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  忍坂姫おしさかのひめは、その頃自分の宮を出て少し行った所にある、草原に来ていた。

  季節も3月に入り、春先の陽気な気候に恵まれて、少しづつ春の訪れを予感させるそんな日だった。

  彼女は今年で15歳になっていた。

  髪の一部を耳上で輪っか状に纏めていて、愛くるしい目と無邪気な笑顔が印象的である。

  とびきり美人と言う訳ではないが、とてもはつらつとした性格で、どちらかと言うと可愛らしい少女といった感じだ。


「もう少しすれば、この当たりも綺麗な春の花が沢山咲くわね」

  忍坂姫はそんな陽気な空の下、地面の草木が生い茂る所に腰かけて、周りの景色をただただ眺めていた。

  すると遠くの方から、誰かが走って来るのが見えた。


「姫様~!!!」

  忍坂姫が誰だろうと思って良く見てみると、それは彼女の元に仕えている衣奈津いなつだった。

  彼女は忍坂姫がまだ小さい頃からこの宮に仕えている女性だ。

「あら衣奈津どうかしたの?」

  衣奈津は忍坂姫の元まで来ると暫く呼吸を整え、それから彼女に話した。

百師木姫ももしきのひめ様から、至急宮に戻って来て欲しいとの事です。何でもお話しがあるとの事で」

「え、お母様が?一体何の話しかしら……」

  忍坂姫としてはまだ暫くこの場に居たかったが、衣奈津がわざわざここまで走って来たのだ。これは急いで戻った方が良さそうだ。

「分かったわ衣奈津。良く分からないけど、お母様がお話しがあるのね」

  忍坂姫はやれやれといった感じで立ち上がり、そして衣奈津と一緒に宮に戻っていった。

(お母様、一体どうしたのかしら。今日の朝は全然普通だったのに)




  忍坂姫は宮に戻ると、そのまま母親の百師木姫の元へ向かった。

「お母様、只今戻りました。お話しって何でしょう?」

  忍坂姫はそう言って百師木姫のいる部屋の中に入っていった。

  部屋の中では百師木姫がゆったりとくつろいでいた。

「あぁ、忍坂姫戻って来たのね。私の横に来て座りない」

  百師木姫にそう言われたので、彼女はそのまま母親の横にひょこっと座った。

(さてと、一体お母様は私に何の話しをするつもりだろう)

「忍坂姫、実は今日お父様とも話してたんだけど。そろそろあなたの嫁ぎ先を決めたいと思ってるの」

「え、私の嫁ぎ先ですか?」

  彼女も既に婚姻する対象の年齢になっている。
それに心配性の父親の事だ、きっと色々候補を考えていたのだろう。

「えぇ、それでね。その相手に、今の大王の弟ぎみの雄朝津間皇子おあさづまのおうじがどうかなと言っていたのよ」

(雄朝津間皇子...あぁ、小さい頃1度会って遊んだ事がある男の子だ)

  忍坂姫はふと昔の事を思い出した。顔は余り覚えて無いが、確か自分より数歳年上で、割りと優しい感じの男の子だった記憶がある。

「へぇー雄朝津間皇子ね。何となくしか覚えてない……」

(まぁ、身分的には釣り合いは取れてるし、お父様が考えてもおかしくはない相手ね)

「それで、お父様がこれから瑞歯別大王みずはわけのおおきみにお伺いしようかと言ってるの。ただ嫁ぐのはあなたなので、あなたの意見を聞いておこうと思ったのよ」

(うーん、もうずっと会ってない子の元に突然嫁げと言われてもね…でもそれ以前に、まだ大王や雄朝津間皇子にもこの件話してないのよね)

  忍坂姫はその場で「うーん、うーん」と唸っていた。

「忍坂姫、私はとても良い縁談だと思うわ。皇子はあなたと歳も近いし」

  百師木姫はそう彼女に告げた。ただ、だからといって強制的に話しを勧めるのは乗り気がしてなかった。

「お母様、私も一応は皇女です。だから嫁ぎ先もある程度は親が決めるのは仕方ない事と思ってます。ただやっぱり出来れば嫁ぐ前に相手の事を色々と知って、その上で決めたいわ」

  それを聞いた百師木姫は思いのほか驚いた。

「あらやだ。あなたの事だから、もっと大反対するかと思ってたのに……」

「お母様、私だって皇族としての自覚ぐらいあります」

(もう、本当に私を何だと思ってるのよ)

  忍坂姫は母の意外な反応に、ちょっとムスっとした。
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