おっさんが願うもの 〜異世界行ったらイケメンに大切にされ、溺愛され、聖女と呼ばれ、陰謀に巻き込まれ。それでも幸せ目指して真面目に頑張ります〜

猫の手

文字の大きさ
60 / 356
王都への旅路 〜指輪の男〜

60.おっさん、救出される

しおりを挟む
 セルゲイに揺り起こされ、目を覚ました。
 だいぶ睡眠を取って体が回復しているのがよくわかる。
「すみません…止めることが出来ず…」
 そう申し訳なさそうに謝ってくる。
「あなたのせいじゃないですよ」
 そう言ってベッドから降りると、彼の後ろについていく。
 またあの魔法陣のある広間へ。
 チャールズが広間で待っていた。それに目もくれず、何度も何度もしてきたように、スタスタと魔法陣の中心へ自ら進んだ。
「諦めるというのも、時には必要だ」
 自分の行動にチャールズが失笑しながら言う。
 諦めたわけじゃない。
 むしろ逆だと、心の中で反論した。
 自分を助けにみんなが来る。それを悟られてはいけない。自分はいつものように魔力を奪われるだけでいい。
 でも、気力だけは残しておかないとならない。
「だいぶ回復したようだな。感謝したまえ」
 独り言のように、いつもよりも多めに…と言ったチャールズの言葉に、これからされる抽出が今までよりも辛いだろうと知らされた。
 グッと奥歯を噛み締めて、覚悟を決める。
 そして抽出が始まる。

 いつものように、最初はゆっくりと少なく、次第に奪われていく量が増えていく。
「ぐ…うぅ…あ」
 耐え難い苦しみが身体を襲う。
 必死に自分の身体を守るように両腕で抑える。
 嘔吐感も襲うが、胃の中に食べ物など入っていないから、胃液ばかり吐き出し、噴き出す油汗を拭うことも出来ない。

 気持ち悪い
 苦しい
 辛い

 身体中が悲鳴を上げて、全身が痙攣を始める頃には立っていることも出来ず、魔法陣の中心で背中を丸めることしか出来ない。
「うぅ…」
 何度も呻き、ビクビクと勝手に身体が跳ねる。
「120…130…140…」
 いつもよりも明らかに長い、魔力が奪われる時間に、何度も正気を失いそうになるが、必死に堪え、耐えた。
「150」
 ようやっと、魔法陣から光が消え、抽出が終わった。
 終わってもまだ、身体に残る抽出の苦痛は消えず、身体が痙攣を繰り返す。やっとの思いで短い呼吸だけを繰り返し、時間と共に消えるとわかっている苦痛をなんとかやり過ごそうと必死に耐え続けた。
 チャールズがベルを鳴らすと、すぐにセルゲイとミゲルが現れ、自分を両脇から抱える。
 まっすぐ牢へ戻される最中、セルゲイにも聞こえない小さな声で、ミゲルが耳打ちしてきた。
「今夜です。それまで耐えてください」
 そう聞いた瞬間、意識が途切れた。



 2回目、3回目と、数時間おきに抽出が行われる。
 休息前に比べると、明らかに頻度が高い。さらに、その量も増えていた。
「大丈夫ですか…」
 女性の使用人が、動かない体を抱き起こして、ポーションを飲ませてくれる。それだけで、ほんの少しだけ呼吸が楽になった。
 あと少し。あと少しだけ耐えればいい。
 それだけをずっと考え、気力を保つ。

 あと少し。
 みんなが来てくれる。

 それを希望に、再び意識を失った。




 4回目は少しだけ間が空いた。
 また無理矢理起こされて、体力は回復した感じはしないが、のそりとベッドから起き上がる。
「始まる前に飲んでください」
 そう言って、ポーションを渡されて受け取って一気に飲み干した。
「行こう」
 立ち上がるが、眩暈をおこして足元がふらつき転びそうになった所をセルゲイが支えてくれた。
「大丈夫ですか」
「なんとか…ありがとう…」
 そのまま肩を貸してくれて、広間へ向かった。

