おっさんが願うもの 〜異世界行ったらイケメンに大切にされ、溺愛され、聖女と呼ばれ、陰謀に巻き込まれ。それでも幸せ目指して真面目に頑張ります〜

猫の手

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キドナ編 〜戦闘訓練開始〜

228.おっさん、基礎訓練を受ける / ロイ、奇襲される

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 騎士団官舎に到着すると、突然現れた翔平に騎士達がざわめき立った。
「聖女様…」
「かわいい…」
「何しに?」
 ボソボソと俺を見ながらソワソワしている騎士たちの声が聞こえる。
 そんな中、左右に会釈しながらオスカーとオリヴィエの先導でキースと共に後ろをついて行くと、官舎のさらに奥にある建物に入る。
 外から見れば官舎と似たような建物に見えるが、中は大小様々な訓練室に別れていた。
「訓練する内容で別れてるのよ」
 オリヴィエが隣に立ち、武器や訓練方法に合わせて、部屋にかけられている保護魔法が違うと教えてくれた。

 廊下を進み、一つのドアの前で止まった。
「騎士はメインとする武器の他に、必ず短剣とナイフ、体術を覚えることになっているんだ。
 場所によっては振るえない武器もあるからな」
 オスカーが説明しながらドアを開けると、中には数人の騎士がちょうど自主練を行っている最中だった。
 部屋の中央で、ナイフを両手に持った2人が模擬戦をしてるところで、ナイフ同士がぶつかり合う金属音が響いていた。
 その模擬戦を訓練着の騎士達が壁際でヤジを飛ばしながら観戦している。
 俺たちが中に入ると、ギョッとして、だらけていた姿勢を元に戻し背筋を伸ばした。俺に、というよりもオスカーとオリヴィエに対してだろうと思った。
「ほぇ~」
 ナイフ術と言っても、ただ刃物を振り回すだけではなく、それと同時に拳や蹴りなどの体術も繰り出しているのを見て、間抜けな声をあげて見入ってしまった。
 だが、模擬戦をしていた1人が俺に気付き気を取られ、相手のナイフをもろに胸に受け、後ろにのけぞって倒れた。
「うわ」
 切られたと思って顔を背けたが、「そこまで!」というオスカーの号令で、すぐに立ち上がると、互いに礼を交わした。
「模擬刀よ。刃を潰してあって切れないから安心して」
 オリヴィエがビビった俺を笑いながら言い、そうだよな、訓練だもんな、とアハハと乾いた笑いを漏らした。
 模擬戦を見せてくれた2人を見ると、顔や剥き出しになった腕に、模擬刀とは言え鋭く擦られた擦過傷が何ヶ所も赤い筋を作っていた。
「なぁ、ヒールを使ってもいいか?」
 後ろからオスカーの騎士服の裾をクンクンと引っ張って聞く。
「いいぞ。お前ら喜べ!聖女様が治してくださるそうだ!」
 オスカーが中にいた騎士達に大声で叫ぶと、騎士達がどよめいて俺の周りに笑顔で集まってきた。
 口々に、やったぁ、ラッキー、と嬉しそうにしているのを見て俺も嬉しくなる。
 1箇所に集まった所ですぐにヒールを使う。
 10人程度の軽い怪我なので、魔力の消費も全く大したこともなく、真剣に集中する必要もなかった。
 ヒールと唱えた瞬間、フワッと騎士達の周囲を白い光と金色の粒が包み込みすぐに霧散して消える。
「すげぇ…」
「マジで一瞬だ」
 1秒で治り、傷があった箇所を見て触り、騎士達が口々に声を上げた。そして大声でありがとうございました!と言いつつ、俺に向かって敬礼する。 
「すまんが、少しの間貸切にしたいんだが」
 オスカーが言うと、はい!と大きな返事をして、俺にペコペコと頭を下げながら笑顔で訓練室を出て行く。

