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王都編 〜密会とデート〜
143.おっさん、救う
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「早速本題に入りましょう。
シェリー嬢…」
「敬称は不要です。シェリーとお呼びください。ショーヘイ様も、…アビゲイルも…」
「ではこの際だから、昼間と同じ呼び名で。その方が話しやすい」
ディーが、昼間は散々呼び捨てだったんだからと、笑った。
「シェリー。侯爵の件、全面的に協力します」
ディーがはっきりとシェリーに言った。
「…それはディー個人ではなくて、王家の意思、と捉えてよろしいのですか」
「構いません。
ショーヘイさんから、あなたの事情は聞きました」
ディーの言葉に、俺が苦笑する。
「シェリー、ごめんね。君から聞いた話を皆に話したんだ」
皆、という言葉に、シェリーが誰を想像するのかわからないが、今はそれだけを伝えて謝罪する。
個人的な事情を、本人の同意なく他人に話すことは絶対にあってはならない。
だから謝った。
だが、シェリーは微笑む。
「いいえ、わかっていたことです。
ショーにはお仲間がいますもの。情報の共有は当然ですわ」
「それでも、ごめん」
さらに謝ると今度は微笑むだけで頷き、謝罪を受け入れてくれた。
「ディー、質問してもいいですか?」
「答えられる範囲なら」
全部と言わないのがディーらしいと思う。
「協力すると決めた理由を教えてください」
真剣な眼差しのシェリーにディーが頷く。
「ジェロームを失脚させたいのは王家も同じです。
あれは、我が国の恥だ」
かなり辛辣な言い方をしたディーに驚いてしまった。この間話していた時は、そこまで言っていなかった。
「シェリーが領地経営を引き継ぐまで、シギアーノは破綻寸前だった。
税収を己の私利私欲のためだけに湯水のように使い、王家の許可なく税率を上げて、領民から搾取し放題。
王家にも他貴族にも借金を重ね、返済はなし。
あげくの果てに、王家に直訴しようとした領民を殺害した」
その事実に驚く。
まさか、そんなことがあったなんて、一言も聞いてない、と顔を顰めた。
ただ、ジェロームは仕事をしないお飾り侯爵だと聞いていた。
だが、考えてみれば、ただ無能だからという理由だけでジェロームに四六時中監視をつけて、失脚のネタ探しなんてするはずがない。何か理由があって当たり前の話だと思った。
ジェロームは侯爵としても、領主としても無能でクズなんだと初めて知った。
だが、逆にそんな事実があるなら、すぐにでも爵位を剥奪出来たのではないかと思い、首を傾げた。
そんな俺の表情に察したのか、シェリーが答えをくれる。
「本来であれば、王家があれをその座から引きずり下ろしていたでしょう。
事実、爵位剥奪は秒読み段階でした。
私が手を打たなければ、きっと今頃どこぞでのたれ死んでいます。
ですが、あれを断罪するのは、王家ではなく、私でなくてはならない」
シェリーが苦笑しながら言う。
「あの時は、母から私の出生の秘密を聞いたばかりで、両親の復讐だけを考えていたんです」
自虐的にシェリーが微笑む。
「裏にそういう事情があって、貴方が経営に乗り出したんですね…」
ディーが苦笑する。
翔平からシェリーの事情を聞く前までは、シェリーはシギアーノ一族の1人にすぎず、当主を救うための行動を取っただけだと思っていた。
だが事実は、シェリー自身の手で失脚させたいからだった。
そのために何年もあれに尽くす献身的な娘を演じ、仮面を被り続けていた。
それが、どれだけの苦労と努力、そして精神的苦痛を背負うことになるのか。
家族から甘やかされてきた自分に、想像できるはずもく、苦笑することしか出来なかった。
「何にせよ、僅か4年でシギアーノを立て直した貴方は賞賛に値します。
本当に見事な手腕でした」
ディーが真剣にシェリーを絶賛する。
それはディー個人の意見ではなく、王家の総意なんだろうと感じた。
「今回の協力は領地を立て直してくれた貴方へのお礼という意味もあるんです。
本来なら、王自ら謝辞を述べ、その功績を讃えたい所なんですが…。
やっぱりあれが邪魔で」
どうやってもジェロームが邪魔だと、ディーがため息混じりに苦笑した。
やっぱり当事者が揃うと、俺が知らない国の事情というのが見えてくる。
サイファーもアランも、ディーも、国に関して、領地や政治に関しては詳しく俺に話さない。
話しても無駄だと思っているのではなく、俺を巻き込みたくない、という理由が大きいのだろうとは思う。