「来たか」
 チャールズが待ちわびたと言わんばかりに話しかけてくる。
「さぁ、早く」
 いつもとチャールズの様子が違う。そわそわと落ち着かないようにセルゲイを急かした。
 自力で立つことが出来ず、魔法陣の中心に座らされると、チャールズがその外側に立った。
「出ていけ」
 不安そうに自分を見ていたセルゲイを広間から追い出し、興奮気味に話始めた。
「良かったな。これで終わりだ」
 その言葉に目を見開く。
「次は貴様の魔力がなくなるまで、抽出を止めん」
 うすら笑いを浮かべて早口で話す。
「私は今日、帰るのだ」
 あはは、と声に出して笑う。
「この時を何度夢見たことか!」
 上を見上げて、大声で叫ぶ。
「帰る!私は帰るぞ!この狂った世界から!!私は!!!」
 大声で笑っていた。

 狂気だ…。

 その姿を見て、もはやチャールズが正気を失っていると知った。
 チャールズが転移魔法陣を起動する。
 自分がいる小さい方ではなく、大きい方の魔法陣の中心に立ち、床に手を触れて、魔力を注ぐと、一気に二つの魔法陣が光輝いた。

「アハハハハ!!!!」
 チャールズが笑う。
 魔法陣の上に、次々と映像が浮かびあがり、チャールズの記憶映像が流れる。
「っぐ!」
 それと同時に自分がいる魔法陣も起動して抽出が始まる。
 いつものようにじわじわと吸い出されるのではなく、一気にごっそりと持っていかれる感覚に、体が内側から捲りあがりひっくり返されるような錯覚が襲った。
「が…あ…」
 全身から汗が噴き出す。
 穴という穴から、目に見えない魔力が体外へ滝のように流れ出し、魔法陣に吸い込まれる感覚に、耐えられず悲鳴を上げた。




 日没が近づく。
 チャールズに悟られないよう、時間をずらし、向かう方向も変えながら、バラバラに村を出発した。
 すでに村長たち村の重役達には、自分たちが今夜救出を行うことは伝えてある。
 翔平と一緒に助け出す魔獣化被害者たちを、村へ連れてくるという承諾も得た。
 後は実行に移すだけだ。

 遺跡の周囲に、続々と集まり出す。
 全員が暗闇に紛れるよう、真っ黒い服に身を包み、髪なども全て黒くしていた。
 遺跡の出入口を中心に放射状に取り囲み、魔獣が隔離されている外からの地下出入口にも黒騎士達が集結した。

 太陽が山間に沈み、周囲がみるみると暗くなる。
 誰も動かず、しんと静まり返る中、ロイの合図を待った。

 ロイが遺跡正面へ静かに歩く。
 全員から見える位置まで進むと、ゆっくりと肘を真横に右手を上げた。
 そして、素早く肘から先を振り下ろす。
 その瞬間、全員が突入を開始した。



 ドン!!
 遺跡正面入口に巨大な炎の玉がぶつかった衝撃で地面が揺れ、煙が立ち上る。
 ぽっかりと空いた入口に全員が突入し、奥へ侵入する班と、使用人救出班にすぐに別れた。
 それと同時に仕掛けられていたトラップにより、地下からの扉が開放され、無数の魔獣が溢れ出てきた。
 峠で襲ってきた爪の長い魔獣と、ヤギの頭を持った魔獣が現れる。
 ヤギ頭は流石に1人では対処できず、2人体制で攻撃し、後は雑魚と判断して、先に進む。



 地面が揺れる振動と爆発音に、チャールズが笑う。
「今更来ても遅いわ!」
 大声で叫び、高らかに笑った。
 転移魔法陣は起動した。
 あとは魔法が実行される瞬間を待てばいいだけだ。

 帰れる!
 故郷へ、マーガレットの元へ帰れるんだ!!

