おっさんが願うもの 〜異世界行ったらイケメンに大切にされ、溺愛され、聖女と呼ばれ、陰謀に巻き込まれ。それでも幸せ目指して真面目に頑張ります〜

猫の手

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キドナ編 〜キドナ最後の夜〜

275.おっさん、緊急事態に遭遇する

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 ダニエルは微かに感じたロイの魔力にピクリと反応した。
 気のせいかと思い、キョロキョロと辺りを見渡してロイの姿を探すがどこにも見当たらなかった。
「……」
 無言になって眉間に皺を寄せ、考える素振りを見せた。
「ダニエルさまあ」
「どうなさったんですか?」
 ダニエル狙いの者達が、雰囲気が変わったダニエルに近付いて腕や肩を撫で、甘えるような声を出す。
「お疲れでしたら、どこか人気のない場所で」
「飲み直しませんか?」
 数人の男女がチャンスとばかりに声をかけるが、ダニエルは答えなかった。


 どうも嫌な予感がする。
 こういう勘は無視出来ねえな。


 ダニエルは騎士の勘を発揮させ、すぐに行動を起こした。
「悪いな、急用を思い出した」
「え?ダニエル様?」
「待ってえ」
 挨拶もそこそこに歩き出したダニエルに、驚きながら追いかけようとしたが、ダニエルは混雑する人混みの中をするすると一切人にぶつかることなく行ってしまい、その動きについていけず、唖然としたまま周囲にいた者達は取り残された。
 ダニエルは一度会場の外の廊下に出ると、すぐに感知魔法を展開させ、ロイの魔力を探る。
 ゆっくりと慎重に周囲に広げて行くと、夜会会場から離れた場所にロイを見つけた。
「なんだ、ディーも一緒か」
 すぐそばにディーの魔力を感じ、2人が一緒にいることに気付いたが、さらにもう1人いることと、個室だろう場所に顔をしかめた。
「おいおい…まさかだろ」
 ダニエルは3人でナニをしているのかと顔を歪めた。
 翔平がいるのに、そんなことはあり得ないと思いつつも、足早に2人がいる場所へ向かう。
 さっきからザワザワと嫌な予感が自分を急かしているようだった。





 ギルバートも自分を取り囲む者達と会話を穏やかに続けながら、よく知った息子の魔力を一瞬だけ感じ取った。
 力を最小限に圧縮した微弱なものだったが、紛れもなくそれは自分が伝授したインパクトの波動だった。
 ギルバートは周囲の者に丁寧に挨拶すると、移動を始める。
 ちょうど、ダニエルが会場を出た姿を見かけるが、そのままキースへと近付いた。
「キース」
 キースが貴族達とにこやかに歓談している所へ近寄ると、そっと肩に手を追いて顔を寄せて話しかけた。
「何やら動きあったようです。私も出ますので、後をよろしくお願いします。
 ショーヘイ君は騎士達が守っていますので心配ありませんよ」
 キースにだけ聞こえる小さな声で告げると、キースは笑顔のまま頷いた。
 すぐにギルバートはキースから離れ、時折話しかけてくる者達へ笑顔で会釈しながらも、人混みの中をダンスのステップを踏むように軽やかに移動して、あっという間に会場の外へ出るとダニエルが消えた方向へ歩き始めた。

 先ほどから、ギルバートのよく聞こえる耳に、よからぬ話が入ってきていた。
 ロイが使用人を連れ込んだ。
 何処かでSEXに興じている。
 小声でヒソヒソと話される品位の欠片もない話に、ギルバートは心の中で呆れていた。

 使用人か誰か知らないが、ロイはおそらく何かを見つけたか、感じたのだろう。だから探りを入れるために会場を抜けた。
 だが、ロイの行動がスマートではない。
 ロイが誰かを追いかける姿は目撃され、要らぬ憶測を生んだ。ロイの過去の行動がそういう下劣な話に繋がるのだ。

