて、トラウマの黒い影がじわりと心を蝕んでいく感覚に体が震え出す。
怖い。
「う…」
ドアの前で膝を抱え込み、小さく震えながら耐える。
今この場にロイはいない。
ここに、自分の居場所はない。
助けて…。
ロイ、そばにいてくれ…。
そう願っても、ロイはいない。
異世界に来て初めて、孤独を感じた。
かなり可愛い顔をしている。元の世界でアイドルになれただろうに、と思うほど顔が整っていて、失礼だが、なんでこんな可愛い子が騎士なんてやってるんだろう、と不思議に思った。
その彼が、荷物を部屋のベッドの側に置いた後、何か言いたそうにこちらをチラチラと見てくる。
「ありがとうございます」
運び終わって、お礼を言うと、周りをキョロキョロと見渡した後、質問してきた。
「あのー…なんかの事件の証人で王都に行くと聞いたんですけど…。」
「はい。そうですね」
「殿下やロイ様達と旅を?」
「はい…そうですが…」
そう聞くと、若い騎士が興奮したように鼻息を荒くする。
「羨ましい!ロイ様は普段どんな感じなんですか?好きな食べ物とかってあります?」
ロイ様、ロイ様と矢継ぎ早に質問されて、かなり戸惑った。
「あ、えと…。あんまり良く知らないです…」
グイグイと詰め寄って来られたが、とりあえず設定通りに、知らない、わからないで通す。
「っち」
そうすると、若い騎士が明らかに舌打ちした。
その態度の豹変ぶりに驚き、その理由がわからず、とにかく何も言えずに黙り込んだ。
「あんた、平民だろ?何の事件に巻き込まれたわけ?」
180度態度が変わり、上から目線で話しかけられる。それに対してかなりイラッとした。
「話すな、と言われてますので」
視線を逸らして、素っ気なく答える。
すると、突然バシッと大きな音を立てて、思い切り頬を平手打ちされた。
は?
いきなり叩かれて、かなり面食らう。
「平民のくせに、誰に向かって口きいてんのさ。僕は貴族だよ。シギアーノ侯爵家。聞いたことあるでしょ」
打たれた頬が熱い。かなり容赦なく平手打ちされて、口の中が切れたようで鉄臭い味が広がる。
「…すみません、事件の影響で記憶が曖昧になってまして、わかりません」
無表情でじっと目を見て答える。
「ふん、使えねー。まあいいや、面倒臭いから、ここから出ないでよね。夜、誰かが迎えにくるからさ」
「…わかりました」
若い騎士は自分の返事を聞かずに、さっさと部屋を出ていく。
ドアをバタンと後手に締めると、その後ガチャガチャと外側から鍵を締める音がする。
完全に閉じ込められた。本当に軟禁状態となり、はぁっと短いため息を着くと、打たれた頬に手をあて、すぐにヒールで治した。
なんだったんだ、あれ。
あれで騎士なのか、とかなりイラつく。
見た目、かなり若いようだったが、濃紺の騎士服から見て、獣士団の騎士であることは間違いない。
だが、あの態度には腹が立つ。
平民だと見下して、出自をひけらかす横柄な態度に、賎民思考全開のベネットを思い出す。
やたらロイの事を聞いてきた。ロイへの憧れがそうさせているのか、ただのファン根性なのか。
すごくイライラして、ムスッとした表情のまま、窓際に椅子を置いて外を眺め、気分を落ち着かせた。
ドアの向こうが騒がしい。
人の話し声がするが、何を言っているかはわからない。
そうこうしているうちに、ガチャ、ガチャっと鍵が2箇所開く音がした。
「ショーヘー」
入ってきたのはロイだった。
「お前ら、なんでショーヘーを閉じ込めた」
声に怒気が含まれており、後ろに控えていた若い騎士が2人オロオロしている。
さっき、鍵をかけていった可愛い顔の騎士ではなく、同じ獣士団の騎士ではあるが、違う人物だった。
「申し訳ありません。自分たちもまさか鍵がかけられているとは…」
「あ?」
それでもロイの怒りが収まらないらしく、低い声で若い騎士を睨みつける。
「止めろよ、多分、その人達じゃない」
犯人は別にいる事を知っているので、2人を庇う。
「じゃあ誰だ」
「…わからない」
さっきの事を話そうかどうか一瞬悩み、話すのをやめた。
告げ口のようなことはしたくないし、閉じ込められた当事者だけど、自分は騎士ではない。
彼の素行は褒められるものではないが、それでも口を出すべきじゃないと判断した。
「間違えたんじゃないか?きっと…」
そうロイに言うが、嘘をついていることに後ろめたさを覚えて、ロイの視線から目を逸らした。
「…ショーへーがそう言うならいいけどよ…お前ら、勘違いすんなよ。大事な証人なんだから丁寧に扱え。周りにもそう言っとけ」
そう言い、恐縮して頭を下げている騎士に目もくれず、ドアをバタンと閉めた。
「1人でつまんなかったろ」
「いや、そうでもないよ。ずっと外見てた」
改めてロイを見る。
濃紺の騎士服に真っ白いマント。素直にカッコいいと思った。
「やっぱり似合うな」
素直に褒める。
「カッコいい?」
「ああ」
そう褒めると、サッと自分の側に来て、自分の腰を引き寄せる。
「惚れ直した?」
さっきの怒気はどこへやら。すっかり機嫌を直してニコニコしている。