 チャールズの顔が歓喜に満ちていた。

 魔法陣の中に倒れ込み背中を丸め、容赦無く襲ってくる強烈な苦痛に必死に耐えながら、みんなが来てくれたことを知った。



 いち早く使用人控室に駆けつけたクリフがそのドアを開けると、あらかじめミゲルに伝達してもらっていた通り、使用人全員が脱出する装いで、待っていた。
「行きましょう」
 クリフの誘導に従って通路へ出る。  
 ミゲルとアリーはすでにこの中にはいない。黒騎士として、魔獣討伐の班にいち早く合流していた。
 襲ってくる魔獣を蹴散らしつつ、使用人たちを守りながら通路を進む。
 それでも数が多いため、一時押されたが、すぐにミゲルとアリーが駆けつけ参戦してくれた。
「行ってください」
 戦いながら、ミゲルが告げると、進行方向の通路の魔獣を業火の魔法で一瞬で焼き尽くす。
 その通路を通って、全員が走る。
 足の悪い小男をアシュリーが背負い、同じように足が魔獣化し歩行困難な女性をアーロンが背負う。
 突入から10分も経たず、地下1階の使用人控室から入口を抜け、外へ出た。
 外でも、黒騎士数名が魔獣と戦い、駆逐していく。
「つえぇ…」
 クリフが呟いた。
 ヤギ頭の魔獣ですら、集団で襲いかかり、全員がその急所を仕留めて一瞬で片付ける。その暗殺者のようなやり方に、自分たちの戦い方と違うと、戦慄した。
 地上の魔獣が少なくなり、黒騎士が遺跡内から溢れ出す魔獣を押し返しながら内部へ侵入していく。
 後に残されたアーロンたちは、使用人達を守るように取り囲み、深追いをせず、向かってくる魔獣のみを駆逐する戦法へ切り替えた。

 さらに奥へと侵入したロイたちは、真っ直ぐに魔法陣のある広間へ進んだ。
 地下牢へ向かおうと思ったが、進む先から強大な魔力が溢れてくるのがわかり、翔平が牢ではなく広間にいると判断した。
 ドアを開ける行為ももどかしく、目の前に見えた大きな扉をディーが火魔法で遠くから破壊する。
 その煙を突っ切って、全員が広間の中へ突入した。

 その中、大きな魔法陣の中心で歓喜の表情を浮かべて高笑いを続けるチャールズの姿。その頭上に出現している数々の映像。
 今現在、この魔法陣が起動され、実行されようとしているのがわかった。
 その隣の小さな魔法陣の中に、倒れ苦しむ翔平の姿を見つけた。
 ロイの体から、一瞬で怒りの魔力が爆発する。全身から溢れる、バチバチと放電する魔力を抑えようともしない。
 ディーが翔平を助けようと駆け寄る。
「邪魔をするな!!!」
 チャールズの攻撃魔法がそれを阻み、翔平の側どころか、魔法陣へも近付くことが出来なかった。
「ショーヘー!!!!」
 ロイが大声で叫び、その名を呼ぶ。

 必死に苦痛に耐え、気力だけで意識を保っていた。
 倒れ込み、体がガクガクと震えて、まるで言うことをきかない。
 それでも、その耳に一番聞きたかった声が聞こえた。

 ロイ

 呼吸もままならない身体に鞭打って、頭を動かす。
 その目に、ロイの姿が映った。

 ロイ
 ディー
 グレイ

 みんながそこに居る。
 来てくれた、とグッと奥歯を噛み締め、溢れる涙を堪える。
 泣いている場合じゃない。
「……ろ」
 必死に声を出そうとする。
 たったそれだけでも身体が悲鳴を上げる。声を出そうとすればするほど魔力も吸い上げられていく。
 苦しい呼吸を必死に整え、深く息を吸い込む。
「止めろ!!」
 それだけを叫んだ。

