おっさんが願うもの 〜異世界行ったらイケメンに大切にされ、溺愛され、聖女と呼ばれ、陰謀に巻き込まれ。それでも幸せ目指して真面目に頑張ります〜

猫の手

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王都編 〜夜会〜

106.おっさん、踊る

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 緩やかに音楽が流れる。
 雑談を邪魔しない程度の音量で、会場の中心部分が広く開き、囲むように周囲に人が集まって、その誰もいない中心を見ている。
「踊っていただけますかな?」
 レイブンが俺の前にくると、丁寧にお辞儀して右手を差し出してくる。
「喜んで」
 笑顔で返し、左手を添えた。
 レイブンに導かれて、開けられた円の中心に進むと、音楽がフェードアウトしていった。
「緊張しているかね?」
「そりゃあもう。気絶しそうなくらい」
 笑って答えると、レイブンが歯を見せて笑う。
 ダンス開始のホールドの姿勢を取ると、先ほどよりも大きめな音で曲が流れ始めた。
 自分が出来るのは基本の3ステップだけ。
 ただひたすらレイブンのリードで足を動かす。
 レイブンがしっかりと俺を支えてくれているおかげで、多少覚束ない所もあったが、レイブンがカバーしてくれて周囲にバレることなく、円の中をクルクルと踊る。
「私もダンスは苦手でね」
 レイブンが踊りながら語り始めた。
「そうは見えませんが…」
「ソフィアと踊りたくて、死に物狂いで練習したんだ」
 レイブンが笑う。
「一番最初に踊った時は、それはもう悲惨だったよ。
 ソフィアにさんざんこけ下ろされて、かなり落ち込んだものだ」
 当時を思い出したのか、小さな声で笑っていた。
「普通はもう2度とダンスを受けてくれなくなるものなんだが、ソフィアはその後の誘いを断らなかった」
 レイブンの顔がソフィアと同じ顔をしたディーをチラリと見る。
「いつか、ディーゼルと踊る所を見せてもらえると嬉しいぞ」
 レイブンがニカッと笑い、突然俺の手と繋いだまま、俺の体を放り投げる。
「え」
 左手は繋いだままなので、転ぶことはないが、その左手を軸に、体がクルンと1回転させられ、何が起こったのかわからず、ただバランスを取ることだけに集中した。
 気が付けばまたレイブンの手に背中を支えられて、のけぞるような体勢になっていた。
 目を丸くして何が起こったのかクエスチョンマークを撒き散らす俺に、レイブンが笑う。
 壁際で見ていたキースが顔を顰め、ギルバートはほくそ笑む。
 そのまままた基本の3ステップに戻り、ダンスが終わった。
 動きを止め、周囲の人に向かってお辞儀すると、盛大な拍手が起こった。
 そして、最初と同じようにレイブンに導かれて席に戻る。

 び、びっくりした。

 心臓がバクバクと大きく脈打ち、誰かに聞かれてるんじゃないかと思い、キョロっと当たりを見渡すと、ロイ達と視線がぶつかる。
 足も踏まなかったし、コケることも、転びもしなかった。
 賭けはキースの一人勝ちだ。
 すぐに賭けを思い出し、全員に向かってフフンとドヤ顔をした。
 途端に5人が口を真横に結び、悔しそうな表情になるのを見て笑う。
 壁際にいるキースを見ると、その顔は笑い、ピコンとウサ耳が動いているのが見えた。

