おっさんが願うもの 〜異世界行ったらイケメンに大切にされ、溺愛され、聖女と呼ばれ、陰謀に巻き込まれ。それでも幸せ目指して真面目に頑張ります〜

猫の手

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王都編 〜観劇〜

121.おっさん、訪問を受ける

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 結局二度寝してしまったせいで、次に起きたのは7時を過ぎてからだった。
 ロイを起こし寝室を出ると、すでにキースが部屋に居てニコニコと挨拶してくる。
「おはよー」
 大きな欠伸をしながらバスルームに向かい顔を洗う。
 ロイも一度部屋に戻ると出て行った。
 顔を洗って着替えも済ませリヴィングに戻ると、キースがじっと俺を見てくる。
「ロイ様とずっと一緒だったんですか?」
「あー…うん…」
 ロイに甘えてました、とは言えず、ただ顔を赤く染めて照れたように頭を掻くと、キースがニコニコと笑顔を向けてくる。
 その眩しい笑顔に目を細めつつ、はらりと顔にかかる髪が邪魔で、手で後ろにかきあげた。
「髪しばるゴム?持ってない?」
「ゴム?」
 こういうやつ、と言って身振り手振りで輪ゴムの説明をするが、この世界に輪ゴムはなかった。
 代わりに結紐を渡されるが、紐で髪を縛れるほど器用ではなく、というか自分の髪を縛ったこともなく、結局キースに縛ってもらった。
 朝食の後はいつものお礼状類へのサインをし、それが終わる頃には護衛が交代となる。
「ロイってさ、護衛以外の日は何してんの?」
 ディーもグレイも、ロイ以外の騎士達はそれぞれ自分の仕事がある。
 だが、ロイは獣士団をとっくに辞めているし、3日に1度の護衛以外の行動が気になった。
「まぁ色々とな」
「今のロイは何でも屋だ」
 オスカーが笑った。
「暇だと思われてこき使われてる」
 ロイが口を尖らせてブーブー文句を言い、実際暇じゃねーか、とオスカーに笑われる。
「そうなんだ。やることがあるならいいじゃないか」
 俺には、これといって仕事という仕事もないから、少し羨ましいと思った。
「その何でも屋のロイをサイファーとアランが呼んでたわよ」
 今日の護衛のアビゲイルが笑いながら言い、はぁとロイがため息をついた。
「じゃぁ、またな…」
 がっくりと肩を落としながら、オスカーに引っ張られるようにして帰って行くのを手を振って見送る。
「よし。キース。お願いがあります」
 グレイとアビゲイルがソファに座って寛ぎ始めたが、俺はキースに頼み事をした。
「何ですか、改まって」
「俺、多分太った。ダイエットも兼ねて鍛えて欲しいんだけど」
 俺以外がポカンとする。
「鍛えるって、お前が?」
 はっきりとバカにしたようにグレイが笑う。
「毎日毎日、ほとんどこの部屋にいて、運動といえば散歩だけ。
 かなり運動不足なんだわ」
「…確かにそうですね…」
 キースが口元に手を当てて考え始めた。
「ショーヘイ様、やる気があるなら、護身術でも覚えますか?」
「護身術…」
 キースに言われ、覚えられるならやっといた方がいいかもしれないと思った。
 これから囮として敵の懐に入るわけだし、覚えといて損はない。
「やる」
「私達も付き合うわよ」
「だな。ここにずっと座っているよりいいかもな」
 そんなわけで、キースに護身術を習うことになった。




 運動しやすい服に着替えて、瑠璃宮から一番近い、近衞騎士団の訓練場に向かう。
 ガウリィに挨拶しつつ、今日からキースに護身術を習うので、訓練場の片隅を貸して欲しいと言うと、気持ちよく快諾してくれる。

