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王位簒奪編 〜ジョンとのデート〜
188.おっさん、辛くなる
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早速報告が始まる。
王宮の会議室に移動し、サイファー、アラン、ギルバート、フィッシャー、護衛騎士達。
俺をはさんで座るロイとディー。
「えーっと…」
キースが全員にお茶を配り終わるまで、俯いてジョンとの会話を掘り起こす。
順を追って思い出しながら、頭の中で話をまとめるために、ブツブツと何度も呟いた。
お茶が配り終わり、アランが俺に報告を促した。
最初に俺がジュノーだとバレたことと、俺たち3人の関係は打ち明けず、匂わせるだけにしたことを話した。
「オスカーの推測は正解だった」
オスカーを見て言うと、一瞬でオスカーの顔がドヤる。
「ジョンは、王家が俺を閉じ込めて自由を奪い、政治利用している。
ロイとディーに旅の途中に手籠にされて、従うように強要されている。
そう、思い込んでいたよ」
今日のジョンとの会話を順を追って再現し、説明した。
その間誰も口を挟まずに黙って聞いていた。
「そういうわけで、ジョンの誤解は解けたと思う」
当初の予定通り、聖女を救う必要がないと思わせることは出来たので、成功だと言えるだろう。
だが、ジョンがそう思い込んだ原因が問題なのだ。
「ジョンは、俺の置かれた状況、ロイとディーの噂話、得た情報を元に、俺が利用されていると思い込んだ」
言葉を切って、全員を見渡した。
「ジョンはそう思い込まされたんじゃないかな」
真剣に言った。
ジョンは、手に入れた情報を信じていた。だが事実は違い、俺に逆に疑われて考えこんでいた。
あの時ジョンは何かを思い出していたように思う。それはきっと、ジョンに情報を与えた人物のことだ。
「ジョンは俺の話した内容が誰かの受け売りかって聞いてきたんだ。
それってさ、ジョン自身が誰かからの受け売りをしてるってことじゃないのかな。
ジョンは、誰かに利用された。
おそらく、その誰かが…黒幕、とは考えられないだろうか」
その一言で沈黙が訪れ、それぞれが考えこむような仕草をした。
「黒幕はジョンを簒奪者に仕立て上げようとしたってことか」
少ししてから、ロイが思考を巡らせる時の顎を撫でる癖を出しながら言った。
「そうだと思う。本人の意思に関係なくね」
「面白い。
もしかすると、私たちはとんでもない勘違いをしていたかもしれませんね」
ギルバートがニヤリと笑う。
「確かに。今のショーヘイの話だと、ジョンは限りなく簒奪者に近い存在だったが、本人にとっては善意の行動だったということか」
サイファーも腕を組んで考えこむ。
「もしかして…」
黙っていたディーが呟く。
「私たちは今まで簒奪者が誰かを調べてきた。
5年前のロマーノ家がそうだったように、王位を奪おうという意思がある奴だと…。
違うのか。
黒幕は特定の誰かを簒奪者にしようとしているのではなく、種を蒔いているだけ…?」
ディーの独り言のような言葉に、俺は隣を見て口角を釣り上げてニヤリと笑った。
「俺もそう思った。
黒幕は情報という種を撒いて、それが勝手に芽吹くのを待ってる。
今回はジョンに撒かれた種が芽吹いただけじゃないか?」
「そうなると、王家に反発心がない、王になりたいと思っていなくても、流れでそうなり得るってことか」
オスカーが眉間に皺を寄せた。
本人に簒奪の意思がないんじゃ、いくら探りを入れても見つかるわけがない。
今までその存在の正体を突き止められなかったのは、そのせいだったかもしれないと、誰しもが思った。
「それならば、簒奪者ではなく、直接黒幕を突き止めるべき、ということになるな」
サイファーが呟く。
これまでは、まず王位を簒奪しようとしている輩を探し出し、その背後にいる黒幕を突き止めようとしていた。
だが、今後は黒幕を直接見つけ出す方向へ進路を変える必要がある。
「ただ、それでも黒幕の目的は不明のままだよ。
どうしてそこまでして他人に王位を奪わせようとするのかは、やっぱりわからない」
苦笑しながら言うと、全員が考え込んでいた。
「王位簒奪という行為自体が目的ではないかもしれんな。
その狙いはサンドラーク家の転覆か」
サイファーが言い、眉間に皺を寄せる。
「ただ、情報という種を蒔き、王家に対する不信感を募らせる。
その種に触れ芽吹かせた者が行動に出れば、自然に他の種が芽吹くことも考えられる」
「一つ一つは小さくても、無数の種が一度に芽吹いたら、かなり厄介だな」
アランが顔を顰めた。
「今回のジョンのように、一つづつなら対処も出来るでしょう。
ですが、同時多発的、連鎖的に起こると…」
ギルバートがその続きを言わずに黙り込む。
何となくだが、ギルバートが言いたいことがわかったような気がした。
やっぱり、この人に話すべきかもしれない。
俺はここ数日で考え、思いついたことを誰に話すか、相談すればいいのかずっと悩んでいた。
それは、とても突飛なことで、妄想に近い内容だったから、全員に聞かせていいものか判断出来なかった。