 ロイが動く。
 ロイ以外が全員、ロイへ防御魔法をかける。
 ロイの周りに何重にも防御魔法の膜が張られ、ロイがチャールズへ近付く。
「無駄だ!」
 チャールズがロイへ攻撃魔法を放つ。
 だが、防御魔法に阻まれてロイへは届かない。その代わりに、魔法壁がバリンと音を立てて割れる。
 しかし、すぐにまた別の防御魔法の膜が張られ、チャールズの攻撃魔法を寄せ付けない。
 チャールズが放つ無数の魔法がロイを襲う。バリンバリンと連続で音が響く。
 割れても割れても次々と出現する防御魔法壁に、攻撃魔法は一発もロイに当たらない。
「貴様ら!!!」
 チャールズの声に焦りが出始めた。
 ロイが魔法陣の中へ足を踏み入れ、自分へと向かってくる。
 そして、ロイが目の前で大きく振りかぶる。
「うらぁ!!!!」
 ロイの魔力を纏った拳が男の顔を目がけて打ち込まれる。
 だが、チャールズの物理防御の魔法壁によって、チャールズには届かない。顔の数十センチ手前でロイの拳が透明な魔法の壁にぶち当たり、止められた。
 壁にロイの拳の衝撃で魔法壁に波紋が広がる。
「ハハハ、貴様如きに私の魔法は打ち破れんよ」
 男が焦りを感じたが、結局この壁を越えることは出来ないと、ロイの一撃を笑った。
「それはどうかな」
 ロイがまっすぐチャールズの目を見て、呟く。
 拳を防御魔法の壁に触れされたまま、まっすぐ腕を伸ばし、左手を右腕に添えた。
 身体中の魔力を拳に集中させていく。
 ロイの拳にその魔力がまとわりつき、極限まで膨れ上がる。



「インパクト」



 呟いた瞬間、ロイの金色の目が揺らぐ。
 その瞬間、ロイの拳が爆発したように爆ぜた。
 0距離からの攻撃。
 全身の魔力を極限まで拳に集中させ、一気の叩き込む、ギルバート直伝の竜族の技だった。
 ビシッ!!と防御壁に亀裂が走る。
「な…」
 チャールズの顔が引き攣った。
 今にも防御魔法の壁を打ち破ろうとするロイの技を見て、意識が朦朧としながらも、ロイへ向かって震える左手を突き出した。

 もっと、ロイへ魔力を。
 その拳に威力を。

 ロイの名を呼ぼうとしても声が出ない。
 自分がもう限界だと気付く。もうすぐ魔力が枯渇する。

 最後の魔力をロイに。
 
 魔法陣に魔力を奪われ続ける中、左手に集中する。
 そのまま、残った全魔力をその左手からロイへ送った。
 そして、意識を失う。

 ロイが翔平の魔力に包まれる。
 白く光輝き、金色の粒がロイの全身を覆い、ロイの拳へ集まっていく。
 ロイと翔平の魔力が混ざり合い、その拳が金色に光り輝いた。
「まかせろ、ショーヘー」