それに少し寂しいという感情もあるが、俺はこの世界のこともまだ一部しか知らないのに、これで国のことまでとなると、きっと頭がパンクしてしまうのはわかりきったことだ。
こればっかりは仕方ない。
あれもこれもなんて欲張っていては、出来ることも出来なくなってしまうと思った。
小さなため息をついて、ディーを見る。
すると、やっぱりディーは俺の考えを察してくれて、優しく微笑んでくれた。
「それと、理由はもう一つ。
ショーヘイさんがシェリーに協力したいと言うので。
言い出したら聞かないんですよ、この人は」
俺を見ながら笑顔で言う。
だが、逆にシェリーは苦笑いで俺を見た。
「私が貴方に何をさせようとしているのか、わかっていますよね?」
「あー…うん。あれにハニートラップを仕掛けろってことだよね?」
「ハニートラップ…。まぁ、確かにそうですけど…」
シェリーが言い淀む。
簡単に言うとその通りだ。
だが、問題なのはそのトラップの内容にある。
単に気のあるフリだけをするだけでは無理だ。
あれは臆病で小心者。
確実に手に入ると思わせなければ、手を出しては来ない。
言葉や態度だけではなく、実際にあれに対して行動を起こしてもらわねばならない。
それをどうやって説明しようかと悩み、言葉を探した。
「ショーヘーちゃん、多分、貴方が考えてるよりキツいわよ」
アビゲイルが真剣な顔で言う。
「アビー…」
自分の代わりにアビゲイルが言ってくれた。
「手を握られるのはもちろん、体を触られることもあるってこと、わかってるわよね」
アビゲイルに言われて、苦笑する。
それはわかっている。
アビゲイルは言葉にしなかったが、その意味は理解している。
シェリーに協力するということは、あれを誘い、その気があるように見せかけるために、俺はあれに体を触らせる。
その逆もしかり。
だが、それでも協力したいと思った。
この世界に来てすぐ、スペンサーに犯されかけ、今から約1ヶ月前には、ロドニーに犯されかけた。
この2つのレイプ未遂は、今でも俺の心に恐怖を残している。
だが、前の2件は突然だった。
相手がどこの誰かもわからず、その計画も掴めず、向こうの術中にはまった結果があれだった。
今回は相手がわかっていて、しかも相手をこちら側の計画に乗せ、罠にはめようとしている。
襲われる、という言葉は同じでも、それに応じた対策を事前に講じることが出来る。
「わかってるよ。
俺だってあんな奴にむざむざレイプされたくないしな」
俺も真剣に言い、レイプという言葉にシェリーがビクッと反応し、青ざめ俯いた。
「前は突然襲われて対応が遅れたけど、今回はそうじゃない。
襲ってくる奴が誰か最初からわかっているから事前に対応を考えられる」
「それはそうだけど…」
アビゲイルが顔を顰めた。
夜会で、翔平を守れず、まんまとロドニーに拉致されてしまった苦い記憶が蘇り、悔しさを表情に出した。
「アビー、心配してくれてありがとう」
アビゲイルに微笑むと、彼女はそれ以上何も言えなかった。
「あの…前というのは…?」
シェリーが控え目に聞いてきた。
「夜会の時です」
俺の代わりにディーが答え、苦虫を噛み潰したような表情になった。
「公表していませんが、あの時、ショーヘイさんは一時的に行方不明になりました。
ロドニー・コークスに拉致され、レイプされかけたんです」
「え…」
シェリーははっきりと動揺した。
お茶会でもその話題になったが、翔平は騎士達に守ってもらったと、大丈夫でしたと笑っていた。
でも事実は違った。
私はそんな経験をした人に、なんてことをお願いしようとしたのか。
一気に己の浅はかさに落ち込んだ。
考えてみれば、自分がやろうとしているのは、あれに生贄として差し出す行為だ。
まさにそれは、あれに私がやられたことだと、今更気付き、体が震えた。
聖女を利用してあれを蹴落とす。
突然訪れたチャンスに、それしか見えていなかった。
利用される聖女のことなど、全く考えず、道具として…。
私はなんてことを…。
演奏会でレイプ未遂でも起こしてくれれば、と一瞬でも考えたことを、心底後悔した。
「ショーは…、そんな目にあったのに、私に協力するとおっしゃるの…?」
シェリーが小さく震えた声で聞く。
「協力するよ」
はっきりと翔平が答える。
「同情、ですか…?」
シェリーは俯き、今にも泣きそうな震える声で聞いた。
「違うよ、シェリー」
翔平が優しく答える。
ベッドから立ち上がると、椅子に座ったシェリーの前に膝をつき、そっと手を握る。
「シェリー、君は頭が良い。だから、今までずっと、何年も、1人で戦ってきたんだろ?