「それじゃぁ始めましょうか。まずは準備運動を」
 キースが笑顔で言い、俺は護身術訓練の時の鬼教官キースを一瞬で思い出し、顔を引き攣らせた。



 なるべく柔軟運動は続けていたので、前よりは柔らかくなっている。
 今は屈伸で手のひらがベッタリと床につくまでになっていた。
 股関節も柔らかくなっており、160度くらいまでは開くようになっている。100度が限界だった頃に比べると自分でも成長したなぁと感慨深く思う。
 30分かけて入念に準備体操をすると、体が暖まりじんわりと汗も滲み出ていた。
 5分ほどの休憩を挟んだ後、オリヴィエが用意してくれた枯草を纏めた的の前に立つ。
「まずは切れ味の確認を」
 言われて、右手の暗器ナイフを出して手に握るが、持ち方が違うと笑われた。
 正しい持ち方に直された後、少し離れた所で自分の短剣を取り出したキースが構え方の見本を示す。
「ナイフで斬るというよりも、ナイフを持った手で殴る感じです」
 そう説明され、的の手前で何度か素振りを行う。
「そうそう」
「なかなか様になってるぞ」
 後ろでオスカーが茶化すのを聞きながら、横目でキースを見つつ同じ動きを繰り返した。
「もういいでしょう。では、その的を斬ってみてください」
 頷きながらゴクリと喉を鳴らし、初めてナイフで斬りつけるという行為に緊張した。
 的に近付き、教わった通りの動きで、的に向かって拳を突き出しそのまま振り上げる。
 右手にザクッという感触が伝わった。
 例えるなら、白菜丸ごと一個を勢い良く一気に切った感じに近い。
「ぇ……」
 そんなに力を入れたつもりはない。言われた通りに、腕を振っただけだが、的はスッパリ斬られていた。
「すげ…」
 その斬れ味に驚く。
 俺以外が的に近付くと、その切口を確認する。
「さすがフェルナンド作。ど素人でもこの斬れ味たぁすげえな」
 オスカーが感心したように言い、ど素人と言われたことにハハハと笑った。
「ベテランのオスカーが使ったらどうなるんだ?」
「ん?」
 思わず対抗するように言うと、オスカーは俺を見てニヤリと笑う。
「ちょっと貸してみろ」
 そう言われたので、ナイフを装着具から外すと柄をオスカーに向けて差し出す。
「下がってろ」
 そう言われ、キースが俺の腕を軽くひっぱると、5mは離される。
 見えやすいように横に回り込むと、オスカーが俺と同じ基本の構えを取る。
「っふ」
 一瞬、オスカーの短い息遣いが聞こえた。
 そのすぐ後構えを解き、こっちへ向かってくるとナイフを返してくれる。
「え?終わり?」
 多分斬りつけたのだろうが、その動きは全く見えなかった。
「近くで見てみろ」
 そう言われて的に駆け寄って見てみるが、何も変化はない。
 まさか、と思って的に触れると、的の上部がズって、そのままドサっと床に落ちた。
「……」
 的の太さは直径40センチはある。ナイフは15センチしかないのに、なんで全部斬れるのかが納得いかない。
「いやぁ斬れるなぁ」
 オスカーがドヤ顔を決めていた。
「剣圧ですよ」
 納得いっていない俺の顔を見てキースが笑顔で答える。
 だから5mも離されたのかと苦笑した。
「オリヴィエも同じことが出来るぞ。
 キースなら今の一撃で3等分にしてるな。お前も頑張れ」
 オスカーがポンポンと笑いながら俺の肩を叩いた。

 出来る気がしなかった。










 出発して7時間が経つ。
 途中、2回ほど小休憩を取り、食事休憩も取った。
 時刻は午後3時にさしかかろうとしており、日没まではまだ時間があるはずだが、どんよりとした雪雲のせいで当たりは酷く暗かった。
 雪も強まり行手を阻む。
 風がそんなに強くないためまだマシだが、これに風が加われば完全に吹雪になるだろう。
 峠の頂上まではまだしばらくかかり、登りが続く。
 すでに全行程の4分の1まで進んでいるが、登りと雪のせいで速度は落ちていた。
「この先で休むぞ」
 先頭を行くロイが後ろへ声をかけ、3人が手を上げて了解の合図を送った。