 ギルバートは「育て方を間違えましたかねえ」と心の中で呟いた。





 キースはギルバートが立ち去った後、会場全体に感知魔法を使って、それぞれの居場所を探った。
 ギルバートが言ったように、2階の片隅に翔平と騎士達の魔力を感じる。
 翔平が2階へ上がり、それからその場に留まっていることも知っていた。
 少し前に翔平の魔力が乱れたことも感じてその身を案じてはいたが、自分の立場を考えるとすぐにそばに行くことが出来なかった。代わりにすぐに騎士達が駆けつけてくれたために任せることにしたのだが、いつのまにかロイとディーの姿も見えなくなっているし、何かが起こったということは認識していた。

 今この会場に公国側は自分しかいない。
 本当はすぐにでも翔平のそばへ駆け付けたいが、会場内の動向を探るためにも、ギルバートや騎士達に任せ、焦る気持ちを押し殺してその場にいることに徹した。





 2人の姿が見えなくなって20分が経過していた。
 翔平がソファに座り、デクスターやエミリアの手によって、魔力制御の補助を受ける。
 そのおかげで徐々に制御を復活させ、呼吸もゆっくりになって落ち着きを取り戻しつつあった。
「ごめん…取り乱して…」
 何度も深呼吸を繰り返して心を落ち着かせていく。
「大丈夫よ。無理しないで」
 エミリアが慰めるように背中を摩ってくれた。
「あ、ねえ」
 2階から会場を見下ろしてロイとディーを探していたジャニスが、ダニエルとギルバートが会場から出て行ったのを目撃した。
「ダニエル様とギルバート様がどっかに行っちゃったわ」
 ジャニスの言葉に、全員が顔を上げる。

 ロイとディーに引き続きダニエルとギルバートも会場から消えた。
 もうこれは何かあったと考えて間違いない。
「ジャニス、アビー、ウィル、一緒に来てくれ。
 フィン、エミリア、オリヴィエはショーヘイさんを頼む」
 デクスターが翔平の隣から立ち上がると、素早く人員を分け、全員が指示に従った。
 デクスターが歩きながら感知魔法を展開し兄ダニエルの魔力を探ると、すぐに東側の建物内を移動しているのがわかった。さらにその後ろをギルバートが正確に追いかけているのもわかり、2人とも、おそらくロイとディーの元へ向かっていると察した。
「まさかな……」
 デクスターは急ぎながら呟く。彼もまた、ロイとディーが昔のように一夜限りの恋という享楽に身を投じたと考えたが、すぐにその考えを打ち消した。

 流石に4人まとまって動けば、何かあったのかと訝しむ者が現れる。
 デクスターは一度バラバラになり、ダニエルがいる東側通路で落ち合うことにしようと、3人に言った。
 時間差をつけて会場内を移動し、1人づつ会場を出る。
 それぞれが休憩を取りに行く体で怪しまれないように外の通路に出ると、一瞬の隙をついて隠密魔法を展開し、参加者達の目を欺いて東側へと急いだ。

 会場から離れ、参加者がいない通路に入った所で隠密を解除して4人が落ち合うと、デクスターが兄の魔力を目標に進んだ。











 給仕の男がすがるようにロイに腕を伸ばした。
 その呼吸は荒く息も熱い。じっとりと汗ばんだ体に上気して赤くなった顔、潤んだ目。
 そして、いまだに剥き出しになっている給仕のペニスは大きく膨れ、ビクビクと細かく震えて先走りの蜜を垂れ流し、床に敷かれた絨毯に染みを作っていた。
「おい…これ…」
 ロイが見たことのある様子に唖然とする。
 ディーもその状態に気付いて、周囲を見渡すと部屋に備えつけのベッドから薄いキルトを引っ張り出し、隠すために給仕を包み込む。
 給仕は床に座り込んだまま、ロイやディーへ熱い眼差しを向けており、何を望んでいるかは一目瞭然だった。
 己の上半身を抱きしめるように両腕を回し、思い切り力を込めて腕に指を食い込ませている。痛みによって必死に情欲を抑え込もうとしているようだった。
「媚薬か……」
 飲まされたのか、打たれたのか、明らかに給仕は情欲に支配されていた。
「とりあえず、抑えないと」
 ディーが給仕の背中に手を添えると、解毒魔法を使う。彼の中に己の魔力を流し込み、体内にある媚薬成分を探り当てて破壊、抑制しようとするが、身体中を巡る血液や魔力回路の中に入り込んだ薬を全て取り除くことは不可能だ。
 媚薬を無効化するには、中和させる薬を摂取するか、その情欲を発散させるしかない。
 このまま解毒も発散も出来なければ、精神が破壊されて廃人になってしまう。

