おっさんが願うもの 〜異世界行ったらイケメンに大切にされ、溺愛され、聖女と呼ばれ、陰謀に巻き込まれ。それでも幸せ目指して真面目に頑張ります〜

猫の手

文字の大きさ
73 / 356
王都への旅路 〜自称婚約者〜

73.おっさん、婚約者に出会う

しおりを挟む
 王領に入ったと言っても、境界線があるわけでもなく、ここから王領、という看板があるわけではない。
 景色も変わり映えしなければ、特に変わった所は何もなかった。
 もう王領に入ったと言われなければ、全く気付かないほど何も変化がない。
 カントリーサインでもあればいいのに、とまた余計なことを考えてしまう。
「ここはまだ外れも外れですからね。しばらくは農村地帯が続きます」
 ディーに説明されて、草原から畑が遠くまで続く景色に変わり、遠くに小さく村も見えた。
 畑の中で農作業をしている人達の姿がちらほら見える。
 そののどかな風景にほっこりと気持ちが和んだ。

「次に立ち寄る街ですが…」
 ディーが説明しようとすると、グレイがすかさず、一泊だけか?と聞いてくる。
 また何か名物の食べ歩きをしたいのかな、と思ったが、そうではなかった。
「向かっているフォートリアは、王都から一番近いリゾート地なんだよ」
「へぇ…リゾート…」
 この世界にもそういうものがあるんだと、新たな情報に驚く。
 そういえば、だいぶ前に立ち寄った海沿いの温泉の街ミルアも、どちらかと言うとリゾート地のような雰囲気だったことを思い出す。
「ここから約2日かけて山道を登ります。その中腹に綺麗な湖があって、その周辺がフォートリアの街です。
 街から少し外れた所には貴族の別荘地があります」
 そっちへは近づきませんけどね、とディーが面倒臭いことをなるべく避けたい、という表情になった。
「温泉もありますよ」
「え!マジ!?やった!」
 温泉という言葉に、俄然街に着くのが楽しみになった。
「一泊だけかぁ…」
 グレイが残念そうに呟く。
「今度、ジュリアさんとリゾートに来ればいいじゃん」
 そう揶揄うとグレイは真面目な顔をして、それはいいな、と呟き、真剣に考え始めた。
「あと1ヶ月もすれば山菜が美味い時期になるんだよなー…」
 呟いたグレイに、やっぱり食い物か、と笑った。



 その日の野営の天幕で、ベネットの話になった。
 どうしてもベネットの行く末が気になってしまうのもあったが、少なからず関わってしまったことで、罪状も気になるが、実はもう一つ気になることがあった。
「前にさ、ベネットは商人あがりの貴族だって言ってたろ?
 ベネットが公爵になったのって、いつごろ?」
 ディーとロイが、よくそんなこと覚えてたな、と驚くような呆れた顔をする。
「確か…170、80年くらい前だったと思います。拘束されているベネットで4代目ですね」
「貴族ってどうやってなるんだ?」
「国に対しての貢献度ですね。王から叙爵を受けて爵位を頂くことになります」
「そんな一気に最上位の公爵になんてなれるもんなのか?」
「いえ、ベネットが最初叙爵されたのは伯爵でした。その後順調に位階を上げていったんです」
 ディーが頭の中にある各貴族年表を思い出しながら話す。
「あー…、そういうことか」
 突然ロイが言う。
「何だ?」
 グレイが怪訝な顔をする。
「ベネットは昔から爵位を金で買ったと言われてる。もちろん、最初の伯爵の地位もな。表向きは魔鉱石の販売ルートを他国にまで大幅に広げた功績だが、元々あったルートを拡散しただけで叙爵なんかされるか?」
 ロイの言葉に目を見開く。
「お前、ちゃんと勉強してるんだな」
「何年ディーと一緒に王宮で勉強させられたと思ってんだ」
 ロイが当時を思い出し、ブルブルッと震えた。
「ミルコ女史は厳しい方でしたからね…」
 ディーも思い出したのか、遠い目をする。
 どうやら、家庭教師的な女性がかなりのスパルタ教育だったようで、2人の様子にクスッと笑った。
「で、そういうことってどういうことよ」
 グレイが1人わからん、という顔をした。
「指輪の男だよ。
 チャールズだかいうジュノーを最初に拾ったのが、ベネットだ」
 ロイの言葉にうんうんと頷いてニコッと笑う。
「そう。多分だけど、叙爵を受けた理由に、そのチャールズも関係しているんじゃないかと思ってさ」
 ディーがハッとする。
「180年前…、ジュノー…」
 呟いて大きなため息を吐く。思い当たることがあるらしい。
「王家のジュノーの記録書にはチャールズは載っていません。
 載っていないんじゃなく、載せられなかったんだ」
 ディーが苛ついたように言った。
「ディーの先祖を悪く言うつもりはないけど、そのあたりで王家に何かあったんじゃないか?」
 ディーが目を見開いて自分を見た後、スッと目を細めメガネを外すと、目頭を揉む。
「その通りですよ。
 これは表沙汰にはしていませんから、限られた者しか知りません」
「たしか、お前のひいひいじいさんの弟だったか?」
 限られた者しか知らないことをロイが知っている。
 それも驚きで、グレイが顔を顰めた。
「ええ、その当時の王弟が数名の有力貴族を従えて反旗を翻した事件がありました」
「その有力貴族の中に、ベネットの前の領主、ウッドマン家がいたんだろ」
 そう言うとディーが、その通りです、と苦笑した。
「俺にもわかるように説明してくれや」
 グレイが自分だけが理解できない内容にムッとする。
 そこで、紙に時系列を書くことにした。
「あくまでも俺の妄想だからな」
 そう一言付け加える。