 それから30分後、峠の道沿いにある休憩所で小休憩を取った。
「思ったより雪が深いな」
 ダニエルが空を見上げながら言った。
「……仕方ねぇ。あれやるか」
 ロイが同じように空を見上げ呟いた。
「防御魔法を解くから、今後は各自で展開してくれ。
 俺は雪をなんとかする」
「大丈夫か」
 何をやろうとしてるのか察したデクスターが顔を顰めた。
 魔力量が増えたとは言え、今までずっと防御魔法を展開していたのに、さらに魔力消費の激しい魔法を使おうとしていることに心配の声を上げた。
「大丈夫だ。まだまだ余力がある」
 ニカッと笑うロイに止めろと言えず、ただ無理はするなとだけ言った。

 10分程休憩した後、再び騎乗し道に戻るが、進み始めた直後、ロイが右手を前方にかざした。
「炎、渦、這、飛」
 直径1mほどの炎の塊を上空に出現させると、前方に向かって放つ。
 炎の玉が地面の上を滑るように前方に向かって飛び、道の雪をシュウウゥと解かしていく。
「行くぞ」
 駆けやすくなった馬は、雪に足を取られることなく速度を上げる。
 直線の場合は数百m先まで解かすが、曲がりくねる道ではそうは行かない。何度も炎の塊を放ち、道の上の雪だけを解かして行った。

 後ろからその様子を見ていたバシリオは、ロイの魔力量に驚愕していた。
 確か、大賢者と呼ばれるロマに匹敵するとは聞いていたが、何時間も防御魔法を使った後でこの炎の魔法。匹敵する所ではなく、すでに超えているのでは?と、その桁外れな魔力量に圧倒されていた。

 速度が上がったとは言え、降り続ける雪の中で、しかも登り坂ではスピードも落ちる。
 強化魔法をかけた馬だからこそ、駆け足で進めているが、少しづつ馬の体力が削られ、先ほどから馬のいななきが増えていた。

「この先に岩場がある。そこで馬を休ませよう」
 馬が潰れる前に、回復させてやらなくてはと、数時間の休憩を取ることにする。
 丁度、洞窟まではいかないが大岩をくり抜いた天然の屋根があるような場所がある。そこで仮眠を含めて馬達にも休息を与える。
 峠の頂上はまだ先で、登りと下りを繰り返しながら進まねばならない。道のりはまだ長かった。

 すっかり日が落ちて暗くなった頃、その岩場に到着した。
 馬と共に雪があたらない場所に移動し、周囲に防御結界を張り、結界内に熱魔法が付与された魔鉱石を並べつつ、焚き火をして暖を取った。
 馬にポーション入りの水を飲ませつつ、携帯食を食べながら交代で仮眠を取ることにする。

「だいぶ上がって来たな。頂上まであとどのくらいだ?」
 地図を広げ、この先の行程を確かめるためにダニエルが覗き込んだ。
「3時間後に出発したとして…、頂上付近には明け方近いだろうな」
 デクスターが答える。
「ご来光が拝めるぞ」
 ロイがニカッと笑う。
「晴れたらなw」
 晴れたら登ってくる太陽が峠頂上から良く見える。
 夏場はそれを見るためにわざわざ登ってくる人もいるほど景色も綺麗で、さらに下界に点在する街や村を見渡すことの出来る展望の良い隠れた名所になっていた。
 会話が止まり、焚き火の火がパチパチと爆ぜる音だけが響いた。

