おっさんが願うもの 〜異世界行ったらイケメンに大切にされ、溺愛され、聖女と呼ばれ、陰謀に巻き込まれ。それでも幸せ目指して真面目に頑張ります〜

猫の手

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キドナ編 〜戦闘訓練開始〜

231.おっさん、共鳴する / ロイ、休む

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 瑠璃宮の廊下をバタバタと駆け足で進み、3階に上がると真っ直ぐ翔平の寝室のドアを開ける。
「何事だい!?」
 はぁはぁと息を切らせたロマが、ベッドに横になっている翔平と、その横で祈るように翔平の手を握っているディーを見た。
「ロマ様…何もわからないんです」
 ベッド脇に立っていたキースがすぐにロマを翔平の元へ導いた。
「先ほど医務局長にお越しいただいて診ていただきましたが、どこにも異常はないと。
 ですが、目を覚ましません」
 キースの説明を聞きながら、ロマは翔平の額に右手を置き、魔力の流れを隅々まで確認する。
「魔力にも異常はないね。流れも問題ない」
 額から手を離し、眠る翔平の顔をじっと覗き込む。
「何があったのか聞かせておくれ」
 キースを振り返って尋ね、キースは頷いた。


 午前中、騎士の訓練に参加し、午前11時過ぎに戻ってきた。
 昼食まで時間があったため、共有リヴィングで体を休めながら雑談していたが、会話の途中で突然胸を押さえて苦しみ始めた。
 呼吸も乱れ大量の汗をかき、ロイの名を叫んだ。何度も悲痛な声でロイを呼び、唐突に意識を失った。
「目は開いていたけど、焦点が合ってなかったわ」
 アビゲイルが、その時の様子に補足を入れた。
「ええ。でも、何かを見ていたような感じがしました」
「見て…」
 ロマがふむと顎に手をかけて考え込む。
「もしかしたら、魔力の共鳴現象が起こったのかもしれないね」
「共鳴…?」
 初めて聞いた言葉にディーが顔を上げてロマを見た。
「ああ。親しい間柄で稀に起こる現象だよ」
「虫の知らせみたいなもの?」
 アビゲイルが首を捻る。
「ちょっと違うね」
 ロマは体の向きを変えて、その場にいる3人に説明を始める。
「虫の知らせっていうのは、予感や直感だろ?何となくそうなるかも、的な。
 でも共鳴現象っていうのは、強く相手を想うことで、無意識に自分の魔力を相手に与えて馴染ませ、共鳴を起こす現象なんだ」
「…?」
 3人とも理解出来ずに首を傾げた。
「簡単に言えば、ロイの魔力にショーヘイのものが混ざっているんだよ。遠く離れても、ショーへイはロイと一緒にいたかったんだね」
 無意識でそれを望んだ翔平の愛の深さにロマは嬉しそうに微笑んだ。
 そしてわかりやすく説明するために、空中で人差し指をくるくる回すと、水魔法で小さな三頭身くらいの人形を2つ作った。一つは普通の人型で、もう一つは尻尾がある人型だ。翔平とロイの姿を模したものであることがすぐにわかる。
 ふよふよと空中で水の人形が浮かんで動いていて、思わずアビゲイルが可愛いと呟いた。
「ショーへイは無意識にロイへ自分の魔力を分け与えていたんだよ」
 翔平人形が動くと、自分の中から小さな雫を取り出して、ロイ人形の方へ送り出す。
「ロイも無意識に魔力を受け入れる」
 ロイ人形の体にチャプンと雫が取り込まれた。
 再び翔平人形が雫を取り出すと、ロイ人形に向かって送り出すが、
「もしロイにショーヘイへの想いがなければ…」
 ロイ人形に近付いた雫がその体から弾かれて再び翔平人形へ戻っていった。
「互いに想い合う気持ちがあってこそ成り立つことだ。一方的な気持ちでは起こり得ない現象だよ」
 ロマが水人形をベッド脇にあるボウル上に移動させると、魔法を解いて中に水を落とす。アビゲイルは消えてしまった水人形に残念そうにボウルを見つめた。
「記録では親子や夫婦といった関係で発生していて、深い愛情が起因していると」
 そう言いながら眠る翔平を見つめた。
「では、ショーヘイさんは遠く離れたロイ様の姿を、分け与えた自分の魔力を通して見たということですか」
 キースが驚愕の表情を浮かべる。

