おっさんが願うもの 〜異世界行ったらイケメンに大切にされ、溺愛され、聖女と呼ばれ、陰謀に巻き込まれ。それでも幸せ目指して真面目に頑張ります〜

猫の手

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王都編 〜狩猟祭 ハニートラップ〜

168.おっさん、シナリオを進める

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 考えろ。考えろ。

 必死に脳細胞を活性化させて思考をフルで回転させた。
 今まさにレイプされようとしている状況なのに、俺の頭の中に沸々と怒りが湧き出してくる。

 ムカつく。
 腹が立つ。

 聖女だから伴侶にしたい。
 聖女だから犯したい。
 聖女とSEXがしたい。
  
 どいつもこいつも、聖女と、聖女が、聖女に。
 聖女、聖女、聖女。


 犯される恐怖よりも怒りが上回った。

 ジャレッドの手が尻を揉みしだく。
 さらに引き裂かれた上着を捲られ、手を滑り込ませて背中や脇腹を弄られる。
 その這い回る汗ばんだ手の感触に鳥肌を立たせて、悪寒に襲われる。
 ジャレッドの怒張したペニスを何度も押し付けられて、体を動かすたびにその先端から流れ出る先走りに、足も尻も汚されていった。
「はぁ…ショーへー…」
 ジャレッドが荒い息を吐き、口の中に溜まる唾液を飲み込む。
「ジャ、ジャレッド。ワシにも」
「うるさい!そこから動くな!!」
 這って近付こうとするジェロームにジャレッドが一喝する。
「な、なにを」
 その息子の剣幕にオロオロする情けない姿を嘲笑った。

 だが、それで閃いた。
 さっき服を破かれてしまった時にどこかに飛んでしまった通信用魔鉱石。
 通信が切れたわけじゃない。
 今もこの天幕内にある。
 大声なら、俺の声を拾うかもしれないと、その可能性にかけて思い切り息を吸い込み、ありったけの大声で怒鳴った。
「ジャレッド!残念だったな!ハイメが捕まってジェロームの暗殺も失敗だ!」
 尻を揉んでいた手がピタリと止まる。
「なんじゃと?」
「ジェローム!こいつはな!お前を殺して侯爵になろうとしてたんだよ!
 昼間お前を襲ったのは、ジャレッドが雇った男だ!」
 ジャレッドの拳が俺の背中を打った。
「っぐ!!」
「ジャレッド!貴様!」
 ジェロームが顔を真っ赤にして立ち上がると、息子に向かって火魔法を放つ。
 ジャレッドも反撃しようとしたが、ジェロームの火魔法の方が早く、服に火をつけた。
 ジャレッドが慌てて俺の上から退けると、置いてあった水差しの中身をその燃える服にかけて消そうとしたが、それでも全ては消せず、焦りながらバタバタと手で火を叩いて必死に消火した。
 そして痺れて動けない俺よりも先に父親を何とかしようと思ったのか、空になった水差しを父親に向かって投げつけた。
 水差しがジェロームの頭に当たり、ガシャンと音を立てて割れる。
 それからは互いに怒鳴り罵り合いながら親子喧嘩が始まった。手当たり次第に身近にあるものを投げつけ合う。

 シェリーから聞いていた通り、こいつらは魔法をほとんど使えない。
 一般人の生活魔法程度の魔力しかなく、ジャレッドが俺に放った雷撃も、ジェロームの火魔法も、あれ一回で打ち止めだと2人の子供のような喧嘩を見てわかった。

