おっさんが願うもの 〜異世界行ったらイケメンに大切にされ、溺愛され、聖女と呼ばれ、陰謀に巻き込まれ。それでも幸せ目指して真面目に頑張ります〜

猫の手

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キドナ編 〜断罪劇へ向けて〜

250.おっさん、キドナ王宮に入る

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 12月18日。午前9時。
 ユリアは報告する事案が発生したためにレイブンの元へ向かっていた。
 レイブンの執務室の前で、アランとキースと遭遇し、ちょうど良かったと笑顔を向ける。
 執務室ですでにレイブンは仕事を始めており、サイファーとダリアもそばにいて、秘書官や文官から書類を受け取り、説明を受けている所だった。
 レイブンは愛娘の顔を見てニコリと嬉しそうに微笑むが、すぐにユリアの目を見て察する。
「すまんが、席を外してくれ」
 近くにいた文官達へ声をかけると、書類だけを置いて素早く退席して行く。
「何かあったのかね」
 レイブンがすかさず尋ねると、ユリアは先にアラン兄様からと促す。
「じゃぁ俺から」
 アランがキースから地図を受け取りレイブンの執務机に広げる。
「キドナとの国境沿いに騎士団および軍の配置が完了しました。
 騎士団第2部隊はそのまま砦に配備し、獣士団第2部隊、魔導士団第1部隊、騎馬隊、弓兵をそれぞれ3部隊づつ配置しています」
 報告しながら、執務机の上の地図上に各部隊の駒を起き、配置位置を示す。
「さらに、騎士団第1部隊全員を関所に配置済みです」
「王都の守りが若干薄くなりましたので、そこはベルトラーク辺境伯の御協力で、私兵の一部を王都周辺に待機させ、警備について頂いております」
 キースが辺境伯私兵の名簿、部隊などの編成などが書かれた書類を提示する。
「20日の断罪後、キドナへ入る治安維持部隊の編成も終了し、現在向かっています」
「うむ」
 レイブンは次々と渡される書類に目を通しつつ、その内容を把握していく。
「こちらへ逃げてくるナイゼル派の貴族、一般人の対処は」
「貴族に関しては、入国を認めません。関所で食い止めます。
 一般人に関しては通過させますが、行く当てのない者達のため、仮設村の準備を急がせております」
「よろしい」
「その仮設村も一時的なものにするべく、一度は受け入れますが、キドナへ戻るよう説得する交渉人も派遣します。
 さらに、帝国からも支援を受けられるよう根回しも進んでおり、バルト公爵様からユージーンを仮設村の役人として使ってくれと申し出がありました」
 ダリアが補足し笑顔を浮かべる。
「ユージーンか」
 転んでもタダでは起きない男だと、義理の兄の思惑に笑う。要するにちょうど良い勉強の機会だというわけだ。
 レイブンはユージーンをダリアに預けると笑った。

 着々と断罪後のキドナ国内の平定のために準備が整えられており、聞いていたユリアもニコニコと笑顔を浮かべていた。


「ユリアからの報告はなんだね?」
 アランからの報告が終わり、レイブンがニコニコしながらユリアに尋ねる。
「マールデンに動きがありました」
 ユリアがニコリと笑った。
「マールデン国軍、および騎士団がキドナ国境沿いに集結しつつあります。
 その数およそ3万」
「はぁ!?」
 アランが思わず叫んだ。
 公国側が動かしたのは、1万弱。
 隣国の動乱に備えての軍の配備であり、戦争をするわけではないから、その程度で充分だ。
 だが、マールデンはその3倍。その数に驚かずにはいられなかった。
「それだけの数を動かせば事前にわかるはずだが…」
 サイファーが呟く。
「本当にそうですわね。私も知った時驚きましたもの。
 その数を細かく分け、隠蔽、隠密、あらゆる工作を仕掛け、時間をかけて集結させているようです」
 ユリアがコロコロと笑う。
「誰が動かしたんだね?」
 レイブンはその統括者を尋ねると、ユリアは楽しそうに笑った。
「メルヒオール様です」
 全員が一瞬ポカンとする。
「あ」
 そしてメルヒオールの挙動の原因が、翔平にあると、すぐに察した。
「…つまり…。メルヒオールもショーへーのためってことか」
 ハアァ~とアランが長いため息をつきながら言った。
「おそらくは。
 メルヒオール様も、今回の件を把握しておいでなのでしょう。
 それがどこまでかはわかりませんが、ショーへー兄様がナイゼル様に奪われようとしていると知り、それをお救いするために軍を動かしたのですわ」
「……ということは、メルヒオールの国盗りは現時点でかなり進んでいることになるな」
 サイファーもため息をついた。


