おっさんが願うもの 〜異世界行ったらイケメンに大切にされ、溺愛され、聖女と呼ばれ、陰謀に巻き込まれ。それでも幸せ目指して真面目に頑張ります〜

猫の手

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王都への旅路 〜指輪の男〜

56.おっさん、混乱する

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 体を自分の意思とは関係なく、浮き上がり、丸ごと引っ張られる感覚の気持ち悪さに目を閉じる。
 だが、それもすぐに消えて、しっかりと地面に立っている感触が戻り、ゆっくりと目を開けた。
 その瞬間、涙が溢れる。

 あの男は約束を守っただろうか。
 自分が転移させられた後、全員が無事であることを願う。

 涙を拭い、顔を上げる。
 ゆっくりと周囲を見渡して、自分がどこか神殿のような広間に立っていることは理解した。

 ドーム型の高い天井。
 それを支えている柱。
 壁にいくつも魔鉱石の照明が嵌められていて、明るく周囲を照らしている。
 一歩、足を前に出した
 そのまま何歩か進み、円を描くように全体を見渡しながら歩いてみる。
 広間の壁に5つの扉があることを把握し、もう一度10m以上の高さの天井を見上げた。

 どこか、外国にあった教会のようだと思った。
 一際大きい扉の正面には、祭壇のような数段高くなっている場所があるし、その後ろの壁に神の像があれば、まさに教会だと思った。今はがらんとしていて何もないが。

 扉から出て、探索しに行こうかとも思ったが、すぐに部屋の中心に魔力を感じ、あの男が転移してきたことがわかって、じっとその場で待機する。
 転移する時と同じように、床から上に向かって光が湧き上がると、瞬きの一瞬で男が現れる。
「待たせたかね」
 男が静かに言い、シルクハットを脱ぎ、雪が溶けてついた雫を払い落とす。
 白髪が混じった金髪。それと同じ顎に蓄えられ整えられた髭。60代くらいだろうか。顔に皺が刻まれていた。
 マントを脱ぎ、腕にかける。
「約束は守ったのか」
 それだけは確認したい。
 嘘をつかれてもわからないが、自分がここに転移してきてから、男が現れるまで2、3分程度だった。
 その間に全員殺してきたとは思えないが、男の口から聞きたかった。
「安心したまえ、何もしていない」
 その言葉にホッと息を吐く。
「君も脱ぎなさい、暑いだろう」
 つい先程まで敵対し、ロイを殺そうとした男とは思えないくらい、普通に話しかけてくる。
 確かにここは暖かい。
 言われた通り、コートを脱ぎ、自分も腕にかけて持つと、ガチャリと広間の小さめのドアが開き、ヒョコヒョコと腰を曲げて足を引き摺るような、独特な歩き方をした小さな男が入ってくると、男からマントと帽子を受け取り、さらに自分の方へ近づき、手を伸ばして自分がコートを渡してくるのを待つ。
 一瞬戸惑ったが、その小男に黙ってコートを渡した。
 小男が入ってきたドアへと戻っていくのを見ていると、
「こっちへ」
 と男が歩き出すが、言いなりに行動するかどうか逡巡する。
 男が広間の大扉へ向かい、振り返ると、立ち尽くしたままの自分を見て失笑する。
「ずっとそこにいるつもりかね?来なさい」
 命令口調で言われ、黙ってついていく。
 扉を抜けて、窓が一切ない石壁の通路を進む。
「この部屋を使いたまえ」
 しばらく歩いて、一本道の通路にあるドアを開けられた。
 絨毯が敷かれた、一昔前のヨーロッパ風の古風な感じのする部屋に入る。
 天蓋付きのベッドに椅子とテーブル。壁際に革張りの1人用のソファがあり、小さなテーブルが脇に置かれている。
「まずは風呂に入りなさい。その間に着替えを用意させておく」
 男の説明に返事をせず、黙ったまま立ち尽くす。そして男は部屋を出ていった。

 なんなんだ。

 男の態度にイラつきを覚えた。
 自分を奪うために、魔獣をけしかけ、ロイに致命傷を負わせた。全員の命を盾にして、自分に一緒に来るように言った男。
 てっきり、牢屋にでも閉じ込められると思っていた。
 それが、風呂に入って着替えろ、とかどういうつもりなのか、と困惑する。
 素直に命令に従うのもかなり癪に触るが、男の目的もわからない今の状況で、逆らうのは下策だと考え、まずは言いなりになるしかないと思った。

