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プロローグ
鉄仮面の貴公子アシェル
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メイフォール共和国の辺境地を治めるヒューバート伯爵家の邸内に、怒鳴り声が響いた。
「アシェル!!」
ドカドカと靴音を響かせて廊下を闊歩する男が弟の名前を叫ぶ。
「アシェル!!何処だ!!」
バン!と父親である領主、ディラン・ヒューバートの執務室のドアを勢いよく開く。
「そんな大声で叫ばなくてもここにいる」
中で領主と話していた男、ヒューバート伯爵家次男のアシェルが、無表情で淡々と返す。
「ライリー、どうした。血相変えて」
領主が顔を赤くして怒っている長男であり後継のライリーへ声をかける。
「どうもこうも…」
ライリーは持っていた書簡を父親の執務机にスパン!と音を立てて叩きつける。
領主は丸められた書簡を広げて中を確認した。
「今回も駄目だったか」
領主は小さくため息をつきつつも、わかっていたとばかりに笑った。
「駄目だったか、じゃありませんよ!何度目ですか!!」
そんな領主の態度とは真逆に、ライリーは憤慨し、弟の顔を見る。
「お前も、少しは何とかしようと思わんのか!その鉄仮面を脱げ!!」
「脱げと言われてもな…」
被っていないと、呆れたような口振りだが、その表情は変わらなかった。
「何度目だと思ってるんだ!」
「……たしか、12回目だったか?」
「13回目だ!馬鹿者!」
冷静に返事をする弟に兄はますます声を荒げる。
「まあまあ、仕方ないではないか。今回は縁がなかったということで」
領主がワハハと笑いながら言い、ライリーは顔を引き攣らせる。
「今回、も、だ!!」
も、を強調して怒鳴った。
送られてきた書簡。
それはお見合いのお断りのものだった。
アシェル・ヒューバート、27歳。
伯爵家次男という肩書きと、その端正な顔立ち。少しだけ癖のある肩甲骨までの長さの金髪を後ろで一本に束ね、切れ長で二重の目に透き通るような青い瞳。185センチという高身長に、長い手足と無駄な贅肉などどこにもない鍛えられたしなやかな肉体。
立っている姿は彫像の様に美しく、気品も備えた凛々しい男だったが、その顔は彫像そのもののように無表情だった。
決して笑わず、感情に顔を歪ませることもない。
いついかなる時にも崩れない表情から、『鉄仮面の貴公子』という二つ名を持つ。
こうして13回目のお見合いを断られたアシェルは、兄ライリーのお小言をもらっても表情を変えることなく受け止めていた。
そんな弟に、徐々にライリーは意気消沈し落ち着いて行く。
「なあ…。お前は見た目が良いんだから、もっと表情を勉強してくれよ」
アシェルの両肩に手を置いてはあーと深いため息をつきながら懇願するように言う。
「ごめん兄さん。これでも練習はしてるんだ」
声はとても申し訳なさそうなのだが、その表情はスンとしている。
だが、突然口角を上げ目を細めると、頬がヒクヒクと動いて引き攣り、綺麗だった顔が崩れるように歪んだ。
「……わかった。わかったから」
ライリーは憐れむような、悲しむような表情をするとポンポンと肩を叩いて止めさせる。
アシェルは懸命に表情筋を動かして笑顔を作ろうとしていた。だが笑顔とは程遠く、その表情は異様に歪み、まだ無表情の方がマシだと思えるほど奇妙な顔になっていた。
せっかくの美男子が台無しである。
知らない人がこの顔を見れば、それはもう恐怖すら覚えるかもしれないほどの歪みっぷりに切なくなってくる。
「すまんな、怒鳴ったりして」
「いや、こっちこそすまない」
ライリーは弟の肩を抱き寄せて微笑みかけると、アシェルは無表情のまま申し訳なさそうに答えた。
お見合いはいつも順調に進む。
アシェルの綺麗な顔を相手はうっとりと見つめ、彼に微笑みかけられることを妄想することから始まる。
だが、時間が立つにつれ、相手はだんだんと居心地が悪くなってくる。
何を話しても、何を聞いても、アシェルの表情は変わらない。
