おっさんが願うもの 〜異世界行ったらイケメンに大切にされ、溺愛され、聖女と呼ばれ、陰謀に巻き込まれ。それでも幸せ目指して真面目に頑張ります〜

猫の手

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キドナ編 〜キドナからの招待(誘拐拉致)〜

242.おっさん、宿に泊まる / ディー、打ちのめされる

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 自然と覚醒して目を開けた。
 視界に飛び込んできたのは見知らぬ天井で、パチパチと瞬きを繰り返した後に首を動かしてベッドに寝かされていた事を知った。
 馬車で飲んだ酔い止め?のせいで眠ってしまったと思い出し、起き上がってベッドに腰掛けた。
 部屋を見渡すと宿屋の部屋なのだろうか、ベッドが2台とその真ん中に円卓と椅子、角の方に衝立があるだけの質素な部屋だった。
 瑠璃宮を出た時のままの服で、着ていたコートは壁にかけられている。持ってきた鞄はベッドのそばに置かれていた。

 俺は立ち上がり、靴は履かずに裸足のまま窓に近付くと、カーテンを少し開けて外を見てみる。
 記憶の最後は朝だったが、すでに陽は落ちて暗くなっていた。部屋に時計がないので時間の確認も出来ない。
 どうやら3階の一室にいるらしく、通りを歩く人の姿と、似たような建物や商店、路地がよく見えた。
 外をしばらく眺めていると、こちらに近付いてくる魔力を感知魔法で感じ取った。
 間違いなくクルトのもので、俺は開く前からドアの方を見た。

 ノックもなくガチャッと入ってきたクルトが、俺が起きたことに気付くと笑顔を浮かべる。
「おはよう。もう夜だけど」
 揶揄うように言いながらテーブルの上に持っていた包みを置く。
「腹減っただろ?晩飯買ってきたから食おうぜ」
 そう言いながら包みの中身をテーブルの上に広げ始めた。
「…到着したら起こしてくれるんじゃなかったのか」
「起こそうかと思ったんだけどさ。
 すごく気持ちよさそうに寝てたから」
 食べ物を広げ終わりクルトが座ると、どうぞ、と俺に勧めてくる。
 美味しそうな料理が並べられ、いい匂いがしているが、どうしても食欲は湧かなかった。
「無理にでも食べないともたないよ」
 食べたくない気持ちもわかるけど、とクルトは苦笑し、自分はさっさと串焼きに手を伸ばして頬張り始める。
 確かにこれから長丁場になると思い、椅子に座ると俺も串焼きに手を伸ばす。
「ここは何処だ?今何時?」
「7時。今はサルタっていう街だ。王都から半日くらいの距離にある」
 口の中にある物を飲み込んでから答えた。
 半日くらいと言われても、地理に詳しくないのでどの辺にあるのかわからず、ふうんとだけ返事をした。
 串焼きをようやっという感じで1本食べ終わると、他は小さなパン1個と果物だけで済ませた。
「もういいのか。少食だな」
「この状況でバクバク食えるほど神経太くないわ」
「…その割に嫌味は言うんだな」
 クルトが笑う。
 だいぶ以前にも同じやり取りをしたな、と頭の中で思った。
 その時はチャールズに誘拐されており、やはり食欲が湧かなかったのを思い出す。
 精神的に追い詰められると、心の平穏を保つために食欲は何処かへ行ってしまうらしい。
 無言になり、クルトだけがバクバクと食べ進め、2人分として買ってきたのだが、俺が食べなかったために少し残ってしまった。勿体無いが捨てることになってしまい、俺は作ってくれた人と食べ物に申し訳なく思った。
 円卓の上が綺麗に片付けられると、クルトは鞄から地図を広げる。
「キドナ王都ブリストルまでの行程を説明しとくわ」
 自らの意思でついて来たとは言え、人質状態の俺に対して、ずいぶんと親切だなと皮肉を込めた表情を浮かべた。
「今はここだ」
 クルトがサルタを指差し場所を教える。
 公国の王都フォースキャリアと50kmくらいしか離れていない。
「明日も早朝から移動して夜にはカレーリアに着く予定だ」
 指で道をなぞり、カレーリアの街を示した。
 ガリレア聖教会の総本山があるという街は、アイザック達と第1部隊の護衛交代を行った街だ。
 一泊したが、街中の国が所有する施設的な屋敷にいただけで、街中を散策したりはしなかった。
 教会本部の荘厳で巨大な建築物(元の世界にもあった某国にある数百年間建築が続いている建物に似ている)も遠目に見ただけで終わっている。
「その後は約5日間かけてグロスターまで進む。
 馬車に乗りっぱなしだから結構辛いぞ」
 ケツが痛くなるとクルトは笑い、俺もそうだろうな、とクスッと笑った。
「…ようやっと笑ったな」
 クルトは俺の笑った顔を見て、嬉しそうに言った。
「この状況で笑えるわけないだろ」
 すぐに真顔に戻ると不貞腐れたように言った。
「だけどよ。ずっと緊張したままなのもどうかと思うぜ?
 俺の仕事はあんたをブリストルに送り届けることだ。絶対に危害を加えない。それは約束できる」
 クルトはそう言うが口では何とでも言える。
 クルトは黒幕の配下で、敵であることは変わらない。警戒を解くことなんて出来なかった。
「もうちょっと力抜けよ。
 ずっと顰めっ面で、可愛い顔が台無しだ」
 寝顔は可愛かったのにと言われ、ムッとして返事をしなかった。