 数分無言になってから、ロイがポツリと呟く。
「そろそろだな」
「やっぱりそうなるか」
「俺ならそうする」
 バシリオはその会話に襲撃が近いとわかり緊張が走る。
「リオ、寝ておけ」
 保護対象のバシリオがこの強行軍に先に倒れられては本末転倒だ。
 バシリオも自分が一番体力も力もないことはわかっているので、素直にその言葉に従うことにして横になった。
 長時間の乗馬に体は悲鳴を上げており、自分をヒールで癒して体の痛みは取れるが、削られた体力は戻らない。少しでも回復するためにすぐに目を閉じて眠りにつく。
 3人は順番で警戒と監視にあたる。
 まず最初の1時間はダニエルが引き受け、ロイとデクスターは岩によしかかって座った状態で目を閉じた。










 ナイフ術の基礎を教えられる。
 いくつかある型のうち、最も基本とされるもので、どの攻撃においてもまずはその型から始まると教えられた。
 まずはこれを覚えないと次に進めず、ひたすら3つの型のみを繰り返し行った。

 午後2時から初めて気が付けば5時になっており、3時間ひたすら同じことだけを繰り返して、腕はパンパンに、足は膝が震えていた。
「お疲れ様でした」
「つ…疲れた…」
 カシャンとナイフを腕に収納すると、その場に崩れ落ちるように座り込む。
 流れてくる汗を、キースが渡してくれたタオルで拭った。
「なかなか筋はいいですよ」
 キースがニコニコと褒めてくれ、おだてられているとわかっていても、そうか?と笑顔になった。
「筋肉痛になると思うのでヒールで治してください。
 本当はいじめた筋肉はそのままにした方がいいのですが、そんなに時間をかけていられないので」
 前に護身術を習っていた時は、ヒールで治るということを体が覚えてしまうので多用しないように言われたが、今回は暗器を無駄にしないためにも、基本だけは数日でマスターするように言われた。
「いてて…」
 座ったまま両手を床につくと、その手のひらに痛みが走る。見ると、豆が出来ていた。
 きっと騎士達はこの豆を何度もつぶしながら育てていくのだろう。
 ディーの手も綺麗に見えるが、手のひらには剣ダコが出来ていて、硬かったのを思い出した。
「さぁ、今日はもう戻りましょう。
 本格的な訓練は明日からです」
「え」
 今までの3時間は本格的じゃないのか、とキースを見ると、ニヤリと含んだ笑顔を浮かべるキースに、鬼教官だ、と渇いた笑いを漏らした。

 明日も特に用事はないし、朝からここにお邪魔することになった。
「なんなら、午前中の基礎訓練に混ざったらどうだ?」
「あら、いいわね」
 オスカーとオリヴィエが笑顔で言うが。ものすごく丁寧にお断りを入れる。
 ついていけるわけがない。運動不足の39歳を舐めんな、と引き攣った笑顔で返すと声を出して笑われた。
 来た時と同様、周囲の騎士たちに会釈しながらお邪魔しました、と挨拶しつつ訓練場を後にする。
「聖女ちゃーん!明日も待ってるからなー!」
 遠くで第1部隊のおっさん騎士に叫ばれつつ手を振られ、笑いながら手を振り返した。
 瑠璃宮に戻ってすぐにクリーンをかけて風呂に入り汗を流す。
 夕食を食べ終わった頃には、久々の運動に睡魔が襲ってきており、まだ夜8時だというのに、起きているのが難しくなっていた。









