大和の風を感じて3~泡沫の恋衣~【大和3部作シリーズ第3弾】

藍原 由麗

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雄朝津間大王おあさづまのおおきみは自身の玉座ぎょくざに腰をかけて、この度の事態に対しとても悩んでいた。

大王である彼は、髪を美豆良みずらで纏め、服も衣褲きぬはかまの姿である。また手首と膝下には紐を巻いて結び、金色の入ったとても色鮮やかな複数の髪飾りをつけている。

そんな彼は、いかにも大和の王と言った風格を全面に出していた。

また玉座の横には、そんな彼に相応しく、たいそう立派な鉄剣が常に置かれている。


そんな彼には、男女を含めて9人もの子供がいるのだが、その第1皇子である木梨軽皇子きなしのかるのおうじは今年早26歳になっている。彼はとても見る目麗しい皇子だ。

そして雄朝津間大王は、そんな彼を皇太子にしている。

だが皇子は、同母の妹である軽大娘皇女かるのおおいらつめと道ならぬ恋に落ちてしまっていた。
母親が違えば問題は無かったのだが、同じ母親から生まれた2人の恋はとても許されるものではない。

「はぁーどうしたものか」

今の木梨軽皇子は、この事がきっかけで家臣達からの評価がガタ落ちしている。

もちろん本人達と話しをし、一応説得も試みる。だが既に2人は思いを遂げているようで、そんな彼らを納得させるのはそう容易な事ではない。

「一体どこで道を外してしまったと言うんだ。昔は単なる仲の良い兄弟でしか無かったのに」

雄朝津間大王は、一番長子の皇子がまさかこんな大問題を引き起こすとは夢にも思わなかった。彼はとても兄弟思いの優しい青年である。

そんな大王のいる部屋に、1人の女性が入ってきた。彼女は彼の皇后である忍坂姫おしさかのひめだ。

彼女は頭上に髪を結い上げ、そこに煌びやかな櫛を刺していた。また服装も高価そうな衣と裳を合わせ、丸や円錐の玉を通した髪飾りをつけている。

さらに今問題になっている、木梨軽皇子と軽大娘皇女の産みの母親でもある。

「大王、どうされたのですか?」

彼女はそう言って、酷く頭を抱えている彼の側に歩み寄った。

「あぁ、木梨軽皇子と軽大娘皇女の事だ。本当に厄介な事になってしまったと思ってね」

雄朝津間大王はそう言って、自身の元に寄り添った彼女の前で思わずため息をつく。

(今回は、本当にとんでもない事になってしまった……)

そんな彼の横で話しを聞いていた忍坂姫も、その件の事だったかと理解する。

「まぁ、その事ですか。当の2人には可哀相ですけど、何とかケジメを付けないといけません。
特に木梨軽皇子は皇太子なので、これでは家臣達に示しがつきませんから」

まさか自分達の子供に限って、そのような事になるとは彼女も全く予想していなかったようだ。
出来る事なら2人の気持ちは尊重したい。だが大和の皇族である2人だ。本人達さえよければ良いと言う訳にも中々いかなかった。

「とりあえず、今2人は互いに会わせないようにしている。それと木梨軽皇子には、政り事等に関わる事も控えさせた」

彼らが聞いた使用人の話では、軽大娘皇女も木梨軽皇子との関係が知られて以降は、部屋にこもりがちになっているようだ。

「それにこのままだと、木梨軽皇子を皇太子から外す事も考えないといけなくなる」

雄朝津間大王はそう独り言のようにして言った。

(たくさん子供に恵まれれば、後継者問題に悩まなくて良いと思っていた。だが多ければ良いと言う訳でもなかったのかもしれない)

雄朝津間大王と忍坂姫は、互いの顔を見ながら、今後の2人の事がただただ心配でならなかった。



瑞歯別みずはわけの兄上が亡くなってもう21年になる。まさか、兄上まであんなに早く亡くなるとは夢にも思わなかった。
その昨年に彼の妃である佐由良さゆらが風邪を悪化させて亡くなり、その後を追うようにして本当にあっという間だった」

雄朝津間大王はその時の事を、昨日の事のように思い返していた。その時は丁度3人目の境黒彦皇子さかいのくろひこのおおじが2歳になった頃で、瑞歯別大王みずはわけのおおきみも、皇子が2人もいれば安心だなと言っていた。

そして瑞歯別大王が亡くなると、当時皇子だった彼に、次の大王になる話が持ちかけられた。

だが彼はその話しを3度にわたって断ってしまう。それは自分には荷が重すぎると思ったからだ。
それに彼には異母兄弟の弟である大草香皇子おおくさかのおうじもいた。

だが家臣や忍坂姫の必死の説得によって、彼は大王に即位する事を決めた。

「まさか、自分が大王になるとは思ってもみなかったよ。でも亡くなった兄達のためにも、自分が大和を引き継ぐしかないと思った。大草香皇子は自分よりも若かったからね」

彼の皇后の忍坂姫も横でそんな彼の話しを聞いていた。彼女もそんな彼に連れ添って27年になる。


「でも、あなたが。氏姓しせいの乱れを正すために行った盟神探湯くかたち。あれは本当に驚かされましたね」

彼が大王になった当時、姓を偽る者が後を絶たなかった。

この時代に用いられていたうじかばねは、群臣たちの身分を表し、その氏姓を偽る事で、氏姓間の上下関係さえ分からずに混乱が生じていた。
謝って自分の姓を失う者もいれば、故意に高い氏を詐称する者もいた。


そこで彼は、盟神探湯を行って氏姓を正しく定める事にした。

盟神探湯とは熱湯に手を入れる誓約の一種である。
偽る人は火傷を負うとされ、そうする事で偽る人に恐怖感を与えて、自白する効果があった。

こうして彼は、氏姓に偽りのないことを群臣に誓わせて、かつ誤った氏姓を正したのだ。

「あれは自身の氏姓を偽っていた者達を暴くのには、かなり都合が良かったからね」

雄朝津間大王は少し愉快そうにして言った。

それを当時見ていた忍坂姫は、この大王は何と言う荒業をするのだと本当に呆れていた。

「まぁ、氏姓を正せたから良かったものの。お願いですから、あんなやり方は二度とやらないで下さい」

大王になってもこんな変わったやり方をする彼は、本当に昔と変わらないと彼女は思った。

「まぁ、君と連れ添って27年にもなるけど、本当に色々あったね」

雄朝津間大王はしみじみとこの27年間の事を思い返した。

「でも、あなたも体調面にはくれぐれも気を付けて下さい。木梨軽皇子きなしのかるのおうじ達の件もまだ残っているのに、あなたまで倒れたらどうする事も出来ませんから」

雄朝津間大王も最近年齢のためか、少し体調を崩しやすくなっていた。

「あぁ、それは肝に免じるよ。あの二人の問題は本当にただ事ではないからね」

二人はそんな会話をしながら、自分達の子供の幸せを願うばかりだった。
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