 レイブンとのダンスが終わると、次々にフロアに人が入って行き、思い思いに踊り始める。
 しばらくそれを眺めつつ、周囲を観察する。
 たくさんの視線が俺に向いていることがよくわかる。
 全員が話しかけるタイミングを見計らっている。
 だが、俺が座っているのは上座。近寄るには勇気がいるらしく、なかなか話しかけてくるものはいなかった。
「これじゃ、意味ないな」
 独り言を呟くと、席を立った。
 本当なら、執事が色々と飲み物やら食べ物を持って来てくれるのだが、それを断り、自ら取りに行くことにした。
 会場の隅の方に、立食形式の飲食コーナーがある。
 席を立ち、そちらに向かった。
 すかさず、ロイとアビゲイルが俺の背後にピタリと張り付くのがわかった。
「うわ…美味そ」
 長テーブルに所狭しと並べられた料理に、目的を一瞬忘れてしまう。
 どれにしようかな、と選んでいると、早速声をかけられた。
「そちらのルカのチーズ焼きはいかがですか?」
 横から指を刺されて、貝の料理を教えてくれた。
「では、それを」
 執事が頷き、お皿に一つ盛り付けて渡してくれる。
 教えてくれた男も同じように受け取った。
 どうやって食べるのか、と隣の男を見ると、教えてくれるように、手掴みで貝を持つと直接口をつけて貝の身をチュルッと一口で頬張った。
 それを見て同じように口に入れる。

 うま!牡蠣だ、これ。

 噛むとクリーミーな身がジュワッと口に広がる。チーズの塩味が絶妙で、思わずもう一つ、と頼んでいた。
「美味しいでしょう? 我が領地の特産品です」
 男もおかわりを頼んでいた。
「えっと…」
 さっき紹介されたばかりだが、名前が思い出せない。
「ディアス男爵家次男のティム・ディアスです」
 焦茶色の短髪に日焼けした濃い色の肌。ディアス領は海沿いだから、まさに海の男的な爽やか好青年だと思った。
「とても美味しいです」
「ありがとうございます。漁師達に聖女様が褒めていたと伝えます。きっと喜びますよ」
「ティム様はずっと領地に?」
「はい。私は領地で採れる海産物の管理を。お恥ずかしながら漁師の真似事も」
 照れながら言うが、貴族でありながらその行動を公言出来るというのは、それだけ誇りがあるんだろうと思った。
「素晴らしいことです。こういった海産物も無限に採れるわけではありませんからね。収穫量など状況を見て判断しないと…」
「おっしゃる通りです」
 ティムが少し驚いたように目を見開く。
「目先の欲にかられて採れるだけ採れば後々響きます。
 実際に、このルカも前領主の時に取り尽くされましてね。数十年かけてようやっと諸外国に輸出出来るまでに回復しました」
「トム様もご苦労なさったんですね」
 当主のトム・ディアス男爵は同じように日焼けした肌を持つ恰幅のいい男性だった。
 きっと、ティムと同じように、漁師に混ざって海産物の復活に尽力したんだろうと思った。
「聖女様、是非我が領地に足をお運びください」
「はい。機会があれば是非。漁師さんのお仕事も拝見させてください」
 ニコリとティムに微笑むと、ティムがポッと頬を染め、何故か視線を逸らした。
「私ばかり話していては怒られますね。先ほどから睨まれてまして…」
 ティムがそう言い、お辞儀をして立ち去って行った。
「あれは惚れたな」
「惚れたわね」
 背後でロイとアビゲイルの声が聞こえ、後ろを振り返ると二人が目を細めて自分を見ていた。
 
 なんで今ので?
 ただの世間話だろ。

 そう思いつつ、ルカのおかわりをもらった。


 その後は続々と声をかけられる。
 どの男性も女性も、俺に取り入ろうと必死にアピールしてくる。
 自分はこれだけすごい、こんなことができる、した、という自慢が多く、かなり辟易していた。