 インパクト



 ロイの口が動いた次の瞬間、男の防御壁が一瞬で粉々に砕け、欠片が四方八方に散った。
 その勢いのまま、チャールズの顔面にロイの拳がめり込む。

 チャールズの体が宙に浮き、広間の壁まで吹っ飛ぶと石壁に叩きつけられて、ドシャッと下に落ちた。
 すぐに全員が動く。
 ディーが翔平の元へ走り、その体を抱きかかえ、魔法陣の中から救い出す。
 シーゲルが青白い顔をした翔平へエクストラポーションを口に注ぎ、意識がないながらも、飲み込む翔平に安堵した。
 グレイ、アイザック、ウィルがチャールズが立っていた魔法陣の一部に触れると、3人同時に雷撃を放つ。その瞬間、魔法陣の起動が止まり、浮かんでいた映像も発光も消え去った。
 ロイがチャールズの足首を掴むと、そのまま起動停止した魔法陣まで引きずって連れ戻すと、放り投げた。
 チャールズの顔面がひしゃげ、顔面骨折した鼻から、口から、血を流している。
「ぁ…」
 まだ微かに息があるが、ロイの放った一発は、その衝撃波でチャールズの体内も破壊していた。
 口から、大量の血液が吐き出されて、致命傷であることがわかる。
「ショーヘーは」
 チャールズを一瞥した後、翔平の元へ歩き出す。
「無事です。魔力が枯渇して今は意識がありませんが、エクストラポーションを飲んだのですぐに目が覚めると思います」
 シーゲルが、そう言いながら、この世界で最上級である2本目のエクストラポーションを飲ませようとして、口に注ぐ。だが、今度は飲み込めずに口の端から溢れた。
「かせ」
 ロイがそのエクストラポーションを受け取ると、口に含んで口移しで翔平へ飲ませた。
 ゴクリと翔平の喉が動く。
 何度か繰り返して全て飲ませると、翔平の頬が赤みを取り戻し、顔色が良くなった。
 ロイが、そっと翔平の頬を撫ぜ、小さく微笑んだ。

 広間へ続く廊下から、バタバタと足音がたくさん響いてくる。
「ショウヘイさんは!?」
 セルゲイたち使用人が全員、息せき切って広間へ走ってきた。
「ショーヘイさん…」
 全員が翔平のそばに集まって、救い出された姿に嬉し泣きの声を上げた。
 ロイが、翔平のそば、という場所を使用人達に譲り、数歩下がる。
「魔獣討伐、完了しました」
 アーロンが敬礼と共にロイへ報告する。
「すみません、彼らがどうしてもショーヘーさんの所へ行きたいと」
 イーサンが申し訳なさそうに報告する。
「別に構わん」
 ロイが薄く笑いながら答えた。

 広間の中に関係者が集まり、少ししてから、翔平の意識が戻る。
 ゆっくりと目を開けて、自分を覗き込んでいる全員を見渡した。
「ショーヘー」
 ロイがすぐに駆け寄る。
「ロイ…」
 泣きそうなロイの顔に、自分も泣きそうになったが、ニッコリと微笑んだ。
 ゆっくりと腕をロイへ伸ばすと、ロイも自分を抱き起こし、しっかりとその腕の中に包んでくれる。
「待たせたな」
「ロイ…」
 力強く抱きしめられて、その背中に自分も腕を回す。
 ロイの肩越しに、ディーとグレイと目が合って、ニッコリと笑った。
 それにアイザックとウィル、と誰?
 シーゲルの姿に首を傾げた。
「あいつは?」
「向こうで瀕死状態」
 ロイが、自分の体を確かめるように、抱きしめながらあちこちを撫でる。
「ロイ、離して」
「やだ」
 さらにギュッと抱きしめられる。
「離せって」
「やーだ」
 抱きしめて、スンスンと自分の匂いを嗅ぐ行為に、いつものロイだと脱力する。
「ロイ、離しなさい」
 微笑むが、目は笑わずに、少し低めの声で言う。
「…はい」
 自分の声に、怒られたとわかったロイがすぐに離す。
 そのまま肩を借りて立たせてもらう。そして、チャールズの所へ歩いて行くと、その傍らに座った。
「ぁ…い」
 チャールズが何かをずっと呟いているが、ひしゃげた顔では何を言っているかわからない。
 スッとその顔に手を翳して、ヒールをかける。
 魔力はエクストラポーションのおかげで、少しだけ回復している。
 顔の形だけを戻すには十分だ。
 最後にチャールズと話したかった。
「ショーヘー?」
 その自分の行動に、全員が訝しんだ。
「…帰りたい…帰りたいんだ…」
 チャールズが壊れたオルゴールのように同じフレーズを繰り返す。
「チャールズ、この世界で、本当に辛いことだけだったか?」
 チャールズを見下ろして問いかける。
「エリックに拾われて、ここで一緒に暮らしたんだろう?」
「…エリック…」
「エリックは、お前のためにこの魔法陣を作ったんじゃないのか」
 ゆっくりと話しかける。
「お前を元の世界へ帰そうとしてくれたんじゃないのか?」
 チャールズが黙り込む。
「エリックは、お前に優しかったんじゃないのか」
 チャールズの目から涙が溢れた。
「エリック」
 チャールズにエリックと暮らした日々の記録が蘇る。
 拾われて、最初は邪険に扱われたが、使用人のようなことをするうちに、エリックとの関係は良くなっていった。
 一緒に食事をして、色々な話をし、元の世界の話を教え、この世界の事をたくさん教えてもらった。
 エリックと過ごした数十年、楽しかった。
 笑うこともたくさんあった。