 訓練場の中で朝のメニューをこなす騎士達を尻目に、隅っこの方で訓練が始まった。
「いだだだだだ!!!」
 まずは柔軟からと言われて、股関節や太ももの筋肉を柔らかくする運動を始めたが、最初から悲鳴を上げた。
 グレイが爆笑し、アビゲイルも肩を震わせて笑う。
「硬すぎるだろ、お前」
 グレイが痛がる俺を見て腹を抱えて笑っている。
「最初はこんなものですよ」
 キースにグリグリと体を押され、伸ばされ、その度に痛いと悲鳴をあげた。
「笑うな!グレイはどうなんだよ!」
 痛みで目に少しだけ涙を浮かべながらグレイに怒鳴る。
 だが、グレイはそんな俺の前で同じように座ると、足を180度開き、そのまま両手を広げて前に倒れると、ペタリと胸と腹を地面につけた。
 筋肉ムキムキなのに、かなり柔らかいその姿に唖然とする。
「こんなの出来て当たり前だ」
 ニヤリとドヤ顔で嫌味を言われて、ものすごく悔しくなった。
「私も出来るわよー」
 アビゲイルもその場でスッと片足を持ち上げると、そのまま頭の方まで持っていき、見事なI字バランスを披露してくれた。
「体が硬いと怪我するからな。柔軟は必須だぞ。
 まぁ、頑張れや」
 グレイが笑う。
 一通りの柔軟を終えて、痛くて痛くて半べそをかく。
「これで1セットです。明日からは3セットやりますからね」
 キースが天使のような微笑みで、悪魔のようなセリフを言った。

 柔軟が終わると、キースに護身術の基礎を習う。
 足の開き方、力の入れ方。重心をどこに乗せるのか。
 言葉での説明と実際にキースが実演して見せてくれて、その綺麗な姿勢と流れるような動きに口を開けて見入ってしまった。

 午前中ひたすら訓練を続け、笑顔だが厳しく容赦のないキースに涙が出た。
 これを毎日。
 やると言わなかれば良かったと、初日から後悔した。






 訓練を終えて昼前に瑠璃宮に戻ると、玄関の前で待ち構えていた執事の1人が慌てた様子で走ってくる。
「キース様!先ほど先触れが届きました」
 そう言って、1通の書簡をキースに渡してきた。
 それを受け取ったキースが中を確認し、ハッとして俺を見る。
「午後、ヴィンス様が訪問したいと」
「え」
 先触れ、という言葉が聞き慣れず、一瞬混乱したが、すぐにアポイントメントのことか、と気付く。
「断れますけど、どうしますか?
 お会いしますか?」
 昨日、ヴィンス宛に誘いを了承する返事を出したばかりだ。てっきりまた手紙で返事がくると思っていたから、少し狼狽える。
「どうしよう…」
 何を話せばいいのか、まるで何も考えていない。
「サイファー様に指示を仰ぎますか?」
「うん。頼む」
 会うかどうか、自分1人では判断出来ないと思い、すぐにキースに頼んだ。
 キースがそのまま王城のサイファーの元に走り、残った俺たちは瑠璃宮へ入り、とりあえず昼食を済ませてしまおうということになった。
「よっぽどお前を連れて行きたいんだな」
 昼食を食べながらグレイに言われる。
「聖女を、だろ?」
 俺個人じゃなく、聖女の俺を連れて行きたいんだ、と訂正する。
「リンドバーグ子爵家って、どこの派閥だったかしら」
 アビゲイルに言われて、メモした貴族一覧を頭に思い浮かべる。
「確か…、ジェンキンス侯爵の派閥じゃなかったっけ。
 環境局繋がりだったと思った」
 環境局局長が、アーノルド・ジェンキンス侯爵。副局長が、ダリル・ローレン男爵とチェスター・リンドバーグ子爵だったはずだ。
 それぞれの息子達が芸術鑑賞の会のメンバーでもある。
「今回の観劇はヴィンス1人だけなのかしらね」
「もしかしたら他のメンバーも揃っているのかもしれねえな」
「メンバー全員に囲まれるのはちょっとな…」
 出来れば初回はヴィンス1人だけを相手にしたいと思った。
「ヴィンスは普段何の仕事をしてるんだろう」
「確か…何もしていないはずよ」
 こんな突然先触れを寄越して会いたいだなんて、暇人だから出来るのよ、と辛辣な言葉を言う。
「暇人ね…」
 俺も似たようなものだな、とつい思ってしまった。
「リンドバーグ家の末っ子だったよな。お貴族様は仕事しなくても食っていけるからいいよな」
 グレイがそう言って、肉を口に放り込んでムシャムシャと頬張った。

