おっさんが願うもの 〜異世界行ったらイケメンに大切にされ、溺愛され、聖女と呼ばれ、陰謀に巻き込まれ。それでも幸せ目指して真面目に頑張ります〜

猫の手

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王都編 〜観劇〜

127.おっさん、被害者を治療する※注意※残酷グロ表現有

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※※お読みになる前に※※

 残酷、グロ表現があります。
 読まなくても本筋には影響ございませんので、苦手な方は読むことを控えてくださいますよう、お願い申し上げます。

 平気という方のみ、下方へお進みください。

































 キースに被害者の治療の手配を頼んだ翌日、レイブンとサイファーに呼ばれた。
 午後になってから、ロイ、ディー、キースと共にレイブンの執務室に向かう。

 執務室には、レイブンとサイファー、そして1人の眼鏡をかけたキリッとした女性がいた。
 脳内で1枚1枚カードを捲るように、彼女の正体を思い出す。
「ニコール・テイラー司法局副局長」
 マキアス・テイラーの長女で、テイラー家の後継でもある。
 父親と同じように無表情ではあるが、母親譲りの見事な燃えるような赤い髪をアップにまとめた知的美人だった。
 さらに、他の貴族令嬢と違うと思うのは、服装にも現れている。
 彼女は騎士服とは違うが、スーツのような黒い上下のセットアップを見に纏い、いかにもお固い官僚といった雰囲気を持っていた。
 その細目の眼鏡の奥の瞳は、信念を持った揺らぎのない強さを感じた。
「聖女様、ロドニーの件は父が担当しておりますが、一族の件は私が取り仕切っておりますので、私が参りました」
 挨拶もそこそこにニコールが切り出す。
「はっきり申し上げますが、被害者と聖女様を引き合わせることは出来ません」
 ニコールの無表情で淡々と話す態度に、俺以外が苦笑する。
「それは、被害者の方の怪我が酷いからですか」
「…怪我、という生やさしいものではありません。
 数々の事件の被害者、遺体を見てきた当局員ですら直視できない者もおります」
 ロイにも昨日言われた。
 騎士ですら顔を背けたくなると。
 そんな大怪我なら、なおさら聖女の力を使うべきだと思った。
 それをニコールに言うと、ニコールは目を細めて少しだけため息のような息を吐いた。
「聖女様は、人が生きたまま蛆虫に集られる姿をご覧になったことがございますか?」
 全く歯に物を着せず話すニコールに、ディーが思わず苦言を漏らしそうになり、俺がそれを止める。
「ありません」
「足の肉を抉られて放置され、腐っていく匂いを嗅いだことは」
「…ありません」
「被害者はほぼそのような状態です」
 語るニコールの声のトーンは変わらない。
「そんな状態の彼らと、失神もせず、嘔吐もせずに会う自信がおありですか」
「ニコール様、あまりにも言い方が…」
 キースがニコールに苦情を申し立てるが、ニコールは気にも止めない。
「コークス一族がやったことは、もはや人の所業ではありません。
 それでも、貴方はその被害者と向き合い、治療するとおっしゃいますか」
 ニコールが真っ直ぐに俺を見る。
 俺もニコールの視線から逃げなかった。

 騎士も顔を背ける状態と聞き、さらに今ニコールが言った内容から察しがつく。
 被害者は俺が考えていたような単純な殴る蹴るの暴行ではなく、

 拷問を受けていた。

 そう気付いた。

 そういう性癖があることも知っている。
 人を痛めつけることに性的興奮を覚え、あまつさえ人を殺害することも快感にすり替える異常者。

「それでも俺は彼らを治療します」
 ニコールを真っ直ぐ見つめ返し言い切る。
 するとニコールが俯き、深い息をはいた。
「意思は固いようですね…。
 ですが、この資料を一度お読みください。
 読んでもまだ治療をされると言うならば、もうお止めしません…」
 資料をキースに渡し、眼鏡を外すと目頭を揉む。
「ショーへー」
 レイブンがやり取りを聞いていて、険しい表情のまま俺を呼ぶ。
「見える怪我もやっかいだが、心の怪我はもっとやっかいだ。
 お前がその怪我を負うかもしれないということを忘れるな」
「はい」
 レイブンもサイファーも、俺を心配しているのはわかる。
 おそらく、ニコールも、わざとキツい言い方をしていた。