目を閉じて、言葉の抑揚だけを聞けば喜怒哀楽はある程度理解出来るのだが、いかんせん視覚情報というのは重要なものだ。
全く感情を表さない表情に、会話の途中からだんだんと不安にさせられ、恐怖すら感じ始めてしまう。
決して会話がつまらないわけではない。話題も豊富だし、受け答えも紳士的だ。
だが次第に口数は減り、会話が止まり、見合いが終了する。
13名の中、それでもアシェルの顔に惚れ込んで何とか我慢して付き合おうとした者もいた。
だが、2度、3度と逢瀬を繰り返すたびに、アシェルの無表情がストレスになっていく。
そして結局『この話は無かったことに』と相手が根を上げてしまうのだ。
アシェルが無表情のまま父と兄に会釈すると、執務室を出て行く。
それを見送ったライリーは、はあと小さなため息をついた。
「ライリー、あの子も頑張ってるんだ」
「わかってます。だから何とかしたい」
ライリーの顔が辛そうに歪む。
可愛い弟が不憫でならず、今度は大きなため息をついた。
「何処かにあの鉄仮面を脱がせてくれる人がいれば…」
「そんな人がいれば、アシェルにとっても、我らにとっても聖女様だな」
2人はアシェルを思って悲しみを含んだ微笑みを浮かべた。
アシェルが鉄仮面を被ることになったのには理由がある。
今から22年前、領主の伴侶、2人の兄弟の母親は、アシェルが5歳の時に事故で亡くなった。
悲しみに打ちひしがれていた時、さらなる追い討ちをかけられる。
アシェルは、当時領主邸で働いていたメイドに連れ去られた。
葬儀や事故処理などで大騒ぎになっている最中の出来事だった。
身代金を要求されすぐに用意したのだが、受け渡しの時にアシェルと引き換えという約束は守られなかった。
それでもアシェルの命には代えられず金を渡し、居場所を聞き出そうとしたのだが、結局逃げられる。
だが、その数時間後に受け取りに来た男と連れ去ったメイド、そして別の場所から身代金の金が手付かずの状態で見つかった。
男とメイドは殺されており、アシェルの姿は何処にもなかった。
殺された男の身元調査の結果、誘拐犯は全部で3人であることが判明し、死んだ2人はもう1人の仲間を裏切って金を持ち逃げしようとしていたことがバレて殺されたとわかった。
手付かずの身代金は、3人目に渡さないように隠されていたのだ。
3人目の素性もわかり、すぐに捕縛されたのだが、その男もアシェルの詳細な居場所は知らなかった。
男の証言から、アシェルは元メイドに誘拐された直後、深い森の中連れて行かれ置き去りにされたとわかり、大捜索が行われる。
だが、数日経っても、数ヶ月経っても、アシェルを見つけることは出来なかった。
半年が過ぎ、1年が過ぎる頃、ようやく領主は諦めた。
そして5年の月日が経った。
5年後、突如領主の元にアシェル発見の一報がもたらされる。
アシェルは、捨てられた森からほど近い街で浮浪児として生きていた。
彼は森の中を彷徨い歩いた結果、運良く自力で森から脱出し小さな街に辿り着いていた。
だが、母親を失ったショックと連れ去られ捨てられた恐怖で、言葉を失い、記憶も混濁していた。
そのままその街の一角で他の子供達と一緒にその日その日を懸命に生きていた。
5年後、街の改革の一環として、ガリレア聖教会が新たに孤児院を新設することになり、街を徘徊していた浮浪児達を保護した。
その中にアシェルがいたのである。
事件当時のショックと5年という歳月で、彼のそれまでの記憶は薄くなり、自分の名前すら覚えていなかった。
だが、足裏に刻まれていたヒューバート家の紋章に気付いた司祭が、領主に慌てて報告してきたのだ。
一報を受けた領主とライリーは、一目散に駆けつけて再会を果たす。
父ディランは5年経って成長したが栄養不足で痩せ細った姿を目にし涙を流す。亡くなった伴侶の面影を残す顔立ちにすぐにアシェルだとわかった。
「アシェル…アシェル」
ディランは息子を抱きしめ号泣した。
こうしてアシェルは無事に戻った。
だが、そこから彼の言葉や記憶が戻るまでにさらに1年以上かかることになり、まともに話せるようになったのは12歳になった頃だった。