領地を、領民をあれから守り続けて、これからも守るために、頑張ってる」
シェリーが自分に跪いて話す翔平の目を、驚いた目で見つめた。
ディーもアビゲイルも、じっと翔平の言葉に耳を傾ける。
「誰にも打ち明けられず、誰も味方がいない。
1人で…辛かったね」
俺の言葉に、シェリーの目が大きく見開いた。
「君は俺に話してくれた。誰かに聞いて欲しかったんだよね?」
シェリーの手を強く握る。
「俺はね、君を助けたいんだ。
助けてって、君の声が聞こえたんだよ」
シェリーの大きく開いた目に涙が溢れてくる。
「シェリー。
もう大丈夫だよ。
1人じゃない。
君は1人じゃないよ」
1人じゃない。
その言葉が、シェリーの心に響く。
ずっと1人だった。
18歳で学校を卒業して領地に戻った時、母から私の本当の父の話を聞いた。
同時に知ったシギアーノの状況に、最初はこのまま爵位を剥奪されて、一族もろとも追放なりなんなりされればいいと思った。
だが、もう復讐心はないと優しく微笑む母と今は亡き父のために、ジェロームを断罪すると誓った。
そのために、ジェロームとジャレッドに代わって、彼らが作った膨大な負債を処理するために奔走した。
かけずり回ってお金を工面し、4年かかって借金を返した。
これでようやく復讐を実行に移せると思った矢先、ジェロームがロマーノ家との縁談を持ってきた。
多額の婚資と引き換えに、私をロマーノに差し出した。
私をロマーノに売ったのだ。
そのお金もジェロームとジャレッドの遊興費に消え、ドス黒い怒りと恨みが心を支配していくのを感じた。
ジェロームを断罪するだけでは飽き足らない。
全て。
何もかも奪ってやる。
その日、私は仮面を被った。
シギアーノ家の長女として、洗脳された一族同様、父と兄のために献身的に尽くした。
領地経営に興味がない2人から、領地を乗っ取ることは簡単だった。
2人にはただサインをさせるだけで、面倒なことは私がやります、と言えば素直に私を信じた。
ジェロームにも、議会で発言する内容を細かく指示し、侯爵としての仕事をさせた。
24歳の時に戦争が終わり、その数ヶ月後にロマーノが断罪された。
当然婚約は白紙になったが、私にはそんなことはどうでも良かった。
それから今まで、ひたすら機会を伺い続けた。
ジェロームを断罪するという目的を隠すため、シギアーノの傲慢で高飛車な女、という仮面を被り続けた。
ようやっと訪れた機会に、その仮面のまま計画を練った。
聖女を利用することに、何も思わなかった。
私も、母や父と同じように、壊れていた。
ポロッとシェリーの目から大粒の涙が落ちた。
「っふ…ぅ…うぅ…うぇ…」
そのままボロボロと泣き、握った俺の手にも涙が落ちてくる。
「アビー」
翔平がアビゲイルを振り向くと、彼女は優しく微笑み、ドアから離れてシェリーの所に行くと、そっとその体を抱きしめる。
シェリーの手を離すと、その手がすがりつくようにしっかりとアビゲイルの服を握り締め、彼女の腕の中で嗚咽を漏らして泣いた。
翔平が元のベッドに座ろうとすると、ディーがじっとその目を見つめ、微笑み、手を差し出した。
その手を握り、微笑むと、ディーの隣に寄り添うように座った。
ディーが横目でちらりと翔平を見る。
翔平は泣き続けるシェリーを優しげに見守るような目で見ていた。
ああ…、この人は。
正真正銘、本物の聖女だ。
ディーは、翔平のその言葉を聞き、彼女の態度や言葉の裏にある内面に初めて気付いた。
シェリーはずっと苦しんでいた。
シェリーが領地経営に着手したのは、自分と一緒に寄宿学校を卒業してからすぐのことだった。
あれから11年。
彼女はずっと1人で、侯爵から領民を守り、我々王家や他貴族からも矢面に立っていた。
ずっと1人で。
たった数回言葉を交わしただけで、翔平はシェリーの心の悲鳴に気付いた。
ゆっくりと、子供に語りかけるように話す姿に、嘘偽りない聖女の姿を見た。
癒しの聖女。
頭にその言葉が浮かぶ。
目に見える傷だけじゃなく、目に見えない心の傷まで気付き、癒してしまう。
尊敬する。
そして、愛おしい。
心から愛おしい。
ディーの心に翔平への愛が大きく膨れ上がるのを感じた。
「すみません…」
しばらく泣き続け、シェリーがアビゲイルの腕の中から顔を上げる。
アビゲイルがそっと彼女の目元をハンカチで抑え、まだ流れ落ちる涙を拭う。
「ショー…。ありがとう…」
スンと鼻を啜り、翔平を見る。
「…私…もう、1人は嫌」
はっきりと言い、ポロッと涙が落ちる。
「うん。大丈夫。俺たちがいるよ」
「シェリー。君はもう我々の仲間です」
俺に続けて、ディーも言った。
その言葉にディーを見てニッコリと微笑む。
「ありがとう…、ありがとう…」
何度も礼を言いながら涙を拭うシェリーの頭や背中をアビゲイルが撫で、慰める。
「よし!じゃぁ詳しい計画を立てよう!」
わざと大きな声を出して、しんみりした空気を打ち破るように明るく言った。
「あ、すみません、もう時間です」
「え」
すでに時刻は20時過ぎ。
シェリーがいつも街中を散策する時には21時前には帰宅している。
それと同じ時間に帰宅しなければ、シギアーノ邸の使用人達を通じて、よからぬ噂がたってしまう。
「えー…これからだったのに…」
口を尖らせる俺にシェリーが笑った。
「シェリー、明日にでも領地の件で王城から呼び出しがあります。
詳しい話はその時に」
「わかりました」
シェリーが微笑みながら頷く。
「それじゃぁ、帰りましょうか」
アビゲイルがシェリーの頭を優しく撫で、シェリーがアビゲイルを見上げた瞬間、ボッとシェリーが真っ赤になった。
ん?