だが、今回のことで、妄想がほんの少しだけ現実味を帯びてきたことに気付き、誰かに話すべきだと考えた。
ギルバートなら、俺の話を受け止めて消化し、より詳細な物にしてくれるかもしれないと思った。
「ショーヘー、お手柄だ。
まずはそのジョンに情報を与えた者を見つけよう。
数年かかってようやっと掴んだ手掛かりだ」
アランが俺に微笑む。
「もう一つ」
ロイが軽く手を上げて発言する。
「議会でよく辺境伯が王家に反目するような発言をするって言ってたろ。
もしかすると、それも黒幕が何らかの情報を流し、ショーンがそれを元にしてるってことも考えられねぇか」
ロイが真剣に言うと、サイファーがハッとした。
「そうだな…。それもあり得る話だ」
全てが情報による操作。
黒幕が流すありとあらゆる情報という名の噂、真偽が定かではないそれを真に受ける者は多く、さらに情報が情報を呼び、拡大していく。
「現時点で広がっている噂。王家に対する誹謗中傷。どんな些細なことでもいいから洗い出す必要がありますね」
ディーも腕を組み、険しい表情で言った。
「とりあえず、早急に今後の方向を決定して連絡する」
サイファーが言い、これ以上、この場で話すことはなくなり、全員の表情が固いまま一旦打ち切られた。
「他に聞き出せたことはあるか?」
すぐにアランが別の話に切り替える。
「あるよ」
俺がニコリと笑ったことで、少しだけ固まった空気が和らぐ。
ベルトラークの財源についても聞き出せたことを報告した。
「一族で魔石狩りぃ!?」
全員が目を丸くしていた。
「そう。個人的にダンジョンに潜って、獲得した魔石の売上を私兵の給料に当ててるんだって」
「マジか…」
「そんなの誰も思いつかんわ…」
「確かに、それは盲点だったな。すぐに事実確認を行おう」
フィッシャーがクスクスと笑いながら言った。
「よくもまぁ、そこまで話を引き出せたわね」
アビゲイルが笑いながら言った。
「ジョンは基本的に素直で優しい男なんだと思う。曲がったことは大嫌いで、誤魔化すこともなかったと思うよ」
マフラーを買ってもらったし、たくさん奢ってくれた、と言うと、全員がエスコートする側がプレゼントするのは当たり前だ、とこの世界の常識を言われてしまった。
「それと、アランに言われた通り、ジュノーであることを公表しないのは外交上の都合ってことで話をしたんだけど…。
キドナの名前を出したら、ほんのわずかだけ反応があったんだ。
もしかしたら、何か情報を持ってるかもしれない」
「それは興味深いですね」
ギルバートがニヤリと笑った。
「まずはその情報屋だな」
フィッシャーも不適な笑みを浮かべながら呟く。
「ショーヘイ。悪いがもう一度ジョンに会ってもらえるか。
ジョンに情報をもたらした者が何者なのか、ショーヘイからも探りを入れて欲しいんだが…」
サイファーの言葉に、当然俺もそのつもりだったため頷くが、その言葉の途中で左右からピリついた魔力を感じた。
明らかにロイとディーの機嫌が悪くなり、嫉妬が混じった複雑な魔力を感じた。
「ロイ…ディー…」
そんな2人の複雑な表情を見て胸が締め付けられた。
「お前達、嫌なのはわかるが…」
サイファーが嗜めるように言うが、2人はムスッとしたまま口を尖らせる。
「それからショーヘー。最後になってすまんが、お前にも報告がある。」
アランが小さくため息をついた。
「数日後になるが、ロイが見合いをすることになった。
相手は帝国侯爵家の次男だ」
アランが眉を顰めて困ったように言い、俺を申し訳なさそうに見た。
「え…あ…そうなんだ…」
その話に驚き、一瞬でざわっと悪寒のような衝撃が走る。
「ロイ、きちんとショーヘーに説明しておけ」
「わかってる」
眉間に皺を寄せたままロイが不貞腐れたように言った。はっきりと嫌そうな表情で、少しだけ怒りも混ざっていると思った。
そうして1時間ほどで報告が終わり解散となる。
ロイがまた見合いをする。
それを最後に聞かされて、今までの報告がどこかに飛んでいき、俺の頭の中はそのことだけになってしまった。
「ショーヘイさん…ちゃんと説明しますから」
「頼むからそんな顔しないでくれ」
会議室を出る時、2人が俺に話しかけてくる。
そんな顔と言われて、どんな表情をしているのか自分でもわからなかった。
「だ、大丈夫…」
なんとかそんな2人に笑顔を向けようとしたが、どうしても笑い方を忘れてしまったように、ぎこちないものになってしまったと思う。
キースはそのまま報告書をまとめるために王宮に残り、俺はロイとディーと3人で瑠璃宮に戻ることになった。
瑠璃宮までのたった5、6分の道を、3人で無言で歩く。
俺の頭の中はロイのお見合いのことばかりで、相手がどんな人なのか気になってしまって仕方がなかった。
だが、今日俺がジョンとのデートに行った時も、きっとロイもディーも心配で不安だったはずだ。
俺ばかりがこんな気持ちになっているわけではない。
わかっている。
わかっているんだ。
何もない。
そう何度も自分に言い聞かせた。
自室に戻った時はすでに23時を過ぎており、このまま寝てしまおうかと思ったが、眠れるはずもなかった。