 それでも俺は被害者を治療しようと決めた。







 瑠璃宮に戻り、資料をキースから受け取る。
「辛くなったら、我慢しないですぐに止めてください」
 両肩を掴まれ、泣きそうな顔で言われ、黙って頷いた。
 ロイとディーはソファでただじっと俺を見守る。
 俺は何も言わずに居てくれる2人に感謝しつつ、円卓に座ると資料を開いた。



 被害者は48名。
 その内、3名は救出後に死亡。
 残った45名の内、軽傷はたった6名だった。
 この6名は王都のコークス邸の地下かから発見され、その内2名は拉致監禁されて日も浅く、まだ奴隷印を刻まれていなかった。

 残りの39名はコークス領の領主邸の地下から救出された者達で、ほぼ全員、体の一部が欠損しているという状態だった。

 手足は勿論、目、耳、舌、乳房や局部までも切り取られ、抉られ、引きちぎられている状態だった。
 手が残っていても指が無い。
 足が残っていても爪が全て剥がされている。
 片目を、両目とも抉り取られた者。
 目を口を縫い付けられて開かなくされた者。
 背中の皮や頭皮を剥がされた者。
 一番酷い状態は、両手足を根本から切断されて胴体だけの状態にさせられた者までいた。
 死なない程度に止血などの治療はされていたが、それだけで、傷口は膿み異臭を放って蛆が集っていた。

 黒騎士が突入した時、地下の拷問部屋には数々の血に濡れた拷問器具が並び、隅に無造作に遺体が積み重ねられていた。
 両腕に杭を打たれて壁に磔にされた者、鉤で天井から吊り下げられた者などが絶命した状態で放置されていた。
 さらに、死姦も行われていた痕跡も残っていた。
 腹を縦に切り裂かれ、内臓を引き摺り出された遺体が横たわり、その開いた内臓に射精した後まで残っていた。
 その遺体の中に混じって2人だけ生存者がいたが、発見された後すぐに絶命した。

 死臭と腐敗臭が漂うその部屋の惨状に、鍛えられた黒騎士と言えど耐えきれず、失神する者はいなかったが、嘔吐する者が続出した。
 
 さらに、邸宅で捕えた使用人の証言で、庭に埋められた遺体を掘り起こした。
 その数124名。今だにその数は増え続け、すでに白骨化した遺体も無数にあり、現当主レイ・コークスの祖父の代から続いていたことが判明した。



 資料を読み進め、何度かトイレに駆け込み嘔吐した。
 そのまま崩れるように嘔吐しながら泣き、キースがそっと背中を摩ってくれる。
 悲鳴のような嗚咽を漏らし、泣き崩れた。

 なぜこんなことが出来るのか。
 人の所業じゃない、と言ったニコールの言葉が緩く思える。
 人の皮を被った魔獣そのものの行為に、涙が止まらなかった。


 それでも必死に最後まで資料を読み切った。
 体の震えが止まらず、カチカチと奥歯が鳴るのを必死に堪えながら、涙を拭い、深呼吸を繰り返す。

「キース…。レイブン様に伝えてくれ。
 全員、治療する…。
 絶対に治すって、伝えて欲しい」
 顔を手で覆い、絞り出すように言った。
「…わかりました」
 キースが静かに部屋を出ると、ロイが俺に近寄り、そっと俺の体を姫抱きに持ち上げソファに戻り、膝に座らせた状態で強く抱きしめてくれた。
 ただ何も言わず、頭と背中を撫でてくれるだけで、張り裂けそうになっていた心が落ち着いて行く。
 ロイの胸に顔を押し付け、ぎゅっとロイの服を握りしめた。
 ディーも隣に座ると、静かに俺の腕や足を撫で慰めてくれる。
 何も言わずにただそうしてくれるだけで、嬉しかった。






 その日の夜、何度もうなされて目を覚ました。
 明らかに資料の内容を夢で反復していた。
「ショーヘイさん」
 その度に、隣で寝ていたロイとディーが俺を抱きしめ、慰めてくれる。
「大丈夫だ」
 その暖かさに包まれ、再び眠りに落ちるが、またうなされて飛び起きる。
 はぁはぁと荒い呼吸を繰り返し、頭を抱えた。

 こんなんじゃダメだ。
 切り替えないと。

 必死に思考し、治療に専念するために気持ちを切り替えるために、頭の中の負の感情を押し殺した。


 結局浅い眠りのままうなされて起きることを繰り返し、朝を迎えた。
 俺を心配して一緒に寝てくれた2人を起こさないように寝室から出ると、そのままバルコニーに出る。
 すっかり冷え込んできた朝の風に、体が震えるが、その冷たさに逆に頭の中も冷え、はっきりする。