そんなシェリーを見て、んん、と口を結んだ。
シェリーが泣いた顔を誤魔化すために、手早く化粧を直し立ち上がると、笑顔で俺たちを見る。
「最後にもう一つ質問、というか、確認をよろしいですか」
「なんでしょう?」
ディーゼルがドアに向かう足を止める。
「ディーとショーは偽装ではなく、本当の恋人なんですね」
俺はハッとし、ディーは口の端を吊り上げてニヤリと笑った。
「あ…えっと…」
「そうです。私とロイはショーヘイさんを愛しています」
ここにはいないロイの名前も出して打ち明ける。
「ショーヘイさんも我々を。ね?」
「は…はい…」
ポポポポッと赤面しながら頷いた。
「まだ秘密なんですね?」
「はい。内緒です」
ディーが人差し指を口元に立てる。
「わかりました」
シェリーが微笑みながら頷いた。
部屋を出て宿屋の外に出ると、すぐにシェリーのメイド、アリーが近付いてきた。
「お嬢様、あちらに馬車を待たせております」
「ありがとう」
アリーに礼を言うと、再び俺たちに向き直る。
「皆様、今日は本当にありがとうございました。
本当に、楽しかったです」
「シェ…。リリー。また皆でデートしよう」
「はい。是非」
シェリーが少女のように、嬉しそうに笑った。
「あの…アビー」
シェリーがもじもじしながらアビゲイルを見る。
「小物入れ、ありがとう。大切にするわ」
持っていた小物入れが入った紙袋を胸元で握りしめる。
「どういたしまして」
アビゲイルがニコリと笑い、おもむろにシェリーの手を取ると口付ける。
「またお会いしましょう」
「はい」
満面の笑顔で答え、そして、アリーと共に立ち去って行った。
シェリー達の姿が見えなくなり、俺たちも待たせてある馬車に向かい、瑠璃宮へと帰路につく。
「シェリー、本当に楽しそうだったな」
「そうですね。彼女の意外な一面を見れました」
色々な意味で、と続きを心の中で呟く。
「またデートしたいな。今度はロイも」
「えー…。それは2人でって言ってくださいよ」
「うわ、ひっど」
笑いながらディーを小突く。
「なんなら、グレイとジュリアさんもさぁ」
「何人になるんですか。多すぎでしょw」
俺の言葉に声に出してディーが笑う。
「よく、気付きましたね。シェリーの内面に」
少しの間の後、ディーが俺に言った。
「あぁ…それね。
彼女の目が、1人が寂しい、辛いって言ってるような気がしたんだよ。
理由は全然違うけど、俺も誰かといたくてもいられなかったから。
1人もん同士、共通する所があったのかもな」
言いながら笑ったが、静かに真顔になる。
「きっとシェリーはあと何年ももたなかったと思うよ。
彼女は…多分壊れかかってたから」
静かに言った翔平の言葉に、ディーの胸が締め付けられた。
「今、彼女を救えて、本当に良かった」
「そうだな」
互いに顔を見合わせて破顔した。
そんな俺たちの会話をアビゲイルはじっと聞いていたが、ボソリと言った。
「ねぇ…」
笑顔でいることが多いアビゲイルが、少しだけ落ち込んだような声を出した。
「どうしたんです?さっきから黙り込んで」
ディーも俺も真剣な表情のアビゲイルに首を傾げた。
「あたし…、本気になってもいいかな…」
「……え?」
小さく聞き返してしまった。
ディーも聞き間違えたと思ったのか、無言になってしまう。
「だから…、シェリーに、本気になってもいいかって聞いてんの」
「それって…」
ディーの開いた口が塞がらない。
アビゲイルが不貞腐れたように俺たちから視線を逸らして口元を抑え、窓際に肘をつく。
だが、耳が赤く染まっていることに気付いた。
その瞬間、シェリーも真っ赤になっていたことを思い出す。
手を繋いだ時。
小物入れをプレゼントされた時。
クレープを半分こした時。
頭を撫でられた時。
シェリーはアビゲイルに何かされて、いつも真っ赤になっていた。
別れ際、わざわざ小物入れを大切にすると言った笑顔を思い出す。
「お」
興奮して言葉が出て来ない。
「何よ」
「お、応援する!!」
突然大声を出した俺にディーもアビゲイルもびっくりした。
多分シェリーも…。
体の底からゾクゾクと興奮と期待が入り混じった悪寒が走る。
それと同時に、ふふふふと自然に不気味な笑いが込み上げてきた。
「ショーヘーちゃん…、怖いわよ」
そんな俺にアビゲイルが引き気味になる。
「そうですか…。アビーがシェリーを…。そうですか…。そうなんですね…」
ディーも俺と同じように、ふふふふと不気味な含み笑いを漏らし、アビゲイルがドン引きした。
