大和の風を感じて2〜花の舞姫〜【大和3部作シリーズ第2弾】

藍原 由麗

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27P《忍坂姫の舞》

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「では、稚田彦わかたひこも来た事だ。気持ちを切り替えよう。忍坂姫おしさかのひめも大丈夫そうか」

  瑞歯別大王みずはわけのおおきみが忍坂姫に声をかけた。

「はい、大王私は大丈夫です」

  そう言って再び、桜見物は再開された。


「忍坂姫、この果物美味しいよ。食べてみて」

  市辺皇子いちのへのおうじはそう彼女に言った。

  忍坂姫も先程まで泣いていたが、だいぶ落ち着いたようで、桜を堪能していた。

「しかし、まさかこんな所で稚田彦の兄の話しを聞く事になるとは、思ってもみなかったよ」

  忍坂姫の隣で雄朝津間皇子おあさづまのおうじがボソッと言った。彼からしても先程の話しはかなり衝撃的だったようだ。

  それを聞いた忍坂姫は、ちょっと意地悪くして彼に言った。

「まぁ、雄朝津間皇子からしてみれば、一生縁のない話しでしょうね」

  そう言って、忍坂姫はクスクス笑いだした。
  皇子自身が命を掛けてでも想いを遂げようなんて、そんなの奇跡ですら起こらないだろう。

「そ、そんなの、この先絶対無いとは言いきれないだろう」

  雄朝津間皇子は、ちょっとムスッとして言った。
  彼も先程の話しを聞いて何か考えさせられたのだろうか。


「なぁ、忍坂姫。さっき話していた稚田彦の兄がもし生きていたら、君はどうしていた」

  それを聞いた忍坂姫はふと思った。

  さっきこの話しを聞いている時、彼は酷く無言だったが、もしかしたらそんな事を頭の中で考えていたのかもしれない。

「そうですね。それは実際にそうなってみないと分からないです。実際に彼に会った時は恋愛感情なんてありませんでしたし。それと、あとはお父様達がどう言うかですね」

  皇女の自分が、身分の低い男の元に嫁ぎたいなんて言ったら、あの父親はなんて言うのだろうか。ただ根は優しい父親である。娘から熱心にお願いされれば、もしかしたら許してくれるかもしれない。

「なる程。確かにそうかもしれないな」

  そう言って雄朝津間皇子はお酒をクイッと飲んだ。今日の彼はちょっとお酒を飲むペースが早いように思える。

「あ、それと。今日は大王の妃は来られてないんですね?」

  忍坂姫は内心、大王の妃にも今日会えるかもと期待していた。
  あの大王が一途に想っている相手だ、一体どんな女性なのかと興味があった。

「あぁ、何でも、娘の阿佐津姫あさつひめの具合が悪いんだそうだ」

  大王の話では、元々は娘の阿佐津姫も引き連れて今日は3人で来る予定だったそうだ。だが前日に阿佐津姫が具合を悪くして、結局妃は宮に残る事にしたそうだ。

「まぁ、それは大丈夫なんでしょうか」

  忍坂姫は心配して言った。

  子供の体調不良は、油断すると危なくなる事もある。

「大王もそこまで心配するような事じゃないと言ってたし、まぁ大丈夫だろう」

(そんなものなのかしら?)


  そんな話しをしていると、雄朝津間皇子がふとある事に気が付いた。

「昨日俺があげた腕飾り、今日付けてくれてるんだね」

  雄朝津間皇子は思わず彼女の手を握って、少し持ち上げた。
  すると昨日あげた腕飾りに太陽の光が入り、綺麗な色で輝いていた。

「はい、折角皇子に頂いたので、早速付けてみました」

  忍坂姫は皇子ににっこり笑って言った。彼女自身、この腕飾りはかなり気に入っていた。しかも雄朝津間皇子からの贈り物だ。嬉しくない訳がない。

「そうか、それは良かった」

  雄朝津間皇子も嬉しそうにしながらそう言って、彼女の手をそっと地面におろした。


  そんな彼らの光景を、瑞歯別大王がふと見ていた。

(ふーん、何だかんだで少しは進展してるみたいだな)


  瑞歯別大王としては、出来ればこの2人には上手くいってもらいたいと思っている。
  今回の桜見物も、2人のその後を見てみようと思って計画した事でもあった。




  その後も桜見物が続いている時だった。瑞歯別大王がある事を閃いた。

「忍坂姫。君の父上から聞いたんだが、君は何でも舞が得意だそうだな。なので、今この場で少し見せて貰えないだろうか」

(え、この場で舞を?)