「話、今日はもう遅いから明日にするか?」
「いや無理。気になって眠れない」
共有リヴィングのダイニングテーブルに三角形の形になるように座る。
「今度の見合い相手ってどんな人?」
そう聞くと2人が顔を見合わせて言いづらそうに眉を顰めた。
「アレックス・ベルナール、32歳。帝国ベルナール侯爵家の長男で第二子、帝国騎士団第1部隊所属の男だ」
「彼はロイの…」
ディーが言いかけて止め、俺は咄嗟に嫌な予感がした。
「昔付き合ってた」
ロイが真顔で言い、その表情からは何を考えているのかわからなかった。
サーッと頭から血の気が引いていくのがわかったが、なるべく平常心を装い必死になる。
「そうなんだ…元彼ね…」
ハハッと小さく乾いた笑いを漏らし、少しだけ俯く。
「10年くらい前、俺が団長になる前だ。8ヶ月くらい付き合ってた」
ロイがさらに続けるが、やはりその表情は変わらず真顔のままだった。
「えっと…、帝国の騎士がなんで…?」
「こちらの騎士団に人材交流という形で出向してきたんです」
ディーが説明してくれたが、複雑な表情をしていた。
「なんで別れたんだ…?」
顔を上げて取り繕ったような笑顔を2人に向けるが、明らかに不自然な笑い方になっているのが自分でもわかった。
「自然消滅だな…。向こうは出向期間が終わって帝国に帰ったし、俺は団長になって忙しくなって…」
「あぁ…そう…。自然消滅ね…」
離れ離れになって、お互いに連絡を取らずにいつのまにか別れていたということなのか、と理解する。
つまり、お互いに別れようとは言っていないことになる。
その事実がわかって、俺の心臓が緊張なのか、焦りなのか、不安による動悸が激しくなっていた。
「追放された時…会わなかったのか?」
戦争が終わって団を辞し国外追放された1年間、帝国に行ってレンブラント家の家庭教師として2ヶ月。さらにシーグヴァルド伯爵の元にも居た。
アレックスという元彼に会いに行こうと思えば行けたはずだ。
「……会ってない。その時にはもう終わってたからな…」
少しの間を開けて、ロイが俺の目を見ずに言った。
そのロイの様子に、すぐに嘘だとわかってしまった。
ロイはきっとそのアレックスに会っている。会いに行ったか、向こうから会いに来たのかはわからない。
だが、俺ははっきりとその時に2人は会ったと、ロイの言い方と視線から確信した。
何故嘘をついたのか。
それはきっと俺が気にすると思ったからだと思う。知る必要はない過去のことだということなのだろう。だがそれが返って俺の心に重くのしかかり、じくりと心が痛んだ。
それでも、俺のためを思ったロイの優しい嘘だとわかるから、責めるわけにもいかない。
ただ、すごく悲しかった。
「別れたのに、何で今更見合いになるんだ」
納得いかない部分を聞いてみると、それにはディーが答えた。
「どうやら、アレックスは姉のサンドラと後継者争いをしているようなんです。
そこで、英雄と呼ばれるロイを伴侶にして優位に立ちたい、というところでしょう」
ディーが呆れたように苦笑する。
「あぁ…そういうこと…」
世襲制でありながら、下剋上は当たり前というお国柄のせいか、と理解するが、それにしてもロイが救国の英雄と呼ばれて久しいのに、何故今更と考えてしまった。
「そのアレックスさんは、いつこっちに?」
「ダリアと一緒に来る。
一応名目は、ダリアとユージーン達公爵家の護衛という形だな」
「そっか…」
2人から視線を逸らして小さな声で答えると黙り込んだ。
「ショーヘー…」
ロイが手を伸ばし、テーブルの上に置かれた俺の手を握った。
「昔の話だ。俺はお前だけだ。お前だけを愛してる。信じて欲しい」
ギュッと力強く握られて、その真剣な顔を見る。
「ショーヘイさん、親友の私からもお願いします。信じてあげてください。絶対にロイは貴方だけだ。もちろん私もね」
ディーも訴えかけるように言った。
そんな2人の顔を見て薄く微笑んだ。
「一応、正式な見合いなんだろう?ロイもデートするのか?」
「…まぁな。デートというか…飲みには行くつもりだ。そこで断るし、正式にベルナール家にも辞退の旨伝える」
ロイが苦笑しながら言う。
「うん…信じるよ。大丈夫。お前達の気持ちは充分過ぎるほどわかってるから」
微笑みながら、握られたロイの手を握り返し、ディーにも手を差し出してその手を握った。
「ショーヘー、愛してる。お前だけを」
ロイが真剣に俺を見て言い、俺は素直に受け止めて嬉しいと微笑む。
そんな俺の表情を見て、ロイもディーもホッとしたような表情を見せた。
きっと俺が悲しむと思ったのだろう。
「デートする日、決まったら教えてくれ」
「ああ、もちろんだ」
ロイが笑顔で言う。
「よし。じゃあ、もう寝るかな。風呂入ってくる」
言いながら立ち上がると、2人がソワソワし始めて苦笑する。
「悪いな。今日は1人でゆっくり入りたい。今日のデート、緊張して結構疲れててさ」
「えー…」
俺の言葉に2人とも目に見えてがっかりした。
「まさか、寝る時も別で、なんて言わないよな」
ショックを受けたような表情でロイが言い、俺は返事をせずに笑顔で答えた。