シェリー嬢…」
「敬称は不要です。シェリーとお呼びください。ショーヘイ様も、…アビゲイルも…」
「ではこの際だから、昼間と同じ呼び名で。その方が話しやすい」
ディーが、昼間は散々呼び捨てだったんだからと、笑った。
「シェリー。侯爵の件、全面的に協力します」
ディーがはっきりとシェリーに言った。
「…それはディー個人ではなくて、王家の意思、と捉えてよろしいのですか」
「構いません。
ショーヘイさんから、あなたの事情は聞きました」
ディーの言葉に、俺が苦笑する。
「シェリー、ごめんね。君から聞いた話を皆に話したんだ」
皆、という言葉に、シェリーが誰を想像するのかわからないが、今はそれだけを伝えて謝罪する。
個人的な事情を、本人の同意なく他人に話すことは絶対にあってはならない。
だから謝った。
だが、シェリーは微笑む。
「いいえ、わかっていたことです。
ショーにはお仲間がいますもの。情報の共有は当然ですわ」
「それでも、ごめん」
さらに謝ると今度は微笑むだけで頷き、謝罪を受け入れてくれた。
「ディー、質問してもいいですか?」
「答えられる範囲なら」
全部と言わないのがディーらしいと思う。
「協力すると決めた理由を教えてください」
真剣な眼差しのシェリーにディーが頷く。
「ジェロームを失脚させたいのは王家も同じです。
あれは、我が国の恥だ」
かなり辛辣な言い方をしたディーに驚いてしまった。この間話していた時は、そこまで言っていなかった。
「シェリーが領地経営を引き継ぐまで、シギアーノは破綻寸前だった。
税収を己の私利私欲のためだけに湯水のように使い、王家の許可なく税率を上げて、領民から搾取し放題。
王家にも他貴族にも借金を重ね、返済はなし。
あげくの果てに、王家に直訴しようとした領民を殺害した」
その事実に驚く。
まさか、そんなことがあったなんて、一言も聞いてない、と顔を顰めた。
ただ、ジェロームは仕事をしないお飾り侯爵だと聞いていた。
だが、考えてみれば、ただ無能だからという理由だけでジェロームに四六時中監視をつけて、失脚のネタ探しなんてするはずがない。何か理由があって当たり前の話だと思った。
ジェロームは侯爵としても、領主としても無能でクズなんだと初めて知った。
だが、逆にそんな事実があるなら、すぐにでも爵位を剥奪出来たのではないかと思い、首を傾げた。
そんな俺の表情に察したのか、シェリーが答えをくれる。
「本来であれば、王家があれをその座から引きずり下ろしていたでしょう。
事実、爵位剥奪は秒読み段階でした。
私が手を打たなければ、きっと今頃どこぞでのたれ死んでいます。
ですが、あれを断罪するのは、王家ではなく、私でなくてはならない」
シェリーが苦笑しながら言う。
「あの時は、母から私の出生の秘密を聞いたばかりで、両親の復讐だけを考えていたんです」
自虐的にシェリーが微笑む。
「裏にそういう事情があって、貴方が経営に乗り出したんですね…」
ディーが苦笑する。
翔平からシェリーの事情を聞く前までは、シェリーはシギアーノ一族の1人にすぎず、当主を救うための行動を取っただけだと思っていた。
だが事実は、シェリー自身の手で失脚させたいからだった。
そのために何年もあれに尽くす献身的な娘を演じ、仮面を被り続けていた。
それが、どれだけの苦労と努力、そして精神的苦痛を背負うことになるのか。
家族から甘やかされてきた自分に、想像できるはずもく、苦笑することしか出来なかった。
「何にせよ、僅か4年でシギアーノを立て直した貴方は賞賛に値します。
本当に見事な手腕でした」
ディーが真剣にシェリーを絶賛する。
それはディー個人の意見ではなく、王家の総意なんだろうと感じた。
「今回の協力は領地を立て直してくれた貴方へのお礼という意味もあるんです。
本来なら、王自ら謝辞を述べ、その功績を讃えたい所なんですが…。
やっぱりあれが邪魔で」
どうやってもジェロームが邪魔だと、ディーがため息混じりに苦笑した。
やっぱり当事者が揃うと、俺が知らない国の事情というのが見えてくる。
サイファーもアランも、ディーも、国に関して、領地や政治に関しては詳しく俺に話さない。
話しても無駄だと思っているのではなく、俺を巻き込みたくない、という理由が大きいのだろうとは思う。
それに少し寂しいという感情もあるが、俺はこの世界のこともまだ一部しか知らないのに、これで国のことまでとなると、きっと頭がパンクしてしまうのはわかりきったことだ。