 苛立ちを隠さずに、大股でドスドスと足音を立てて浴室に向かい、あちこちに血がついた服を脱ぎそのへんに放り投げると、湯船に体を沈めた。
 温めのお湯に浸かり、深呼吸する。
 ついさっきまで、魔獣と戦っていたのが嘘のような気がしてくる。
 チャプッと手をお湯につけ、ロイを治療した時の血の感触を思い出し、背筋に悪寒が走った。
 もしあのまま出血が止まらなければ、確実にロイは死んでいた。
 その事実を思い出して、今になってカタカタと体が震え出す。湯船の中で膝を抱え、なんとかその震えを抑え込むと、膝に頭を乗せてこれからのことを考える。
 今はまだ男の目的がわからない。
 攫われた立場なのに、個室を与えられるとか、風呂に入れとか、わけがわからない。
 自分は何をされるのか、はたまた何かをさせられるのか。
 考えても答えは出ない。不安ばかりが大きくなるだけで、早々に考えるのをやめた。

 ザバッと湯船から出て体を拭くと、裸のまま部屋に戻る。
 風呂に入る前にはなかった服がベッドの上に置いてあった。
 それを広げ、羽織って帯で結ぶだけの簡単な服に、浴衣みたいだ、と思いながら着た。
 着替えて何もすることがなく、黙って椅子に座っていると、ドアがノックされて、先程の小男が現れると、今度は食堂まで案内された。
「かけたまえ」
 大きなテーブルに、すでにあの男が座っている。その正面に座るように促された。
 ますますわけがわからなくなる。
 この男の目的はなんなのか。

「色々と知りたいだろうが、まずは食事だ」
 男がそう言うと、すぐに目の前に食事が運ばれてくる。
「口に合わないかね?」
 おかれた状況に食欲もなく、少しだけしか食べない自分を見て、男が聞いてくる。
「誘拐されてガツガツ食えるほど神経太くないので」
 そう嫌味で返すと、男は少し驚いた表情をした後に笑った。
「その割に嫌味は言えるのだね」
 口をナプキンで拭うと、食事を下げるように使用人に合図する。
 奥から小男のような体が少し歪に変形した使用人が数人出てきて片付けた。
 最後にティーカップが置かれてお茶が注がれる。
「自己紹介がまだだったね」
 使用人が下がり、お茶を一口飲んだ後ゆっくりと話し始める。
「私の名はチャールズ・ウェラー」
 ウェラーという苗字を聞いて、指輪のWが苗字の頭文字であることがわかった。
 苗字があるということは、この国の貴族ということかと考える。
「Where are you from?」
「came from japan…」
 男が自分に問いかけ、思わず答える。
 そしてガタッと椅子から立ち上がった。
 全身に鳥肌が立ち、体が震え、ザワザワと身体中が波打つ。
「I am American」
 更なる男の言葉に、目の前がぐるりと回転し眩暈を起こした。
「Are you okay?」
「な、なんで…」
 聞き覚えある言葉。
 理解が追いつかない。必死に情報をまとめようとするが、あまりな衝撃に脳が拒否反応を起こして動いてくれない。
「Japanese…」
「アメリカ人…?」
 やっとのことでそれだけ聞いた。
「そうだ」
 ドサっと椅子に落ちるように座る。さっきから脂汗が止まらない。
 ここは異世界で、自分はこっちの世界に迷い込んで、ジュノーと呼ばれて…。
 ぐるぐると思考が回転してまとまらない。