「先に寝ててもいいよ。もう0時だし」
座ったままの2人を置いて、普通の体でバスルームに向かうが、背中に2人の視線をずっと感じていた。
リヴィングで残された2人が無言で顔を見合わせると、それぞれ立ち上がって、翔平の後を追うように自室に入る。
ベッドに腰掛けた後、再び互いに顔を見合わせた。
「ロイ…気付きましたか?」
「ああ。気付くだろ…。ショーヘーは絶対気にしてる…」
ロイがガックリと項垂れる。
「そうですね。笑ってましたけど、あれはまた痩せ我慢ですね…」
「だよなぁ…」
はぁ~と深く長いため息をついた。
翔平を知れば知るほど、その感情が表情に出ないことがあると気付いていた。
感情を押し殺して表に出さない。
1人で抱え込んで、大丈夫だと笑う。
他人にはわからないが、俺たちは翔平が好きだからこそ、それがよく見え、よくわかっている。
「アレックスのことははっきりと断って終わらせてくださいよ」
ディーが立ち上がると、備え付けのキャビネットから自分とロイの分の寝夜着を引っ張り出す。
「わかってるよ。ほんとなんで今更…」
言いながら思い切り顔を顰めた。
ばさりと放り投げられた寝夜着を受け取ると、のそのそと項垂れながら着替え、ベッドに潜り込んだ。
「あ~」
ロイが状況と複雑な心境にため息と一緒に声を上げた。
「なんか最近過去に振り回されっぱなしだ」
自分がやってきた行いが、今になって影響を及ぼし、現在心から愛している翔平を巻き込んでしまっていることに悔やんでも悔やみ切れない。
申し訳ない気持ちばかりが募り、翔平に対して謝りたい、もっと自分の気持ちを伝えたいと焦りが同時に沸き起こって、心の中がぐちゃぐちゃになっていた。
「自分が蒔いた種ですね…。地道に刈り取りましょうよ」
ディーも同じようにため息をついた。
「それしかねぇのか…早く関係を公表していればこんなことには…」
ロイが悔しそうに呟く。
結局は、翔平を真剣に愛してると、全力で伝えていくしかないのだ、と2人で似たようなことを考えつつも、言葉には出さなかった。
1人でゆっくりとお湯に浸かる。
最初は両手足を投げ出して仰向けに寝そべって天井を見上げていた。
だが、思考が進むに連れてだんだんと体を縮め、最後にはバスタブの中で三角座りをして膝の上に額をつけて丸まっていた。
アレックスと付き合っていたという事実には多少のショックは覚えたが、そんなに気にしてはいない。
誰にだってそういう過去はあるし、俺だって彼女の1人や2人いた。
そんなのを気にしていたらキリがないし、過去の事だと割り切ることは出来る。
俺が複雑な感情を抱いたのは、ロイが嘘をついたからだ。
ロイは、絶対に追放された時にアレックスに会っている。
あの微妙な間と言い淀み方はまず間違いない。
何故そんな嘘をついたのか。
それは会っただけではなく、おそらくSEXもしているからだ。
元々付き合っていた相手で、久しぶりに会って気分が盛り上がって行為に及ぶ。
おそらく、ロイも、そのアレックスもその行為に全く抵抗がないだろう。それがこの世界では当たり前なのだから。
だが、ロイは、俺がこの世界の性行為の壁の低さに抵抗を抱いていることを知っている。
元彼と会ったと聞けば、俺はきっとSEXをしたと思って嫌な顔をする。
そう思ったからロイは会っていないと言ったのだ。
さらに言うなら、ロイは追放が解かれた後も世界各地の魔獣討伐の仕事をしていたと言っていた。アレックスと会おうと思えば会えたはずだし、ましてや、2人は自然消滅した関係で、はっきりと別れを告げたわけではない。互いに嫌いになったわけでもないだろう。
会おうと思えば会える状況にあった。
その現在も続く可能性が俺を押し潰す。
全て俺の妄想でしかないが、どんどんと悪い方向に思考が進んでしまう。
もし、アレックスがまだロイを忘れられないなら。
それが今回の見合いに繋がっているなら。
「ふ…」
1人になって、堪えきれなくなった涙が頬を伝った。
「ぇ…うぅ…」
一度嗚咽が漏れると抑えが効かなくなる。
辛い。
この世界の常識に慣れない。
この世界を知らない。
2人を信じたい。
信じたいが、猥談話の件で芽生えた不信感は拭えなかった。
そんなことはない。
ロイは絶対に俺を選ぶ。
頭ではわかっている。
わかっていても辛い。
どうしても一度感じた不信感が思考を蝕み、悪い方向へと持っていってしまう。
そんな考えを打ち消したいが、自分ではどうしようも出来ない。
かつ、俺だって見合いというデートをして、好きでもない相手と手を繋いで歩き、隙を見せてキスまでされた。
俺だって、現在進行形で2人を裏切ってるじゃないか。なのに、ロイの過去の行為を、この世界のことをどうこう言える資格なんてあるわけがない。
俺も2人に同じ思いをさせて我慢させているのに、俺だけが被害者になっているような考えがあり得ないし、酷い考えだ。
そんな自分がとてつもなく嫌で、俺を真剣に愛してくれている2人に申し訳なくて、涙が止まらなかった。
自分の感情と常識と行動と、あらゆることが全く違う方向を向いている。
「俺は…何をしてるんだ…?