 3万の兵を動かすだけの力が、今のメルヒオールにあるということだ。
 全軍、騎士団の数からすると2割にも満たないが、動きを察知されないように国境沿いに集結しようとしている動きといい、その3万は下っ端の者達であるわけもない。
 それを指示したメルヒオールの戦略もそうだが、きっちりと命令をこなす力量もあり、部下を統率出来る者達が含まれているということになる。

 つい2ヶ月前まで、まるっきり政に携わっていなかったのに、翔平を王妃に迎えるために動き出した。
 そして今、キドナの謀略を知り動いた。
 たった2ヶ月でこの動き。
 天才と言われるメルヒオールが王となるのに、さほど時間はかからないだろうと思った。
 マールデンに対しては、今後メルヒオールが王になる前提で外交しなければならんな、とサイファーはこめかみをグリグリと指で押しながら、次から次へと湧いてくる事案に頭痛を覚えた。


 ユリアはそんなサイファーを見て、その考えがわかっているのか微笑む。
「しかしながら、今回は牽制ですわ。
 あの方は、ショーへー兄様が無事に救出されたと知れば、すぐに引きますわよ。
 ショーへー兄様に害を成す者は、誰であっても許さない。それを示すためのメルヒオール様のお気持ちの表れですわね」
 ユリアは楽しそうにコロコロと笑った。
「…あえてこちらの補助に徹するってことか」
 そんなユリアに対して、アランは眉間に皺を寄せて確認する。
「ええ、そうですわね。
 それと、キドナから逃げ出す貴族達を全力で拒むためです。
 マールデンへ密入国でもしようものなら、きっとあちらは容赦ありませんわよ」
 フフフとユリアは目を細めて含み笑いを漏らし、アランはその微笑みにゾッとしてしまった。

「そうなると、メイノールとメルヒオールは…」
 レイブンが独り言のように呟く。
「メイノールはセシリア王女を。メルヒオールはショーヘーを。
 求めるものは違うが、そこに何か共通するものがあるのだろうな」
 今度ははっきりと聞こえるように言い、全員が頷いた。
 そして、レイブンは子供達の顔をじっと見つめた。
「前から考えていたのだが…」
 レイブンは真剣にその考えを打ち明けた。

 その考えに、全員が嬉しそうに笑顔になった。










 馬車を降り空を見上げる。
「眩し…」
 自分の気持ちと裏腹に空は青く晴れ渡っていた。
「こっから少し歩くぞ」
 クルトが鞄を持つと歩き始め、俺は慌てて追いかけた。

 ブリストルはとても大きな街だった。
 流石に一国の王都。公国の王都には及ばないが、それでも街を取り囲む高い壁や、高台に聳え立つ大きな城が存在感を放っていた。
 内戦が噂されているせいなのか、元々なのか、雪のせいなのか、道を歩く人の姿は公国に比べると随分少ないと感じた。
 それでも仲良く手を繋いで歩く親子の姿、腕を組んで歩く恋人達の姿がとても眩しく見えた。

 ここの何処かにロイが、ディーがいる。みんながいる。
 そう思うと嬉しかった。
 もうすぐ、あと少し耐えれば会えると、心を強くする。


 無言で街を進む。
 遠くに見えていた城が、今では上を見上げないと全て見えないほど近付いていた。
 クルトの後ろをついて歩いていたが、気が付けばそのペースは落ちていた。
 まるで俺の行きたくないという気持ちを察しているかのようで、少しでも到着を遅らせてくれているようだった。