「私もかつてジュノーと呼ばれていた」

 男がそう告げた。






 アイザックとウィルが両脇から担ぐようにロイを支えて、まだ足元が覚束ない状態のロイを馬車に乗せる。
「悪いな」
 血が足りず、青白い顔をしたロイが礼を言う。
「まずは避難小屋に移動するっス。ロイ様はとにかく回復に専念するっスよ」
 アイザックが言い、馬車のドアを閉める。
 その間にグレイが指示を出して、馬と馬車の状況を確認し、小屋まで移動を開始した。
 残念ながら、アーロンとクリフの馬は魔獣にやられ死んでいた。アイザックとウィルがそれぞれを乗せタンデムで進む。
 ゆっくりと進み1時間ほどで小屋に到着し、手分けして荷物を下ろしていく。
 それから持っていたポーションを数本ロイに飲ませ、後は食事と休養で回復することになる。
 悪天候で足止めされたことが、逆にロイの回復に役立った。2日もすれば完全とは行かないが、ある程度は回復する。
 馬を厩に繋ぎ、物資の移動が終わる頃、天候が再び荒れ始め吹雪になった。
 全員が小屋に入り、大きな暖炉の前に集まる。
 最初の食事当番であるアシュリーとイーサンがスープとパンを配り、ゆっくりと食べ始める。
 誰も何も話さない。重い空気が小屋の中を包んだ。
「らしくねーな」
 ボソリとロイが呟いた。
 全員が壁によしかかった満身創痍のロイを見る。
「戦争中もこんな空気なかったわ」
 その当時の事を思い出して笑う。
 敵国に負けることはなかったが、押されて撤退することは何度かあった。死傷者が出ることもあった。それでもこんな重たい空気になることはなかった。
「ロイ…」
「ショーヘーは奪われた。だが、死んだわけじゃねー」
 ロイの金色の目がその光を失わず全員を見る。
「まだ終わってないんだよ」
 アシュリーが涙ぐんでいた目を腕で拭った。
「そうですよね。ショーヘーさんは生きてます。俺らの助けを待ってます」
 全員が翔平に救われたと理解していた。指輪の男の元へ自ら行ったのは、自分たちに危害を加えさせないためだと。
 あの男の防御魔法は桁違いだった。
 この場にいる全員で攻撃しても、全く歯が立たない。
 防御で完全に身を守り、さらに攻撃されていたとしたら、おそらくは全員タダでは済まなかったろう。
「情けない…。何のための護衛なのか」
 アーロンが呟く。
「後悔は終わってからだ。まずは出来ることをしよう」
 グレイが大きく伸びをすると、コキコキと首を鳴らした。
 いつものグレイの動きに、緊張が少し解けて空気が軽くなる。
「ここから最低でも1日は動けません。それからの策を考えましょう」
 ディーが言い、ウィルを見た。
「ウィル。何か情報は?」
 全員がウィルを見る。数人が何故ウィルなのか、不思議そうな顔をした。
「ウィリアム・バーナード、バーナード子爵家次男。ユリアの子飼いですね?」
 ピクリとウィルの眉が動く。
「ご存じでしたか」
 ウィルが細い目をさらに細めて微笑む。
「お前だけ、纏ってる気配がまるで違うだろ。お前のは暗殺者のそれだ」
 ロイが苦笑する。
「隠しているつもりだったんですが…。私もまだまだということですね」
「安心しろ、気付いたのはロイとディーだけだ。俺も今知った」
 グレイが苦笑する。
「ウ、ウィルさん、暗殺者って…」
 イーサンがかなり驚いたようで口をパクパクさせる。
「ローガンも知っててお前を推薦したんだろ」
「はい。おそらくは」
 ロイが身内で騙し合うやり方に面白そうに笑う。
「改めまして、ユリア様が配下、黒騎士のウィルです」
 名乗った瞬間、ウィルの気配が変わった。
 隊長クラスのアイザックは平然としているが、アーロン、クリフ、アシュリー、イーサンの4人は背筋に悪寒が走り、鳥肌がたった。
「まぁ、味方っスから、おっかながる必要ないっスよ」
 びびってしまった自分の部下2人の背中をバンと叩く。
 そんな様子にウィルが笑う。
「あの男についての情報はまだ少ないのですが、出没する地域からある程度拠点の推測は済んでいます」
 ロイが地図を出せ、とアシュリーに言った。
 床にベネット領、コークス領、マース領の範囲の地図が広げられる。
「現在我々がいるのは、ここ」
 そこにウィルがピンを刺す。
「男の出没情報が…」
 ウィルがあちこちにを印をつける。その数の多さに全員が唖然とした。
「おいおい、こんなに人が攫われてるってことか」
「誘拐事件だけではなく、目撃情報も含まれていますが、半分は誘拐事件発生地点です。
 ただ、これは150年前からの事件を集めたもので、表沙汰にならない孤児や浮浪者の誘拐もあるなら相当な人数かと」
 印の数だけでも数十。
 さらに倍あるとしたら、100人以上が1人の男に攫われたことになる。
「長命種の種族なのか…」
「おそらくそうでしょう」
 指輪の男は見た限り人族であるように見えたが、ロマやギルバートのような長命の種族なら、百年以上に渡って誘拐を繰り返していることも納得できる。
「これを見て、おわかりでしょう?」
 ウィルがロイとディーを見た。
「そこには、遺跡しかなかったはずだ」
 ロイが呟いた。
 ウィルが頷く。
「え?え?どういうことですか?」
 クリフが聞く。
「よく見るっスよ。この印は、全部この辺から始まってるっス」
 アイザックが地図上の場所を指で示す。
 言われたクリフが見る。アシュリーもイーサンも真上からじっと地図を見た。
「あ」
 そして気付く。
 真上から見るとよくわかる。
 全ての印を頭の中で線で結んでみると、必ずある地域を通過している。
 ピンポイントではないが、その地域を通過していることには間違いない。
「おそらくはその地域のどこかに、男の拠点があると思われます」
「遺跡以外に何かあったか」
「いくつか村や街がありますが、攫った人を何に使っているのかは不明だとしても、あまり人が立ち寄らない場所、と考えれば」
「遺跡ですね…」
 ディーが呟いた。
「確実ではありませんが、可能性は高いと思います」
「決まりだな」
 ロイが笑う。
「天候が回復次第、遺跡に向かう。ウィル、次の情報は?」
「峠を降りた街で情報の授受があります。そこで」
「わかった。その情報次第だな。会いたいと伝えてくれ」
「わかりました」