俺は、ここで何を…?」
わからない。
助けて。
張り裂けそうになる心に、ひたすら泣いた。
王宮の会議室に移動し、サイファー、アラン、ギルバート、フィッシャー、護衛騎士達。
俺をはさんで座るロイとディー。
「えーっと…」
キースが全員にお茶を配り終わるまで、俯いてジョンとの会話を掘り起こす。
順を追って思い出しながら、頭の中で話をまとめるために、ブツブツと何度も呟いた。
お茶が配り終わり、アランが俺に報告を促した。
最初に俺がジュノーだとバレたことと、俺たち3人の関係は打ち明けず、匂わせるだけにしたことを話した。
「オスカーの推測は正解だった」
オスカーを見て言うと、一瞬でオスカーの顔がドヤる。
「ジョンは、王家が俺を閉じ込めて自由を奪い、政治利用している。
ロイとディーに旅の途中に手籠にされて、従うように強要されている。
そう、思い込んでいたよ」
今日のジョンとの会話を順を追って再現し、説明した。
その間誰も口を挟まずに黙って聞いていた。
「そういうわけで、ジョンの誤解は解けたと思う」
当初の予定通り、聖女を救う必要がないと思わせることは出来たので、成功だと言えるだろう。
だが、ジョンがそう思い込んだ原因が問題なのだ。
「ジョンは、俺の置かれた状況、ロイとディーの噂話、得た情報を元に、俺が利用されていると思い込んだ」
言葉を切って、全員を見渡した。
「ジョンはそう思い込まされたんじゃないかな」
真剣に言った。
ジョンは、手に入れた情報を信じていた。だが事実は違い、俺に逆に疑われて考えこんでいた。
あの時ジョンは何かを思い出していたように思う。それはきっと、ジョンに情報を与えた人物のことだ。
「ジョンは俺の話した内容が誰かの受け売りかって聞いてきたんだ。
それってさ、ジョン自身が誰かからの受け売りをしてるってことじゃないのかな。
ジョンは、誰かに利用された。
おそらく、その誰かが…黒幕、とは考えられないだろうか」
その一言で沈黙が訪れ、それぞれが考えこむような仕草をした。
「黒幕はジョンを簒奪者に仕立て上げようとしたってことか」
少ししてから、ロイが思考を巡らせる時の顎を撫でる癖を出しながら言った。
「そうだと思う。本人の意思に関係なくね」
「面白い。
もしかすると、私たちはとんでもない勘違いをしていたかもしれませんね」
ギルバートがニヤリと笑う。
「確かに。今のショーヘイの話だと、ジョンは限りなく簒奪者に近い存在だったが、本人にとっては善意の行動だったということか」
サイファーも腕を組んで考えこむ。
「もしかして…」
黙っていたディーが呟く。
「私たちは今まで簒奪者が誰かを調べてきた。
5年前のロマーノ家がそうだったように、王位を奪おうという意思がある奴だと…。
違うのか。
黒幕は特定の誰かを簒奪者にしようとしているのではなく、種を蒔いているだけ…?」
ディーの独り言のような言葉に、俺は隣を見て口角を釣り上げてニヤリと笑った。
「俺もそう思った。
黒幕は情報という種を撒いて、それが勝手に芽吹くのを待ってる。
今回はジョンに撒かれた種が芽吹いただけじゃないか?」
「そうなると、王家に反発心がない、王になりたいと思っていなくても、流れでそうなり得るってことか」
オスカーが眉間に皺を寄せた。
本人に簒奪の意思がないんじゃ、いくら探りを入れても見つかるわけがない。
今までその存在の正体を突き止められなかったのは、そのせいだったかもしれないと、誰しもが思った。
「それならば、簒奪者ではなく、直接黒幕を突き止めるべき、ということになるな」
サイファーが呟く。
これまでは、まず王位を簒奪しようとしている輩を探し出し、その背後にいる黒幕を突き止めようとしていた。
だが、今後は黒幕を直接見つけ出す方向へ進路を変える必要がある。
「ただ、それでも黒幕の目的は不明のままだよ。
どうしてそこまでして他人に王位を奪わせようとするのかは、やっぱりわからない」
苦笑しながら言うと、全員が考え込んでいた。
「王位簒奪という行為自体が目的ではないかもしれんな。
その狙いはサンドラーク家の転覆か」
サイファーが言い、眉間に皺を寄せる。
「ただ、情報という種を蒔き、王家に対する不信感を募らせる。
その種に触れ芽吹かせた者が行動に出れば、自然に他の種が芽吹くことも考えられる」
「一つ一つは小さくても、無数の種が一度に芽吹いたら、かなり厄介だな」
アランが顔を顰めた。
「今回のジョンのように、一つづつなら対処も出来るでしょう。
ですが、同時多発的、連鎖的に起こると…」
ギルバートがその続きを言わずに黙り込む。
何となくだが、ギルバートが言いたいことがわかったような気がした。
やっぱり、この人に話すべきかもしれない。
俺はここ数日で考え、思いついたことを誰に話すか、相談すればいいのかずっと悩んでいた。
それは、とても突飛なことで、妄想に近い内容だったから、全員に聞かせていいものか判断出来なかった。
だが、今回のことで、妄想がほんの少しだけ現実味を帯びてきたことに気付き、誰かに話すべきだと考えた。