 200年前。
 チャールズがこの世界に来る。
 当時まだ豪商だったベネット(先祖)に拾われる。
 当時の王弟、有力貴族にチャールズを当てがう(性奴隷)
 190年前。
 ベネットが王弟派を離脱するために、王弟派ウッドマン家の三男にチャールズを売る。
 185年前。
 王弟による王位略奪未遂事件発生。裏には王弟派のウッドマン家が所有するジュノー(チャールズ)の存在あり。
 おそらくは、ベネットが密告したために失敗に終わる。
 王弟およびウッドマン家が没落。
 ベネットがその功績により伯爵の叙爵を受ける。

「なるほどなぁ」
「ぴったり符号しますね」
 書くとよくわかった。
「それにしても、よく気付きましたね。」
「何となくな、年数とか、チャールズの話とか、あの遺跡がベネット領だったこととか、色々考えてたら、行き着いた」
 持っていたペンをクルクル回しながら言うと、ディーが渋い顔で笑う。
「王弟派がジュノーを抱えたことも王位を簒奪しようとした理由の一つになったんだと思う」
「当時の王家はチャールズの存在を知っていたというわけですね」
「少なくても200年前はね。探して保護しようとしたかもしれない。
 でもその時チャールズはすでに逃げ出した後だった。
 まさか、200年経った今も生きていたことまでは知らなかっただろうけど」
 そう言って笑った。
「まぁ、ただの憶測だけどな。
 あと、さっき聞いて思ったけど、ベネットが伯爵から公爵まで上り詰めたのも、実は、ジュノーの知識が関わっていたんじゃないか?」
「可能性はありますね…」
「おそらくベネットはチャールズを性奴隷にするだけじゃなく、なんらかの知識は手に入れていたんだと思う。
 それが何なのかはわからないけど、表向きの叙爵理由が魔鉱石の販路なら、販売や流通に関することじゃないかな」
 そう言って、うーんと伸びをすると、大きな欠伸をした。
「ショーヘイさん!」
 欠伸をしている最中に突然ディーに飛びつかれた。
「うわ!」
 抱きつかれてひっくり返る。
「貴方は本当に素晴らしい人だ」
 押し倒されて、顔を間近に寄せて見つめ、チュッチュッっと額に頬にキスする。
「この話、黒騎士を通じてダニエルに伝えます。もしかしたら販路に関する金の動きで何か出るかも」
「あー…そうなるのか」
 別にそこまで考えて話したわけではなかった。
 ただ、同じジュノーとして、チャールズのことがずっと心に残っており、彼が犯した罪は別にして、彼の存在をただの悪者として受け入れることが、悲しかっただけだ。
 自分とは真逆のジュノー。
 彼は、ただ帰りたいと言っていた。
 ただそれだけを願い続け、心が壊れた。
 その彼の願いを受け止めることが出来るのは、同じジュノーである自分だけだと思っている。