 その後、衝立に隠れて宿の寝夜着に着替えながらクリーンを使いクルトに背を向けてベッドに入る。
 寝夜着を着ても、しっかりと腕に暗器を仕込み、何かあった時はこれで、と頭の中で訓練の動きを思い出していた。

 クルトもベッドに横になったのがわかるが、俺は昼間寝ていたこともあってなかなか寝付けなかった。
 それよりも、男女の区別がない世界で2人きりであることに恐怖心を抱いており、クルトが動く気配を感じる度に、ビクビクしてしまっていた。

 緊張しっぱなしだったが、気がつけば寝落ちしており、クルトに起こされるまでしっかり熟睡してしまっていた。










 そろそろ陽が沈むという時間になって、ディーは目を覚ました。
 目を開けてすぐに状況を思い出す。
「……ショーヘイ…」
 ベッドに仰向けに横たわったまま、愛しい男の名を呼ぶと、両手で目元を覆った。

 今横になっているのは翔平のベッドで、記憶にある天蓋からぶら下がるカーテンがベッドを囲んでいる。
「…はぁ…」
 体を起こし、短くため息をつきながら頭を抱えた。


 もうここに翔平はいない。
 自ら出て行ってしまった。


 改めて手紙を思い出し、顔を歪ませた。
 ベッドから降りて立ち上がると、くらりと立ちくらみに襲われたが、足に力を入れて踏ん張り、天蓋のカーテンを開ける。
 寝室を見渡し、壊れたドアが出入口に申し訳なく立てかけられている状態と、壁紙が破れ、絨毯が捲れ、壁自体にも穴が空いているのを見て自虐的に笑った。

 自分が魔力暴走を起こしたせいで寝室の中が滅茶苦茶になったんだと理解しつつ、だが、備え付けられていたキャビネットやその天板に飾られていた小物は元の場所に戻されている。
 自分の魔力風に煽られて割れてしまった花瓶や壊れた物は撤去されていたが、シェリーに贈られた小さな小物入れと、翔平が自分で買った小物入れは無事で、変わらず天板の上にあった。

 キャビネットに近づいて蓋を開け中を確認するが、入っていたはずのピアスは無くなっていた。
 きっと翔平が持って行ったのだと悟り、切なさに涙が込み上げて来るのを我慢した。