ギルバートなら、俺の話を受け止めて消化し、より詳細な物にしてくれるかもしれないと思った。
「ショーヘー、お手柄だ。
まずはそのジョンに情報を与えた者を見つけよう。
数年かかってようやっと掴んだ手掛かりだ」
アランが俺に微笑む。
「もう一つ」
ロイが軽く手を上げて発言する。
「議会でよく辺境伯が王家に反目するような発言をするって言ってたろ。
もしかすると、それも黒幕が何らかの情報を流し、ショーンがそれを元にしてるってことも考えられねぇか」
ロイが真剣に言うと、サイファーがハッとした。
「そうだな…。それもあり得る話だ」
全てが情報による操作。
黒幕が流すありとあらゆる情報という名の噂、真偽が定かではないそれを真に受ける者は多く、さらに情報が情報を呼び、拡大していく。
「現時点で広がっている噂。王家に対する誹謗中傷。どんな些細なことでもいいから洗い出す必要がありますね」
ディーも腕を組み、険しい表情で言った。
「とりあえず、早急に今後の方向を決定して連絡する」
サイファーが言い、これ以上、この場で話すことはなくなり、全員の表情が固いまま一旦打ち切られた。
「他に聞き出せたことはあるか?」
すぐにアランが別の話に切り替える。
「あるよ」
俺がニコリと笑ったことで、少しだけ固まった空気が和らぐ。
ベルトラークの財源についても聞き出せたことを報告した。
「一族で魔石狩りぃ!?」
全員が目を丸くしていた。
「そう。個人的にダンジョンに潜って、獲得した魔石の売上を私兵の給料に当ててるんだって」
「マジか…」
「そんなの誰も思いつかんわ…」
「確かに、それは盲点だったな。すぐに事実確認を行おう」
フィッシャーがクスクスと笑いながら言った。
「よくもまぁ、そこまで話を引き出せたわね」
アビゲイルが笑いながら言った。
「ジョンは基本的に素直で優しい男なんだと思う。曲がったことは大嫌いで、誤魔化すこともなかったと思うよ」
マフラーを買ってもらったし、たくさん奢ってくれた、と言うと、全員がエスコートする側がプレゼントするのは当たり前だ、とこの世界の常識を言われてしまった。
「それと、アランに言われた通り、ジュノーであることを公表しないのは外交上の都合ってことで話をしたんだけど…。
キドナの名前を出したら、ほんのわずかだけ反応があったんだ。
もしかしたら、何か情報を持ってるかもしれない」
「それは興味深いですね」
ギルバートがニヤリと笑った。
「まずはその情報屋だな」
フィッシャーも不適な笑みを浮かべながら呟く。
「ショーヘイ。悪いがもう一度ジョンに会ってもらえるか。
ジョンに情報をもたらした者が何者なのか、ショーヘイからも探りを入れて欲しいんだが…」
サイファーの言葉に、当然俺もそのつもりだったため頷くが、その言葉の途中で左右からピリついた魔力を感じた。
明らかにロイとディーの機嫌が悪くなり、嫉妬が混じった複雑な魔力を感じた。
「ロイ…ディー…」
そんな2人の複雑な表情を見て胸が締め付けられた。
「お前達、嫌なのはわかるが…」
サイファーが嗜めるように言うが、2人はムスッとしたまま口を尖らせる。
「それからショーヘー。最後になってすまんが、お前にも報告がある。」
アランが小さくため息をついた。
「数日後になるが、ロイが見合いをすることになった。
相手は帝国侯爵家の次男だ」
アランが眉を顰めて困ったように言い、俺を申し訳なさそうに見た。
「え…あ…そうなんだ…」
その話に驚き、一瞬でざわっと悪寒のような衝撃が走る。
「ロイ、きちんとショーヘーに説明しておけ」
「わかってる」
眉間に皺を寄せたままロイが不貞腐れたように言った。はっきりと嫌そうな表情で、少しだけ怒りも混ざっていると思った。
そうして1時間ほどで報告が終わり解散となる。
ロイがまた見合いをする。
それを最後に聞かされて、今までの報告がどこかに飛んでいき、俺の頭の中はそのことだけになってしまった。
「ショーヘイさん…ちゃんと説明しますから」
「頼むからそんな顔しないでくれ」
会議室を出る時、2人が俺に話しかけてくる。
そんな顔と言われて、どんな表情をしているのか自分でもわからなかった。
「だ、大丈夫…」
なんとかそんな2人に笑顔を向けようとしたが、どうしても笑い方を忘れてしまったように、ぎこちないものになってしまったと思う。
キースはそのまま報告書をまとめるために王宮に残り、俺はロイとディーと3人で瑠璃宮に戻ることになった。
瑠璃宮までのたった5、6分の道を、3人で無言で歩く。
俺の頭の中はロイのお見合いのことばかりで、相手がどんな人なのか気になってしまって仕方がなかった。
だが、今日俺がジョンとのデートに行った時も、きっとロイもディーも心配で不安だったはずだ。
俺ばかりがこんな気持ちになっているわけではない。
わかっている。
わかっているんだ。
何もない。
そう何度も自分に言い聞かせた。
自室に戻った時はすでに23時を過ぎており、このまま寝てしまおうかと思ったが、眠れるはずもなかった。
「話、今日はもう遅いから明日にするか?」
「いや無理。気になって眠れない」
共有リヴィングのダイニングテーブルに三角形の形になるように座る。