 そこにキースが戻ってくる。
「お帰り、どうだった?」
 少しだけ息を切らしたキースに、水の入ったコップを差し出しながら、コックにキースの分の食事をお願いした。
「ヴィンス様に会って欲しいと。サイファー様が」
「わかった」
「断りをいれませんので、約束の時間にいらっしゃると思います。
 急いで準備しましょう」
 今は12時40分。
 先触れにあったのは14時。
 まだ少し時間がある。
「食べながらでいいから、ヴィンスの情報があったら教えて」
 キースの前に食事が並び、キースが知りうる限りのヴィンスの情報を話してくれた。

 ヴィンス・リンドバーグ、38歳、独身。
 リンドバーグ子爵家の3男で、兄と姉が2人づついる。
 ヴィンス自身、仕事をしているわけではなく、目下芸術に関して私財を使って劇団や楽団のスポンサーや、芸術家個人のパトロンにもなっている。
 1年に一度、貴族や富裕層から芸術発展のために寄付を募る大きなパーティを開いていた。
 ただ、表面上は芸術家達への支援パーティのはずなのだが、裏では、劇団の俳優達、演奏家など、芸術家達のパトロン集めの枕営業も行われていると、まことしやかに噂されていた。

「芸術ねぇ…」
 キースの説明を聞き終え、これは芸術を貶すことは言えないな、と改めて思う。
 はっきり言って、俺は芸術にはとんと興味がない。
 お芝居はもちろんだが、音楽や舞踊についてもまるっきりど素人で自分から観にいこうと思ったことは一度もない。
 元の世界で好んで聞いていたという音楽もなく、ただ流行りの音楽を知っているという程度のものだった。
 それを考えると、俺は実に無趣味な面白みのない人間だったんだな、と思ってしまった。


 昼食を終え、慌ただしくヴィンスを出迎える準備を始める。
 瑠璃宮の応接間で出迎えるか、庭園の東屋にするか悩み、今日は比較的暖かいので、東屋でお茶にしよう、ということになった。
 すぐに、来客だと聞いたマーサの手配で、いつもの着せ替え班のメイド達が現れて、仰々しいものではないが、簡単に聖女へと変身させられる。
 薄いメイクを施されて、髪も整えられ、久しぶりにロングスカートのようなローブを着せられた。
 たった20分で変身を済ませてフィッティングルームから出ると、その変わりぶりにアビゲイルが喜び、可愛い可愛いと近寄って頬を撫でてくる。
 そんなアビゲイルの行動に照れ臭くて顔を真っ赤にする。

 瑠璃宮の玄関ホールでヴィンスの到着を待っていると、14時5分前に、外に馬車が横付けされた。
 キースが先に出ていき、馬車から降りてきたヴィンスに挨拶すると、玄関の扉を開けてヴィンスを招き入れる。
 薄茶色の長めの髪を後ろで一本に縛り、濃いグレーのスーツを着て襟元にスカーフを巻いたヴィンスが、玄関扉の前で待ち構えていた俺を見て、うっすらと微笑み、じっと俺を見つめてきた。
「聖女様…」
「お待ちしておりました。ヴィンス様。わざわざお越しくださり、ありがとうございます」
 片足を半歩下げて膝を曲げ頭を下げる、貴族流の挨拶をする。
 そんな俺にヴィンスがハッとして、挨拶を終えた俺に近付き、右手を取り、その指の付け根にチュッとキスを落とす。
 ザワッと悪寒が走り、鳥肌が立ったが、気取られないように笑顔を作る。
「この度は急な面会の申し込みにも関わらず…ありがとうございます。
 今日もとてもお美しい…」
 ヴィンスは手を握ったまま離さず、うっとりと俺を見つめるが、俺は心の中で、