 改めて靴を履き、寝室から出てリヴィングに行くと、そこにアビゲイルとエミリアが座っていた。
「起きたわね。体調はどう?」
「良くはありません」
 苦笑しながら答え、2人しかいないことに、みんなは?と聞いた。
「王宮に戻って、今後の相談をしてるわ」
「もう方針は決まってるはずよ」
 朝に暴走してもう夕方だ。話し合うには十分過ぎるほど時間がある。
「王宮に戻ります」
 すっかり迷惑をかけてしまったと薄く笑いながら2人に言った。
 元気のないディーに2人は苦笑する。
 今は何を言っても無駄だ。励ましたいが、その言葉はディーを余計に傷付けるし、無駄に気を遣わせてしまうと、言いたい気持ちを我慢した。



 王宮に戻り、2人に待ってもらって一度自室に立ち寄ると、クリーンをかけながら着替え、王城のレイブンの執務室に向かう。
 その途中、別の廊下から歩いてきたアランとキースに出会う。
 アランは一瞬泣きそうな表情を見せたと思った途端、ディーに駆け寄り何も言わずにただ力強く抱きしめてきた。
「兄さん」
 ギュウッと思い切り抱きしめられ、ディーは困った顔をするが、兄が必死に自分の暴走を止めようとしてくれたことを思い出した。
 暴走状態でも、その身に流れ込んできたアランの、キースの魔力はよく覚えている。さらにジャニスやフィンも助けようとしてくれていた。
「すみません、ご迷惑と心配をおかけしました」
 アランの背中をポンポンと軽く叩くと、アランはディーを離して弟の顔を覗き込む。
「心配したぞ。体調はどうだ?辛くないか?痛いとか苦しいとかは?」
 アランの手がディーの頭や頬を撫で、肩や腕を触って確かめるように動く。
「大丈夫です」
 そんな兄の行動に笑いながら答える。
「キース、ありがとう。きちんと言葉は届いていますから」
 暴走中に聞こえてきた、『ショーヘイの帰る場所』という言葉は、ディーの心に大きく突き刺さっていた。
 キースはニコリと笑うと、彼もまた何も言わずにディーを抱きしめた。
「父上の所に行くんだろ?俺たちもだ」
「アビゲイル様、エミリア様。皆様王宮の談話室にいらっしゃいます」
 キースがそこで決まったことを聞いてほしいと言い、2人は頷くとここで別れた。

 3人でレイブンの元へ向かう。
 執務室のドア前で警備に当たる近衞騎士が会釈し、代わりにドアをノックしてくれる。
「入れ」
 中からレイブンの声がして、ドアが開けられると、その中にはサイファーとダリア、ユリア、ギルバートとロマの姿があった。
「ディーゼル」
「ディー兄様」
 サイファーとユリアが立ち上がり、ディーの元へ駆け寄ると、順番に抱きしめる。
「大丈夫か?具合は?」
「心配しましたわ」
 兄も妹もアランと同じようにディーに触れ、撫で、体調を確認してくる。
 そんな行動にディーはまた笑った。
 2人がディーを離すと、今度はダリアがそっとディーを優しく抱きしめ、最後にレイブンが息子を一度ギュッと力強く抱きしめると頭を撫でた。

 そんな家族の、とっくに成人した自分に対する行動に呆れてしまうが、それよりも愛されている、大切にされていると、恥ずかしさと嬉しさの方が勝って照れるように微笑んだ。

 執務室でそれぞれが座り、ロマがディーの手を取ると魔力の流れを確認する。
「…大丈夫だね。何も問題ないよ…」
 ロマは、感じたディーの魔力にフフフと笑った。
 明らかにディーの魔力が増えている。さらにその質が以前と違って変化していることにロマは気付いた。


 愛が成した奇跡というべきかね。


 ロマは心の中でそう呟き、ディーの顔を見て微笑んだ。

 ソファに座り、ディーは全員を見渡すと頭を下げた。
「申し訳ありませんでした。取り乱して魔力暴走なんて…」
「終わったことだ」
 アランが誰も責めていないと微笑みながら言った。
「もう一度、手紙を見せてください」
 ディーの要望に応え、サイファーはクシャクシャになった手紙をディーへ渡した。