こればっかりは仕方ない。
あれもこれもなんて欲張っていては、出来ることも出来なくなってしまうと思った。
小さなため息をついて、ディーを見る。
すると、やっぱりディーは俺の考えを察してくれて、優しく微笑んでくれた。
「それと、理由はもう一つ。
ショーヘイさんがシェリーに協力したいと言うので。
言い出したら聞かないんですよ、この人は」
俺を見ながら笑顔で言う。
だが、逆にシェリーは苦笑いで俺を見た。
「私が貴方に何をさせようとしているのか、わかっていますよね?」
「あー…うん。あれにハニートラップを仕掛けろってことだよね?」
「ハニートラップ…。まぁ、確かにそうですけど…」
シェリーが言い淀む。
簡単に言うとその通りだ。
だが、問題なのはそのトラップの内容にある。
単に気のあるフリだけをするだけでは無理だ。
あれは臆病で小心者。
確実に手に入ると思わせなければ、手を出しては来ない。
言葉や態度だけではなく、実際にあれに対して行動を起こしてもらわねばならない。
それをどうやって説明しようかと悩み、言葉を探した。
「ショーヘーちゃん、多分、貴方が考えてるよりキツいわよ」
アビゲイルが真剣な顔で言う。
「アビー…」
自分の代わりにアビゲイルが言ってくれた。
「手を握られるのはもちろん、体を触られることもあるってこと、わかってるわよね」
アビゲイルに言われて、苦笑する。
それはわかっている。
アビゲイルは言葉にしなかったが、その意味は理解している。
シェリーに協力するということは、あれを誘い、その気があるように見せかけるために、俺はあれに体を触らせる。
その逆もしかり。
だが、それでも協力したいと思った。
この世界に来てすぐ、スペンサーに犯されかけ、今から約1ヶ月前には、ロドニーに犯されかけた。
この2つのレイプ未遂は、今でも俺の心に恐怖を残している。
だが、前の2件は突然だった。
相手がどこの誰かもわからず、その計画も掴めず、向こうの術中にはまった結果があれだった。
今回は相手がわかっていて、しかも相手をこちら側の計画に乗せ、罠にはめようとしている。
襲われる、という言葉は同じでも、それに応じた対策を事前に講じることが出来る。
「わかってるよ。
俺だってあんな奴にむざむざレイプされたくないしな」
俺も真剣に言い、レイプという言葉にシェリーがビクッと反応し、青ざめ俯いた。
「前は突然襲われて対応が遅れたけど、今回はそうじゃない。
襲ってくる奴が誰か最初からわかっているから事前に対応を考えられる」
「それはそうだけど…」
アビゲイルが顔を顰めた。
夜会で、翔平を守れず、まんまとロドニーに拉致されてしまった苦い記憶が蘇り、悔しさを表情に出した。
「アビー、心配してくれてありがとう」
アビゲイルに微笑むと、彼女はそれ以上何も言えなかった。
「あの…前というのは…?」
シェリーが控え目に聞いてきた。
「夜会の時です」
俺の代わりにディーが答え、苦虫を噛み潰したような表情になった。
「公表していませんが、あの時、ショーヘイさんは一時的に行方不明になりました。
ロドニー・コークスに拉致され、レイプされかけたんです」
「え…」
シェリーははっきりと動揺した。
お茶会でもその話題になったが、翔平は騎士達に守ってもらったと、大丈夫でしたと笑っていた。
でも事実は違った。
私はそんな経験をした人に、なんてことをお願いしようとしたのか。
一気に己の浅はかさに落ち込んだ。
考えてみれば、自分がやろうとしているのは、あれに生贄として差し出す行為だ。
まさにそれは、あれに私がやられたことだと、今更気付き、体が震えた。
聖女を利用してあれを蹴落とす。
突然訪れたチャンスに、それしか見えていなかった。
利用される聖女のことなど、全く考えず、道具として…。
私はなんてことを…。
演奏会でレイプ未遂でも起こしてくれれば、と一瞬でも考えたことを、心底後悔した。
「ショーは…、そんな目にあったのに、私に協力するとおっしゃるの…?」
シェリーが小さく震えた声で聞く。
「協力するよ」
はっきりと翔平が答える。
「同情、ですか…?」
シェリーは俯き、今にも泣きそうな震える声で聞いた。
「違うよ、シェリー」
翔平が優しく答える。
ベッドから立ち上がると、椅子に座ったシェリーの前に膝をつき、そっと手を握る。
「シェリー、君は頭が良い。だから、今までずっと、何年も、1人で戦ってきたんだろ?