 あっさりと俺の言葉に煽られて仲間割れを始めた2人にほくそ笑む。

 必死に身体中の筋肉を動かす。力を入れて弛緩する、それを何度も繰り返し、徐々に電撃による痺れにも耐えられるほど復活してきた。
「ジェローム!お前の息子は借金まみれなんだよ!だから金が欲しくてお前を殺したいんだ!!」
 さらに時間を稼ぐために、喧嘩を煽る。
「黙れ!!」
「黙るかよ!暗殺に失敗して侯爵にもなれねえ!借金も消えねえ!暗殺の首謀者として捕まる!今更何したって無駄なんだよ!バアァーカ!!」
 とにかく思いつく限りの言葉とはったりで煽りまくった。
「ジャレッドオオ!!貴様ぁ!!」
 ジェロームが顔を真っ赤にしながら立ち上がり、ジャレッドに殴りかかった。
 だが、ジャレッドの方が若く力も強い。殴りかかった父親を逆に殴りつけ、倒れたジェロームに馬乗りになると、さらに顔を何度も殴りつけた。
 その光景を横目で見ながら、ずりずりと這って出入口に向かって移動を始める。
 しばらくして殴る音が止まり、ジェロームが唸り声を上げてぐったりすると、ジャレッドがすぐに翔平に近付いた。
「お前!!お前が全部仕組んだのか!!」
 腕を掴まれ仰向けに転がされ、その上に馬乗りになろうとのしかかってくる。
 なんに対して仕組んだと言っているのかはわからないが、それでも煽った。
「っは!!今頃気付いても遅えわ!!」
 馬鹿にしたように笑い、動くようなった足で、馬乗りになられる前に、剥き出しになった股間にありったけの力を入れて膝蹴りを食らわせた。
 出入口まで這いずっていたのは、ジャレッドを油断させるためにわざとだった。完璧ではないがすでに体は動かせる。
「お…」
 股間にめり込んだ膝をすぐに離し、痛みに悶絶しつつ、股間を両手で押さえてジェロームが俺の上に崩れ落ちる。
 俺の渾身の膝蹴りは、ジャレッドの陰嚢を一つ潰していた。
「重てーな!クソデブが!!」
 ジャレッドの体の下から必死に抜け出そうとするが、おそらくは100kg以上あるその重さに苦戦した。

 だがその時、待機していたキースやオスカー達が天幕に雪崩れ込んで来る。
「ショーヘイさん!」
 キースが素早く俺に駆け寄り、オスカーとジャニスがジャレッドの腕を左右から掴むと俺の上から退かしてくれた。
 そのまま放り投げられたジャレッドは、股間を両手で押さえたまま激痛に呻き声を上げ、脂汗を大量に噴き出していた。
「無事ですか!何もされてませんか!?」
 キースが焦りながらも、咄嗟に出入口付近にあった俺のコートを剥き出しになった下半身にかけてくれた。
「大丈夫。服を台無しにされただけだ」
 だが、怒りによる興奮が全く収まらず、痺れる腕で必死にズボンを上げると、ベルトも留め具もなくなったズボンを手で押さえ、キースに支えられながら立ち上がる。
 そのままジャレッドに近づき、股間を押さえて丸まっている背中を思い切り蹴った。そのせいで転びそうになるのをまたキースが支える。
「へぎゃぁ!!」
 カエルを潰したような悲鳴をあげるジャレッドをさらに罵倒した。
「ざまぁみろ!!人を舐め腐りやがって!!犯そうとした相手に玉潰されていい気味だなぁ!!
 てめぇなんかそのまま一生蹲ってろ!クソデブ!!」
 ギャンギャンと放送禁止用語を怒鳴りまくる俺をキースが苦笑しながら宥めた。
「オリヴィエ、ジェロームを拘束しろ」
 オスカーが翔平の暴言に苦笑しつつ、指示を出す。
 オリヴィエがジェロームの巨体をその細い腕で簡単に引き起こすと、腰に下げていたロープで両手を後ろで拘束した。
 何やら喋ろうと、口から血の混ざった泡を吹き出しているが、顎も歯も折れ、呻き声にしか聞こえなかった。
 オスカーはジャレッドの腕をジャニスと2人がかりで股間から引き剥がし、上半身を上げさせる。
 陰嚢を潰され、その垂れ下がったペニスの先から血と精液が混ざってドロドロになったものが溢れている。
 思わず顔を顰め、同じ男として自分の股間がキュッと引き締まるのを感じた。
「アビー、ジャニス、とりあえずこいつらに軽くヒールをかけてくれるか」
 こんな状態ではこれから2人にやろうとしていることが出来ない。
 アビゲイルはジェロームの顔を中心にヒールをかけ、顎の骨折を治し、止血をする。
「嫌ぁ~、気持ち悪~い、汚~い」
 オスカーがジャレッドの腕を後ろで縛る間、ジャニスが顔を背けながら股間に向かってヒールをかけた。