 ロイの現在の正確な位置は不明だが、ベネット領内にいることは間違いない。
 仮に教会付近だったとして、ここから軽く250kmはある。そんな距離を、自分の魔力とはいえ感知したことに驚きを隠せなかった。
 しかも無意識に。

「おそらくね。
 ロイの魔力の一部として取り込まれたショーヘイの魔力が、ロイの危機的状況に反応したんだろう」
「つまりそれは…ロイの身に何かがあったと…危機的な何かが…」
 ディーがその事実に顔を歪ませた。
 翔平がロイの状況を感知して、見えて、意識を手放すほどの衝撃を受けている。
 それほどの事態を想像し、まさか、という考えが脳裏を過ぎる。
「何を見たのかは、ショーヘイが目覚めてからでないとわからないよ。
 大丈夫。体も魔力回路にも異常は見当たらないから、すぐに目を覚ますさ」
 ロマはそう言って3人へ笑顔を向けたが、内心は違った。

 この現象のことは文献で読んだことしかない。それだけ珍しいことで、数百年生きているが実際に見たのは初めてだった。
 しかも、読んだ記録では、伴侶の事故を感知し命を救ったものだったが、それは同じ街の中での話だった。他の記録もどんなに離れていても数キロ程度。
 翔平のように数百キロ離れた場所で感知するなんて聞いたことがない。
 まして、気を失うという記録もなかったと記憶している。

 翔平が意識を失ったのには、何か他に理由がある。
 それは翔平の魔力が桁違いで、その扱い方も特殊であるせいだ。
 ジュノーであることが関係しているのか。

 ロマはそう考えていたが、これ以上余計な心配をさせないため、今はまだ黙っておくことにした。
 まずはこの現象をもっと詳しく調べなくてはと考える。


 ロマに笑顔で言われても、ディーは一抹の不安を拭い去ることは出来なかった。

 翔平が目覚めない。
 ロイが生死の境を彷徨っている。
 それともロイはもう…。

 そういう考えがどうしても頭の片隅から離れない。
 ディーは青ざめ、翔平の手を強く握り自分の額に押し付けると、祈るように顔を伏せた。










 ギデオン騎士団との戦闘をした草原から立ち去って1時間後、降りに入った道を大きくカーブした先にある休息所で一旦止まった。
 まずは少しでも体力と魔力を回復するためにハイポーションを飲み、傷を塞ぎ痛みを軽減させることしか出来ないがダニエルとデクスターがヒールでそれぞれの治療をし、傷口を綺麗な布と包帯で覆った。
 これから魔力が回復する度に少しづつ癒していくしか方法がない。
 それを考えると、一度のヒールで完璧に治してしまう翔平のヒールが、いかに非常識であるかがよくわかる。

 ボロボロになった衣服を青空の下で寒さに耐えながら素早く着替え、血だらけの服を丸めて袋に放り込むと馬にくくりつけて再び騎乗する。
 ここから二つの分岐点を通過し、少し降った所に、避難小屋がある。そこまでまだ4、5時間はかかるが、天幕を張ってここで野営するよりも、体を休めることが出来るし、再び襲撃があるという可能性も考えて、余力を残しつつなるべく先へ進むことを選択した。陽が落ちる頃には到着出来るはずだ。