領地を、領民をあれから守り続けて、これからも守るために、頑張ってる」
シェリーが自分に跪いて話す翔平の目を、驚いた目で見つめた。
ディーもアビゲイルも、じっと翔平の言葉に耳を傾ける。
「誰にも打ち明けられず、誰も味方がいない。
1人で…辛かったね」
俺の言葉に、シェリーの目が大きく見開いた。
「君は俺に話してくれた。誰かに聞いて欲しかったんだよね?」
シェリーの手を強く握る。
「俺はね、君を助けたいんだ。
助けてって、君の声が聞こえたんだよ」
シェリーの大きく開いた目に涙が溢れてくる。
「シェリー。
もう大丈夫だよ。
1人じゃない。
君は1人じゃないよ」
1人じゃない。
その言葉が、シェリーの心に響く。
ずっと1人だった。
18歳で学校を卒業して領地に戻った時、母から私の本当の父の話を聞いた。
同時に知ったシギアーノの状況に、最初はこのまま爵位を剥奪されて、一族もろとも追放なりなんなりされればいいと思った。
だが、もう復讐心はないと優しく微笑む母と今は亡き父のために、ジェロームを断罪すると誓った。
そのために、ジェロームとジャレッドに代わって、彼らが作った膨大な負債を処理するために奔走した。
かけずり回ってお金を工面し、4年かかって借金を返した。
これでようやく復讐を実行に移せると思った矢先、ジェロームがロマーノ家との縁談を持ってきた。
多額の婚資と引き換えに、私をロマーノに差し出した。
私をロマーノに売ったのだ。
そのお金もジェロームとジャレッドの遊興費に消え、ドス黒い怒りと恨みが心を支配していくのを感じた。
ジェロームを断罪するだけでは飽き足らない。
全て。
何もかも奪ってやる。
その日、私は仮面を被った。
シギアーノ家の長女として、洗脳された一族同様、父と兄のために献身的に尽くした。
領地経営に興味がない2人から、領地を乗っ取ることは簡単だった。
2人にはただサインをさせるだけで、面倒なことは私がやります、と言えば素直に私を信じた。
ジェロームにも、議会で発言する内容を細かく指示し、侯爵としての仕事をさせた。
24歳の時に戦争が終わり、その数ヶ月後にロマーノが断罪された。
当然婚約は白紙になったが、私にはそんなことはどうでも良かった。
それから今まで、ひたすら機会を伺い続けた。
ジェロームを断罪するという目的を隠すため、シギアーノの傲慢で高飛車な女、という仮面を被り続けた。
ようやっと訪れた機会に、その仮面のまま計画を練った。
聖女を利用することに、何も思わなかった。
私も、母や父と同じように、壊れていた。
ポロッとシェリーの目から大粒の涙が落ちた。
「っふ…ぅ…うぅ…うぇ…」
そのままボロボロと泣き、握った俺の手にも涙が落ちてくる。
「アビー」
翔平がアビゲイルを振り向くと、彼女は優しく微笑み、ドアから離れてシェリーの所に行くと、そっとその体を抱きしめる。
シェリーの手を離すと、その手がすがりつくようにしっかりとアビゲイルの服を握り締め、彼女の腕の中で嗚咽を漏らして泣いた。
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その手を握り、微笑むと、ディーの隣に寄り添うように座った。
ディーが横目でちらりと翔平を見る。
翔平は泣き続けるシェリーを優しげに見守るような目で見ていた。
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正真正銘、本物の聖女だ。
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彼女はずっと1人で、侯爵から領民を守り、我々王家や他貴族からも矢面に立っていた。
ずっと1人で。
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ゆっくりと、子供に語りかけるように話す姿に、嘘偽りない聖女の姿を見た。
癒しの聖女。
頭にその言葉が浮かぶ。
目に見える傷だけじゃなく、目に見えない心の傷まで気付き、癒してしまう。
尊敬する。
そして、愛おしい。
心から愛おしい。
ディーの心に翔平への愛が大きく膨れ上がるのを感じた。
「すみません…」
しばらく泣き続け、シェリーがアビゲイルの腕の中から顔を上げる。
アビゲイルがそっと彼女の目元をハンカチで抑え、まだ流れ落ちる涙を拭う。
「ショー…。ありがとう…」
スンと鼻を啜り、翔平を見る。
「…私…もう、1人は嫌」
はっきりと言い、ポロッと涙が落ちる。
「うん。大丈夫。俺たちがいるよ」
「シェリー。君はもう我々の仲間です」
俺に続けて、ディーも言った。
その言葉にディーを見てニッコリと微笑む。
「ありがとう…、ありがとう…」
何度も礼を言いながら涙を拭うシェリーの頭や背中をアビゲイルが撫で、慰める。
「よし!じゃぁ詳しい計画を立てよう!」
わざと大きな声を出して、しんみりした空気を打ち破るように明るく言った。
「あ、すみません、もう時間です」
「え」
すでに時刻は20時過ぎ。
シェリーがいつも街中を散策する時には21時前には帰宅している。
それと同じ時間に帰宅しなければ、シギアーノ邸の使用人達を通じて、よからぬ噂がたってしまう。
「えー…これからだったのに…」
口を尖らせる俺にシェリーが笑った。
「シェリー、明日にでも領地の件で王城から呼び出しがあります。
詳しい話はその時に」
「わかりました」
シェリーが微笑みながら頷く。
「それじゃぁ、帰りましょうか」
アビゲイルがシェリーの頭を優しく撫で、シェリーがアビゲイルを見上げた瞬間、ボッとシェリーが真っ赤になった。
ん?