 王城の周囲を堀が囲んでいる。
 水路のような堀に巨大な石造りの橋がかけられ、その橋の向こう側に20mはある巨大な門が今は閉じられている。
 その前に2人の門兵が門を背に長槍を持って街の方を見て立っている。
 クルトはその門兵が見える所で立ち止まる。
 丁度建物の影になっていて、門兵の方からは見えづらい場所だった。
「ショーへー。俺はここまでだ」
 クルトが振り返り、俺を見て言った。
「ああ…。わかった」
 俺は差し出された自分の鞄を受け取るとじっと足元を見る。
 そして、フッと短い息を吐いて顔を上げた。
「クルト、世話になったな。守ってくれてありがとう」
 ニコッとクルトに微笑みかけ、踏み出す。

 クルトは翔平が笑ったことにドクンと心臓が大きく跳ねるのを感じた。
 どうして笑えるのか、翔平の気持ちが、感情が理解出来なかった。

 翔平の言葉に返事が出来ず、ただじっと翔平を見つめると、翔平は「じゃあな」と笑顔のまま歩き始め、クルトの横を通り過ぎる。
 通り過ぎる時にフワリと感じた温かい魔力を感じて、クルトは無意識で翔平の腕を掴んで引き止めようと、振り返って腕を伸ばしていた。
 だが、その時にはもう翔平は数歩先に進んでおり、伸ばした腕が空を切る。
 まっすぐ前を見て、城へ向かう翔平の後ろ姿を、クルトは呆然と見つめる。


 俺は今何をしようとした。
 何を言おうとした。
 

 クルトは再び動揺する。
 ほぼ無意識で翔平を行かせまいとした。
 行くなと言おうとした。
 その自分の行動に驚き、何故そんなことをしようとしたのか自身を理解出来なかった。

 だが、翔平の後ろ姿がどんどん遠ざかっていくのを見つめているうちに、動悸が激しくなり、呼吸が乱れ苦しくなってくる。
 咄嗟に胸の辺りを抑えて落ち着こうとするが、翔平から目だけは離せなかった。

 翔平が橋を渡る。
 門兵に話しかけ、筒を渡すのが見えた。
 そして翔平は門兵の通用門へ促され、その中へ消えて行った。


 クルトは城へ入った翔平を確認する。
 これで俺の仕事は終わった。

 たった2週間。
 公国からキドナへ連れて行くだけの簡単な仕事だった。
 その終わりは何とも呆気なく、翔平は俺を振り返ることもせず、真っ直ぐに城へ向かい、行ってしまった。

 本当に呆気なく終わった。

 クルトはしばらく翔平が消えた大門を見つめた後、クルリと踵を返して反対側へ歩き始める。


 その顔は酷く歪み、泣きそうな、痛みに耐えるような、苦しそうな表情を浮かべていた。









 クルトへここまで連れて来てくれた礼を言い、俺は「じゃあな」と一言だけ告げると、城へ向かって歩き始める。
 もうここまで来たなら開き直るしかなく、昨日や今朝、あれだけ重かった体は逆に軽くなっていた。
 もうどうにでもなれ、と思っているわけでもなく、俺は俺の意思でここまで来たのだから、その覚悟が恐怖と不安を上回った結果だった。
 クルトへも、緊張や動揺のないいつもの笑顔を向けることが出来た。
 なんだかんだ言っても、クルトは俺を守ってくれた。たとえ敵であってもその事実は変わらないから、きちんと礼を言うことが出来た。
 本当は、「じゃあ、またな」と言おうとしたが、「また」という言葉を飲み込んだ。
 「また」はないのだ。
 次は来ない。いや、再び会うことはあっても、その時ははっきりとクルトは敵として俺の前に現れる。もう俺を守ることはない。
 だから、「また」という言葉は使えなかった。

 俺の別れの挨拶に、クルトは何も答えなかった。
 きっと彼も次に会う時はこんな馴れ合いにはならないと理解している。挨拶する方がおかしいと、そう思ったのだろう。

「変な奴だったな」
 城に向かって歩きながら、小さく呟き、少し笑う。
 次に会う時は敵だとわかっていても、やはり2週間も一緒に旅をしてきたし、少しだけ寂しさを感じた。