 3人のやりとりを聞いてグレイは考える。
 流石に国の暗部のメンバーはグレイも知らない。
 部隊というものはなく、全て個別任務である、とは聞いたことがある。
 暗部の人間がどのような人物で、どこの誰なのか、噂も聞いたことがない。
 ウィルのように、表で騎士団に籍を置き、裏で諜報活動をしているのも初めて知った。
 ディーは王族だから知っていても当然だとしても、ロイも元獣士団団長だから知っているのか、というとおそらくそうではない。
 今の獣士団団長のグスタフがそこまで知っているとは思えない。
 ディーと兄弟のような仲の良さや、数年は王宮で暮らしていたこともあることから、ロイも血の繋がりはなくても王家に深く関わっていると考えるべきなんだろう。
 普段はちゃらんぽらんに見えるロイが、改めて政治という舞台にも立てる化け物に思えて苦笑した。

「あの男。魔法陣なしで転移魔法を使った。何か細工があるにせよ、相当な魔力量だ」
「そうですね。あの呪いといい、防御魔法といい、魔法に精通していることは間違いありません」
「男の個人情報については今ところ私にも情報は入っていません。ただ他のものが掴んでいる可能性もあるので、まずは街で」
 それにしても、ユリアに指輪の男について調べるよう、ギルバートが依頼したのは、1ヶ月程前だ。
 たった1ヶ月程度でその拠点の位置まで掴む諜報部の優秀さには脱帽する。
 一体何人の黒騎士がいるのか。
 王宮に、騎士団に、街中に、おそらくは各貴族の使用人の中にも暗部の人間が入り込んでいるのだろう。
 ユリアの手腕の凄さに、絶対に敵に回したくない、と鳥肌が立つ。

 今後の見通しがついたことで、一度解散する。
 天候が回復次第、峠を越え街へ入る。
 翔平を奪われ、暗く重たい雰囲気が一変し、前向きに全員が行動し始めた。





 目の前にいる男が自分と同じジュノー。
 アメリカ人だと言ったチャールズという男は、自分が落ち着くまでじっとお茶を飲みながら待っていた。
「自分以外のジュノーの話を聞くのは初めてかね?」
「いや、3人…4人目か?」
 ディーの曾祖母であるというJK。
 ヤクモという日本人。
 5年前に他国で見つかったという1人。
 そして、今目の前にいるチャールズで4人目だ。
「3ヶ月前だったかね。君がこの世界に迷い込んだのは」
「そのくらいか…」
「私は200年前だ」
「200…」
 喉が渇く。目の前のお茶を飲もうとしたが、手が震えて上手く持てない。カップとソーサーがぶつかってカチャカチャと音を立ててしまい、両手でカップを押さえた。
 かなり動揺しているのが、その手の震えからでもわかった。
「君は西暦何年から来たのかね」
 そう聞かれて、ジュノーの時間軸のズレを思い出す。
「2024」
 簡潔に答える。
「私は1880年だ」
 その言葉にさらに動揺する。
「私にしたら、君はかなり未来から来たのだね」
 チャールズも時間軸のズレのことを知っているのか、年代の違和感を全く気にしていないようだった。
「色々話が聞きたいのだが、今日はもう無理なようだ」
 自分の動揺がありありとわかるのだろう、チャールズが話を打ち切る。
「今日はもう眠るといい、明日話をしよう」
 そう言い、チャールズがベルを鳴らすと小男が現れて、自分を部屋まで連れていく。
 部屋に入ると外から鍵をかけられた。
 とりあえずは監禁状態であることは間違いない。

 バフっとベッドに倒れ込む。
 とりあえず考えることを放棄する。
 さっきからガンガンと頭が痛い。
 何から考えればいいのかもわからない。考えるという事を脳が拒否している。

 今はとにかく寝よう。
 考えるのは全部明日から。

 のそりとだるそうに動き布団に潜り込む。
 横向きになり背中を丸めて、ギュッと布団を握り締めた。
「ロイ…」
 無意識に愛しい男の名を呟き目を閉じた。


 
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