 とりあえず、2人にある程度の苦痛を残した状態で拘束が完了した。

 2人を拘束している間、キースが俺に嵌められた黒い首輪を何とかしようと調べていた。
「魔法封じか。厄介だな」
「そう簡単に外れそうもないです…」
 キースが知っている解除の詠唱を唱えるが、どの詠唱にも反応せず、外れない。
「仕方ない、それは後だ」
 オスカーが苦笑し、襟元の魔鉱石を握る。
「アラン、2人を拘束した。ショーへーも無事だ。今から戻る」
「了解」
 オスカーの通信を聞き、全員の顔を見渡してようやっと終わったと実感した途端、ガクッと腰が抜けへたり込んでしまった。
 全開だったアドレナリンが一気に引き、今になって恐怖が襲ってくる。
「はは…」
 電撃のショックとは違う震えが全身を襲い、思うように力が入らない体に力なく笑った。
「き、貴様ら…グルか…ワシらを陥れるために…」
 後ろ手に拘束されたジェロームが跪き苦悶の表情を浮かべる。
「グルとは? 我らは聖女様の護衛です。聖女様の危機をお救いしただけですが」
 キースに言われ、言葉が出ない。だが、負け惜しみのように続ける。
 こいつらはたかが騎士。
 侯爵の自分の方が立場が上だと、半笑いを浮かべて騎士を睨みつける。
「ワシらにこんなことをして、ただで済むと…」
「その言葉、そっくりお返しします。
 聖女様を襲ってただで済むとでも?」
 キースが憤怒のオーラを纏わせながら、冷たい声で言い放つ。
 ジェロームの半笑いが引き攣った。
「っはは…、こいつは私たちを騙したのだ」
 ジャレッドが鼻で笑い、ジェロームも便乗する。
「そ、そうじゃ。聖女がワシらを誘っ」
「その証拠が何処に?」
 被せるようにキースが言う。
「……証拠は…」
 答えられずに口を閉ざす。
「逆に、お前らが聖女を誘い、夕食会場から連れ出した証言はいくらでも取れる」
 オスカーの言葉に、翔平をここに連れてくる時に誘った言葉を思い出した。

 見せたいものがある。
 特別に見せてやる。

 そう言った。
 シェリーにそう言って誘えと言われたのだ。そう誘えば聞かれても不思議に思う者はいないと。

 そうだ。シェリーだ。
 シェリーならばこの状況を覆すことが出来る。アレは頭が良い。
 ワシらのため、当主のため、シギアーノ家のために何とか現状を打開するはず。
 ワシは侯爵だ。
 ワシらに非があるわけがない。

 ジェロームはまだ何とかなると、侯爵の地位が自分を守ってくれると信じていた。
 すっかり息子が自分を暗殺しようとしたことなど忘れ、自分を陥れようとした聖女をどうするか、その先のことを考え始める。




 ジャニスとアビゲイルが2人を立たせ、オリヴィエと3人で囲み、無理やり歩かせて天幕を出る。ズボンも下着も履いていないが、着ていたローブで下半身は隠された。
「ショーへー、よく頑張ったな」
 オスカーが座り込んだままの俺の頭を撫で、身に付けていたマントを外すと俺にかけて、全身を包んでくれた。
「ショーヘイさん」
 キースが泣きそうな顔をして俺に抱きついた。
「本当に無事で良かった…。
 少しの間、通信が途絶えて、どんなに心配したか…」
「突入しようとしたら、お前の怒鳴り声が聞こえてきてな。
 煽って仲間割れを起こさせるとは、よく考えたな」
 オスカーが偉い偉いと笑いながら俺を姫抱きに持ち上げた。
 力が入らなくて歩けないので仕方がないが、やはり姫抱きはいまだに恥ずかしい。
「かなりムカついて…。痺れが取れるまで時間を稼ごうと…」
 途中まで言い、上手くいったからいいようなものの、もし失敗していたらと、ゾクッと悪寒が走り体をすくませた。
「ショーヘイさん、戻りますけど、予定通り、あなたは襲われた被害者の顔をしてください」
 キースに言われて頷いた。
 実際、襲われてレイプされかかったという事実が今更襲ってきて、青ざめて体が震えた。
 オスカーに抱えられたまま天幕を出るが、改めて襲ってきた恐怖のせいなのか、外の寒さのせいなのか、細かく震える体を止めることは出来なかった。