「聖女様、今日もお召し物、先日のと違ってとても凛々しいですわ」
 香水の匂いをプンプンさせた女性達に囲まれて、衣装を褒められた。
「先日のお召し物も大変お似合いでしたものね。なんていうのかしら、聖女様らしいというか…」
「神々しくてらっしゃるのよね」
「そう、それよ」
「ヒールをお使いになった時のお姿といったら、もう…」
 ホゥッと数人がうっとりする。
「皆様も大変お美しいですよ。ドレスがとても良くお似合いです」
 ニコッと彼女達に微笑むと、数人が頬を染め、数人がはっきりと身をくねらせて照れた。
「聖女様はどのようなタイプの方がお好みですの?」
「え」
 いきなり聞いてきた女性を見る。
 確か彼女はシェリー・シギアーノ。シギアーノ侯爵家の長女だ。
 ロイにハニー・トラップを仕掛けたセシルの姉。彼もそうだったが、彼女も可愛らしい顔だちをしていた。
 だが、上からの物言いに、思考は父親に似ているんだろうな、と考える。
「タイプですか…」
「私も知りたいわ」
 シェリーの言葉に、周りにいた女性達もにじり寄って来る。
 その様子から、彼女達はシェリーの取り巻きだとすぐに気付いた。
「そうですね…。優しくて、包容力のある人でしょうか…」
 うーんと考えながら答える。
「無難ですわね」
 シェリーにはっきりと言われ、苦笑する。
「そうですね。でも、相手にそんなに多くは望まないですよ。
 自分が選ばれるだけでも幸運なことだと思いますし」
 シェリーの目が細められる。
「聖女様、是非一度お茶会にお越しくださいませ。
 聖女様のこと、もっとよく知りたいわ」
「今度是非」
 ニコリと微笑む。
 おそらく彼女は父親に言われて、俺の趣味嗜好に探りを入れているんだと感じた。


 女性達が離れて行くと、すかさず別の者が声をかけてくる。
「聖女様、贈り物は気に入っていただけましたか?」
「あー…、申し訳ありません。その…数が非常に多くてですね…」
 鼻息荒く声をかけ、俺の手を握ってきた。
 毎日数十個届く贈り物をいちいち覚えていられない。ましてやキースに全て任せているため、目録を確認するだけで現物を見ていないものもたくさんある。
「そんなにたくさん?」
「はい…毎日数十人の方からいただくので…。大変ありがたいとは思うのですが…」
 手を握り続け迫ってくるので、どんどん後ずさる。
「私が贈ったものを覚えてらっしゃらないと…?」
「申し訳ありません…」
 明らかにムッとしていた。
 それはそうだろう。だが、あの数の贈答品を把握して覚えるなんて無理な話だ。
 男は明らかに苛立ち、チッと舌打ちした。
「せっかく高い金払ったのに」
 ボソッと独り言を呟く。聞こえないように言ったつもりだろうが、はっきり聞こえていた。
「申し訳ないが、手を離していただけますか」
 護衛についていたグレイが後ろから男に言った。
「あ?」
 言われた男がグレイを睨みつけるが、その巨体から放たれる威圧に動揺してすぐに離した。
 そして逃げるように立ち去って行く。
「って、今の誰」
「トラヴィス・ベッカー。ベッカー子爵家の4男だ。お前に薬を盛ったイライジャの遊び仲間の1人」
「ああ、そう…。ありがとう、グレイ」
「同じ貴族でありながらなんと品のない…。大丈夫ですか?聖女様」
「はい。大丈夫です」
 別の男に話しかけられ、すぐにグレイが下がる。
 チラッと後ろを振り返ると、護衛がグレイとジャニスに変わっていた。
「リンドバーグ子爵家3男のヴィンスです。同じ子爵家位階の者としてお詫び申し上げます」
「いえ…贈り物を把握出来ていないこちらに非がございますし…」
「聖女様はお優しい」
 ニコリとヴィンスが微笑む。
「自分だけが特別だと、そう思っている輩が多いのも事実です。
 たまたま貴族に生まれただけなのに、何を勘違いしているのやら」
 そう言って苦笑した。
 俺もその言葉に苦笑で返す。
「聖女様は記憶が無いとお聞きしましたが、本当ですか?」
「はい。ディーゼル殿下に見つけていただいた時、魔力暴走を起こしていまして。その前の記憶はありません」
「暴走を起こしたきっかけも?」
「わかりません」
 事実は違うが、わからないと首を振る。
「自分がどこから来たのか、何故あの場所にいたのか、全く覚えていないんです」
「さぞや怖い思いをされたでしょうね」
「そうですね…。でも、殿下やロイ様、グレイ様に助けていただいて」
 そう言って、チラッとグレイを振り返る。
「運が良かったですね」
「本当に」
 ハハッと声に出して笑う。
「この国のことも、何も覚えてらっしゃらないんですね?」
「ええ」
「それは…」
 ヴィンスが同情の目を向ける。
「なので、今は必死に勉強しています。この世界のこと、この国のこと、人々のこと」
 ヴィンスが微笑む。
「もしよろしければ芸術面からお手伝いできるかと」
「芸術?」
「はい。お芝居に興味はありませんか?」
「お芝居ですか」
「今ちょうど、初代国王ルイス様を題材にした演目をやってましてね。
 この国の成り立ちを芝居を観て勉強という方法もあるかと」
「面白そうですね」
 ニコリと微笑んだ。
「あちらにいる、ジェンキンス侯爵家次男ウォルター様、ルメール伯爵家三男ザカリー様、他にも数名で観劇や音楽などを楽しむ仲間がおりまして。
 月に数度、観劇したり、邸宅に音楽家を招いて公演をしてもらっているんですよ。
 もし芸術にご興味がお有りなら是非」
「わかりました。お誘いありがとうございます」
 ニコリと微笑むと、ヴィンスはそれではと会釈して離れて行った。