この経験が彼に鉄仮面を被せることになった。
感情はあるのだが、表情に出せない。表情を作れない。
伯爵家、領主一族の者として学び、鍛え、まともに成長したのだが、その鉄仮面だけは脱ぐことが出来ないままだった。
『鉄仮面の貴公子』という二つ名をつけたのは、アシェルの騎士時代の仲間達である。
アシェルは18歳で成人すると、自ら望んでメイフォール共和国の正騎士団『銀翼の鷹』に入団した。
伯爵家子息という立場から、同じ貴族位の子息子女が所属する第4部隊所属となったのだが、この第4部隊は騎士とは名ばかりの、お飾り部隊であった。
アシェルは己の剣術、体術、精神を鍛えるために入団したため、その所属に大きな不満とストレスを抱えることになる。
その表情はますます硬くなり、冷たい無表情にさらに眉間に皺を常に作るようになっていた。
だが、そんな考えを持つアシェルは当然第4部隊の中で浮く存在となり、所属して数ヶ月もしないうちに孤立してしまった。
一応騎士という立場上、毎日訓練もあり戦術理論などの座学を学ぶが、他の部隊や他騎士団とはメニューがかなり大雑把で緩く、アシェルは空いた時間を己の鍛錬に費やした。
そんなアシェルに目を止めたのが第1部隊の副隊長だった。
すぐにアシェルを第1部隊に転属させるが、第1部隊の騎士達は突然仲間になった貴族家の男に良い顔をしない。
だが、模擬戦と称した新人の手痛い洗礼をアシェルは見事に耐え抜いた。それどころか、先輩騎士達も手を抜いているとはいえ、何人かは一瞬ではあるが本気を出せねばならない所まで追い込まれ、アシェルの強さが本物であると全員が認めることになった。
こうして、アシェルは栄えある『銀翼の鷹』第1部隊所属の正騎士として、25歳まで勤め上げた。
その中で、部隊の仲間達は無表情のアシェルに対し、決して揶揄する意味ではなく、信頼と親しみを込めて『鉄仮面の貴公子』という二つ名をつけたのだった。
25歳の時、伯爵はアシェルを領地へ呼び戻し、兄ライリーと共に領地管理を担うように命じ、アシェルは領地に戻ってから自警団や伯爵家の私兵を統率する任に就き、さらに父や兄に従って領地経営の勉強を始めた。
27歳になり、その容姿や経歴から見合いの申し込みは多い。
だが、一度も上手くいったことはない。
「鉄仮面の貴公子」は今日も鉄仮面を被ったまま仕事の勤しむ。
「アシェル!!」
ドカドカと靴音を響かせて廊下を闊歩する男が弟の名前を叫ぶ。
「アシェル!!何処だ!!」
バン!と父親である領主、ディラン・ヒューバートの執務室のドアを勢いよく開く。
「そんな大声で叫ばなくてもここにいる」
中で領主と話していた男、ヒューバート伯爵家次男のアシェルが、無表情で淡々と返す。
「ライリー、どうした。血相変えて」
領主が顔を赤くして怒っている長男であり後継のライリーへ声をかける。
「どうもこうも…」
ライリーは持っていた書簡を父親の執務机にスパン!と音を立てて叩きつける。
領主は丸められた書簡を広げて中を確認した。
「今回も駄目だったか」
領主は小さくため息をつきつつも、わかっていたとばかりに笑った。
「駄目だったか、じゃありませんよ!何度目ですか!!」
そんな領主の態度とは真逆に、ライリーは憤慨し、弟の顔を見る。
「お前も、少しは何とかしようと思わんのか!その鉄仮面を脱げ!!」
「脱げと言われてもな…」
被っていないと、呆れたような口振りだが、その表情は変わらなかった。
「何度目だと思ってるんだ!」
「……たしか、12回目だったか?」
「13回目だ!馬鹿者!」
冷静に返事をする弟に兄はますます声を荒げる。
「まあまあ、仕方ないではないか。今回は縁がなかったということで」
領主がワハハと笑いながら言い、ライリーは顔を引き攣らせる。
「今回、も、だ!!」
も、を強調して怒鳴った。
送られてきた書簡。
それはお見合いのお断りのものだった。
アシェル・ヒューバート、27歳。
伯爵家次男という肩書きと、その端正な顔立ち。少しだけ癖のある肩甲骨までの長さの金髪を後ろで一本に束ね、切れ長で二重の目に透き通るような青い瞳。185センチという高身長に、長い手足と無駄な贅肉などどこにもない鍛えられたしなやかな肉体。