そんなシェリーを見て、んん、と口を結んだ。
シェリーが泣いた顔を誤魔化すために、手早く化粧を直し立ち上がると、笑顔で俺たちを見る。
「最後にもう一つ質問、というか、確認をよろしいですか」
「なんでしょう?」
ディーゼルがドアに向かう足を止める。
「ディーとショーは偽装ではなく、本当の恋人なんですね」
俺はハッとし、ディーは口の端を吊り上げてニヤリと笑った。
「あ…えっと…」
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「は…はい…」
ポポポポッと赤面しながら頷いた。
「まだ秘密なんですね?」
「はい。内緒です」
ディーが人差し指を口元に立てる。
「わかりました」
シェリーが微笑みながら頷いた。
部屋を出て宿屋の外に出ると、すぐにシェリーのメイド、アリーが近付いてきた。
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「ありがとう」
アリーに礼を言うと、再び俺たちに向き直る。
「皆様、今日は本当にありがとうございました。
本当に、楽しかったです」
「シェ…。リリー。また皆でデートしよう」
「はい。是非」
シェリーが少女のように、嬉しそうに笑った。
「あの…アビー」
シェリーがもじもじしながらアビゲイルを見る。
「小物入れ、ありがとう。大切にするわ」
持っていた小物入れが入った紙袋を胸元で握りしめる。
「どういたしまして」
アビゲイルがニコリと笑い、おもむろにシェリーの手を取ると口付ける。
「またお会いしましょう」
「はい」
満面の笑顔で答え、そして、アリーと共に立ち去って行った。
シェリー達の姿が見えなくなり、俺たちも待たせてある馬車に向かい、瑠璃宮へと帰路につく。
「シェリー、本当に楽しそうだったな」
「そうですね。彼女の意外な一面を見れました」
色々な意味で、と続きを心の中で呟く。
「またデートしたいな。今度はロイも」
「えー…。それは2人でって言ってくださいよ」
「うわ、ひっど」
笑いながらディーを小突く。
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「何人になるんですか。多すぎでしょw」
俺の言葉に声に出してディーが笑う。
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彼女の目が、1人が寂しい、辛いって言ってるような気がしたんだよ。
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1人もん同士、共通する所があったのかもな」
言いながら笑ったが、静かに真顔になる。
「きっとシェリーはあと何年ももたなかったと思うよ。
彼女は…多分壊れかかってたから」
静かに言った翔平の言葉に、ディーの胸が締め付けられた。
「今、彼女を救えて、本当に良かった」
「そうだな」
互いに顔を見合わせて破顔した。
そんな俺たちの会話をアビゲイルはじっと聞いていたが、ボソリと言った。
「ねぇ…」
笑顔でいることが多いアビゲイルが、少しだけ落ち込んだような声を出した。
「どうしたんです?さっきから黙り込んで」
ディーも俺も真剣な表情のアビゲイルに首を傾げた。
「あたし…、本気になってもいいかな…」
「……え?」
小さく聞き返してしまった。
ディーも聞き間違えたと思ったのか、無言になってしまう。
「だから…、シェリーに、本気になってもいいかって聞いてんの」
「それって…」
ディーの開いた口が塞がらない。
アビゲイルが不貞腐れたように俺たちから視線を逸らして口元を抑え、窓際に肘をつく。
だが、耳が赤く染まっていることに気付いた。
その瞬間、シェリーも真っ赤になっていたことを思い出す。
手を繋いだ時。
小物入れをプレゼントされた時。
クレープを半分こした時。
頭を撫でられた時。
シェリーはアビゲイルに何かされて、いつも真っ赤になっていた。
別れ際、わざわざ小物入れを大切にすると言った笑顔を思い出す。
「お」
興奮して言葉が出て来ない。
「何よ」
「お、応援する!!」
突然大声を出した俺にディーもアビゲイルもびっくりした。
多分シェリーも…。
体の底からゾクゾクと興奮と期待が入り混じった悪寒が走る。
それと同時に、ふふふふと自然に不気味な笑いが込み上げてきた。
「ショーヘーちゃん…、怖いわよ」
そんな俺にアビゲイルが引き気味になる。
「そうですか…。アビーがシェリーを…。そうですか…。そうなんですね…」
ディーも俺と同じように、ふふふふと不気味な含み笑いを漏らし、アビゲイルがドン引きした。
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