「ディーばっかり狡い。俺も」
 顔じゅうにディーからキスの雨が降り、それにロイも参戦してくる。
「重い!」
 2人にのしかかられ、キスされる自分をグレイが呆れた顔で眺め、グレイも大きな欠伸をした。




 王領に入って3日目。今日の昼過ぎにはフォートリアに到着する予定だが、だんだんと雲行きが怪しくなっていた。
 朝から曇天の空模様に、全員が憂鬱な気分になる。
「今にも降りそうっスね…」
 天幕を片付けながら、アイザックが雨を含んだ重たそうな雲を見上げて呟く。
「急ぐぞ、本格的に降り出す前に街に入る」
 グレイが声をかけ、急いで出発の準備を整える。
 いつもよりも早い移動速度で緩やかな山道を登っていく。
 そしてとうとう、雨が降り出した。
「うわーきたー」
 馬を操りながらイーサンが叫ぶ。
 馬車の窓から外を見ると、その窓ガラスにポツポツと水滴がついた。
 一気に土砂降りになり、騎乗する騎士達が雨に打たれる姿に気の毒に思う。
 強い雨が土の地面をぬかるみに変え、馬も馬車も速度が落ちた。
「あと少しだから、このまま行くぞ」
 先頭を走っているアーロンが叫ぶ。
 各々が返事をして雨の中を行軍していく。
 降り始めて1時間ほどで、湖畔に出て、そこから平坦な道を進み街へ入った。
 せっかくの湖の湖面すら雨によって見えず、リゾート地だという街も、雨のせいで人がまばらに歩くだけで、閑散としていた。
 この間と同じように、ウィルが先行して街に入り、黒騎士と情報の受け渡しを済ませて、街の入口で合流する。

 さすが貴族も利用するリゾート地なだけあって、宿も今まで一番豪華だった。
 すでに、3人は認識阻害の魔法を解いており、宿に到着するよりも前に、宿の主人や使用人が入口で待ち構えていた。
「これはこれは、ディーゼル殿下。ようこそおいでくださいました」
 玄関先でうやうやしく挨拶しているが、自分はずぶ濡れになっている騎士達が気がかりで、何度も後ろを振り返る。
「なぁ、早く温泉行けよ。風邪引くぞ」
 居ても立ってもいられず荷物を下ろすのを手伝いながら声をかける。
「ショーヘーさん、優しい」
 ニコニコとアシュリーが大丈夫と言った瞬間、大きなクシャミをした。
 荷物をおろすと、馬と馬車の移動は宿の使用人が引き受けてくれる。
 濡れていない馬車組のいつのも4人を残し、騎士達にはすぐに温泉へ行ってもらい、ディーとグレイが宿の手続きをしつつ部屋割を決めた。
 だが、そこで少し揉める。
 揉めるというか、宿の主人が最上級の部屋の客を追い出してディーをその部屋へ、と言ってきたのだ。
「それはお断りします。そんなことをする必要はありません。空いている部屋で構いませんので」
「そうはいきません。まさか殿下に一般客と同じ部屋など」
「今は王族としてここにいるわけではないんです」
「そういうわけには」
 すったもんだとロビーで言い合う2人を眺めながら、決着するのを待つ。
「もし、どうしてもその客を部屋から追い出すと言うのなら、宿泊自体をキャンセルしますよ」
 はっきりとディーが言うと、主人が折れた。
「わかりました…。一番良いお部屋というわけにはいきませんが…、次に良い部屋は空いておりますので…」
 キャンセルされるのは困ると、主人が使用人へ指示を出し、部屋へと案内を始める。
「騎士達には破格な部屋だな」
 グレイが笑う。
 結局、宿泊するにしても、10人が近い部屋であることが条件になってくる。
 ディーに合わせて高級な部屋ということは、その近くも高級な部屋ということだ。
「はぁ…認識阻害の魔法かけとくんでした」
 ため息をついて、部屋へ入る。
 言わずもがな、自分とロイとディーが同室だ。
 グレイは隣でアイザックとウィルと同室になり、逆隣にアーロン、クリフ、アシュリー、イーサンの4人が泊まる。
 一部屋がかなり広く、貴族御用達の部屋であることは一目瞭然だった。
「豪華だなー」
 部屋に入って荷物をベッドの上に放り投げると、部屋の中を探検した。
 大きな窓の外にベランダがあり、きっとそこから湖が見えるが、今は雨であまりいい景色ではなかった。
「晴れてたら綺麗なんだろうな」
 そう呟いて振り返った途端、腕を引かれて、そのままベッドへ押し倒された。
「は!?」
「約束。イチャイチャさせろ」
 ロイにギューっと抱きしめられて、首筋に顔を埋められると、スンスンと匂いを嗅がれる。
「あーいい匂い」
 ロイの尻尾が嬉しそうにパタパタと左右に揺れる。
「私も我慢の限界かも」
 そんなロイと自分を見て、ディーも隣に寝転がり、頬にキスしてくる。
「あー…、温泉、まずは温泉行こ」
「えー」×2
 スルッとロイの手が服の中に侵入し、慌てて身を捩った。
「温泉が先!」
 起き上がって叫ぶ。
「なんでぇー?」
「だって…」
 ゴニョゴニョと口を尖らせる。
「え?」
「何?聞こえない」
 小さい声で言う言葉が聞こえなくて、2人が耳を寄せる。
「キスマークだらけで温泉に入れるか!」
 キーンと2人の耳に声が響く。
 あー、ごもっとも、と2人が納得し、仕方なく温泉へ向かう支度をした。
 部屋に備え付けられている湯着を持って温泉へ向かう。
 板張りではなく、絨毯が敷かれた廊下が高級な宿であることを示していた。
「温泉、温泉」
 すこぶる上機嫌で温泉へ向かう。
 後ろから自分へついてくる2人がお預けをくらっていささか凹んでいるが、全く気にしないことにする。
 廊下の角を曲がってさらに進むと、お仕着せを着た女性達が数人作業する手を止めて、ペコリと頭を下げてくる。
 その前を通り過ぎつつ会釈を返していると、突然、
「ロイ様!!!」
 女性の声が響いて、後ろを振り返った。
 そこに、今しがた通り過ぎた丸い獣の耳を持つ使用人の女性がロイに抱きつく所を目撃してしまう。
「ロイ様、ロイ様…」
 首にしっかりと腕を回して、ロイの胸に顔を押し付けているお仕着せを着た使用人に、唖然とした。
「迎えに来てくださったのね」
 女性が言い、言われたロイ本人もポカンとして、抱きつく女性をそのままに、頭頂部を眺めている。
 ディーもあんぐりと口をあけて呆然としていた。
「な、誰だお前」
 我に返ったロイがしがみつく女性の肩を掴むと引き剥がす。
「んもう、婚約者の顔をお忘れですの?」