「ロイ、右目は駄目か」
 ダニエルが先頭のロイの右側に馬を並べると横から顔を見る。
「ああ、駄目だな。全く見えん」
「そうか」
 ダニエルがじっと覗き込むようにロイの顔を見つめた。
 ヒールによって傷は塞がっているが、額から目を通り顎まで通った斬り傷が赤く残っていた。
 右目は瞼が腫れ、開けているのだろうが半分以上目を塞いでいる。
「いいツラになったじゃねぇか」
「っは、俺は元々いい男だよ」
 揶揄うように言われて言い返し、ロイもダニエルの顔を見る。
「お前もデックと同じ傷が出来たな」
 ダニエルの顔も左頬が焼け爛れて大きく傷が残っている。
「兄弟だからってそこまで似なくてもいいのにな」
 ダニエルが笑い、血は繋がっていないが、大切な弟と同じような傷が出来たことに喜んでいるようにも見えロイも笑う。
「デック、お兄ちゃんはお前が大好きだとよ」
「俺も兄さんが大好きだよ」
 後ろにいるデクスターを振り向いて笑うと、デクスターも笑顔で即答し、ダニエルが照れるように笑った。
「ダリルも大好きだ」
 さらにデクスターが続けると、ダニエルの顔が末弟の顔を思い出して緩む。
「ほんとそれな」
 デレッとしたダニエルに若干引き気味になりながらも声に出して笑った。
「ダリルと言えばな」
 ダニエルが思い出したようにロイを見る。
「ショーへーの絵姿を部屋に飾ってたぞ」
「……は?」
 ロイが真顔になる。
「ああ、欲しいと言われて、一番良く描かれたものを買ってやった」
 デクスターがニヤリと笑う。
「おい、それって…」
「ダリルは何も言わないが、あの子のことだから、ショーへーと結婚するための計画を立ててるぞ」
「はぁ!?」
 ロイが素っ頓狂な声を上げる。
「あの子は頭がいいからな」
 デクスターが可愛い末弟の行動を思い出して肩を震わせて笑う。
「あれから二ヶ月、勉強にも訓練にもますます力を入れ始めた。
 全ては聖女様に相応しい男になるためだな」
「なっ……29歳も離れてるんだぞ!?」
「ダリルが20になっても、まだ49だろ。普通だ。3、40くらいの歳の差なんて大した問題じゃぁない」
 種族の寿命の差もあるし、80歳差、100歳以上離れていることも珍しいことではない。
 確かにそうだ。そうなのだが…。
 ロイがショックを受けたような顔をし、それを見たクルス兄弟はワハハとおかしそうに笑う。
「お前ら!ちゃんと弟に言えよ!ショーへーにはもう俺とディーがいるって!!」
「今はまだ秘密だろう?」
「どこから漏れるかわからないからな」
 さらにロイを揶揄うように笑う2人にロイは情けない表情を見せた。
「まぁ、せいぜい俺たちの弟に取られないように頑張れや」
 ダニエルはガハハと笑いながら、ロイの肩をバシバシと叩いた。

 子供の言うことで、恋愛というよりも憧れの延長のようなものだとは理解できる。
 だが、それでも複雑な気持ちになってしまった。

 早く帰りたい。
 会いたい。

 その気持ちが強くなった。





 進むこと4時間半、陽が沈む前に避難小屋に到着することが出来た。
 たまにしか利用されることはないが、麓の村の者が定期的に管理しているため、中は綺麗に整えられている。
 ダニエルが先に入り暖炉に火をつける間、デクスターがバシリオを運んで中に寝かせると、ロイが備え付けられている毛布をその体にかける。
 荷物を馬から外した後、小屋の隣にある厩舎に入れて水と餌をたっぷりと用意した。
 ここで、バシリオが意識を取り戻すまで待つことにする。
 おそらくゆっくり休めば明日には目覚めるはずだ。
 左腕を失くし魔力が枯渇した状態から意識を取り戻しても体調は最悪だろうが、黒幕の計画とナイゼルの動きについて今一度考え、相談する時間が欲しかった。

 1時間もすれば小屋の中が暖まってくる。
 手分けして小屋の周辺に襲撃に備えた仕掛けを施す。
 まだまだ油断は出来ない。
 いつでも出発出来るように準備だけは整え、交代で索敵魔法を5km先まで展開させた。

 暖炉の前で火に当たりながらデクスターが作った食事を摂る。
 怪我をしても、楽しそうに調理する姿は、本当に料理が好きなんだと笑った。
「うま…」
 ズズッとデクスター特製スープを啜り、その味と暖かさにホッと息を吐いた。