 石畳の巨大な頑丈そうな橋を渡り、大門が目の前に迫ってくる。
 フルアーマーに兜という姿の門兵2人が近付く俺をじっと見ている。
 俺は普通にその門兵の1人に近付くと、「こんにちは」と言葉を投げかけた。
「何用か」
 挨拶の返事はもらえず、ぶっきらぼうに尋ねられ、俺は鞄を開けてゴソゴソと筒を探す。
 門兵は一瞬構えるが、俺が大した強そうにも見えないせいなのか、僅かに緊張しただけでじっと俺の行動を見ていた。
「こちらを」
 筒を取り出して門兵に渡すと、兵は受け取り、大槍を肩に立てかけて受け取ると両手を使って筒の蓋を開けると中に入っていた丸めた書簡を取り出した。
「……」
 じっと読み終わるのを待ちながら兜から覗く兵の目を見ていると、その目が見開くのがわかった。
「おい」
 読み終わった兵が隣の仲間に筒ごと書簡を渡し、さらにもう1人が内容に目を通すと、同じような反応を見せて、すぐにガシャガシャと音を立てて大門の脇にある、兵士用通用門へ近付くと、その小窓から中にいる仲間に話しかけて筒を渡していた。
「ここで待て」
 その様子を見ている俺に兵が声をかけ、じっと俺を上から下まで探るような目で見ていた。

 俺は、その書簡の中身を確認していない。
 クルトに読んでもいいと言われたが、読む気にはなれなかった。
 例え中身を知ったとしても、俺には何も関係がなく、結果は変わらないと思ったからだ。
 これを渡された時の俺の心境は最悪で、これ以上不安の種を追加することが出来なかったのもある。

 ややしばらくしてから、兵の通用門からさらに同じ鎧兜の2人が出てくる。
「こっちへ来い」
 そう言われ、俺は最初に門兵2人に軽く会釈すると、その前を横切って呼ばれた方へ向かう。
 そして促されるままに、通用門から中へ入った。


 大門に比べるとこじんまりとした門を抜けた瞬間、透明な膜を通過したような感触を覚える。
 そして、その膜を通り切ると、それまで自分にかけていた認識阻害の魔法が強制的に解除され、さらに魔法が使えなくなったことを悟った。
 俺は自分の両手見て、確認のために魔法を発動しようと思ったが、魔力の放出は感じても、全く反応しないことを確認する。

 俺は普通の男になった。

 フッと小さく笑うと、被っていたコートのフードを脱ぐ。
 久しぶりに、自分の黒髪と白い前髪が視界に入り、風で煽られる髪を手で抑えた。
 兵士2人に前後で挟まれるように中を進む。
 ガシャガシャと鎧の音を聞きながら、重そうだな、とどうでもいいことを考えながらついていくと、城前の通路から逸れてさらに奥に進み、城と繋がっている小さな建物まで案内される。
 小さいとは言っても、瑠璃宮の半分ほどの大きさの2階建の建物だった。
 玄関前に、濃紺の執事服を着た男性が立っている。
「ご苦労。戻っていいぞ」
 無表情の中年の執事が兵士に言うと、兵士はその執事に特に何をするわけでも、言うわけでもなく黙って立ち去って行く。
「どうぞ」
 執事はドアを開け、中に入るように促す。
 俺はチラッと執事を見るが、彼は無表情のまま目線だけを俺に向けてくる。その態度は傲慢というわけでもないが、へりくだるわけでもない。どうでも良いというような態度と行動だった。
 俺は執事の対応からどういう立場でいるべきかと一瞬考えたが、少なくても客ではないと思い、指示されるままコートを脱ぎ、自分でコートも鞄も持って執事の後ろをついて行った。
 ここで鞄を奪われなくて良かったと、内心ホッとしていた。
 鞄の中には、今朝外した暗器を衣服で包んでしまってある。そんな武器を隠し持っていることがわかれば、きっとこんな対応では済まないと思う。
「ここで着替えを」
 建物の長い廊下を進み、とあるドアの前で止まると、中に入るように言われる。
 着替えと言われて首を捻るが、言われるままに中に入って中をキョロキョロと見渡していると、執事の小さな舌打ちが聞こえた。