 は?
 婚約者?

 その言葉に眉を寄せた。
「はぁ!?婚約者だぁ!?」
 ロイがわけがわからないと声を張り上げる。
「ようやくわたくしを見つけてくださったのね。
 わたくし、ずっと貴方が迎えに来てくださるのをお待ちしておりましたわ」
 再び、ロイへ抱きつこうとして、ロイが逃げた。
 咄嗟にディーの後ろへ隠れるように回り込むと、ディーの背中を押し、女性へ突き出す。
「ちょっ、ロイ」
 いきなり壁にされて、ディーが怒る。
 だが、胸の前で両手を握ってうっとりとしている女性の顔を見て、ディーが、あ、と声を出した。
「マ、マチルダ、嬢?」
「はい。マチルダでございます。ディーゼル殿下、お久しゅうございます」
 そう言って、お仕着せのスカートを摘み、綺麗なカーテシーをする。
「マチルダ…?」
 ロイがディーの後ろで考え、あっと思い出した。
「マチルダ・ロマーノか!」
「ロイ様、やっとお会い出来ましたわ」
 マチルダがうっとりと微笑む。
 その3人のやりとりを呆然と眺めていたが、だんだんとイライラが沸き起こってくる。
「おい、婚約者ってどういうことだよ」
 ムッとした表情を隠さずに、ロイを睨み、ディーもついでに睨む。
「あ、これは…」
 ロイが言いかけた所を、マチルダが振り返り自分を見る。
「貴方、従者のくせにロイ様やディーゼル殿下の前を歩くとは何様のつもりですの?」
「は?」
「従者なら従者らしく、後ろに付き従い、荷物持ちでもなんでもなさい」
 どうやらこのマチルダというロイの婚約者は自分を従者だと思ったらしい。
「それは大変失礼いたしました」
 完全に目は笑っていない笑みを浮かべ、額に青筋が立つ。
「それでは、私はこれで失礼いたしますので、後はご自由にどうぞ」
「ま、何ですの。その言い方」
 自分の言葉にムッとしたマチルダが怒るが、くるっと踵を返すと廊下を温泉に向かってスタスタと歩き出す。
「ショーヘー、待って…」
「どうぞ、婚約者様とごゆっくり」
 引き止めようとするロイのセリフにかぶせ、振り返りロイにニッコリと青筋を立てたまま微笑む。
 そのままドスドスと廊下を1人で進んだ。
「ち、違うんだって!勘違い!ショーヘー!」
 背中からロイの声が聞こえるが、無視した。
 フンと鼻を鳴らして、大股で温泉へ向かった。