「俺は…聖女だ」

 1人で呟く。

「治すんだ。全員元の姿に」

 ゆっくり、だがはっきりと自分に語りかけるように声に出す。

「俺はなんのためにここにいる。
 なんのための聖女だ。
 やるんだ。
 治せ」

 目を閉じて、冷たい空気を肺いっぱいに吸い込みゆっくりと吐き出す。
 なんどか深呼吸を繰り返し、気持ちの整理が徐々に出来てくる。

「俺は、聖女だ」

 目を開け決意を固めた。








 数時間後、瑠璃宮の前に濃紺の王家の馬車が横付けされた。
 俺とロイ、ディー、キースが乗り込み、その周囲をグレイ、オスカー、ジャニス、アビゲイルが騎馬で取り囲む。
「被害者は王都の隣街、ガトーの医療施設にいます。
 彼らには、きょうショーヘイ様が来ることを伝えていない、とのことです」
 馬車が動き出し、キースが状況を説明する。
 彼らに聖女が来ることを伝えていないのは、俺が癒すことが出来なかった時のために、期待をもたせないためだと思った。
 治すと心に決めたが、俺のヒールがどこまで彼らを治療出来るのかは、やってみないとわからない。
 だが、やるしかない。
「みんなに言っとくよ。
 多分、ヒールを使った後、俺は確実に2日以上は寝ると思う」
「…2日って…最初のカミロ村の時と同じじゃないですか」
 ディーが顔を顰めた。
「うん。あの時は300人程度で瀕死と重傷者が数十人。
 だけど、今度は39名の体の一部が欠損状態だから。きっとカミロ村以上の魔力を使うことになると思う」
「おい…まさか欠損した体も元に戻すつもりか」
「出来るならね。
 やってみないとわからない。
 無理なら途中までで切り上げるつもりだ。
 今日の一回で出来なくても何度か繰り返したら完璧に治せるかもしれないし」
 ロイが顔を顰めて口を閉じる。
「くれぐれも無理はしないでくださいよ」
「わかってる。
 どのくらいの魔力を使えばいいのかは、だいぶ把握出来てきているから、力以上のことはしないよ」
 そう言って、心配するな、と笑った。


 馬車は王都の西門から抜け、王都からどんどん離れて行く。
 つい3週間前、旅をしていた時を思い出しながら、外の景色を眺めた。
 そして4時間後、ガトーに到着した。

 ガトーは医療関係の研究施設や治療院、ポーションなどを作る施設などが多く集中する医療の街だった。
 街を歩く人達の姿も、医療従事者を示す服装をしている人が多く見受けられた。
 街の中をゆっくり進み、奥へと進んで行く。
 そして、街はずれにある一際大きい城のような建物へと入った。
 柵門を抜け、建物入口に馬車が停まると、早速外からドアが開けられた。
「お待ちしておりました」
 外に数人の魔導士が並び、見たことのある顔も数人居て、魔導士団のヒーラーだと気付いた。
 さらにここの施設で働くヒーラーや看護従事者が並ぶ。
 馬車から降りるとペコリと頭を下げる。
「聖女様」
 魔導士の背後からニコールとサイファー、そしてロマが姿を見せた。
「ロマ様」
 大賢者と呼ばれるロマの存在は心強く、ホッとした。
「ショーへー、くれぐれも無理はしないようにね。
 一度で治す必要はないんだからね」
「はい」
 微笑みながら返事をする。
「聖女様、初めまして。施設長のオズマと申します」
 初老の男性が近付き、俺に手を差し出した。
「お時間を取らせて申し訳ありません。
 出来る限りのことはいたしますので」
「とんでもない。
 聖女様にお越しいただき感謝しております」
 人の良さそうな柔らかな笑顔を向けられ、そのまま建物の中へ案内された。
「現在、24時間体制でヒールを施しております。
 痛みを軽減させる効果を優先させているため、治癒するのに時間がかかっている状況です」
 歩きながら施設長が治療の状況説明をしてくれる。
「今日はこれから集団治療を行うと説明し、ホールに全員を集めています」
「わかりました」
 
 施設の奥まで進み、俺とキース、護衛以外の面々はホールが見下ろせる上階へ行ってもらった。

 大きな扉の前に立ち、オズマが振り返る。
「準備はよろしいですか」
 オズマが恐縮したように俺を見る。
 この扉の先に拷問の被害者39名がいる。
 ゆっくりと深呼吸して、彼らの状態を目にして狼狽えることのないよう、心の準備を整えた。
「お願いします」
 ゆっくりと目の前の扉が開く。