 早く離せ、ボケ。
 男に向かって美しいとか抜かすな。

 と毒付いていた。
「聖女様、ヴィンス様、どうぞこちらへ」
 キースが俺の心中を察してくれて、さっさと庭園の東屋に案内を始める。
 グレイが俺の背後に回ると、俺の肩に上着のローブをかけてくれた。
「ありがとう。グレイ」
 振り返って微笑む。

 東屋に到着すると、ヴィンスが俺が座る椅子を引いてくれた。
「ありがとうございます」
 ニコリと微笑むと、ヴィンスが嬉しそうに頬を染めてはにかむ。
 向かい側にヴィンスが座ると、キースが温かいお茶と、お茶菓子を乗せたアフタヌーンティーセットをテーブルに並べた。
 そして、数歩後ろに下がる。
 俺の数メートル後ろにはグレイとアビゲイルが姿勢正しく直立不動の状態で立つ。
「今朝手紙が届きまして、すぐに返事を、と思ったのですが…。
 あまりにも嬉しくて居ても立ってもおられず…。直接お礼を申し上げたいのと、これをお渡ししたくて」
 ヴィンスが胸ポケットから、長方形の封筒を出し、それを俺の方へ差し出して来た。
「明後日の公演なのですが、是非ご一緒に」
 封筒に手を伸ばし、中を確認すると、観劇チケットが1枚入っていた。
「ありがとうございます。是非ご一緒させてください」
 ニコリと微笑む。
 ヴィンスが俺の返事を受け取ると、嬉しそうに微笑んだ。
「聖女様がお芝居に興味がおありで、本当に嬉しく思います」
「夜会でお話しした通り、記憶がない部分を補うために勉強しております。
 先日、建国物語という本を読みまして。感動いたしました」
「あの本は私も。今回の演目はその建国物語を舞台化したもので、長年愛され続けているものなのです。
 本で得られる感動よりも、俳優達が演じることで、より多くの感動を感じると思います」
「とても楽しみです」
「聖女様は毎日何をなさっておいでなのですか?」
「そうですね…。今はほぼ勉強です。ずっと本を読んで、たまに散歩に…。
 騎士様の訓練を見学させてもらったり…。怪我をされるので、治療もします」
 この間、ロイとオスカーの本気とも思えるような訓練という名の殴り合いを思い出す。
「ははは…。騎士達も心置きなく訓練できますね。いつでも聖女様に癒していただけるのですから」
 そう言われて笑顔で応える。
「何かご不便な点はございませんか?」
「いいえ、皆様大変よくしてくださいます。私のようなどこの馬の骨ともしれない者に、このような住まいまで与えてくださって…」
 言いながら、瑠璃宮の庭園を眺める。
「聖女様なのですから、このくらいは当然ですよ」
 ヴィンスが突然、俺の手を握った。
 その行動にギョッとするが、平静を装う。
「貴方はこの国の宝だ。
 この国を、我らをずっと見守って癒して欲しい…」
 ヴィンスにじっと見つめられ、微笑む。
「私に出来ることをしようと思っています」
 静かに、握られた手を引いてお茶に口をつけた。
「もし、何かして欲しいことがあればおっしゃってください。
 聖女様のためならば、何でもいたします」
「ありがとうございます」
 ニコリと微笑みお礼を言う。
「まずは、観劇に連れて行ってください」
 そう言うと、ヴィンスが本当に嬉しそうに笑った。