 彼は、友人だった。

 何故忘れていたのか。

 チャールズの目から涙が溢れる。

 エリックが死ぬ時、彼は私に。

「エリック…」

 最後のエリックの言葉を思い出す。



 帰っても、私のことは覚えていてくれ。



 そう言った。
 この世界でたった1人の友人。
 何故忘れていたのか。

「この世界に来て、人としての尊厳を失い一度心が壊れた。
 その後さらにエリックを失って、お前の心は完全に壊れたんだ」
「私は…帰りたかった」
「それだけが、お前の心に残った」
「帰りたい…帰りたいんだ」
 ごほっと咳をし、血を吐き出す。
 もう、時間がない。
「チャールズ、お前がしたことは許されない。
 お前は死ぬんだ。
 お前が呪ったこの世界で、死ぬ。
 もうこの世界で苦しむことはない」
「死…」
 その言葉にチャールズの顔が和らぐ。
「そうか…死ぬのか…」
 チャールズの目がもうどこも見ていない。
「帰り…た…い」
 その目から涙が落ち、チャールズは死んだ。

 手をチャールズの目に添え、その瞼を閉じさせてやる。


 誰も何も言わなかった。
「終わったよ」
 後ろを振り返って、悲しそうに微笑む。使用人の数人が涙を流す。その涙はチャールズの死を悼むものだとわかる。
 彼は使用人達を恐怖で支配していたが、彼らを決して放り出さず、人並みに衣食住を与えていた。
 その感謝の念が死を悼むという行為に繋がるのだろう。
「どういうことか、後で説明してくださいね」
 ディーが、今の会話がわからずに自分に言う。
 そしてゆっくりと自分へ近付くと、フワリと抱きしめられた。
「ショーヘイさん…無事で良かった…」
 ギュッと抱きしめられ、その体が小さく震えていることに気付く。

 あのディーが、震えてる。

 そっと、ディーの背中に腕を回して抱きしめ返すと、ディーの震えがおさまっていく。
「おーい、もういいだろ」
 ロイが文句を言うがディーは離さない。
「もう少し」
 そう言って、ディーがさらにギュッと抱きしめてくるので同じように抱きしめ返す。
「離れろー!」
 ロイが地団駄を踏むが、無理矢理引き剥がそうとはしなかった。
「あ、そうだ」
 まだやることがあったと思い出す。
 離れようとして、ディーが最後にもう一度強く抱きしめてきたので、ポンポンとその背中を叩いて落ち着かせる。
 名残惜しそうに、ディーが自分を離し、自分の魔力を奪ってきた魔法陣へ近付くと、しゃがみ込んで魔法陣に触れる。
「大丈夫そうだな」
 独り言を呟いて、全員に声をかけた。
「ちょっと集まってくれるか?」
「え?」
「は?」
「なるべくギューっと1箇所に」
 そう言って手の動作で集まれと言う。
 全員がわけもわからず、言われた通りに集まりだす。
「よしよし。そのままで」
 そして再び魔法陣の線に手を添える。