「まだ襲ってくると思うか」
 ダニエルがロイに聞いた。
「可能性は低いな」
 もぐもぐと口を動かして飲み込む。
 低くても0になったわけではないから警戒を解くことは出来ないが。
「ギデオン騎士団が最後の手札だっただろう。さらに刺客を送ってきても、俺たちに返り討ちにされるだけだ」
「そうだな。闇雲に兵隊の数を減らすだけで、デメリットしかない」
 デクスターもロイの意見に賛同した。
「ってことは、リオの暗殺を諦めるってことか」
 ダニエルが納得がいかない表情で言った。
 暗殺を諦めるということは、こちらにバシリオという証人を与えることになり、それはナイゼルが詰んだことを意味する。
「いや、そうじゃない。腕を持ち帰ったことで、もう目的は達成したんだよ」
「?」
 ダニエルはロイの言葉にハテナマークを頭の上に飛ばす。
「最後に単独で襲ってきたあいつ」
 空になった器を置き、自分の右目を傷付け、バシリオの左腕を落とした覆面男の話を始めた。
「奴はナイゼルの子飼いじゃない。“あの方”の手の者だろう。
 騎士団を操り、命令したのも奴だ」
「だな。ずっと俺達を見て仕掛けるタイミングを伺っていたんだろう」
 デクスターが床に置かれたロイの器を取ると、おかわりをよそって渡す。
「お、ありがと」
 ズズッとスープを啜り、中にある干し肉をはふはふ言いながら口に入れる。
「ほへははいへるのへーはふじゃはふ、はのはたのへーはふは。
(これはナイゼルの計画じゃなく、“あの方”の計画だ)」
「飲み込んでから喋れや」
 ダニエルが何を言っているかわかったが、呆れた顔で言い、ロイは急いでもぐもぐと口を動かしゴクンと飲み込む。
「ギデオン騎士団がドールにされたことも、今ここで俺たちに投入したことも、全部“あの方”の計画」
「だろうな。ナイゼルにそんな知略があるわけがない」
 ダニエルが馬鹿にしたように言い、フンと鼻で笑った。
「奴は腕をナイゼルに渡す。
 ナイゼルはリオ本人の腕を見せられて死んだと勘違いするだろうよ」
「勘違い?」
 何故そんなことをする必要がある、とダニエルが首を捻った。
 そんなダニエルの様子を見て笑う。
「“あの方”はナイゼルを処分するつもりなんだよ。俺たちを利用してな」
「利用…」
 それを聞いて、ダニエルも察した。
「リオが死んだと勘違いさせ、公国に対して行動を起こさせるつもりだ」
 デクスターが続きを言った。
「だが実際にはリオは生きているし、身内をドールにした証拠もある…。
 俺たちに大義名分を与えてナイゼルを始末させる気か」
 察した内容を確かめるようにロイに聞いた。
「そうだ。
 先行して5人のドールに襲撃させたのも計画のうちだろう。
 俺たちがドールにされたのがギデオン騎士団だと悟らせるため、さらにその証拠を握らせるためだ」
 弟の暗殺未遂に加えて、私利私欲でギデオン騎士団の粛清、スレイブドールの術を施すという蛮行は、たとえナイゼル本人が術を施していなくても命令を下した時点で極刑に値する。
 つまり、ロイたちが皮膚を剥ぎ取り証拠にすることも計画に折込済みということだ。

 ダニエルは真顔になり、嫌なものを見るように眉間に皺を寄せた。
「やり方が汚えな」
 姑息だとダニエルは怒りを含ませた声で呟く。

 自分は一切手を出さず、情報と計画だけを与えてその通りに動かしている。姑息と言えば姑息だが、戦略としては超一流だ。現時点で、黒幕が考えた通りに事態は動いている。
 ただ、ロイたちも黒幕も、狙いはナイゼルであることには変わりない。違うのは望む結果だけだ。

「今俺たちはまだ“あの方”の計画に踊らされているが、結末は変えたい」
 ロイが一気にスープを食べ終わると、デクスターにもうちょっとくれ、とおかわりを要求した。


「“あの方”の目的はナイゼルの処分。つまり奴の死だ。
 だが、俺たちはそれを食い止める。
 結果的に助けることになるが、奴に死なれては“あの方”の情報は引き出せない」
 ロイの考えを聞きながら、ダニエルもデクスターも黙々とスープを口に運ぶ。
「どうしても予測出来ないのは、公国に何を要求してくるか、だ」
「ショーへーを寄越せじゃないのか」
「単純に考えればな。
 だが、第2王子を公国人に殺されたとしても、公国が責任を取る必要はどこにもない」
「確かにな。公国内の事件ということで賠償金の話は出るだろうが、聖女を寄越せは極端過ぎる」
「ああ。
 だが、“あの方”は確実にショーへーがナイゼルのものになるように計画しているはずだ。
 正攻法ではどう転んでも無理な話で、何かを企んでいるんだろうが…」
 その企みがどうしても思いつかないと、ロイが眉間に皺を寄せる。