「カッコいいのと惚れ直すのは別」
そう意地悪を言うと、それでもニコニコしながら顔に手を添えて、顔を近付ける。
重ねるだけの長めのキスをして向き合うと、どちらかともなく笑う。
「そうだ、これ」
手に持っていた青い布を自分に渡してくる。
「えー…」
あの無駄にビラビラした服を手渡される。
「宴会っつっても、一応な」
「前から思ってたんだけど、これってこの国の民族衣装かなんか?」
「まあ、そんなもん。お貴族様はだいたいそんな感じ」
「俺、平民だけど」
思わず、さっき言われた平民という言葉を使う。
「平民?まさか。ショーヘーはジュノーだ。平民扱いなんてされねーよ」
「そう言ってもなー」
渡された服を広げて、どうやって着るのかを確認する。
「着替えさせてやろうか」
ニヤニヤしながらワキワキと手を伸ばしてくるが、いらないと断りつつ、着替えを始めた。
「…あっち向いてろよ」
ジーッとロイに見られている事に、動きを止めて文句を言う。
「やだ」
即答されて、仕方なく着替えを続行するが、背中に刺さる視線を気にしながらも何とか着替えを終わらせた。
ロイが、その姿に満足げに微笑むと、再び軽いキスを仕掛けてくる。
「ちょっと…、迎えに来たんじゃないのかよ」
「まだ時間ある。俺が会いたかったの」
何度も頬やおでこにキスされ、抱きしめられて、一時のその甘い時間に酔いしれる。
ロイと共に部屋を出ると、先ほどの騎士2人がペコリと自分たちに頭を下げて、宴会の会場である大広間へと案内された。
自分の前をマントを翻して颯爽と歩くロイの姿を見て、改めてカッコいいと見惚れる。
数年前までは、この姿がロイの日常だったんだろうと考えて、知らないロイの過去にズキッと少しだけ心が痛んだ。
大広間に着くと、その場にいた騎士達が一斉にロイを見る。
「おーこっちだこっち」
オズワルドが手を上げてロイを手招きすると、自分の手を握って、そのまま騎士達の間を突っ切った。
引っ張られるままについていくと、不意に自分に向けられた視線の中に、敵意のようなものを感じて、あたりを見渡す。
ピリッとした他人の魔力が自分の体に刺さるような、嫌な感じがした。
だが、一瞬だけですぐにその気配が消え、気のせいかと前を向く。
前の方にオズワルドを始め、各隊長副官がいる。その中にディーとグレイもいてホッとした。
ディーを見ると、自分と似たような服を着ている事に気付く。貴族の服と言われて納得した。今この場にいるディーは魔導士団副団長ではなく、今は王族としてこの場にいるんだと思った。
「どうぞ」
アーチーがグラスを渡してくれて、ペコリと会釈する。
オズワルドの掛け声で、立食形式の宴会が始まった。
お酒も料理も美味しい。
だが、何となく自分はこの場いることが段々と苦痛になってきていた。
ロイも、ディーも、グレイも、久しぶりに会った仲間と楽しそうに話している。
昔の話や今の砦の状況、そんな軍事的な話から、現在の獣士団について、今ここにいない仲間達の話、自分が知らない話がどんどん出てくる。
最初はロイ達の側にいたが、たくさんの騎士達に声をかけられ、話して笑う3人の姿に、少しづつ距離を取っていった。
世界が違う。
今、この場で、自分と3人の間に見えない壁が出来ているようで、ここにいる意味があるのかと考え始めていた。
ちょっとづつ距離を取り、最終的には壁側まで下がり、じっと3人を、ロイを見た。
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この場だけではない、この世界において、自分は異物なんだと考えて、ゾクッと悪寒が走り、思わず腕を摩った。
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そう思い至って思わず俯いた。
「はぁ…」
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「本気でやるつもりか」
「こんなチャンス滅多にないし。この機会を逃したら、何のために獣士団入ったのかわかんないじゃん」
別棟へ向かう渡り廊下に差し掛かった時、その向こうから3人の人影が見えて、会話が聞こえてきた。
「既成事実さえ作っちゃえば、後はパパがどうにかするし」
その声が、自分を平手打ちした若い騎士だと気付いて立ち止まる。
何となく話の内容に嫌な予感がした。
「昔から来るもの拒まずって人らしいし、この僕に迫られたらコロっと落ちるさ」
「そんなに上手くいくかね」
一緒にいる若い男が下品な笑い声を立てる。
「きっと溜まってんじゃねーの。絶倫だって噂だしな」
「お前だけじゃ足りねーんじゃね。俺も混ざろっかな」
そう言って3人でゲラゲラと笑う。
名前は出ないが、言葉からロイの事だとすぐにわかった。
「いつやんの?やってるところに乱入して騒げばいいんだろ?」
「今日はもう無理だから、明日とか?明後日かも」
「ロイ様とお前がやってんの想像するだけで勃っちまうわ」
そう言ってさらにゲラゲラと笑う。
何だ?