 うわ、態度悪。

 そんなことを思い後ろを振り返る。
「メイドの指示に従え」
 ようやっと無表情を変えた執事は面倒臭そうに吐き捨てるように言うとバタンとドアをしめた。
「随分とまぁ…」
 今まで接してきた身近にいた執事とは真逆の態度に、ハハッと呆れたような笑いを漏らす。
 部屋の中は椅子、ソファやテーブル、キャビネットが置かれているが、どれもシンプルなもので、装飾もない部屋は使用人控室のようなものかと考える。
 だが、瑠璃宮の使用人控室はもっと綺麗だったし、こんな殺伐とした雰囲気ではなかったと思った。
 とりあえず椅子にコートをかけ、鞄を置くと座って待つ。
 数分と待たずにドアがノックされ、返事をする間もなくドアが開かれた。
 2人のメイドがワゴンを押しながら中に入ってくる。
 ワゴンには何度も見たメイク道具、そして下段に丸められた服が乗せられていた。だが、扱いはとても雑で服は引き摺られてワゴンの車輪に踏まれているのを見て、公国で俺のヘアメイク担当であるクロエ達3人が見たら激怒するだろうなと思った。
「服を脱いで。下着もよ」
 乱暴にそう言われ、俺は無言で言われた通りに服を脱ぐ。
 たとえ着替えであっても人前で脱ぐことは今でもかなり恥ずかしい。今でも聖女に変身する時にクロエ達に全てを見られることに抵抗がある。だが、この2人の前で羞恥心は起こらなかった。あまりにも彼女達の態度が雑で乱暴なせいだ。
 その彼女達の態度に感化されたわけでもないが、俺はパッパッと脱いでその辺に脱ぎ捨てる。
 1人がワゴンに乗っていたスクロールを広げると俺に翳す。
「クリーン」
 フワリと俺の周囲に光がまとわりつき渦を巻くと、俺の体を隅々まで清めていく。
 魔法が使えないが、魔法陣スクロールは使えるのか、と記憶する。
「これを着て」
 バサっと服を投げられ受け止めると、俺は布の塊を1枚1枚広げ、下着らしき布面積が少ないパンツ?をなんだこれと思いつつも身につけ、さらに妙に体にフィットする丈の短い長袖のカットソー。やたらゆったりしている腰履きで足首が窄まっているズボンを履く。
 なんとなく、元の世界のアラブ系の民族衣装みたいだと思った。
 最後に着物のような羽織物を着るが、着方がわからずモタモタしていると、メイドが舌打ちしながら俺に近寄り、羽織った上着の襟足をグイッと引っ張られ、きっちりと首元を覆うのではなく、肩に引っ掛けるように羽織らされ、後ろから腰紐で縛られて、さらに太いが柔らかで色違いの帯を3本ほど巻かれた。
 それから強制的に椅子に座らされると、髪を乱暴に梳かれ、顔に簡単な化粧をされた。
 救いだったのは、顔に色々と塗りたくられなかったことだ。

「ここで待ってなさい」
 着替えが終わると、メイド達はワゴンを押して出ていく。
 俺が元々着ていた服は脱ぎ捨てられて床に散乱したままになっており、再び1人になった俺は、居心地が悪すぎて何かしていないと落ち着かず、服を拾い上げると丁寧に畳んで鞄にしまった。

 それにしてもこの服はなんなんだ、と俺は鏡もない部屋で着させられた服を確認する。
 何となくだが、これと似たようなものは見たことがあった。

 そう、これは男娼の服だ。
 
 ゲーテのスカーレットの店で、そっくりな衣装を見た。その時は羽織物はなかったが、この腰履きのズボンは見覚えがある。
 俺は羽織物を捲ると、ゆったりしたズボンを引っ張ってみる。すると、両足の外側が腰のあたりから足首まで大きくスリットが入っていた。腰のあたりを引っ張ると、簡単に下着が見えるし、手を入れられる。
 さらに妙に体にピッタリフィットしたカットソーは乳首の膨らみもわかるものだ。
「ははは…」
 そんな格好に乾いた笑いを漏らす。
 ようするに、あのメイド達は俺が男娼だと思ったのだ。
 俺を嫌な物でも見るような目つきや雑な態度は、俺を男娼だと思ったからだと察した。