 午後8時過ぎ、ダニエルと交代してデクスターが見張りに入る。
 ダニエルはすぐに毛布に包まると、同じように座ったまま目を閉じた。
 休憩を始めて1時間半、周囲に異変はない。
 馬も4頭が身を寄せ合って休んでいるのを確認しながら、デクスターはゆっくりと魔力を集中し、今現在張っている感知魔法をさらに広範囲に、2km四方へ広げた。
 目を閉じて、魔法に引っかかる気配を一つ一つ確認していくが、どれも周辺に潜む獣の微弱な魔力だけで、敵意など感じることはなかった。
「異常なし…」
 広げた魔法を収めようと目を開けた瞬間、範囲の隅に僅かな敵意を持った魔力を感じ、閉じようとしていた魔法の維持を継続した。
 肉食の獣で、自分達の匂いを嗅ぎつけたかと思ったが、一つだった気配が二つになり、三つになり、近付くにつれて気配が強くなる。
「起きろ!!」
 感知魔法を展開したまま叫ぶ。
 そのデクスターの大声に、ロイとダニエルはいち早く反応し飛び起きると、すぐに撤収の準備を始める。
「リオ!起きろ!!来るぞ!!!」
 ダニエルが叫び、バシリオのかぶっていた毛布を剥ぎ取ると、急いで畳んで収納し馬の準備を始めていたロイとデクスターに投げて渡す。
「峠頂上に向かって7時方向!4つ、いや5つだ!魔力反応がある!まっすぐこっちに向かってる!」
 デクスターが叫び、ソナーのような感知魔法に、敵意を示す赤色の点滅があり得ない速度で、地形を無視して真っ直ぐこちらへ向かってくることを告げた。
 バシリオも一気に目を覚まし、大急ぎでダニエルと共に、焚き火を踏み消すと騎乗した。
「行くぞ!!」
 防御結界を解除すると4人は一気に外に飛び出した。
 雪は弱くなっており、おそらく後少しで止む気配だったが、まだ降り続いている。
 休んでいた場所で迎えうっても良いのだが、岩場という場所が悪い。
 休むには最適だが戦闘には不向きだ。
 もう少し進めば再び森林地帯に入り、登りも緩やかな場所に出る。
 ロイが再び炎の塊を出現させて、道の雪を解かして行った。
 ほんの少しでも休んだことで、馬も少しだけだが体力を回復しており、少しだけ早いペースで駆けて行く。
「800!」
 襲撃者との距離をデクスターが後方から叫ぶ。
 ロイはその距離を聞きながら、向かう森林地帯までの距離と時間を計算していた。
「500!」
 すぐ後方にまで迫っている。
 間に合わないか、とロイが舌打ちし、
「ダニエル!デック!変われ!」
 ロイが叫ぶと、バシリオの後方を走っていた2人が彼を左右から追い抜き前に出る。その代わりにロイが最後尾まで下がると、逆三角の体形に陣形を変えた。
「そのまま進め!」
 ダニエルとデクスターがバシリオを先導する形で交互に道の雪を解かしつつ馬を走らせる。
 ロイはその背後で、足をかけるあぶみから両足を離すと馬上でクルッと反転し再びあぶみに足を乗せて後ろ向きで立ち上がった。
「200!」
 後ろを見ていたロイにも、襲撃者の気配が伝わってくる。
「150!…100!」
「炎、塊、連撃、散」
 ロイが前方に両腕を突き出すと周囲に小さな魔法陣が数十個出現し、その魔法陣から一気に炎の塊が後方に向かって放たれる。
 襲撃者の気配に向けて放たれているが、その周囲に広範囲に放たれる拳大の炎の塊が、ピッチングマシーンのように連続で通過する道上、周囲の森や岩場に向かってヒュンヒュンと音を立てて飛んで行った。
「残り4人!」
 デクスターが感じていた気配の一つが消えたのを叫んだ。
 だが、その直後ロイの視界に襲撃者の姿が映る。
「防御!壁!反射!!」
 攻撃魔法をやめ、襲撃者から感じた魔法に防御を展開する。
 次の瞬間、ロイが張った魔法壁にドドドドという音と共に炎の玉や氷塊がぶつけられた。
 ぶつけられた魔法弾は反射によって同じ軌道を戻って行くが、襲撃者はいとも簡単に魔法弾をかわしてこちらへ向かいつつ何発も魔法弾を打ち込んで来る。

 目視出来た4人は、全身黒づくめで覆面を被り目元だけを出した状態だった。
 その目が異様に大きく見開かれており、ロイ達を見据えて襲ってくる。

「ッチィ!」
 ロイが瞬間的に4人がスレイブドールだと気付いて舌打ちした。
 あの取り憑かれたような目には見覚えがあった。
 目標だけを見て、襲ってくる姿はまさに魔獣そのもの。己の命が尽きるまでその動きは止まらない。
 今も己の魔力量を考えず、攻撃魔法を撃ちまくる様子は通常の兵士ではあり得ない姿だった。