「今度の見合い相手ってどんな人?」
そう聞くと2人が顔を見合わせて言いづらそうに眉を顰めた。
「アレックス・ベルナール、32歳。帝国ベルナール侯爵家の長男で第二子、帝国騎士団第1部隊所属の男だ」
「彼はロイの…」
ディーが言いかけて止め、俺は咄嗟に嫌な予感がした。
「昔付き合ってた」
ロイが真顔で言い、その表情からは何を考えているのかわからなかった。
サーッと頭から血の気が引いていくのがわかったが、なるべく平常心を装い必死になる。
「そうなんだ…元彼ね…」
ハハッと小さく乾いた笑いを漏らし、少しだけ俯く。
「10年くらい前、俺が団長になる前だ。8ヶ月くらい付き合ってた」
ロイがさらに続けるが、やはりその表情は変わらず真顔のままだった。
「えっと…、帝国の騎士がなんで…?」
「こちらの騎士団に人材交流という形で出向してきたんです」
ディーが説明してくれたが、複雑な表情をしていた。
「なんで別れたんだ…?」
顔を上げて取り繕ったような笑顔を2人に向けるが、明らかに不自然な笑い方になっているのが自分でもわかった。
「自然消滅だな…。向こうは出向期間が終わって帝国に帰ったし、俺は団長になって忙しくなって…」
「あぁ…そう…。自然消滅ね…」
離れ離れになって、お互いに連絡を取らずにいつのまにか別れていたということなのか、と理解する。
つまり、お互いに別れようとは言っていないことになる。
その事実がわかって、俺の心臓が緊張なのか、焦りなのか、不安による動悸が激しくなっていた。
「追放された時…会わなかったのか?」
戦争が終わって団を辞し国外追放された1年間、帝国に行ってレンブラント家の家庭教師として2ヶ月。さらにシーグヴァルド伯爵の元にも居た。
アレックスという元彼に会いに行こうと思えば行けたはずだ。
「……会ってない。その時にはもう終わってたからな…」
少しの間を開けて、ロイが俺の目を見ずに言った。
そのロイの様子に、すぐに嘘だとわかってしまった。
ロイはきっとそのアレックスに会っている。会いに行ったか、向こうから会いに来たのかはわからない。
だが、俺ははっきりとその時に2人は会ったと、ロイの言い方と視線から確信した。
何故嘘をついたのか。
それはきっと俺が気にすると思ったからだと思う。知る必要はない過去のことだということなのだろう。だがそれが返って俺の心に重くのしかかり、じくりと心が痛んだ。
それでも、俺のためを思ったロイの優しい嘘だとわかるから、責めるわけにもいかない。
ただ、すごく悲しかった。
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納得いかない部分を聞いてみると、それにはディーが答えた。
「どうやら、アレックスは姉のサンドラと後継者争いをしているようなんです。
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「そのアレックスさんは、いつこっちに?」
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「そっか…」
2人から視線を逸らして小さな声で答えると黙り込んだ。
「ショーヘー…」
ロイが手を伸ばし、テーブルの上に置かれた俺の手を握った。
「昔の話だ。俺はお前だけだ。お前だけを愛してる。信じて欲しい」
ギュッと力強く握られて、その真剣な顔を見る。
「ショーヘイさん、親友の私からもお願いします。信じてあげてください。絶対にロイは貴方だけだ。もちろん私もね」
ディーも訴えかけるように言った。
そんな2人の顔を見て薄く微笑んだ。
「一応、正式な見合いなんだろう?ロイもデートするのか?」
「…まぁな。デートというか…飲みには行くつもりだ。そこで断るし、正式にベルナール家にも辞退の旨伝える」
ロイが苦笑しながら言う。
「うん…信じるよ。大丈夫。お前達の気持ちは充分過ぎるほどわかってるから」
微笑みながら、握られたロイの手を握り返し、ディーにも手を差し出してその手を握った。
「ショーヘー、愛してる。お前だけを」
ロイが真剣に俺を見て言い、俺は素直に受け止めて嬉しいと微笑む。
そんな俺の表情を見て、ロイもディーもホッとしたような表情を見せた。
きっと俺が悲しむと思ったのだろう。
「デートする日、決まったら教えてくれ」
「ああ、もちろんだ」
ロイが笑顔で言う。
「よし。じゃあ、もう寝るかな。風呂入ってくる」
言いながら立ち上がると、2人がソワソワし始めて苦笑する。
「悪いな。今日は1人でゆっくり入りたい。今日のデート、緊張して結構疲れててさ」
「えー…」
俺の言葉に2人とも目に見えてがっかりした。
「まさか、寝る時も別で、なんて言わないよな」
ショックを受けたような表情でロイが言い、俺は返事をせずに笑顔で答えた。
「先に寝ててもいいよ。もう0時だし」
座ったままの2人を置いて、普通の体でバスルームに向かうが、背中に2人の視線をずっと感じていた。
リヴィングで残された2人が無言で顔を見合わせると、それぞれ立ち上がって、翔平の後を追うように自室に入る。