 今ここで出来るのは、僅かに媚薬の効果を薄めることだけだった。
 ディーに魔法を施され、ガタガタと震えていた体が少しだけ治り、情欲に侵されていた目も正常な光を少しだけ取り戻した。
「話せるか」
 ロイが給仕の前にしゃがみ、はあはあと荒い息を吐く給仕に話しかけると、給仕は小さく頷いた。
「何があったのか、話せるだけでいい、教えてくれ」
 給仕が必死に情欲に耐え、辛さで涙を流しながら、ポツリポツリと言葉を発した。
「く、すり、飲ま、せ、言われ、て」
 荒い呼吸の合間に掠れた声で片言の言葉で伝えてくる。そして目線をロイが気絶させ倒れている3人に向けた。
「こいつらに媚薬を飲ませるように言われた?」
 ロイが言葉を繋ぎ合わせて聞き返すと、給仕は頷く。
「誰に飲ませろと?」
「バ……オ、で、んか」
 ロイは目標人物を聞くと勢い良く立ち上がった。
「リオに!?」
 ディーも驚き声を上げる。
 そこへバタバタと廊下を走ってくる足音が聞こえてきた。
「おい!お前ら!!何やってる!!」
 ダニエルがズザザザと廊下を滑り込んで一度部屋の前を通り過ぎたが、すぐに戻って壊されたドアから中へ入ってきた。
 すぐに部屋の中を見渡すが、状況を理解出来ずに顔をしかめた。
「ちょうどいいところに来た」
 ロイがダニエルの腕を掴むと引っ張り、給仕の前に立たせる。
「何が起こっているんですか?」
 さらにギルバートがひょっこりと顔を出した。
「説明は後だ。ダニエルはこいつを抱いてやってくれ!」
「はああああい!!??」
 ダニエルが給仕の前に押され、言われた内容に素っ頓狂な声を出す。
「貴方しか出来ませんよ」
 ディーが給仕の背中から手を離して立ち上がると、解毒魔法が中断され給仕は再び襲ってきた耐え難い情欲に己の体を抱えるように苦しそうに蹲った。
「媚薬を飲まされたんですね」
 ギルバートがすぐに気付き、スタスタと中に入ると、ディーに変わってその肩に触れて解毒魔法を施した。
「リオに媚薬を盛るよう、こいつらに言われたそうだ」
「はあああ!!??」
 ダニエルが再び声を裏返らせた。
「何のために!!??」
「知らん!」
 ダニエルの質問にロイが間髪入れずに短く答える。
「この方も同じ媚薬を打たれたようですね」
 ギルバートが可哀想にと顔をしかめ、その首に針で刺されたような痕を見つけていた。
 給仕は辛そうにビクビクと体を震わせている。
「名前は?」
「ロ、ビン」
「ロビン、君はこのダニエルでいいかね?」
 ギルバートが優しく給仕に問いかけると、給仕、ロビンはゆっくりと顔を上げて目の前のダニエルを見上げた。
「は、い…。お願、い、しま…」
 ロビンはもう限界なのか、懇願するようにダニエルを見た。
「ダニエル、頼む。人命救助だ」
 ロイが呆然とするダニエルの肩をポンと叩き、部屋の隅で気を失っている男2人の襟首を掴んで引きずり、部屋を出ていく。
「貴方しかいません」
 ディーも反対側の肩を叩き、残り1人の男を掴んで出ていった。
「優しく抱いて上げてください」
 ギルバートはダニエルの両肩をポンポンと叩き、ロイとディーに続いて部屋を出るが、壊されたドアの代わりに結界魔法を施した。
 ご丁寧に、遮音魔法と、外から見えないように結界魔法に色を付けることも忘れない。