  忍坂姫は急な瑞歯別大王からの要望に驚いた。確かに舞はできるが、今日はそんな事は考えもしていなかった。

(確かに、桜の咲いてるこの時期に舞を舞ってみたいとは思っていたけれど……)

「え、忍坂姫。君舞なんて出来るのか?」

  雄朝津間皇子もこの話しは初耳だったようで、少し意外に思えた。
  彼の中では、未だに忍坂姫はお転婆娘の扱いであった。そんな彼女が舞を舞うなんて思っても見なかった。

(雄朝津間皇子、その顔は私が舞なんて全く出来ないと思っていた顔ね)

「へぇ~忍坂姫、舞が出来るんだ。僕も忍坂姫の舞を見てみたい」

  市辺皇子は相変わらず可愛らしい表情でそう言った。

  忍坂姫はどうしようかと一瞬考えた。今日の桜見物は瑞歯別大王が企画された事で、舞はそんな大王の要望だ。
  ここは感謝の気持ちも込めて舞をさせて頂こう。彼女はそう思う事にした。

「分かりました、瑞歯別大王。ではお言葉に甘えて、ここで舞をやらせて頂きます。少し準備しますので、少々お待ち頂けますでしょうか」

「あぁ、分かった。急なお願いで済まないな」

  瑞歯別大王はそう彼女に答えた。





  こうして暫くして忍坂姫は舞の準備が整った。
舞自体は音が無くても舞えるが、今日は人が見ている為、楽器の代わりに自身の歌声で音を出す事にした。

  忍坂姫は皆の前に出ていった。

(大丈夫よ。この桜が咲く中で、春の訪れを想って舞わらせて頂こう)

  そして深呼吸をして、自身の気持ちを落ち着かせた。

  そして忍坂姫を漂う空気が変わった丁度その時だった。
  彼女は「すぅー」と自身の声を発した。
その声は本当に透き通っていて、とても繊細な音を奏だした。

  そして彼女の足が動き出した。繊細な歌声と共に、自身の軽やかな動きに合わせて舞が始まった。



春の訪れを、今心から恋願う。


いにしえの時を巡りて、再び舞い戻る。


春の女神よ、人々に喜びを分け与えて。


永遠の花の種が、命を繋ぎ、そして実りを宿す。


神を恋し、人々の安らぎを、それが春の風となって。



  忍坂姫は舞を踊りながら、心の中で春の神への想いを歌った。

  そんな彼女の舞は見る人皆を魅了した。



「ほぉーこれは中々だな……」

  瑞歯別大王は彼女の舞を見てそう思った。

  そして、彼は彼女の舞を見ながら横にいる雄朝津間皇子に言った。

「舞とは、舞う者の内面性がそのまま表れると聞く。これだけ繊細な舞が踊れると言う事は、それだけ彼女の心が繊細で、とても澄みきっているのだろう。
  そして彼女は、春の訪れを想いながら舞っている」


  だがそんな大王の話しなど、皇子には全く入ってきていなかった。
  彼は、彼女から目を離す事が出来なくなっていた。

「なんて美しいんだ、本当に春を彩る花の女神が降り立ったようだ」

  雄朝津間皇子は、完全に忍坂姫の舞に心を奪われてしまっていた。
  舞を舞う彼女は、他のどの女性よりも美しいと感じた。


「これは、コノハナサクヤヒメ……」




  こうして、暫くして忍坂姫の舞は終わりを告げた。
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