 自室に戻ると、ゴシゴシと何度も手を洗った。
 そんな俺の様子を見てグレイが笑う。
「そんなに洗うと手の皮剥けるぞ」
「気持ちわかるわー。何とも思ってない奴に触られるのって嫌よね」
「ほんとだよ。なんであそこで手ぇ握るかなー」
 答えながらさらにゴシゴシと洗った。
 10回ほど洗うと、流石にキースに止められた。
「ロイとディーが今日の護衛じゃなくて良かった」
「そうね。手を握った瞬間半殺しにしてたかもね」
 まさか、と思うが、半殺しにしなくても威嚇モード全開にはなっていただろうな、と苦笑した。
「いやぁそれにしても、あからさまにアピールしてきたな」
 グレイが笑う。
「ショーヘイちゃんもよく平然と対処出来たわね」
「我慢、我慢、我慢、ってずっと考えてたw」
「お見事でしたよ」
 キースもクスクスと笑う。キースは俺の些細な表情で全てお見通しだったらしく、ヴィンスの一言一言が俺を逆撫でしてると気付いていたらしい。
「明後日ですね」
 キースがチケットに書かれた日時を見て呟く。

 明後日19時開演。
 18時にヴィンスが瑠璃宮まで迎えに来ることになった。
 公演時間は途中休憩を挟んで約4時間という長丁場だ。
 合間に軽食も出るらしく、飲み食いしながら芝居を観る。

「ボックス席だなんてよく取れたわね」
「子爵位ならバルコニー席くらいが相当か?」
「おそらく芸術関係に強い方なのでコネがあるんでしょう」
 ボックスとかバルコニーとか言われてもピンと来ないので説明してもらった。
「へぇ…。じゃぁ今回は半個室のような場所で見るんだ」
「身ぃ乗り出して落ちるなよ」
 グレイに揶揄われ、子供か、と突っ込んだ。
「おそらく周囲の席にも他貴族や富裕層の方が大勢いますから、ヴィンス様がショーヘイ様を伴ったことはすぐに噂になると思います」
「噂ねぇ…」
「多分、下世話な噂を立てられるぞ。覚悟しとけ」
 なるほど、聖女のスキャンダル的な話になるわけね、とため息をつく。
「でも、護衛付きだもの。そんな下品な噂にはならないと思うわ」
「だといいけど…。
 でも、これで他の奴も俺を誘いやすくなるだろうな。
 夜会では話しかけるタイミングがなかった奴もいるし、真似をする奴らも出てくるよな」
 今回のヴィンスの誘いを受けた理由は、彼自身、そして芸術鑑賞の会への探りの目的もあるが、おそらくは、誘いやすくする呼び水的な意味もあるだろうと考えた。
 
 ヴィンスとの観劇が終われば忙しくなるかも、と漠然と予想した。







 夜になってロイとディーが慌てたように俺の所へやってきた。
「ヴィンスに触られたって!?」
「抱きしめられたって本当ですか!?」
 部屋に入って開口一番にそう言われ、なんでそんな話になってんだ、と呆れてしまった。
「手を握られただけだよ」
 そう答えると、2人が左右それぞれの手をギュッと握ってきた。
「ロイ様、ディーゼル様、大丈夫ですよ。10回くらい必死に手を洗ってましたから」
 キースがクスクスとその時の俺を笑う。
「洗うだけじゃダメだ」
 ロイがそう言い、俺の手のひらをべろ~んと思い切り舐めた。
「やめんか!」
 ゴン、とロイの頭を殴る。
 涎のついた手を洗うと、その背後から2人がピタリとくっついて抱きしめてくる。
「嫌だぁ。観劇なんて行かないでくれよぉ」
「心配なんですよー」
 2人でグリグリと頭を押し付けてくる。
「痛!痛いって!」
 ゴリゴリ頭を擦り付けられて声を上げた。
 2人の額をそれぞれガシッと魔力を込めた手で鷲塚むと、ぐぐぐっと引き剥がす。
「何やってんだ、お前ら」
 そこにサイファーとアランが訪れ、俺たちの姿を呆れたように眺める。
「ああ、いつものスキンシップだ。気にしなくてもいい」
 グレイが説明すると、俺たちを不思議な生き物を見るような目で見つめた。
「皆さんお揃いですね」
 さらにギルバートも現れて、部屋の中が一気に人口密度が高くなる。