 そして、39名の視線、目が欠損した者以外の視線が俺に注がれた。
 ヒュッと息を呑む。
 クリーム色の患者服を身に纏った被害者達が椅子に座り、ベッドに横なった状態でその場に揃っていた。
 包帯を巻いていない者は誰もいない。
 身体中を、頭を、両手足を、グルグル巻きにされた被害者達が、怯えた目で俺を見ていた。
 その姿に涙が込み上げるのを必死に堪えた。
「ぅ…」
 資料にあった彼らがされた拷問が脳裏に浮かび、心が折れそうになった。
 ディーがすぐに近寄ると、俺を支えるように腕を取り、背中に手を添えた。
「大丈夫…」
 涙を堪え、ディーに微笑みかける。
「多分、立っていられないから座るな」
 そう言い、数歩進むとペタリと床に座った。
 ディーが心配そうに見つめながらも、後ろに下がる。
 俺の後ろにみんなが並び、じっと俺を見守ってくれる。
 ジャニスやアビゲイルはすでに目を潤ませており、ロイもディーもグレイも、手が白くなるほど拳を握りしめていた。

「始めます」
 39人を見つめニコリと微笑み、座った状態で両手を床につく。
 目を閉じて、魔力の流れに集中した。
 フワリと、俺を中心に魔力風が渦を描くように巻き起こる。

 ゆっくり、慎重に。

 意識して魔力を解放して行く。
 魔力の出力を上げながら、1人1人の怪我の状況を思い出す。
 手足を失った者。目を失った者。消えない傷を負った者。

 治す。
 治したい。
 元の姿に。

 その願いを魔力に込めていった。
 次の瞬間、ホールの床に金色に光り輝く魔法陣が浮かび上がった。
 39人がその魔法陣に驚き、光に包まれて行く様子に怯えつつも、その温かさに狼狽えていた。
「何が…起こるの…?」
 1人が泣きながら呟き、そばにいた被害者の仲間と共に怯える。

 魔法陣にどんどん魔力が吸われて行く。
 次第に息が上がり、体内からごっそり内臓ごと引きずり出されるような、不快感に襲われるが、必死に呼吸を繰り返して耐えた。

 まだだ。
 まだ足りない。

 こんな魔力量では治せないと、直感が教えてくれる。
「ふ…う…」
 全身から汗が噴き出て、額から顎へ伝い、床にポタポタと落ちた。
 肩で息をして、呼吸だけは止めずにひたすら魔力を高めることだけに集中する。
「ショーへー…」
 ロイがその魔力量に顔を歪ませる。
「なんてこと…」
 上階で見守っていたロマが呟く。
 先日見た国民へのヒール以上の魔力がこのホールの中だけに充満し、濃く圧縮されて行く。

 まだ。
 もうちょっと。

 必死に苦痛に耐え、己の魔力を放出し続ける。
 だが、その魔力消費に体が悲鳴をあげた。
「っが!あ!」
 体中に痛みが走り、込み上げた吐き気に耐えきれず、その場に嘔吐した。
「ショーヘイさん」
 ディーの顔が歪む。
 あの時、あの遺跡で強制的に魔力を抽出されていた時の翔平の姿を思い出し、思わず止めさせたいという気持ちを必死に堪えた。
「ぁ…は…」
 ポタポタと汗が床に落ち、座り込んだ体がガクガクと痙攣を始めた。
 必死に腕に力を入れ、倒れないように踏ん張り、なおも魔力の放出を続ける。
 不意に、落ちる汗の中に赤いものが混じった。
 鼻からぼたぼたと血が流れ、顎を伝い汗と共に床に落ちて行く。
 それを見て、体がそろそろ限界に近いと思ったが、それでも強制的な魔力抽出の時に比べれば、まだ耐えられると奮起した。
 袖で鼻血を拭い、一気に魔力を放出した。
 内臓を全部持っていかれるような悍ましい感覚に耐え、嘔吐しながらも、顔をあげた。

「治れ、治って!!元の姿に!!!」

 そう叫んだ。


 その瞬間、魔法陣に溜め込まれた魔力が一気に39人を包み込んだ。
「うわ!」
「ひぃ!」
 39人が悲鳴に近い声をあげ、体を庇うように身を縮こませたが、自分の体に起こった現象に言葉を無くした。