 そして理解する。

 あの書簡。
 あれは、俺が聖女だと城の使用人に悟られないように、ナイゼルが呼び寄せた男娼だと示す紹介状なのだと。

「他にやり方あんだろーが…」
 はぁとため息をつき、ドサッと椅子に座ると呆れたように笑う。
 笑うしかなかった。
 確かに俺は奴に…とは思うが、それでもこの格好はないだろうと、ムッとする。
「もしかしたら、おっさん相手に無理やり勃たせるためかもしれないな」
 だからこんな格好をさせたのか、とも思う。流石に俺は奴の好みではない可能性は充分にある。それならいいなと考えて小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。

 好き好んで39のおっさんをレイプするなんて、と考えるが、今までの経験上、こんなおっさんを性的対象にする輩が多い現実を思い出した。
 SEXで相手を屈服させ従わせる。
 他にもやり方があるだろうが、その人の精神や尊厳を破壊するのに、レイプは都合がいい。殴る蹴るの暴力よりも、よっぽど効果があるのだろう。

 その現実を改めて思い出して深いため息をついた。









 どのくらい待たされたのか、時計も窓もない部屋では時間の感覚がなく、静まり返った部屋でひたすら待ち続けた。
 着せられた服のせいもあって居心地も悪く、この待ち時間が拷問のように感じた。おそらくはこの時間も俺の心を折らせるための時間なのだと頭では理解しているが、実際に体験するとかなり辛かった。
 途中、部屋の中にあった茶器を勝手に拝借して自分でお茶を淹れて飲むが、緊張と不安でやたら喉が渇いた。

 1時間?2時間?
 とても長く感じる待ち時間に疲れ、黙って俯きながらひたすら耐える。
 だが、コンコンとドアがノックされて顔を上げた。
 先ほどのメイドとは違い、今度は少ししてから静かにドアが開けられた。
「どうぞこちらへ」
 椅子から立ち上がった俺をじっと見つめた後、丁寧に頭を下げる。
 その態度に、おや?と思ったが、促されるまま近付いた。
「あ、あの…鞄は…」
「ご心配なさらずとも、後でお部屋へ運んでおきますので」
 メイドは視線を合わせず、俯き加減で答える。その口調も丁寧だった。
「お願いします…」
 思わずそう返していた。

 濃紺ロングスカートのお仕着せに白いエプロン姿のメイドは、お腹の辺りで両手を組んで静々と歩く。
 体が一切前後左右に動くことはなく、俺は瑠璃宮や公国王宮にいるメイドと同じ動きに、彼女は戦闘メイドだとすぐに思った。
 彼女は俺を振り向くことなく、黙って前を歩く。
 薄暗い廊下を進み、広い空間に出た先にある階段を上がり始めた。
 ようやっと窓が見え、外の様子を確認するが、すっかり暗くなって夜になっていた。窓から見下ろす形で街の明かりが見える。
 ここに到着したのが2時頃だったことを考えると、俺は着替えも含めて3、4時間あの部屋にいたのかと思った

 2階、3階へと上がる。
 さらに廊下を歩き、途中から絨毯が敷かれたものへ変わってしばらく進むと、さらに上階へと上がった。
 随分と入り組んでいると思いながら、今来た道順と周囲の様子をしっかりと頭に叩き込み、脳内で地図を作っていく。
 そうして、さらに廊下を進んだところでメイドが立ち止まった。
「あちらの扉の向こうでお待ちです」
 メイドは廊下の脇へ避けると、スッと左手で突き当たりのドアを指し示した。
 その突き当たりには、朱色の装飾を施された両開きのドアがあり、そこがナイゼルの部屋だとすぐにわかった。
 頭を下げたままの彼女へ会釈すると、1人でドアへと進む。

 俺は意外にも冷静だった。
 もっと恐怖と不安で体が震えるかと思っていたが、多少の緊張を感じるだけで、落ち着いていた。

 ドアの前に立ち一度だけゆっくりと深呼吸すると、右手を上げコンコンとドアをノックした。

「入れ」

 中から低くて太い男の声がした。
 俺は両手でドアノブを掴むとゆっくりと押し、扉を開けた。



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