立っている姿は彫像の様に美しく、気品も備えた凛々しい男だったが、その顔は彫像そのもののように無表情だった。
決して笑わず、感情に顔を歪ませることもない。
いついかなる時にも崩れない表情から、『鉄仮面の貴公子』という二つ名を持つ。
こうして13回目のお見合いを断られたアシェルは、兄ライリーのお小言をもらっても表情を変えることなく受け止めていた。
そんな弟に、徐々にライリーは意気消沈し落ち着いて行く。
「なあ…。お前は見た目が良いんだから、もっと表情を勉強してくれよ」
アシェルの両肩に手を置いてはあーと深いため息をつきながら懇願するように言う。
「ごめん兄さん。これでも練習はしてるんだ」
声はとても申し訳なさそうなのだが、その表情はスンとしている。
だが、突然口角を上げ目を細めると、頬がヒクヒクと動いて引き攣り、綺麗だった顔が崩れるように歪んだ。
「……わかった。わかったから」
ライリーは憐れむような、悲しむような表情をするとポンポンと肩を叩いて止めさせる。
アシェルは懸命に表情筋を動かして笑顔を作ろうとしていた。だが笑顔とは程遠く、その表情は異様に歪み、まだ無表情の方がマシだと思えるほど奇妙な顔になっていた。
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だが、時間が立つにつれ、相手はだんだんと居心地が悪くなってくる。
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目を閉じて、言葉の抑揚だけを聞けば喜怒哀楽はある程度理解出来るのだが、いかんせん視覚情報というのは重要なものだ。
全く感情を表さない表情に、会話の途中からだんだんと不安にさせられ、恐怖すら感じ始めてしまう。
決して会話がつまらないわけではない。話題も豊富だし、受け答えも紳士的だ。
だが次第に口数は減り、会話が止まり、見合いが終了する。
13名の中、それでもアシェルの顔に惚れ込んで何とか我慢して付き合おうとした者もいた。
だが、2度、3度と逢瀬を繰り返すたびに、アシェルの無表情がストレスになっていく。
そして結局『この話は無かったことに』と相手が根を上げてしまうのだ。
アシェルが無表情のまま父と兄に会釈すると、執務室を出て行く。
それを見送ったライリーは、はあと小さなため息をついた。
「ライリー、あの子も頑張ってるんだ」
「わかってます。だから何とかしたい」
ライリーの顔が辛そうに歪む。
可愛い弟が不憫でならず、今度は大きなため息をついた。
「何処かにあの鉄仮面を脱がせてくれる人がいれば…」
「そんな人がいれば、アシェルにとっても、我らにとっても聖女様だな」
2人はアシェルを思って悲しみを含んだ微笑みを浮かべた。
アシェルが鉄仮面を被ることになったのには理由がある。
今から22年前、領主の伴侶、2人の兄弟の母親は、アシェルが5歳の時に事故で亡くなった。
悲しみに打ちひしがれていた時、さらなる追い討ちをかけられる。
アシェルは、当時領主邸で働いていたメイドに連れ去られた。
葬儀や事故処理などで大騒ぎになっている最中の出来事だった。
身代金を要求されすぐに用意したのだが、受け渡しの時にアシェルと引き換えという約束は守られなかった。
それでもアシェルの命には代えられず金を渡し、居場所を聞き出そうとしたのだが、結局逃げられる。
だが、その数時間後に受け取りに来た男と連れ去ったメイド、そして別の場所から身代金の金が手付かずの状態で見つかった。
男とメイドは殺されており、アシェルの姿は何処にもなかった。
殺された男の身元調査の結果、誘拐犯は全部で3人であることが判明し、死んだ2人はもう1人の仲間を裏切って金を持ち逃げしようとしていたことがバレて殺されたとわかった。
手付かずの身代金は、3人目に渡さないように隠されていたのだ。
3人目の素性もわかり、すぐに捕縛されたのだが、その男もアシェルの詳細な居場所は知らなかった。