 3人が黙り込み考えるが、その方法が全く思い浮かばなかった。

「とにかく、おそらくもう襲撃はないと見て間違いないだろう。
 “あの方”の計画通り、リオの一部を手に入れてナイゼルを嵌める材料は手に入ったからな」
 ロイは小さくため息をついて最後の一口を食べると、ごちそうさまとデクスターに礼を言った。
「今は様子を見るしかない…。
 ここからキドナ王都まで何日かかる?」
「通常なら1週間と少し。奴なら3日。12月3日には腕を届けられるだろうな」
 デクスターが自分と同じような諜報工作員の動きをしていた奴の実力を予測し答えた。
「おそらくすでに暗殺成功の一報はナイゼルの元へ向かっている。
 現物を見るのが12月3日だとしても、明日か明後日には伝わっているだろう」
 デクスターが先に一報を入れるはずだと言うと、ロイが一瞬考え込むように顔を伏せ、数秒後にすぐに目線を上げた。
「計画通りなら一報を受けた時点で公国側に会談を要求してくるだろう。
 問題は交渉内容だ。それによって対応が変わる…」
 腕を組みながら口元を撫ぜた。

 2日前からずっとそれを考えてきた。
 だが、その答えが見つからない。黒幕が考えたであろう方法が全くわからなかった。
 
「すまん、時間をくれ。考えたい。」
 何度考えても似たようなことしか思い浮かばず、まして体を走る痛みになかなか集中出来ずに苛立ちすら感じていた。
「焦って考えることはねえさ。まずは休もう」
 ダニエルが無理するなとロイの肩を叩く。
 今は満身創痍状態。普通にしているように見えても傷は深く身体中に痛みが走っている。無理するなと言ったダニエルも、火傷がジクジクと痛みと熱を放っていた。
 状況を考えても時間があまりないことはわかるが、焦って考えて間違った答えを出しても意味がない。
「俺がまず見張りに入る」
 今は体を休めることが先決だと、諭すようにロイに言った。
「では俺が次に。ロイが一番魔力の消費が激しい。
 兄さんが言うように、考えるのはほどほどにして今は休め。リオが目覚めてからでも遅くない」
 クルス兄弟に慰められるように言われ、ロイは苦笑した。
「すまん…」
「ほら、寝ろ。デックも」
 ダニエルが食べ終わった器を鍋に放り込み、片付けておくと言って、2人を横にならせた。
 年長者の言葉に甘え、2人は毛布を引っ張り出すと、床に転がる。
 毛布をしっかりと握り、横向きで丸くなって色々考えようと思っていたが、溜まっていた疲労のせいですぐに睡魔を引き寄せてしまった。
 睡魔に耐えられず、落ちるように目を閉じ、深い眠りについた。



 4時間後、夜中0時にデクスターがダニエルと交代する。
 場所を譲り、ダニエルが横になると、デクスターは窓際に置かれた椅子に座り周囲を警戒する。

 雪は降っておらず、静かな夜だった。
 集中して張り巡らせた索敵魔法で異常がないことを確認すると、4時間眠って回復した魔力で眠っている3人へ順番にヒールをかけた。
 これでまた少し痛みが消えるだろう。
 再び窓際に戻り、じっと外を見つめる。

 深夜2時。
 見張りについて2時間が経過した時、索敵魔法にこちらに向かってくる一つの反応を見つけた。
 だが、極めて弱い。
 動物でもまだ強い反応があるはずだが、消えてしまいそうなほど、薄く、集中しなければ見失いそうになるほど弱かった。
「なんだ…?」
 頭に浮かぶ反応は白。全く敵意はない。
 だが、真っ直ぐにこの小屋に向かっている。