 1枚目、2枚目とじっくりと文字を追って読む。


 何があっても、愛しているから


 その言葉に翔平の決意を見た。
 翔平はこれから身に起こるだろうことを理解した上で行ってしまった。
 ギュッと胸が押さえ込まれたように苦しくなる。
 ディーは、昨日廊下で別れた時に感じた予感が的中したと、悔しそうに呻いた。
 ザワザワと己の中で魔力が暴れ始めるのを懸命に抑え込む。
「ショーヘイがどうやって抜け出したのか、判明したんですか?」
 深呼吸して落ち着かせると、尋ねた。
「これを」
 キースが一枚のヨレヨレになった便箋をディーに差し出した。
 それは、翔平が受け取った黒幕からの手紙だった。
「寝室のデスクの引き出しにしまってありました。
 その手紙で呼び出されたようです。
 それと読んでいた魔導書で隠密や隠蔽の魔法を習得したようです」
 キースの言葉に、ディーは苦笑いを浮かべた。

 読んだだけで習得するなんて、本当に規格外だ。
 隠蔽はともかく、隠密は高度魔法の一つだ。それを短時間で習得し、護衛に入っていたジャニスやフィンにも気付かれることなく完璧に発動するなんて、と翔平の魔力量とそのセンスに脱帽する。

「話し合った内容は、もう使えませんね」
 ディーは当初の予定だった、ナイゼルの断罪に向けた一連の計画が流れたことを察した。状況が大幅に代わり、全く使い物にならなくなった。
「新たに検討し直し、動きは決まった」
 サイファーがお前抜きで悪いな、と苦笑する。
「ショーヘイが知らせてくれた通り、ユリアと奴の結婚は、ショーヘイが奴の元へ向かった時点で公表されないと判断した。
 ナイゼルも今回は黒幕の計画に従い、ショーヘイが来るのを待つだろう」
「奴がまた暴走しないという保証はないが、黒幕はそれについても手を打っているはずだ。
 奴の独断で公表出来ないようになっているか、公表したとしてもかなり大きなペナリティが襲いかかるようにしているはずだ」
 アランが全て憶測だが、と苦笑する。
「こちらも万が一に備えて準備を進めている。奴が公表するなら、我々も対抗手段として奴の今までの所業を大々的に公表する。証拠や証人を添えてな」
 サイファーは、そうなれば互いに貶し罵り合う泥試合に突入し、国の評価はだだ下がりになる上、調停者として諸外国を巻き込むことになるだろうと自虐的に笑った。
「あくまで万が一の手段だよ。
 それに、あの阿呆のことだ。会談で我々に勝った気でいる。今はショーヘイを迎えることで頭がいっぱいだろうさ」
 ダリアがナイゼルを小馬鹿にしたように笑った。
 ディーはそれで間違いないだろうと頷いた。
「というわけで、我々の今後の動きだが…」
 アランが真剣にディーを見つめる。
「20日以前に奴を追い詰めることが不可能になった。それはわかるな?」
「わかります」
 翔平は、今敵の手の中にいる。
 おそらくは黒幕の配下が翔平をナイゼルの元へ連れて行こうとしている。
 翔平が到着する前に奴を追い詰めれば、翔平の存在が宙に浮いてしまう。それはそのまま黒幕の手に落ちるということで、そのまま行方を眩まし見つからないことになるだろう。
 翔平が奴の元に到着するまで、こちらは動けないのだ。
「とは言え、ただ黙って待つ道理はない」
「そうだ。可能な限り情報を集め、より確実に奴を追い込む準備をする」
 サイファーとアランが真剣に言い、締めくくるようにレイブンが口を開いた。
「ディーゼル。ショーへーを迎えに行け」
 父王が真っ直ぐに息子の目を見て、ゆっくりと言った。ディーの心臓が大きく跳ねる。
「愛する者を、取り返すんだ」
 大きくゆっくりと頷き、はっきりと見えた目標にディーの目に強い気力が戻った。