 部屋にロビンと残されたダニエルは、ただ呆然としてしまった。
 全く理解が追いついていなかった。
「ダ…エル…さま…」
 ロビンが震える腕を伸ばし、ダニエルの足にしがみつき、両手でズボンをギュッと握り込みながらダニエルを見上げる。
「もう、し、わけ、あ、りま、せ…」
 ボロボロと涙をこぼし、僅かに残る理性で謝罪の言葉を口にした。
 ダニエルはロビンを見下ろして目を細める。
 こんな目に遭わされて可哀想にと、憐れみながら膝を折り、その顔を両手ではさんで正面からじっと見つめた。

 ロビンはとても綺麗な顔と目をしていた。
 その白い犬耳が怯えるように震え伏せられているのを見て、自分の意思を無視して情欲を煽られ、初対面の知らない男に抱かれなくてはならないことに、レイプよりはマシだが、こんな状況に追い込まれてしまった彼をとても不憫に思った。
  
「俺ですまんな」
 申し訳なく思いそう言うと、ロビンは目を細めて泣き笑いの表情を浮かべ、小さく頭を振った。
 その行動に、ダニエルの心がキュンと高鳴りを覚える。 
 そっと顔を寄せて唇を重ねると、ロビンはビクリと体を震わせ、おずおずと両腕を首に巻きつけてきた。
 唇を奪い舌を差し入れると、うっとりとした表情で絡ませてくる。だが、その行為はとても拙いもので、百戦錬磨のダニエルは、彼が濃厚なキスの経験が少ないのだとすぐにわかった。
 ダニエルはくすっと笑うと、ロビンの細い体を抱きしめたまま立ち上がり、部屋に備え付けられていたベッドへ運んだ。
 この部屋は、夜会参加者のための宿泊所だ。しかもこの狭さから参加した貴族の従者用なのだろうと、どうでもいいことを考えていた。
 ベッドにロビンを横たえ、その上に重なると彼を包んでいたキルトを取り払う。
 媚薬に侵されて熱く濡れてはいるが、ロビンの体はその行為に対して小さく震えていた。
 マジかよ、とダニエルはロビンがほとんど経験がないんだと察し、心の中で苦笑した。





 気絶したままの3人の男を部屋から引きずり出し、そのまま急足で廊下を進んで階下へ降りると、ちょうど上がってきたデクスターと騎士達に遭遇した。
「何があったの?」
 ジャニスがロイが両手で引きずっている男とロイの顔を交互に見つめる。
「……兄さんは」
 デクスターがダニエルがいないことに首をかしげた。
 ロイは早口で状況説明をする。

 ロイがたまたま気になる魔力を感知したこと。
 その魔力の主であるロビンを追いかける直前、彼がバシリオのすぐそばに行き、トレイからグラスを取らせるのではなく、グラスを持っていない者に直接手渡していたのを見ていた。バシリオに渡した所は見ていないが、彼は意図的に近付き、媚薬入りのグラスを渡した可能性が高かった。
 この3人が首謀者ではない。
 首謀者ならば、ロビンへ媚薬を盛る必要がない。
 こいつらは、ロビンを使うよう指示され、その報酬として彼を好きにしていいとでも言われたのだろう。
 ロビンは3人に従うように命令された。きっと脅されていたか、弱みを握られている。

