大和の風を感じて3~泡沫の恋衣~【大和3部作シリーズ第3弾】

藍原 由麗

文字の大きさ
16 / 78

16《木梨軽皇子の決意》

しおりを挟む
  雄朝津間大王おあさづまのおおきみの突然の崩御により、大和内は慌てふためく。そして次の大王を誰にするかで家臣達は悩んでいた。

  本来なら皇太子の木梨軽皇子きなしのかるのおうじが即位する筈である。だが彼は同母の妹である軽大娘皇女かるのおおいらつめと恋に落ちてしまい、そんな彼から皆心が離れ出している。

  そして変わりに、第3皇子である穴穂皇子あなほのおうじに心を寄せるようになる。

  そのため、皇太子の木梨軽皇子ではなく、彼の弟の穴穂皇子を次の大王に立てるべきではと言う意見が徐々に増えていった。

  また雄朝津間大王が体調を崩していた当時も、彼は大王の代理として動く事が多かった。それもあって彼の評価は一気に上がっていく。

  無論、同じ皇子である大泊瀬皇子おおはつせのおうじもそれなりの評価は受けていた。
  だが彼はまだ若く、性格に傲慢さが少しかいまみられていた。

  なので穴穂皇子を次の大王に推すのが妥当だろうと、家臣達は思うようになっていった。


  一方その話しは、木梨軽皇子自身の耳にも入ってきていた。
  彼も実の妹と恋が周りに知られてしまった時点で、どんな待遇に合うかそれなりの覚悟はしていた。

  だが自分から家臣達の心が離れ、そして弟の穴穂皇子は、今の現状をどう思っているのだろうか。木梨軽皇子は日々そんな不安にかられていた。

「くそ、父上がこれ程早く亡くなるとは考えていなかった……そして恐らく、今は早急に次の大王を立てようと動いているはずだ。
だが今の現状で、自分を大王に推す者はまずいないだろう」

  木梨軽皇子は妹との恋が発覚して以降、政り事に関わる事を止められている。いわば謹慎中の身だ。

「このままでは、穴穂が家臣達に推されて、自分を廃太子にするために動くかもしれない」

  木梨軽皇子は、ここ最近ずっと謹慎中だったためか、そんな事を考えるようになっていた。この時代、兄弟間での皇位争いもそう珍しくはない。

「穴穂も、本心では大王につきたいと思ってるのではないか。ならば、こちらから動くしかない……」


  木梨軽皇子はそう思いたつと、彼の腹心である物部の小前宿禰おまえのすくねを頼って、彼の元に行く事にした。

  小前の住居は、皇子が馬を走らせて1時間程の所にある。

  小前も突然木梨軽皇子がやって来たので、最初は非常に驚いた様子だった。だが彼の今の心境を察し、ひとまず彼を自身の家に招き入れる事にした。

  そして木梨軽皇子は小前の元に身を寄せてから、急に兵と武器を集めだした。どうやら穴穂皇子と戦うつもりのようだ。

  それに、物部は元々鉄器と兵器の製造・管理を主に管掌を行なっている一族でもある。

(ここまで来てしまったからには、さすがにもう引き返しは出来ない……)

  木梨軽皇子が小前宿禰の元に身を寄せ、兵と武器を集めている話しは、直ぐさま穴穂皇子の元にも届く事となった。




「何だって!木梨軽きなしのかるの兄上が兵と武器を集めてるだと!!」

  穴穂皇子は衝撃の余り、手に持っていた酒を、入れ物ごと床にめがけて叩きつけた。

  そして彼はその場で激しい怒りを顕にした。

  兄の木梨軽皇子の行動は、皇太子としては許されるはずもなく、あるまじき行為である。

  そんな兄の木梨軽皇子に対して、彼は不適にうすら笑いを見せた。

「兄上がその気なら、こちらも容赦はしない。直ぐに武器と兵を集めて、小前宿禰の元に向かってやる……」

  さらにこの話だと、物部もののべの小前も今回の挙兵に加担している事になる。
  それに木梨軽皇子が物部にいるとなると、武器も集めやすいだろう。

(くそ、小前め、お前も裏切るつもりか……)

  穴穂皇子は直ぐさま、家臣達を自身の元に呼び寄せて、今回の経緯を説明した。

  それを聞いた彼らも、木梨軽皇子の挙兵の話しは既に聞いていたようで、直ぐに納得した。

「いいか、木梨軽の兄上は絶対に逃さずに捕まえろ!  ただし無抵抗な人間はむやみに殺す必要はない」

  それから穴穂皇子は、急いで武器と兵を集める事にした。


  その際に、木梨軽皇子が作った矢は内部を銅にして作り、その矢を『軽矢かるや』と呼んだ。

  また穴穂皇子の方でも矢の武器を作った。こちらは後の世と同じように、鉄の矢じりのついた矢で、矢の名を『穴穂矢あのほや』と呼んだ。

  こうして穴穂皇子は、武器が集まると軍勢を起こし、小前宿禰の元へと向かった。




  穴穂皇子は小前の屋敷の前に来ると、彼の家を包囲した。そして彼が小前宿禰の家の門前に立つと、急に激しい氷雨が降ってきた。

  すると小前は慌てて門に出てきて、穴穂皇子を出迎える。

  すると穴穂皇子は、彼に対して歌を詠んだ。

「大前(おおまえ )小前宿禰(おまえすくね)が  金門陰(かなとかげ) かく立ち寄りね  雨立ち止めむ」

(大前  小前宿禰の家の  金門の陰に  このように立ち寄りなさい  雨が止むまで待つとしよう)


  すると小前宿禰は、彼に返歌をして申し上げた。

「宮人の  足結の小鈴  落ちにきと  宮人とよむ  里人もゆめ」

(宮廷にお仕えする人の   足結についた小鈴が落ちて   人々がさわぎ立っている  里の人達もさわぎ立てないこと)


  大前はさらに続けて穴穂皇子に言った。

「穴穂皇子、どうか同母兄に対して兵をお差し向けになるのはお止め下さい。
  もし兵をお遣わしになれば、かならず世間から笑われてしまいます。私が木梨軽皇子を捕えて、皇子にお引き渡しましょう」

(小前が、木梨軽の兄上を引き渡してくれるなら構わないだろう……俺も無理して戦いたい訳ではない)

  それを聞いた穴穂皇子は、部下に指示を出して、兵の囲みを解く事にした。

「分かった、小前。お前の言う通りにする」

  そして彼の兵は、後方に退いた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

処理中です...