「こんなことが…」
 上階で見下ろしていたニコールの目から涙が流れる。
 目の前で、まさに奇跡が起こっていた。

 魔法陣から放たれる金色の粒が、欠損した部分の形を作り出して行く。
 腕が、足が、形作られ血肉を復活させて行く様を全員が目撃した。
「奇跡です…」
 オズマが膝を折りへたり込むと、ボロボロと泣き崩れた。

 失われた体が元に戻っていくのを、39人が泣きながら見ていた。
 光で覆われた箇所が元のあるべき姿に戻ると、ふわりと光が消える。
 戻った体を動かし、感覚を取り戻し、何度も触れる。

 最後、胴体だけにされた人の四肢が元に戻った時、魔法陣が床から浮き上がると、そのまま霧散して消えた。

 正面を見て、口を半開きにしたままヒュッヒュッと短い呼吸を繰り返しながら、全員の治療が終わったと確信した瞬間、意識を失った。




 倒れる前にいち早く動いたロイとディーが、意識を手放した翔平が床に倒れ込む前にその体を後ろから支えた。
 すかさずディーが翔平の額に手を触れて、魔力の流れを確認する。
 自分の魔力を翔平に流し込み、隅々まで慎重に確認し、ふぅと息をはいた。
「大丈夫です。どこにも異常ありません」
 ディーの言葉にロイがホッとする。

 ホールに被害者の号泣と嗚咽が響き渡り、治療が終わってホールに入ってきた魔導士や看護者が被害者たちと一緒になって喜ぶ。
「聖女様!」
「ありがとうございます!」
 自分達を救ったのが聖女だと気付き、口々に叫ぶ。
 数人が意識を失った翔平に駆け寄り、縋るように礼を言いながら泣き崩れた。
 ロイが翔平を抱え上げると、上階から降りてきたサイファーやロマ、ニコールがボロボロと涙を流しながら、眠る翔平の手を取った。
「ショーヘイ、こんなになるまで…」
 眠る翔平の顔に残る血の跡を、ロマがクリーンで綺麗に取り去る。
「まさか…、一度で全員を…」
 ニコールがハンカチで目を覆い、それ以上言葉に出来ないようだった。
「早く戻って休ませてやろう」
 サイファーがハンカチで目を拭いながら言った。
 ジャニスとアビゲイルが抱き合っておいおい泣き、グレイもオスカーもうっすら涙を浮かべていた。

 聖女の奇跡を目撃した全員が涙し、感動に飲み込まれる。
 涙が止まらないオズマが、よろよろと足元がおぼつかない様子でいたため、見送りはいいと伝えると、オズマは涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔で頷き、患者達の元へ戻って行く。

 馬車に戻り、ロイとディーが交代で翔平を抱える。
 4時間かけて瑠璃宮に戻ると、瑠璃宮の前でレイブンとアランがウロウロしていた。
 中で待てばいいものを、玄関の前でソワソワしている姿に全員が笑った。
 レイブンがディーに抱かれて降りてきた翔平の顔を覗き込み、頭を撫でる。
「ショーヘーは大丈夫か」
「はい。全員、完璧に癒しましたよ」
「完璧って…」
「欠損部位も完璧に、です」
 ディーが笑顔で答え、アランが呆然とする。
「マジか…」
「おそらく、2、3日は眠り続ける」
 ロイがアランの肩をポンと叩くと、パクッとアランの口が閉じた。
「そ、そうか。では早くベッドに」
 レイブンが慌てて、自ら瑠璃宮のドアを開けた。

 キースが翔平を着替えさせ、ベッドに寝かせると、規則正しい呼吸でスヤスヤと眠る翔平を気にして、かわるがわる顔を覗き込む。
「寝てるだけか?本当に大丈夫なんだよな?」
「大丈夫ですよ。魔力回路にも異常はありませんでした」
 焦ったように確認するレイブンにディーが苦笑混じりに答える。
「枯渇したのか?」
 アランが聞き、それには顔を顰めた。
「いえ、全く枯渇してません。まだまだ余力がありますよ」
「…マジか。バケモンだな」
 呟いたアランの頭をムッとしたキースがスパンと叩き、笑いが起こった。
「本当に良くやったよ。やっぱすげーわ。俺のショーへーは」
 ロイが笑い、俺たちのです、とディーに突っ込まれた。
「ゆっくり休ませてあげましょう」
 キースが言い、寝室から全員を追い出す。



 翔平が目覚めたのは、その3日後のことだった。


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