 2km、1km、500、300…。
 移動速度的に伝達魔鳥かと思ったが、魔鳥にしては反応が鈍い。
 デクスターは立ち上がり、じっと窓の外を見つめた。
 100、50。
 もう視界に入るはずだ。
 だが、その反応の正体を目にすることは出来なかった。
 0。
 反応との距離が0になっても、目視で捉えることが出来ない。
 だが、確実にここにいる反応がある。

 この小屋の中に。

 デクスターの背筋に悪寒が走り、全身に鳥肌が立った。
 外から視線を離すと、小屋の中をゆっくりと振り返る。


 何かが居る。
 確かに気配は感じる。


 目に見えない何かがここにいると、体験したことのない恐怖がデクスターを襲う。
 冷や汗が流れ、薄暗い小屋の中に視線を走らせて、反応の正体を必死に探した。
 どうやって入ったのかという疑問もどっかに行き、その気配を探す。

 そして、ついにその姿を視界にとらえた。
「……!!!」
 思わず悲鳴を上げそうになってしまい、慌てて口を抑える。
 目の前、3人が眠るその上に、ゆらゆらと煙のように浮かぶ白い半透明な何かを見た。

 幽霊。

 その言葉を唾と共に飲み込んだ。
 黒騎士という影の存在になって数年経ち、何度も暗闇に身を顰め、自分自身の存在が幽霊になったかのように行動してきた。
 仕事のせいなのか、そういうスピリチュアル的な現象や存在の話は何度も聞いたことがある。
 だが、自分は全く信じていなかった。ほとんどが恐怖が見せた幻覚であり、錯覚や思い込みが原因であることを知っているからだ。
 
 目を細めてよく見ようとするが、微かに見えるだけで気を抜けば見えなくなる。
 何度も瞬きを繰り返し、目をゴシゴシと擦る。

 黒騎士になって、というか今までの人生でこんなに驚いたことも、狼狽えたこともない。
 周囲に聞こえるんじゃないかと思う程、心臓がバクバクと大きく脈打ち、わけのわからない事態に動揺した。

 何が起こっているのかわからない。
 わからないが、敵意は全く感じない。敵意どころか嫌な感じがしないことだけはわかった。










 ふわふわと上空に浮かびながら、過ぎ去っていく地上の景色を綺麗だなと思いながら見ていた。
 上空から見てみると、街道が各街や村に蜘蛛の巣のように伸びているのがよくわかる。その街道を進んでいるのは馬車だろう。蟻よりも小さく見え、フフッと思わず笑みが溢れた。


 俺、飛んでる。


 鳥のように飛ぶことがこんなに気持ちがいいものだと始めて知った。飛んだことがないのだから当たり前だが。
 ジェットコースターは嫌いだが、今のこの状態は高度を上げたり下げたりしても、内蔵が浮き上がるような気持ち悪さは全くない。
 人の姿が目視出来ないほど上空にいるのに、恐怖も感じない。
 むしろ、とても気持ちが良い。
 暑くも寒くもなく、開放感が全身を包んでいた。

 だが、一つの目的のために飛び続ける。

 ロイに会いたい。
 ロイのそばへ。

 ひたすらそのことだけを考え、勝手に飛んで行く。
 引っ張られるという感じもないが、最初から居場所がわかっているように、ロイに向かって飛び続けた。



 次に意識がはっきりした時には、足元にロイがいた。
 ロイをじっと見下ろした後、周囲を見渡す。
 少し離れた所にダニエルとバシリオを見つけた。


 バシリオ様…。
 そうか。見つけたんだ。


 それを確認してホッとした後、1人足りないとデクスターを探し、窓際でこちらを凝視して固まっている彼を見つけた。
 4人揃っていることを確認してますます良かったと、全員生きていることに胸を撫で下ろした。

 改めてロイを見下ろし、そのそばに座ると、眠るロイの右頬にそっと手を伸ばして赤く筋が残る傷に触れる。
「ん…」
 ピクンとロイの体が反応して、仰向けに寝返りを打つ。
 その右瞼が腫れており、見えないが眼球も傷ついているとわかった。