何の話をしてる?
既成事実?
ヤる?
頭の中でぐるぐると言葉が反復される。
「それより、あの証人だかっておっさん、ずっとロイ様と手繋いでて何なんだろうな」
その言葉にギクッと体を強張らせた。
「ああ、あの平民ねー。ロイ様の慰み者なんじゃないのー?」
そう言ってクスクスと笑う。
「旅の間のSEX要員かよ。ウケる」
「だとしても、あんなおっさんより僕の方が締まりはいいし、何てったって若いもんねー」
「違いねーや」
また下品な笑い声をたてる。
目の前が真っ暗になるような感覚を覚える。
ザワザワと全身に鳥肌が立ち、わけのわからない、言葉で表すことの出来ない感情が一気に押し寄せた。
「あ、もう交代の時間だ」
「やっとかよ。俺らも広間に行こーぜ」
3人がこっちに来るとわかり、慌てて身を隠そうとしたが、どこにも隠せる場所がなく、意を決して部屋へ続く渡り廊下を進んだ。
心の中で、落ち着け落ち着け、と呪文のように唱え、平静を装って歩く。
そして、その姿が見えて、先ほどと同じようにすれ違い様に会釈をし、歩き続ける。
一瞬、3人は自分の姿を見てギョッとし歩みを止めて振り返ったが、そのまま通り過ぎた自分に、
「慰み者のくせに」
わざと聞こえるように言い放ち、クスクスと笑われた。
それでもグッと歯を食い縛り、聞こえなかったふりをして歩みを止めず、馬鹿にしたような笑いを背に、ひたすら歩いた。
廊下を渡りきり、上へと続く階段を上がる。
膝が、ガクガクと震えて、今にもへたり込みそうになったが、必死に堪えて、何とか部屋にたどり着く。
誰もいない部屋のドアを開けて、中に入ると、後ろ手にドアを閉めて、そのままドアによしかかるとヘナヘナと崩れ落ちる。
「っふ…」
ボロッと涙が溢れた。
「くそっ」
湧き上がる感情に耐えきれず、涙が溢れる。
なんで自分があんな言われ方をしなくはならないのか、悔しくて悔しくて、怒りが湧き上がる。
それと同時に、彼らの言葉が自分に突き刺さる。
慰み者。
その一言が自分の心を抉った。
自分は慰み者なんかじゃない。
ロイは真剣に自分を愛してくれている。その愛を感じる。自分もロイを愛している。
でも。
あの若い騎士が何をしようとしているのか、話の内容で検討がつく。
要するに、ロイと寝ようとしてる。
ロイを誘って、SEXして、その場面を仲間に発見してもらうことで、既成事実にしようとしているんだろう。
絶対にロイはそんな誘いに乗るわけがない。あり得ない。
今は自分だけだと言ってくれた。
その言葉を信じてる。
信じたい、けど。
でももし乗ってしまったら。
裏切られたら。
そう考えて、トラウマの黒い影がじわりと心を蝕んでいく感覚に体が震え出す。
怖い。
「う…」
ドアの前で膝を抱え込み、小さく震えながら耐える。
今この場にロイはいない。
ここに、自分の居場所はない。
助けて…。
ロイ、そばにいてくれ…。
そう願っても、ロイはいない。
異世界に来て初めて、孤独を感じた。
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辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!一肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
転生執事は氷の公爵令息の心を溶かしたい【短編】
堀川渓
BL
事故で命を落とし、目覚めたそこはーー生前遊んでいた女性向け恋愛ゲームの世界!?
しかも最推し・“氷の公爵令息”セルジュの執事・レナートとして転生していてーー!!
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2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。
ありま氷炎
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高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。
異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。
二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。
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再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。
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