 デクスターは何故ここに兄がいないのか察し、苦笑いを浮かべた。
「もうすでに媚薬入りのグラスがリオに渡った可能性が高い。
 ジャニスとアビーでこいつらを警備の騎士団へ引き渡し、起こして首謀者を吐かせてくれ。
 ギルは会場に戻ってキースに報告を。
 デックはショーへーに説明し、そのまま護衛についてくれ。
 ウィルはオリバーたちリオの影を探し出し協力を。
 ディーと俺はリオのそばに行く」
 それぞれがロイの指示に頷く。
「行動開始」
 ロイが告げると、一斉に動き出した。
 それぞれが、走って散って行く。
 ロイがロビンを追いかけてから30分は経っている。リオが渡された飲み物を口にしていたとしたら、すでに効果は現れ始めているはずだった。
 直接打ち込まれるよりも、経口接種の場合は胃に入った媚薬が体内に取り込まれるまでに時間がかかる。
 先ほどのロビンのようにはなってはいないだろうが、時間の問題だった。










 バシリオは、少し前から体が熱っぽくなり、喉が乾いて仕方がなかった。
 持っていたグラスの中を飲み干しても、なお喉が渇く。
「すみません、ちょっと飲み物を…」
 バシリオはじっとりと汗ばむ首筋を手で摩ると、自分を取り囲む者達の間をすり抜けるように前に出た。
「お持ちしますよ?」
「持って来させましょうか」
 口々に行かせまいと声をかけられるが、バシリオは笑顔で丁寧に断りを入れて歩き出した。
「水を飲んだらすぐに戻りますから、待っていていただけると嬉しいです」
 ニコリと微笑まれ、そう言われてしまえば引き止めることも、追いかけることも出来ない。
 バシリオは水を求めて飲食コーナーへ歩いて行くが、暑くて暑くて仕方がなく、水をもらったら、会場から出て外に涼みに行こうと思った。
 飲食コーナーで水を貰うと一気に飲み干し、さらにもう一杯の水を飲む。
 それで少しだけ喉は潤ったが、体の火照りは治らなかった。

 疲れが出たのだろうか、と熱っぽい体を持て余して、詰襟のボタンを一つ外した。
「バシリオ殿下、もしかして体調がすぐれないので?」
 すぐ斜め後ろから声をかけられ、振り向いた瞬間、足元がふらついてしまった。すかさず、声をかけた男がバシリオの腕と腰のあたりを掴んで支える。
「…大丈夫です。少し暑くて」
 バシリオは暑さでフラついてしまったと、支えられたことに感謝した。
「ニコラス…、ありがとう」
 自分を支えてくれた、金髪碧眼のハルバート公爵家長男ニコラスに笑顔を向けた。
 数時間前、翔平に言い寄った金髪碧眼のイケメン、サイラス・ハルバートの兄である。
「この人混みだからな」
 ニコラスが苦笑いを浮かべ、フラつきが治ったバシリオからすぐに手を離す。
「少し涼みに行こうか?俺も暑くて参ってたんだ」
 ニコラスに誘われ、バシリオは行くと即答した。

 ニコラス・ハルバートは、キドナ公爵家のうちの一家だった。
 バシリオ派のウェーバー家、ナイゼル派であり、第2妃ジルベスターの生家でもあるパーシヴァル家、そして中立派のハルバート家。
 ニコラスは将来公爵家を継ぐ長男だ。年はバシリオよりも5歳年上の33歳で、現在父親の補佐として内務省の官僚を勤めていた。
 以前、ナイゼルの伴侶候補に名前が上がったこともあるが、王族になどなりたくないと拒んだ過去を持つ。
 というか、ニコラスはナイゼルが嫌いだとバシリオに打ち明けていた。その傲慢な態度や物言いは鼻につくと、笑いながら話していた。
 バシリオが気負うことなく普通に話せる、数少ない友人の1人であった。

「行こう」
 ニコラスが笑顔を向け、バシリオも促されるまま後について行く。
 とにかく暑くて仕方がない。早く外に出て涼みたかった。
「ふらつくなら手を繋ごうか?」
「いらないよ。1人で歩ける」
 ニコラスが軽口を叩いて和ませてくれ、バシリオはあははと笑いながら返事をするが、実際はかなりしんどかった。
 足元と進行方向に集中しないと真っ直ぐに歩けないほど、体が熱く重かった。