 すかさず次の男が声をかけてくる。
「聖女様、あちらの休憩室にご一緒されませんか?
 たくさんお話ししてお疲れでしょう」
 あちらと示されて、その方向を見ると、3人ほどの男性が俺が来るのを待っていた。
「いえ、まだまだ皆さんとお話ししたいので、ここに」
 にこやかにそう答えると、男が明らかに眉を顰めた。
「そうですか…出来れば座ってお話をと思ったのですが…」
「なるべく大勢の方とお話しして、お名前とお顔を覚えようと思っていますので。申し訳ありません」
 さらに追い討ちをかけて、行かない、と言うと今度はムッとしていた。
 小さく会釈して去っていった男を視線だけで追ったが、4人集まった所で、何やら言い合いのようなものを始めていた。
「下心見え見えよ。休憩室でナニする気だったのかしら」
 ジャニスがプンスカ怒る様子を見て笑った。

「どこにでも、ああいう輩はいるものです。怒るのも無理はありません」
 ジャニスのセリフを聞いて、黒いスーツを着た男が話しかけてきた。
「コークス伯爵家次男ロドニー・コークスです。お会いするのは2度目ですが、たくさん紹介されて覚えきれないですよね」
 笑顔で言われ、恐縮しつつ笑う。
「えと…、確か司法局参事官でしたよね?」
 そう言うと、ロドニーが覚えていてくださったんですね、と笑顔になる。
 ロドニーについては午前中に話したこともあって名前と仕事については把握している。
 だが、その姿はまるで記憶になかったので、改めて顔を見た。
 ロドニーはいたって普通の男だった。いかにも文官という生真面目そうな印象を受けた。
 どこにでもいる普通の男。
 それが第一印象だった。
「聖女様の立ち居振る舞いは、あの男たちよりもずっと品がありますよ」
「ありがとうございます」
 褒められて、素直にお礼を言う。
「そういえば、先日のお披露目の際のお召し物、大変お似合いでしたね」
「そうですか?私はこちらの方が好きなんですが…」
「もちろんそちらもお似合いです。ですが、先日のは大変美しく、聖女様本来のお姿を体現したかのようでした」
 ニコニコとロドニーが褒め、先ほど淑女の皆さんにも同じことを言われたと言うと、そうでしょうと笑った。
「ああいったお召し物はお好きではないんですか?」
「嫌いというわけではないのですが…、動きにくいので」
 そう苦笑すると、ロドニーが確かにあれでは走れないですね、と笑った。

 父親が差別主義と言っていたが、ロドニーは全くそんな素振りを見せなかった。
 後ろにいるグレイとジャニスにも話しかけているし、労いの言葉もかけていた。
 やはり、彼は父親を反面教師に、ガリレア聖教会の熱心な信者なのだと思った。
 