 ロマーノ、と聞いてすぐに5年前にロイに入れ込んだという元公爵家の令嬢だとは気付いた。
 これも、先日の貴族家丸暗記のおかげだ。
 でも、婚約していたことなんて聞いていない。
 ロマーノ公爵家が没落し、その後どうなったかは知らないが、お仕着せを着ている所を見るとここで働いていることになる。
 しかも、彼女はロイをずっと待っていたと言った。
 婚約がまだ有効であるかどうかは知らないが、それでもそういう存在がいたことをどうして教えてくれなかったのか。

 ロイにもディーにも、マチルダにも腹が立ち、温泉の脱衣所に1人で入ると、ババッと服を脱ぎ捨てポイポイと脱衣籠に放り投げると、湯着を着た。
 周囲にいた数人の客が、若干乱暴な行動の自分にギョッとしているが、構わずにガラリと温泉の中へ入っていく。
「あ、ショーヘーさーん」
 クリフが気付いて、遠くから手を振ってくる。
 みんな、冷えた体を温泉で温めて、まったりしている。
 そこへ合流すると、ムスッとした顔のまま湯船に浸かった。
「…なんか怒ってます?」
 アーロンが聞いてくる。
「別に」
 明らかに不機嫌な自分の声に、騎士達がビクつく。
「また喧嘩したんですか?」
 アシュリーが一緒にいないロイとディーに気付いてそう言い、周りにいたアーロンとイーサンが慌ててアシュリーの口を塞いだ。
「喧嘩なんかしてねーよ」
 そう言って、あ“ーきもちー、と声を出して湯船の縁に体を投げ出した。
 不機嫌オーラを全身に纏った自分に、騎士達が狼狽え、じゃぁ、上がります、とそそくさと出て行った。
 そんな騎士達に手を振りながら、1人になって、大きなため息をつく。
 さっきのマチルダに抱きつかれたロイの姿が頭から離れない。
 これは完全に嫉妬だ。
 ロイは別に抱きしめ返したりはしていないが、それでも、かなり苛立った。
「くっそムカつく…」
 ボソッと呟いて、鼻まで温泉で浸かってブクブクと空気の泡を出す。
 しばらく1人で温泉を満喫し、頭の中を空っぽにしたいが、どうしてもモヤモヤが消えず、ざばっと勢い良くあがると、早々に温泉を後にした。

 なんだよ、婚約者って。
 なんでそんな人がいるって教えてくれなかったんだよ。
 なんなんだ、あの女。
 俺のロイに馴れ馴れしく抱きつきやがって。

 脱衣所で服を着ながら、俺のロイ、と自然に考えたことに、1人で赤面した。
 そして、ジワッと涙が出てきそうになって、慌ててタオルで顔を拭いて誤魔化す。

 トボトボと部屋へ戻るが、廊下にはロイもディーもマチルダもいなかった。
 部屋に戻っても、2人はいない。

 モヤモヤを抱えたまま、ベッドへ倒れ込む。

 もう、知らね。

 不貞寝を決め込むが、どうしても涙ぐんで、タオルで顔を覆った。
 こんな気持ちになるくらい、ロイが好きだ。

 そう改めて自分のロイへの恋心に気付かされた。



しおりを挟む
感想 112

あなたにおすすめの小説

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!一肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。

ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。 異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。 二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。 しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。 再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。

転生皇女セラフィナ

秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。 目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。 赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。 皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。 前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。 しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。 一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。 「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」 そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。 言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。 それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。 転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。 ※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。

処理中です...