 フィンとオリヴィエが柵から会場を見下ろして監視する。
 すでに会場にいる公国の人間はキースのみとなっている。
 キース自身がとても強いため護衛は必要ないのだが、何かが起こっている状況を考えてキースを注視しつつ、会場全体に目を光らせていた。
 相変わらず会場内は混雑している。
 公国側の人間が会場から姿を消してしまったことで、狙う相手を見失った者達は右往左往しつつも、とりあえず集まって歓談を続けて戻ってくるのを待っているようだった。
「あ、バシリオ殿下」
 オリヴィエが移動するバシリオを見つけ、声を上げた。
「バシリオ様もか?」
 フィンが飲食コーナーに向かい、そのままそばにいた金髪の男と親しげに会話した後、会場外へ歩き始めるのを見た。
「あの金髪、ショーへーちゃんを狙った奴じゃない?」
 オリヴィエが最初に狙ってきたサイラス・ハルバートの金髪を思い出し、髪型も似ていたため同一人物だと思い口に出した。
 それを聞いて、俺に振られたからバシリオに乗り換えたのかと、苦笑いを浮かべた。
 もうほとんど平常通りに戻っており、完全に落ち着きを取り戻していた。

 何かが起こったから2人は会場から姿を消した。決して邪な行動ではないと、そう理解していた。
 その何かを調べるために、デクスター達がロイの元へ向かったのは、10分ほど前だ。

 俺は不安と恐怖が取り除かれた状態で、魔力回路も正常に戻っていることを確認するために、感知魔法を展開させてみた。
 ゆっくりと少しづつ魔力を広げてロイとディーの居場所を探ろうとする。
 先ほど感じた様々な感情が入り混じった魔力は相変わらずだ。ドロドロした欲望が混ざった魔力は、感じていい気分はしない。だが、その気持ち悪い魔力にも今はもう動揺することはなく、自分の魔力に集中することが出来た。
 じわじわと広範囲に展開していくと、ピリッとした感覚にぶち当たった。
「??」
 似たような魔力を感じたことがあるが、敵意ではないとすぐにわかる。
 だが、敵意にも似た攻撃性のある魔力に顔をしかめた。
「ショーへーちゃん?」
 隣にいたエミリアが心配するように俺の顔を覗き込む。
「……なんだろうこれ」
 俺はその魔力が気になり、眉間に皺を寄せながらその魔力に集中してみた。
「敵?」
「いや、違う。敵じゃない。……じゃないけど……」
 俺はさらに集中しつつ、その周辺にも探りを入れてみた。
 目を閉じて、赤に近い紫っぽい色の点に集中すると、徐々にその魔力の持ち主の周辺が見えてきた。
 その魔力のそばに、知っている魔力を感じて、誰だろうとそちらへも意識を持って行く。
「ああ…バシリオ様だ」
 すぐにそばにいるのがバシリオだと気付くが、何故かその魔力の光が弱くなったり強くなったり、異常なゆらめきを発していることに首をかしげながら、先ほどのオリヴィエの言葉を思い出した。
 そばにいる紫色の魔力が俺に言い寄った金髪イケメンか?とさらに意識を深く潜り込むように持っていった。

「ん!!!」
 だが、深く潜った瞬間、紫色の濃さが強くなり、ドス黒い欲望を含んでいることに気付いて、思わず声を上げてしまった。
「何!どうしたの!?」
「あ…ぅ」
 引きずり込まれるようなその欲望に触れてしまい、それに影響されて吐き気が込み上げる。
 口元を抑えてすぐに魔力を遮断すると背中を丸めた。