 歓談タイムが始まってそろそろ2時間が経ち、終盤に近づいていた頃、宮殿の外で騒ぎが起こっていた。

「どんどん増えてます!このままでは防御壁が!!」
「第1障壁破られました!!」
「中へ至急連絡を!!」

 次々に怒号が飛び交い、魔導士が必死に防御壁を守ろうと、近づいてくる人々に拘束魔法を飛ばしていく。

「なんなんだこいつら!どっから沸いた!!」
「警備兵は何をしてる!!」

 ルイス宮殿に近付くには、王城へまず侵入しなければならない。
 その魔法壁はもちろんだが、王城警備の兵士がいるはずなのに、宮殿の周りに数百人の侵入者が詰めかけている。

「大変です!!牢が!!!」
「牢が破られました!!」

 その声を聞き、王城内の一画にあった牢から脱出した者達だとわかった。
 それならば、王城出入口の警備兵が気付くことはない。

 その牢は岩肌をくり抜いて作られており王城敷地内の極端にある。
 中は鉄格子で仕切られた檻が100以上あり、今はパレードで聖女を襲った聖女教会信者が中に収容されていた。
 出入口には何重にも防御壁が張られ、常に見張りの兵士が1部隊常駐しているはずだった。
 破られた、と言うが、一体どうやったというのか。
 ただの一般人に魔法壁を破る魔力はない。人数がいるとしても、兵士1部隊をそう簡単に突破できるはずもない。
 さらに、何も音がしなかった。
 魔法壁が破られた時点で警報が鳴るようになっている。だが、鳴らなかった。

 どうやって。

 考えても起こってしまったことは仕方ない。
 聖女教会の信者が宮殿に押し寄せている。目的は聖女ただ1人。

「信号弾を上げろ!!」

 魔導士が叫んだ。




 会場の庭園にいた者が慌てた様子で宮殿内に駆け込んでくる。
 それと同時に、騎士達が走り出す姿を目撃した。
「なんだろう」
「何かあったのかしら」
 会場内でザワザワと声が広がっていく。
「聖女様」
 離れた所にいたオスカーが駆け寄ってくると、俺の腕を掴む。
「グレイ、ジャニス、戻るぞ」
「何かあったのか?」
 オスカーに引っ張られ、後ろで控えていたロイやアビゲイルもそばにくると、5人で俺を取り囲んだ。
 オスカーが俺の耳元に顔を寄せると、事情を説明する。
「牢が破られて教会信者がここに向かってる」
「え!」
 手短に説明されたが、事情をすぐに把握し、5人に守られながら移動を開始する。
「聖女様、どちらに?」
 それを見た貴族達が、まだ話し足りないと近寄って来る。
「申し訳ないが、聖女様はお疲れなので、まだ今度にしてもらえないか」
「そんな!まだ私は一言も!」
「お待ちください、私もお話ししたいことが!」
 そんな俺たちの行手を塞ぐように、わらわらと貴族達が寄ってくる。
 ロイが舌打ちした。
 貴族達に囲まれて、全く身動き取れなくなり、俺を中心にロイ達5人が周囲に牽制する。
「すまない、もうお開きだ。通してくれ」
 オスカーがやんわりと言うが、貴族達も必死になって待ってくれと叫ぶ。

 その時、外から何かが爆発する音が聞こえ、その衝撃波で数枚の窓ガラスが割れ中に破片が飛び散った。
 悲鳴があがり、逃げ惑う人で会場中がパニックになる。
「どけ!」
「どいて!」
 グレイとアビゲイルが貴族の人の壁を掻き分けて進もうとした時、ガシャンと大きな音が廊下の方から聞こえ、口々に悲鳴を上げた人々が会場へ走ってくるのが見えた。
 その後ろから貴族ではない、普通の服を着た一般人の姿が見える。
 1人や2人ではなく、何十人も廊下から会場に侵入し、会場内が阿鼻叫喚に包まれ、さらなる混乱をもたらす。
 中で警備を行っていた騎士、戦闘執事、メイド達が侵入者に向かい、取り押さえるが、数が尋常ではない。
「どうやって中に」
 誰かが呟く。
 慌てて周囲の状況を確認しようと辺りを見渡し、上座にいたレイブン達の姿がなく、安全な場所に移動したことはわかりホッとする。
 だが、そこから離れた場所にいた俺たちは、逃げ惑う貴族達と、俺たちを囲んでいた貴族達で身動きが取れない。
 遠くに聞こえていた悲鳴がどんどんこちらに近づいている。
 俺たちの方へ逃げてくる貴族達が増え、押し合いへし合いの状況になる。
「聖女様!」
「聖女様ー!!!」
 騎士達の手を逃れた信者達が、邪魔な貴族達を薙ぎ倒すようにこちらへ向かってくる。