 ヒール



 自分の中の魔力ではなく、魔法陣に溜め込まれた魔力を使って全員の治療をした。
「うわ!」
「え!?」
 魔法陣が発光して、光の筋が湧き上がると翔平の体を通り抜けて、1箇所に集まった全員へ向かい癒していく。
 戦闘で負傷した傷はもちろん、魔獣化した部分さえも元の姿へ戻っていく。
「なんてこと…」
 肩から盛り上がって、大きな獣の腕を持った女性が、みるみると人の腕に戻っていくのを見て、泣き崩れる。
 関節が外側に変形した小男も、関節が元に戻り、正常に立つことが出来るようになった。
 次々と魔獣化が治っていく光景に、ロイやディーたちも唖然として、驚くべきその光景に言葉が出ない。
「よし。もういいかな」
 全員の体の状況を確認して魔法陣から手を離した。
「上出来上出来」
 ヒヒヒと笑いながら、うんうんと頷いてドヤ顔を決めた。
「……」
 ディーがいち早く我に返り、スタスタスタッと自分に近づいて来る。
「こんの、歩く非常識!」
 スパンと頭を叩かれた。
「いった!何がだよ。ヒール使っただけじゃん」
 叩かれた頭を抑えながら上目遣いでディーを見る。
「魔獣化した体はヒールじゃ治らねーんだよ」
 もうなんでもありだな、とグレイが大口を開けて笑い出した。
 その言葉に、一瞬で真顔になる。
「もしかして…またやらかしちゃった…?」
「もーいいですよ…」
 ディーが溜め息をついて、叩いてすみません、と頭を撫でてくる。
「俺の珍獣ちゃーん!」
 その自分にロイがハートマークを撒き散らしながら飛び付いてきて、ヒラリとロイをかわす。
「あれが…白炎の狼と謳われたロイ様…?」
 ロイの行動を見たシーゲルが独り言を呟き、隣でウィルが笑いを堪え、口元を抑えながら肩を震わせた。
「ショウヘイさん」
 セルゲイが、自分に近付く。
 そして、被っていた覆面を取った。
「まさか、こんな日が来るなんて」
 人の顔に戻った目から大粒の涙が次々と溢れ出し、膝をついて大泣きする。
「良かった」
 しゃがんでセルゲイの肩に手を置く。
「やっぱりショーヘーさんは聖女様だ」
 クリフが大声で言った。
 その言葉に使用人たちがどよめくと、次々と聖女様、聖女様と言い始めてしまう。
「え、あ、ちが、違います!クリフ!変なこと言うな!」
 アワアワと大慌てで否定するが時すでに遅し。
「俺は聖女様じゃない~」
 翔平の声が広間に木霊した。







 全員で、村へ戻る。
 意識ははっきりしているが、やはりまだ体力が戻っていないので、ロイにおんぶされる。
 この世界に来た時、ロイに助けられて同じようにおんぶされた時のことを思い出す。
 あの時もこうやってロイの背中で揺られた。
 あの時は2人だったけど、今はたくさん仲間がいる。
 あの時と同じようにロイからいい匂いがする。安心できる、好きな匂い。
 その匂いを感じながら、心地よい揺れに瞼が閉じて行く。

 みんな…助けてくれて、ありがとう。
 ちゃんとお礼を言わないと。

 そう思いながら、安心感に包まれて、深い眠りに落ちた。



 
しおりを挟む
感想 112

あなたにおすすめの小説

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!一肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

転生執事は氷の公爵令息の心を溶かしたい【短編】

堀川渓
BL
事故で命を落とし、目覚めたそこはーー生前遊んでいた女性向け恋愛ゲームの世界!? しかも最推し・“氷の公爵令息”セルジュの執事・レナートとして転生していてーー!! 短編/全10話予定

2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。

ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。 異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。 二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。 しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。 再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。

処理中です...