「明後日か」
 サイファーがチケットを見て呟く。
 ソファにアランとサイファー、向かいに俺が座り、他はソファの周りに立った。
 キースがそれぞれにお茶を配って歩く。
「ヴィンスの様子はどうだった?」
「特に変わった点はなかったです」
「デートに誘えて嬉しそうだったわね。ショーヘイちゃんへのアピールに必死だったわ」
 アビゲイルがヴィンスの表情や態度を思い出して少しだけ皮肉った表情をする。
 その他にもヴィンスとの会話の内容を聞かせ、ほとんど観劇の、芸術に関する話題だったと説明した。
「まぁ、最初だからな。
 もし簒奪者側の人間だったとしても、すぐに本性を見せるわけもないし」
 アランがため息混じりに言った。
「気長に…ともいかんが、少しづつ探っていくしかない。
 こちらもすでにヴィンスを始めとした芸術鑑賞の会の連中の身辺調査を進めている」
 サイファーが俺の顔を見る。
「すまんな、したくもないことをさせて」
 そう言って、悲しそうな、なんとも言えない表情をする。
「ディーゼル、ロイ、本当にすまん」
 言われた2人は口を尖らせつつも、仕方がないと割り切る。
「ショーヘイ君に、これを渡しておきます」
 ギルバートが胸ポケットから小さな指輪を取り出した。
「これは?」
「貴方の貞操を守るものです」
 貞操と言われて何?と思ったが、意味がわかって一瞬でボッと赤面した。
「一度しか使えませんが、万が一そういう目的で襲われた時、襲った者に強烈なショックを与えるものです。
 使うことがないことを祈りますが、念のため」
 小指に嵌めてみてください、と言われ受け取ると、左手の小指に指輪を通した。
 ブカブカだった指輪が、指の根本に収まると、シュッと自ら縮んでぴったりした大きさになる。
「魔力を通せば簡単に外せます。
 今後誘いを受けてデートへ行く際には必ずつけてください」
 デートと言われ、乾いた笑いを漏らしながら指輪に魔力を少しだけ注ぐと、すぐにブカブカになって外すことが出来た。
「性的な欲求を持った者だけに反応するので、襲撃者などからは守ってもらえませんが、貴方には必要だと思ったので」
 ギルバートがニコリと笑う。
「ショーへー、ギルの前でもつけてろ」
 ロイが一番襲ってくる可能性が高いのはギルバートだと言った。
「残念ですが、私には効きませんよ」
 だが、あっさりと指輪の効果は自分には通用しないと言われ、ロイもディーも顔を顰めた。


「それでは明後日、よろしく頼む」
 そう言うと、サイファーが立ち上がり、アランもギルバートも席を立った。
 そのまま部屋を出ようとしたが、アランがピタリと止まる。
「あー…ちょっと待ってくれ」
 アランが兄へ声をかける。
「どうした?」
 ドアを開けようとドアノブへかけた手を引っ込めて、弟の方を振り返った。
 アランがくるりと踵を返すと、キースへズンズンと大股で近付いた。
 その場に居た全員が、あ、まただ、と心の中で呟く。
 またプロポーズするのか、とその結果は今までと同様に断られるのだと思い、同情するような表情でアランを見つめた。
 だが、俺は1人で思い切り動揺する。

 今!?
 なんで今!?

 明らかに狼狽えるが、俺のそんな動揺には誰も気付かず、全員が黙ってアランとキースを見守った。

「キース」
「はい」

 正面に立ち、アランが真顔でキースを見つめる。

「結婚してくれ」
「はい」

 えええええ!!!
 それだけ!?
 そんなあっさり!!??

 思わず叫びそうになって、ふぐっと口を両手で塞ぐ。
「キース、いい加減受け入れてやってく…ん?」
「アラン、気を落とさな…は?」
「え?」
「は?」
 数人はアランを気遣う言葉を投げかけたが、途中で眉を動かす。

「プロポーズ、お受けします」
 キースがアランにニコリと微笑んだ。
 その頬がピンク色に染まり、愛おしそうにアランを見つめている。

「はああああ!!?!?」

 俺とギルバート以外の絶叫が部屋中に響き渡った。





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