 オスカーから連絡を受け夕食会場でもアラン達がわざと騒ぎを起こし始める。
「聖女は!?ショーへーはどこに行った!」
「誰か!ショーヘイさんを見ていませんか!?」
 アランとディー、ロイ、グレイが会場内を探し回っていた。
「あの…」
 そこに富裕層の女性達が声を上げる。
「先ほど、侯爵閣下とジャレッド様と一緒に出て行かれましたが…」
「何処に行ったかは!?」
「さぁ…、それはわかりません」
 出て行く所を見ただけだと行った3人の女性が互いに顔を見合わせる。
「何やら聖女様に見せたいものがあるとおっしゃっていましたよ」
 さらに貴族の男性が手を挙げて発言した。
「私は外でお見かけしましたわ。
 侯爵閣下達と西の森の方へ向かって歩いておられました。護衛も連れていらっしゃらなかったので不思議に思ったんですが…」
 エリカが涼むために外に出て目撃したと発言した。
 西の森と聞いて会場の中がざわつき始める。そこがどのような場所なのかは周知の事実で、誰もがそこへ向かう意味を理解し、ますますどよめく。
「シェリー嬢!森に何がある!」
「…資材置き場が…。それと…」
 アランに聞かれ、シェリーが目を伏せた。
「ディーゼル!ロイ!グレイ!」
 アランが叫び、急いで天幕に出ると、西の森に向かって走り出した。その背後をシドニー達近衞もしっかりと後を追う。
 ざわつく会場の人々が、我先に何が起こったのかと、興味津々に天幕の外に出て野次馬を始めた。



「何か、始まったみたいだね」
「そうだな」
 会場の隅に居たエドワードが微笑み、ブラッドも呟いた。

 この騒動が、協力してくれた理由か。

 2人とも心の中で呟き、何をしようとしているのか、すぐに理解してほくそ笑んだ。
 



 アラン達が飛び出して森に向かったが、その森から数人が天幕に向かって歩いてくるのが見えて立ち止まった。
「おい、あれ、シギアーノ侯爵じゃないか?」
 誰かが呟く。
 3人の騎士に囲まれ、時折背中を小突かれながら歩いているジェロームとジャレッドの姿を見つけて、ざわつきが大きくなった。
 アビゲイルが外に出ているアラン達を見つけると、1人先行して走ってくる。
「アラン様」
「何があった」
「聖女様が、侯爵とそのご子息に襲われました」
 アビゲイルがはっきりと大きめの声で報告する。
「何だと!?」
 アランが怒鳴る。
「ショーヘイさんは!?」
「大丈夫です。無事です。救出しました」
 アビゲイルが告げ、後方を振り返ると、ジェロームとジャレッドの後ろからオスカーに抱えられた翔平を示す。
 やがて大勢の人たちの目にもはっきりと2人が後ろ手に拘束された姿が見え、騎士達に囲まれてアランの前で止まった。
「……中へ連れて行け」
 アランが顔を顰めながら低い声で言い、アランに向かって何か言おうとしたジェロームがそのアランの覇気に当てられて黙り込む。
 そのすぐ後、翔平もアラン達の目の前に来る。
「何てことを…」
 青ざめてぐったりしている翔平の姿に、アラン達だけではなく、シドニー達も、周囲に居たもの達全員が顔を顰め、数人はヒッと小さく悲鳴を上げた。
「中へ…」
 そのまま暖かい中へ誘導した。