 その時、ガシャンと近くで何かが割れる音がした。
「アビー!」
 音と声の方を振り向くと、貴族に果実酒の瓶で頭を殴られたアビゲイルが倒れる所だった。
「貴様!!」
 咄嗟にロイがアビーを襲った貴族を殴り飛ばすが、その浮間を縫って貴族達の手が次々と俺へと伸びた。
「聖女様、こっちに!」
「聖女様!俺がお守りします!」
「騎士ども!聖女様を渡せ!!」
 俺のマントや服を掴み、引っ張り出そうとする貴族達に、ロイ達も翻弄され始める。
「どうなってんだ!」
「こいつらおかしいぞ!」
 俺を守ると言いながら襲い始めた貴族達を次々に殴りつつ、ジワジワとだが、進む。
 殴られたアビゲイルは額から血を流しつつも、貴族達を俺を寄せ付けないよう腕を足を振り上げていた。
「ショーヘイ様!」
 頭上から声がしたかと思うと、俺のそばにキースが降ってくる。
 手を伸ばして俺のマントを掴んでいた貴族の上に着地し、一瞬で出した黒い短剣でマントを切り裂いた。
 あちこちから、聖女様、聖女様、という叫び声が聞こえる。
 パレードでの襲撃と同じ光景に、魔法の使えない俺にはなす術がない。
 6人に守られながら、俺が出来ることは何もないのか、と考える。
 数十人に囲まれ、必死に6人が俺を守るために人を殴り、道を切り開いて行く。
「ロイ殿!!こちらです!!」
 10メートルほど先のドアの前にロドニーが周囲にいた貴族達を殴り、蹴り、道を作ってくれていた。
 6人全員がその場所を目指して進む。
 我先に俺を捕まえようとする貴族達の姿は、もはや聖女教会の信者と同じだった。
 目がぎょろぎょろと見開かれ、俺しか見ていない。
 ロイが俺の腕を引っ張り、6人が壁を作ると、その壁の内側に俺を入れた。
「こちらへ!!」
 ロドニーが叫びドアを開け、彼に腕を引っ張られ、ドアを通り抜ける。
 次にジャニスがそのドアを通り抜けようとした途端、バタンとドアが閉められる。
「え」
「さあ、聖女様、こちらへ」
 ロドニーが俺の腕を引っ張る。
「まだみんなが!」
「騎士達は大丈夫です!まずはあなたの避難が先決だ!」
 ロドニーに叫ばれる。
「でも!」
 叫ぶがロドニーはグイグイと俺を力づくで引っ張った。

 なんだ?
 こいつは何をしてる?

 一気に不信感が押し寄せた。

 ロイ達がドアを通る時間はある。彼らならそんなわずかな時間を作ることなんて可能だ。
 なのに、何故ドアを閉めたのか。
 ドンドンとドアを叩く音がする。開けようとしているのに、開かないということだ。
 それなら尚更ロイ達も通過させるべきだったのに、目の前の男はそれをしなかった。



 たった数秒で、思い至った。


 こいつだ。
 全部こいつが仕組んだんだ。
 俺を手に入れるために。



 咄嗟に掴まれていた手を振り解いた。
「聖女様!お早く!」
 ロドニーが振り返り、再び俺の手を掴もうとするのを、さっと避けた。
「聖女様?」
 ロドニーの顔が歪む。
 その顔をじっと睨み、少しづつ後ろへ下がる。
「ああ…気付いたのか…。勘がいいな…」
 ロドニーがニタァと口の両端を釣り上げて笑った。

 まさにその笑みは、何度も見てきた聖女教会信者の笑い方そのものだった。



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