 ディーは執務室を出て、ギルバートと共に翔平の護衛騎士達が待つ談話室に向かった。
 談話室でいつもの翔平の護衛仲間たちに笑顔で出迎えられる。
「ジャニス、フィン。今朝はすみませんでした」
 アラン、キースと一緒に自分の暴走を止めようと手に大火傷を負った2人に謝罪する。
「いいのよぉ。どってことないわ」
「そうだ。ロマ様がしっかり治して下さったしな」
 2人が治った手のひらを見せ、ひらひらと振る。
「ありがとう。とんだ醜態を晒しました」
 ディーは恥ずかしそうに微笑んだ。
 そんなディーを見て、騎士達はこれだからディーは俺たちに近い存在で、親しみを感じると微笑んだ。
 決して王子という立場をひけらかしもしない。王族、貴族、平民と身分で差をつけたりもしない。だが王子としての立場を忘れてもいない。
 そんなディーだからこそ心から助けたいと思ったのは事実だった。
 
 
 ディーは談話室の中にいた、騎士以外の以外な人物の存在に気付く。
「シア」
 談話室には元男娼のシアが、ダリア付きの文官の姿で立っていた。
 亜麻色に変えた髪を綺麗に撫で付け、背筋を伸ばして立つ姿は、とても元男娼だとは想像も出来ない。だが、細身の体を包む文官の深い青色のローブの制服は、シアが着ると何故か色気を伴っていた。
「殿下、こちらが今回の計画をまとめた資料になります。
 すでに皆様には説明も済んでおります」
 シアが手に持っていた文書をディーに渡し、ニコリと微笑む。
「簡単に口頭で説明いたしますと、殿下、ランドール卿、騎士の皆様には、ショーヘイさんよりも前にブリストル入りしていただきます。
 ただいま準備を進めており、明日の朝には出発出来るでしょう」
 ディーを1人掛けのソファに座らせるとその脇に立ち、要点だけを簡潔に説明した。
「それと並行して、帝国のレンブラント、バルト、両公爵家に見届け人の打診を進めており、明日にも返事をいただけることになっております。
 見届け人代理認定の書簡はブリストルへ向かう行程で受け取ることになるでしょう」
 シアの説明を聞きながら該当のページを開くと、見届け人依頼内容を読み、黒幕の存在を隠しつつ、キドナの暴挙を告発する文面を確認した。
「ということは、叔父上も同行することになるんですね?」
「そうなるね。おそらくはアレックスかスミスのどちらかも一緒に」
 それにはギルバートが答えた。
「ブリストルには12月18日を到着予定とし、ロイ様方と合流後打ち合わせを。
 断罪は、会談が行われる12月20日午後2時に決行となります。
 さらにナイゼルの告発に当たって、先日のジュリエッタ襲撃で捕らえた証人を別動隊が20日までに移送する手筈になっております。」
「我々が動くという情報は?」
「隠すことはありません。キドナにも、もちろん黒幕にも筒抜けになると思われますが、ナイゼルは取るに足らない情報だと受け止め、黒幕はナイゼルの始末が目的のため、こちらがどのように動こうととも想定の範囲内だと」
 ディーの質問にシアがスラスラと答え、その淀みのない返答にディーはシアを見上げじっとその顔を見たあと、ニコリと微笑んだ。
「他にご質問はございますか?」
 シアが微笑みながらディーに確認する。
「二つ…。断罪決行後については?」
「それはまだ検討中です。
 こちらに残るサイファー達に任せましょう。断罪が成功した暁には、バシリオ殿下が王となるのか、キドナの今後についても講じる必要があります」
 ギルバートが代わりに答え、まずは翔平を取り戻しに行くことが先決だと言った。
「そう…ですね…」
 ディーは頷いたが、妙なしこりを感じた。
 だが、それを無理矢理頭の中から追い払うと翔平を救うことだけに集中する。
「もう一つ、メイノールについてはどうするんです?」
「それもまだ…」
 シアが苦笑する。
「ですが、ユリア様は何かお考えがあるようです。
 まだはっきりと申し上げることは出来ないということで、今しばらくお待ちいただけますか」
 シアがユリアから聞いたことをそのまま話す。
 きっとそこまで言うということは、何かメイノールを黙らせる秘策があり、確証もあるのだろう。その何かを得るまでは身内にも漏らさない姿勢に、ユリアは一体どういう頭の構造をしているのだろうと、兄ながら怖くなった。
 ふとギルバートを見ると、シアの言葉を聞いて薄く微笑んでいた。それを見て、ギルバートは何かを知っていると察した。