 なんだあれ。


 一瞬触れただけだったが、言い表せないほどのドロドロした欲望が金髪男の中に渦巻いていた。
「エミリア、フィン、オリヴィエ。ヤバい」
 ゴクッと唾を飲み込んで無理やり込み上げてきたものを抑え込むと、慌てふためきながら3人へ顔を向ける。
「バシリオ様が危ない。その金髪、何かするつもりだ」
 翔平が早口で3人に訴えた。
「ええ!?」
 オリヴィエが声を上げ、フィンは慌ててバシリオへ視線を戻すが、すでにバシリオと金髪は会場の外へ出た後で、見つけることが出来なかった。
「っち…」
 フィンが舌打ちする。
「みんな、早く行ってくれ。バシリオの魔力もおかしかった。もう何かされてる!」
 だが、3人はすぐに動けない。
 自分達は翔平の護衛だ。そばを離れるわけには行かなかった。
「早く!マジで危険だってば!!」
 動こうとしない3人に翔平は苛立って立ち上がった。
「俺は大丈夫だから。魔法も使えるし、これもある!」
 言いながらカシャンと腕に仕込ませた暗器の黒刀を取り出した。
「急げって。マジでヤバい奴だ」
 3人はものすごい剣幕で訴える翔平に、緊急性を感じた。
「エミリアは残れ!オリヴィエ、行くぞ」
 フィンが翔平の剣幕に押され気味で判断した。
「急げ!」
 さらに翔平に追い討ちをかけられ、2人の顔つきが変わると、一瞬で隠密魔法を展開し、柵から会場へ飛び降りた。
「エミリアも行ってくれ」
「ダメよ。それは出来ない」
 2人では間に合わないかもしれないと、俺は感じた魔力が相当ヤバいと表情に出した。
 彼女の仕事は俺の護衛だ。これ以上無理は言えないと黙り込んだ。

 焦りが苛立ちを呼び、俺は黒刀を収めるとソファにどかっと座り、貧乏ゆすりを始める。


 どうか無事であってくれ。


 はっきりとバシリオに向けられていた金髪男の魔力に、俺は不安と焦りで苛立ちを覚えた。
「何を感じたの?」
 エミリアに尋ねられ、俺は言葉を探す。
「あれは…殺意とか…そんなんじゃまだ生ぬるい。とにかく気持ち悪い。かなり悪質なものだった」
「殺意ではないのね?」
「ああ。それよりももっと…なんていうか…」
 上手く表現出来ず、語彙力の無さにさらに苛立ちを覚え、俯いて無意識に足を揺する。
「ショーへーちゃん、デクスター様が戻ったわ」
 エミリアに言われ顔を上げると、階段を駆け上がってくるデクスターの姿が見えた。
 彼が戻ったということは、ロイとディーも、と俺はすぐに階下の会場へ視線を移す。そして、こちらを見上げる2人と目が合った。
 ホッと胸を撫で下ろしつつ、近づいてくるデクスターに俺からも歩み寄った。
「フィンとオリヴィエは?」
「デック、聞いてくれ」
 俺とデクスターの言葉が重なる。
 翔平が慌てていることにデクスターは真顔になると、こちらでもすでに何か動きがあったと悟った。
「ショーヘイさん、俺はロイ達と合流するからこれで何があったのか教えてくれ」
 デクスターがポケットの中から取り出した物を俺に渡すと、すぐに背中を向けて階下へ降りて行った。
 俺は受け取った物を見て、通信用魔鉱石であると気付いた。
 すぐにそれに魔力を通すと、通信回線をオープンにしエミリアと並んで立ち、彼女にも聞こえるように手に持った。
「聞こえる?」
『ああ、ちょっと待っててくれ』
 デクスターが階下へ降りるのを目で追いながら、俺は柵に近寄ると会場を見下ろす。
 ロイとディーはキョロキョロと辺りを見渡して誰かを探しているようだった。
 すぐに探しているのがバシリオだと悟る。
 2人がいなくなったのは、バシリオに絡んでいる何かであり、ここで起こったことに繋がっていると理解した。
 ロイとディーはバシリオを見つけられず焦っているのが上から見てわかる。不意に2人の視線が俺に向き、俺はすぐにデクスターのいる方向を指さして合流するように促すと、数秒後に3人が合流するのが見えた。
 デクスターが2人に通信用魔鉱石を渡し、それを耳につけるのを見届けると、俺は話しかける。
『ショーへー』
『ショーヘイ』
 2人の声がすぐそばで聞こえて、俺は心が落ち着くのを感じるが、今は浸っている場合ではないと、つい2、3分前に起こったことを話し始めた。




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