ベッドに腰掛けた後、再び互いに顔を見合わせた。
「ロイ…気付きましたか?」
「ああ。気付くだろ…。ショーヘーは絶対気にしてる…」
ロイがガックリと項垂れる。
「そうですね。笑ってましたけど、あれはまた痩せ我慢ですね…」
「だよなぁ…」
はぁ~と深く長いため息をついた。
翔平を知れば知るほど、その感情が表情に出ないことがあると気付いていた。
感情を押し殺して表に出さない。
1人で抱え込んで、大丈夫だと笑う。
他人にはわからないが、俺たちは翔平が好きだからこそ、それがよく見え、よくわかっている。
「アレックスのことははっきりと断って終わらせてくださいよ」
ディーが立ち上がると、備え付けのキャビネットから自分とロイの分の寝夜着を引っ張り出す。
「わかってるよ。ほんとなんで今更…」
言いながら思い切り顔を顰めた。
ばさりと放り投げられた寝夜着を受け取ると、のそのそと項垂れながら着替え、ベッドに潜り込んだ。
「あ~」
ロイが状況と複雑な心境にため息と一緒に声を上げた。
「なんか最近過去に振り回されっぱなしだ」
自分がやってきた行いが、今になって影響を及ぼし、現在心から愛している翔平を巻き込んでしまっていることに悔やんでも悔やみ切れない。
申し訳ない気持ちばかりが募り、翔平に対して謝りたい、もっと自分の気持ちを伝えたいと焦りが同時に沸き起こって、心の中がぐちゃぐちゃになっていた。
「自分が蒔いた種ですね…。地道に刈り取りましょうよ」
ディーも同じようにため息をついた。
「それしかねぇのか…早く関係を公表していればこんなことには…」
ロイが悔しそうに呟く。
結局は、翔平を真剣に愛してると、全力で伝えていくしかないのだ、と2人で似たようなことを考えつつも、言葉には出さなかった。
1人でゆっくりとお湯に浸かる。
最初は両手足を投げ出して仰向けに寝そべって天井を見上げていた。
だが、思考が進むに連れてだんだんと体を縮め、最後にはバスタブの中で三角座りをして膝の上に額をつけて丸まっていた。
アレックスと付き合っていたという事実には多少のショックは覚えたが、そんなに気にしてはいない。
誰にだってそういう過去はあるし、俺だって彼女の1人や2人いた。
そんなのを気にしていたらキリがないし、過去の事だと割り切ることは出来る。
俺が複雑な感情を抱いたのは、ロイが嘘をついたからだ。
ロイは、絶対に追放された時にアレックスに会っている。
あの微妙な間と言い淀み方はまず間違いない。
何故そんな嘘をついたのか。
それは会っただけではなく、おそらくSEXもしているからだ。
元々付き合っていた相手で、久しぶりに会って気分が盛り上がって行為に及ぶ。
おそらく、ロイも、そのアレックスもその行為に全く抵抗がないだろう。それがこの世界では当たり前なのだから。
だが、ロイは、俺がこの世界の性行為の壁の低さに抵抗を抱いていることを知っている。
元彼と会ったと聞けば、俺はきっとSEXをしたと思って嫌な顔をする。
そう思ったからロイは会っていないと言ったのだ。
さらに言うなら、ロイは追放が解かれた後も世界各地の魔獣討伐の仕事をしていたと言っていた。アレックスと会おうと思えば会えたはずだし、ましてや、2人は自然消滅した関係で、はっきりと別れを告げたわけではない。互いに嫌いになったわけでもないだろう。
会おうと思えば会える状況にあった。
その現在も続く可能性が俺を押し潰す。
全て俺の妄想でしかないが、どんどんと悪い方向に思考が進んでしまう。
もし、アレックスがまだロイを忘れられないなら。
それが今回の見合いに繋がっているなら。
「ふ…」
1人になって、堪えきれなくなった涙が頬を伝った。
「ぇ…うぅ…」
一度嗚咽が漏れると抑えが効かなくなる。
辛い。
この世界の常識に慣れない。
この世界を知らない。
2人を信じたい。
信じたいが、猥談話の件で芽生えた不信感は拭えなかった。
そんなことはない。
ロイは絶対に俺を選ぶ。
頭ではわかっている。
わかっていても辛い。
どうしても一度感じた不信感が思考を蝕み、悪い方向へと持っていってしまう。
そんな考えを打ち消したいが、自分ではどうしようも出来ない。
かつ、俺だって見合いというデートをして、好きでもない相手と手を繋いで歩き、隙を見せてキスまでされた。
俺だって、現在進行形で2人を裏切ってるじゃないか。なのに、ロイの過去の行為を、この世界のことをどうこう言える資格なんてあるわけがない。
俺も2人に同じ思いをさせて我慢させているのに、俺だけが被害者になっているような考えがあり得ないし、酷い考えだ。
そんな自分がとてつもなく嫌で、俺を真剣に愛してくれている2人に申し訳なくて、涙が止まらなかった。
自分の感情と常識と行動と、あらゆることが全く違う方向を向いている。
「俺は…何をしてるんだ…?
俺は、ここで何を…?」
わからない。
助けて。
張り裂けそうになる心に、ひたすら泣いた。
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