 全員が迫真の演技を続ける。
 夕食会の会場の中央に、ジェロームとジャレッドを跪かせ、その前にアランとディー、翔平を抱えたロイ、グレイや近衞が立ち並ぶ。
 2人の背後には、聖女の護衛がずらりと並び取り囲んだ。
「何か申し開きはあるか」
 アランがジェロームを見下ろし問いかける。
「アラン様、これは勘違いです。
 ワシはそこの聖女に誘われたんです。ワシらはそれに応えただけだ」
「ショーへー、こう言ってるが」
「いいえ…そのようなことはしていません」
 わざと弱々しく答えた。
「お前の方から前夜祭でワシらを誘ったではないか!」
「誘ったとはどのように?」
「ワシらに色目を使い、体を擦り寄せてきた。ワシらに触られて悦んでいたではないか!」
 ジェロームが叫び、俺は聞きたくないと言うように、ロイの胸に顔を伏せた。
「では聞くが、それを知っているものは?」
「…シェリーが。シェリーが証言してくれる」
「身内の証言が証拠になるとでも?」
 ディーが鼻で笑う。
「まぁ、いい。
 シェリー嬢、何か言うことは?」
 シェリーが貴族達の中から姿を見せ、前に進み出た。
「申し上げます。
 確かに前夜祭で聖女様と侯爵閣下、兄は休憩室でご一緒に休まれていました」
 シェリーが無表情でチラッとジェロームの顔を見る。
 するとジェロームは、シェリーが何か自分を救う策があるのだ、とニヤリと笑った。
「しかしながら、休憩室から一足先に出てきた聖女様は、顔が青ざめ震えていらっしゃいました。
 私はその時、聖女様が何かされたんだと気付いたのです」
「な!」
「シェリー!何を言って!」
 ジェロームとジャレッドが顔を上げ、シェリーを驚愕した表情で見つめる。
「その後、休憩室から出てきた侯爵閣下に、聖女を手に入れる、明日、聖女と閨を共にし自分のものにすると。
 そして、狩猟祭の閉会に合わせて聖女様がシギアーノ家に嫁ぐことを公表すると告げられました」
 シェリーが周囲に聞こえるようにはっきりと話す。
「さらに私に聖女様を襲う段取りをつけるように指示し、自分たちは愛人達と享楽に耽って…」
「シェリー…貴様…」
 ジェロームの口がぱくぱくと動くが、言葉がそれ以上出てこない。
 それは周囲で聞いている貴族達も同様で、全員が一言も発さず、固唾を飲んで成り行きを見守っていた。
「だが、何故前日に嫌な思いをしたのに、今日もついて行ったんだ。
 それに、ショーへーはこいつらを簡単に吹っ飛ばせる魔力があるだろう」
 グレイが誰しもが考えるであろう矛盾点をつく。
「それは…」
 シェリーの顔が顰められ、下を向いた。
「おそらくは、私のためかと…」
「シェリー嬢のため?」
 ディーが首を傾げる。
「はい。私は先日、侯爵閣下の指示で、主催しているグラーティアの会に聖女様をお招きしました。
 そこで色々お話しさせて頂いて、聖女様がとてもお優しくて、愛情深い方だと気付きました」
 シェリーの声が段々と涙を含んで行く。
「聖女様は、私が抱えている闇をお救いくださったのです!!
 ずっと1人で、侯爵や兄を支え!領地を!領民を守ってきた!
 そんな私に、1人ではないと!そうおっしゃってくださったのです!!」
 シェリーがうわーっと声を出して泣き、その場に崩れ落ちて両手で顔を覆った。
「聖女様は、侯爵を説得すると!侯爵から私を解放してくださると!」
 泣きながらさらに続けた。
 そんなシェリーを慰めるように、ブリアナとエリカ、ニコールが進み出て彼女を抱きしめる。
「シェリー!何を言うか!!
 後継でもない其方が当主に尽くすのは当たり前だ!!当主の代わって領地を管理するのも、当然ではないか!!
 お前は当主である私のために生き、働いておれば良いのだ!!
 それを解放だと!?
 巫山戯るのも大概にしろ!」
 ジェロームが怒鳴るが、その言葉にその場に居た貴族達が声を上げ始める。
 今ここにいる貴族は殆どが後継ではない。ジェロームの言葉は、その者達の人格や立場をも否定したことになった。
 周囲から、口々にあり得ない思考だと罵られ始め、その声は大きくなり、気がつけば、大声でジェロームが罵倒されていた。
「な!なんじゃ貴様ら!私を誰だと!
 侯爵だぞ!木端貴族どもが!!」
 そんな喧騒を鎮めるように、アランの手が上がる。
 すると、徐々に声が止み、再び静まり返った。
「ショーへー。今のは事実か」
「…はい」
 静かに答え、抱えられていた体を下ろしてもらうと、フラつきながら、ロイの腕に捕まり、支えられながらも自分の足で立った。
「ショーへー。魔法を使わなかったのは何故だ。お前なら魔法ですぐに逃げられただろう」
 アランに問われ、羽織っていたマントをスルリとはだけ、胸から上を全員に見せ、その首につけられた黒い首輪に触れた。
「魔法封じの首輪です。
 抵抗されるのを恐れたのでしょう。
 これをすぐに嵌められました」
 俺の首輪と、ビリビリに引き裂かれた上着を見て、あちこちから悲鳴が上がった。