 顔を傷つけられた時の映像が甦り、その傷跡に泣きそうになる。
 きっとロイだけではなく、ダニエルもデクスターもバシリオも怪我を負っている。

 翔平が泣き笑いの表情を浮かべ、静かに目を閉じた。










 目の前でゆらめく薄い半透明の存在に、全く対処出来ない。
 何をどうすればいいのかがわからない。
 ただじっとその存在を凝視することしか出来ない自分が情けなかった。
 やがてその存在が、向きを変えてこちらを見たことがわかった。
 蛇に睨まれた蛙のように体が固まって動けない。冷や汗をかきながら、ゴクリと唾を飲み込む。

 やがて半透明の何かはロイのそばに寄り添うように下がる。


 座ったのか?


 そうなんとなくそう思った瞬間、その存在から自分までも包み込む魔力の波動を感じた。


 …これは…。
 この魔力は…。


 一度体験したことのある魔力を感じて、その暖かさに体の緊張が徐々に解かれていくのがわかる。
 小屋の壁によしかかると、ズルズルと下がり、座り込んでしまった。


 聖女…。
 ショーヘイ…?


 ようやっと、その存在が何なのかがわかった。

 4人を包み込むように翔平から魔法陣が広がり、白い光が立ち上がる。
 同時に金色の粒がキラキラと空中を漂い始めた。


 ヒール


 はっきりと翔平の声が聞こえた。
 その直後、常に襲って来ていた鈍い痛みが掻き消え、光も魔法陣もフワッと消えた。










 ヒールを使い目を開けると、ロイの顔を覗き込む。
 右瞼の腫れは引いていたが、顔に残る傷跡は消えていなかった。
 ダニエルを見て確認するが、火傷の跡が薄くなった程度で、完璧に治すことは出来ていなかった。
 翔平は泣きそうな表情を浮かべると、仰向けになっているロイの両頬に手を添える。


 ごめん、ここまでしか出来なかった。
 後できちんと治すから…。


 ロイの頬にぽたっと涙が落ちる。


 ロイ、愛してる。
 どうか無事で、帰って来て。


 愛しい男の頬を撫で、静かにゆっくりと唇を重ねる。

 次の瞬間、翔平の姿が魔法陣と同様に一瞬で消えた。
 白い霧のように見えていた存在が、さらに細かくなって霧散するように消えた。




 壁によしかかって呆然と座っていたが、暖炉の火がパチンと爆ぜる音に、意識が現実に引き戻される。
 慌てて体を起こすと、3人の様子を確認する。
 3人とも何もなかったように眠っているが、先ほどよりも呼吸が落ち着いていて安らかだ。
 傷も、跡は残っているが完璧に塞がっている。
 自分も肩肉を削ぎ落とされた傷に触れて、違和感は残っているが全く痛みがなくなっていることに唖然とする。
「なんて力だ…」
 その聖女の力に呆然とする。


 どうやってここにきた?
 どうやって俺達の状況を知った?
 あの姿はなんだ?
 遠く離れた場所からヒールを使った?

 まるで……神の力じゃないか…。


 デクスターは人智を超えたその所業に全身に震えが走り、鳥肌が立ち、閉じていた口の中でカチカチと歯が鳴った。
 それと同時に、絶対に翔平を守らなくてはという強い使命感が湧き起こる。
 それは、尊敬や畏敬というよりも、敬い奉る信仰心に近い感情だと悟った。










 ゆっくりと目を開けると、両目の端から涙が落ちていった。
 視界に入ったのは自分のベッドのいつもの天蓋で、薄目を開けて何度か瞬きを繰り返すと、再び目を閉じた。


 戻ったのか。
 良かった。ロイ達は無事だった。
 傷もある程度までは治せたしな。


 頭の中で呟くと、どっと襲ってきた疲労感に深い眠りに落ちた。



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「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!一肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
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転生執事は氷の公爵令息の心を溶かしたい【短編】

堀川渓
BL
事故で命を落とし、目覚めたそこはーー生前遊んでいた女性向け恋愛ゲームの世界!? しかも最推し・“氷の公爵令息”セルジュの執事・レナートとして転生していてーー!! 短編/全10話予定

2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。

ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。 異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。 二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。 しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。 再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。

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