 4人のドールがロイ達を追いかけながら正面、左右、頭上から魔法弾を降らせる。
 ロイは自分達を囲むように魔法壁を展開し、反撃出来ないまま先へと進むしかなかった。
「見えた!!」
 ダニエルが叫ぶ。
 目指していた戦闘に最適なポイントが目視でき、ダニエルは一気にそこまでの道の雪を解かして速度を早める。
 ドガガガと馬の蹄の音が響き、ポイントにたどり着くと速度を落として止まる。
「リオを!!」
 デクスターがダニエルに叫び、馬から飛び降りると最後に到着したロイの横を通過する。
「ロイ!!」
 通過する瞬間ロイの名を叫ぶと、ロイは魔法壁を膨張させて魔法弾を押し返しつつ、魔法を解除した。そして、走る馬から飛び降りるとデクスターと共にスレイブドールに向かって突進した。

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 手を離すとトンと地面に着地し、デクスターの方へ顔を向ける。
 ちょうど、デクスターが2人目の首を落とす所だった。高く上空に舞った首が、2、3秒かけてゴンと地面に落ち、そのまま緩やかな坂を数m転がり止まった。

 時間にして1分もかかっていない。
 あっという間に終わった戦闘に、バシリオは馬上から口を開けて呆然と見ていた。
 ロイとデクスターが歩みよると、労うように互いに拳と腕をぶつけ合い、静かにダニエルとバシリオの方へ戻ってきた。

「すごい…」
「すげえだろ」
 呆然としながらも、2人に向かって感嘆の声を出すと、ロイはニカッと笑ってドヤ顔をした。
「俺の出番はなしか」
 ダニエルが残念そうに呟いたが、
「ホッとしてるくせに」
 と弟に笑顔で揶揄われた。

 いつのまにか雪は止んでおり、とりあえずその場で一度ダニエルもバシリオも馬から降りると、殺したドールへと近付いた。
「こいつらには悪いが、遺体はこのままにする。肉食の獣が綺麗に処理してくれるだろう」
 ロイが辺りに漂う血の匂いに、すぐに獣が集まってくると言った。
 だが、その前にやることがある。
 手分けして4人の遺体の胴体を探った。
 何か身元のわかるもの、特徴がないかと衣服を剥ぎ取り、持ち物を探す。
 そして、4人をうつ伏せにし、その首の付け根にある奴隷紋、さらに数センチ下の背中の部分にドールにするための魔法陣が奴隷紋に一部重なるように刻まれているのを見つけた。
「これは…キドナの奴隷紋です」
 バシリオが地面に膝をつくと顔を顰め、自国の奴隷紋であると証言した。

 奴隷紋はどれも同じように見えるが、実はその中に刻んだ者と所有者、奴隷種類、期間が必ず刻印されており、どれが欠けても奴隷にすることは出来ない。
 犯罪奴隷の場合は捕らえた国が所有者となり、借金などの債権回収によって奴隷になった場合は、その債権を肩代わりした奴隷商が所有者となる。奴隷を販売した時点で買った物が所有者となって紋の一部が書き換えられることになっていた。
 奴隷紋を勝手に刻むことは違法であり、許可状を持った者しか行うことが出来ず、もし無許可で行った場合は、極刑にはならずとも、無期限の犯罪奴隷に落ちるほど、その罪は重かった。
 このルールは世界共通であるが、いまだに違法に奴隷化する行為は裏社会で続けられており、人身売買が横行する要因でもあった。

 バシリオはその紋と、さらに、腕に刻まれたタトゥーを見て、顔を歪ませた。
「奴隷種類はわかるか?」
「犯罪奴隷です。罪は…反逆罪で…無期限」
 悔しさで絞り出すように言ったバシリオに3人とも察した。
「この4人は…全員我が国の騎士です…」
 バシリオは涙を堪えるため、思い切り歯を食いしばり、拳を強く握りしめた後、その悔しさをぶつけるように、地面に拳を何度も打ちつけた。