男の証言から、アシェルは元メイドに誘拐された直後、深い森の中連れて行かれ置き去りにされたとわかり、大捜索が行われる。
だが、数日経っても、数ヶ月経っても、アシェルを見つけることは出来なかった。
半年が過ぎ、1年が過ぎる頃、ようやく領主は諦めた。
そして5年の月日が経った。
5年後、突如領主の元にアシェル発見の一報がもたらされる。
アシェルは、捨てられた森からほど近い街で浮浪児として生きていた。
彼は森の中を彷徨い歩いた結果、運良く自力で森から脱出し小さな街に辿り着いていた。
だが、母親を失ったショックと連れ去られ捨てられた恐怖で、言葉を失い、記憶も混濁していた。
そのままその街の一角で他の子供達と一緒にその日その日を懸命に生きていた。
5年後、街の改革の一環として、ガリレア聖教会が新たに孤児院を新設することになり、街を徘徊していた浮浪児達を保護した。
その中にアシェルがいたのである。
事件当時のショックと5年という歳月で、彼のそれまでの記憶は薄くなり、自分の名前すら覚えていなかった。
だが、足裏に刻まれていたヒューバート家の紋章に気付いた司祭が、領主に慌てて報告してきたのだ。
一報を受けた領主とライリーは、一目散に駆けつけて再会を果たす。
父ディランは5年経って成長したが栄養不足で痩せ細った姿を目にし涙を流す。亡くなった伴侶の面影を残す顔立ちにすぐにアシェルだとわかった。
「アシェル…アシェル」
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こうしてアシェルは無事に戻った。
だが、そこから彼の言葉や記憶が戻るまでにさらに1年以上かかることになり、まともに話せるようになったのは12歳になった頃だった。
この経験が彼に鉄仮面を被せることになった。
感情はあるのだが、表情に出せない。表情を作れない。
伯爵家、領主一族の者として学び、鍛え、まともに成長したのだが、その鉄仮面だけは脱ぐことが出来ないままだった。
『鉄仮面の貴公子』という二つ名をつけたのは、アシェルの騎士時代の仲間達である。
アシェルは18歳で成人すると、自ら望んでメイフォール共和国の正騎士団『銀翼の鷹』に入団した。
伯爵家子息という立場から、同じ貴族位の子息子女が所属する第4部隊所属となったのだが、この第4部隊は騎士とは名ばかりの、お飾り部隊であった。
アシェルは己の剣術、体術、精神を鍛えるために入団したため、その所属に大きな不満とストレスを抱えることになる。
その表情はますます硬くなり、冷たい無表情にさらに眉間に皺を常に作るようになっていた。
だが、そんな考えを持つアシェルは当然第4部隊の中で浮く存在となり、所属して数ヶ月もしないうちに孤立してしまった。
一応騎士という立場上、毎日訓練もあり戦術理論などの座学を学ぶが、他の部隊や他騎士団とはメニューがかなり大雑把で緩く、アシェルは空いた時間を己の鍛錬に費やした。
そんなアシェルに目を止めたのが第1部隊の副隊長だった。
すぐにアシェルを第1部隊に転属させるが、第1部隊の騎士達は突然仲間になった貴族家の男に良い顔をしない。
だが、模擬戦と称した新人の手痛い洗礼をアシェルは見事に耐え抜いた。それどころか、先輩騎士達も手を抜いているとはいえ、何人かは一瞬ではあるが本気を出せねばならない所まで追い込まれ、アシェルの強さが本物であると全員が認めることになった。
こうして、アシェルは栄えある『銀翼の鷹』第1部隊所属の正騎士として、25歳まで勤め上げた。
その中で、部隊の仲間達は無表情のアシェルに対し、決して揶揄する意味ではなく、信頼と親しみを込めて『鉄仮面の貴公子』という二つ名をつけたのだった。
25歳の時、伯爵はアシェルを領地へ呼び戻し、兄ライリーと共に領地管理を担うように命じ、アシェルは領地に戻ってから自警団や伯爵家の私兵を統率する任に就き、さらに父や兄に従って領地経営の勉強を始めた。
27歳になり、その容姿や経歴から見合いの申し込みは多い。
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