 首輪の件は、もちろんアドリブだ。
 予定されていたシナリオにはない。
 だが、使えると踏んで思い切り利用することにした。

「そんなものまで用意していたとは…」
 アランの顔が怒りに包まれる。
「ち!違う!!全部誤解だ!!」
 ここにきてもまだジェロームは言い訳をする。
「ワシらは本当に聖女に誘われたのだ!!聖女は権力者という後ろ盾が欲しいからワシらに!!」
「そ!そうです!!
 聖女は、私達を利用して、権力を手にし、ゆくゆくは国を乗っ取るつもりで!!」
 ジャレッドも必死に食い下がる。
「国を…?」
 アランの眉間にますます皺が寄った。
「よもや聖女を手に入れて、そこまで考えていようとはな」
「ち、ちが、これは、そこの男が言ったことで」
 ジャレッドが俺を指差す。
「ワシはただ公爵になりたかっただけ…」
「っは!貴様のような無能が位階を上げるだと!?」
「片腹痛いですね。領民から搾取することしか出来ない能無しのくせに」
 ディーが鼻で笑う。
「殿下、この狩猟祭は私が…」
 ジェロームが無能ではないことをアピールするように言うが、まさにそれが能無しだと断言したようなものだった。
「では聞くが、この狩猟祭に総額幾らの費用がかかっている?
 どのような仕事があり、何人が働いている?
 狩猟祭に協力してくれている商会や組合の名前を言えるか?
 そもそも招待されている人や参加者達を把握しているか?」
 矢継ぎ早に問うと、ジェロームは、あ、あ、と短い声を出し、キョロキョロと辺りを見渡して蹲って泣いているシェリーに怒鳴った。
「シェリー!お前が答えろ!」
「本当にクズですね。この狩猟祭を主催し運営しているのは、お前じゃない。シェリー嬢だ」
 ディーが馬鹿にしたように言うと、周囲からそうだそうだと同調した声と、お飾り侯爵という罵倒が飛ぶ。
「もう諦めろ。何を言ってももうお前は終わりだ」
 アランが冷たく言い放った。
 ジェロームがペタリと脱力して口を開けっぱなしにした。
「は…はは…私は…侯爵だぞ…」
 ブツブツと独り言を呟き、その目から徐々に光が失われて行く。
「ブラッド、もういいぞ」
 アランが振り向き、壁際で傍観していたブラッドを呼ぶ。
 ブラッドが前に進み出ると、座り込んだジャレッドの前に立ち、持っていた書簡を広げた。
「ジャレッド・シギアーノ。グランベル帝国、シグルド国、メイフォール共和国で指名手配中のハイメをサンドラーク公国に招き入れ、逃亡を手助けし匿った犯人蔵匿罪、及び幇助の罪で捕縛する」
 さらに、ニコールが静かに2人に近寄った。
 細めのメガネをクイッと指で上げると、ブラッドに会釈した。
「司法局副局長のニコール・テイラーです。是非ご協力を」
「こちらこそ、よろしく」
 がっちりと2人が握手し、いつのまに呼んでいたのか、天幕の出入口で待機していた自警団に、連れて行け、と合図した。


 引きずられながら自警団に連れられていく2人がいなくなると、俺はロイの手を借りてシェリーの元へ急いだ。
「シェリー…。終わったよ。終わったんだ」
 彼女の両手を握り、語りかけた。
「ショー…」
 顔を涙でグシャグシャにして、化粧も何もかも落ちてしまっているが、それでもシェリーは可愛かった。
 声を上げて泣くシェリーに、俺も涙が溢れてくる。

 終わった。
 ジェロームもジャレッドも捕まり、シェリーの両親の復讐を成し、領民を守り続けた努力が報われた。

 会場のどこからともなく拍手が起こり、シェリーを支持するという声が飛んだ。
 


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