 つまり、この4人は反ナイゼル派の騎士達だった。
 粛清される代わりに、奴隷にされスレイブドールにされた。騎士としても、人としても尊厳を奪われた。
「なんてことを…なんで…」
 ガッゴッと拳を何度も地面に打ちつけるバシリオをデクスターが止める。その手が血まみれになり、涙の代わりに流れていた。
「ヒール」
 デクスターがそんなバシリオの手を治療する。
「リオ。この騎士達の皮を剥ぐ。その許可をもらえるか」
 ロイが怒りと憐れみが入り混じった表情で言った。
 その行為は死者への冒涜に等しい。
 だが、この紋様がナイゼルを追い込む確実な証拠になるという判断だった。
「許可します。お願いします。この者達の無念を…」
 バシリオが顔を歪ませ、必死に涙を堪えた。
「皮を剥いで、獣に食わせず火葬する」
 襲撃者が元は自分達と同じナイゼルに反する者だったとわかり、このまま放置は出来ないという決断だった。
 火葬するのに時間がかかるが、やらなければならない。
 彼らの無念を晴らすため、その身に刻まれた紋様を使わせてもらうことにする。
「俺はもう1人を探してくる。その間こっちを頼めるか」
 襲ってきたのは5人で、最初の攻撃魔法で脱落した1人がいる。おそらくその者も同じ騎士だろう。
 3人は頷き、ロイは来た道を戻って探しに行った。

 残った3人は無言で処理を開始する。
 誰も何も言わず、ただ黙って手を動かした。
 約15分後、ロイが肩に1人の遺体を担いで戻ってくると、その首と背中を確認する。やはり同じ紋様が刻まれており、彼も騎士であることが判明した。

 5人分の紋様部分を剥ぎ終わると、水魔法で綺麗に洗浄し丁寧に綺麗な布で包む。
 そして5人の遺体を並べ取り囲むようにバシリオが防御壁を展開すると、3人で火炎魔法を使って火葬する。
 約1時間かけて、骨も全て燃やし尽くすと、燃やした後が黒く地面に残った。

 全て終わり、4人は黙って馬の元へ戻る。
「今回の襲撃は前哨戦で、俺たちの実力を探るためのものだ」
 ロイが今後の戦闘に関して話し始めた。
「この次か、またその次で一気に仕掛けてくるだろう」
「ああ。もはや個人の強さでは勝てないと判断して数で圧倒してくるだろうな」
 ダニエルも納得したように言った。
「数で押し切るつもりなら、場所が限られる」
 デクスターがカバンの中から地図を取り出し広げた。
「おそらく峠を超えたこの辺り」
 指でその場所を示す。
「ここは本格的な下りになる前の唯一の平地だ」
「数の多さと乱戦になることを考えれば、平である程度の広さがいる。間違いなくここだろうな」
 4人は一度黙り込み、ロイの判断を待った。
「このまま急いで進めば明け方近くに峠を越えることになるだろう。
 これからはゆっくり移動し、峠の手前、ここの岩場で充分に休息を取り、日が高くなってから出発する」
「それがいいな」
 ロイの決断にダニエルが頷いた。
「こっちの思惑通りになるという保証はないがな」
 ロイが苦笑いを浮かべながら言い、今までよりも広範囲に感知魔法を展開しながら進むことに決定した。

 4人は騎乗し、今度は雪を解かすことはせず、慎重にゆっくりと進み始めた。


 
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「お兄ちゃん!一肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
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希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

転生執事は氷の公爵令息の心を溶かしたい【短編】

堀川渓
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事故で命を落とし、目覚めたそこはーー生前遊んでいた女性向け恋愛ゲームの世界!? しかも最推し・“氷の公爵令息”セルジュの執事・レナートとして転生していてーー!! 短編/全10話予定

2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。

ありま氷炎
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高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。 異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。 二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。 しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。 再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。

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