 今一度資料を最初から最後までしっかり読み込んで頭の中に叩き込むと、資料をシアに戻した。
 文書にしているが、これを持ち帰るわけにはいかない。
 万が一の流出を避けるために記憶の中だけに留め、紙で残さないようにする。
 シアは後でこの文書を処分するのだ。


「んもう、シアちゃんてば超有能!説明わっかりやす!」
 ジャニスが体をくねらせてシアに賛辞を送った。
「いえ、私などまだ…」
 そう謙遜したシアは恥ずかしそうに小さく微笑む。
「いや、謙遜しなくていいですよ。ジャニスの言う通りです」
 ディーもシアに微笑む。
 情報屋だったというシアの分析、判断能力はかなり高く、優秀だと思った。
「ダリアとユリアも逸材を見つけて嬉しそうだったぞ」
 オスカーも笑い、シアはますます照れて頬を染めた。
「そ、それでは私はこれで…。皆様、どうぞお気を付けて」
 書類を胸に抱え、褒められることに慣れていないシアは、ペコリと頭を下げると逃げるように談話室を出て行った。
「かっわいーわねー」
 アビゲイルがそんなシアを笑い、ねーとジャニスと頷き合っていた。




 その後、騎士達と別れ、ディーは自室に戻る。
 明日の朝と言われ、遠征の準備を進める。遠征用鞄に最低限の物を詰め込みながら翔平のことだけを考えていた。


 どんなに辛いだろう。
 苦しいだろう。
 なぜあの人はこんなことが出来るのか。
 馴れ合ったっとはいえ、赤の他人のために自分を犠牲にするなんて…。


 ディーは流れてくる涙を手で拭う。
 今日、12月5日の朝早くに王都を出たとして、17、8日頃にはブリストルに着くだろう。同じ頃にブリストルに自分達も到着するが、すぐに救出に行くことは出来ない。

 決行は20日。
 2、3日の間、翔平をナイゼルの元に置くことになる。
 その間、翔平は。

 翔平は奴に犯され、蹂躙される。
 いくら魔力があっても、無力化する方法はある。
 戦えない翔平が抵抗するには、相手が悪い。ナイゼルも武人であり、戦闘能力は高い。
 力づくで組み伏せるなど簡単だろう。
 奴は、翔平をねじ伏せ、犯し、拷問に近い苦痛を与えて言うことをきかせようとする。
 そういうことをする奴だと、知っている。
 それだけじゃない。
 翔平を連れて行った何者か。そいつが翔平を襲うことも充分に考えられる。
 ナイゼルの元へ着いた時、受けた仕打ちで翔平はボロボロになっているかもしれない。

「ショーヘイ……ショーヘイ…」
 ディーがその場に座り込むと泣きながら翔平を呼んだ。


 何があっても、愛しているから。


 翔平のこの言葉は、自分が何をされるかわかっていて、覚悟を決めた言葉だった。
「何が大丈夫だ…。何が守るだ…」
 ディーは泣きながら床に拳を打ちつけ、愛する人を守れなかった自分の無力さに打ちひしがれる。
「守られているのは俺たちじゃないか!
 いつもいつも!
 ショーヘイは俺達を守って!」
 ディーが顔を上げて、1人で部屋の中で素に戻り、大声で泣き叫んだ。

 峠でチャールズに襲われた時も、翔平は騎士達を守るために、自ら敵の手中に落ちた。
 シェリーをシギアーノ領を救うため、自分を犠牲にした。

 うわあぁとディーが子供のように泣き叫ぶ。

 そばにいてくれるだけでいいのに。
 隣で笑っていてくれるだけでいいのに。


 それが叶わない現実に、ディーは泣き続けた。



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