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  稚田彦わかたひこは少し涙をにじませていた。きっと兄の事を色々思い出しながら、話しているのだろう。

「聞けばその姫は皇女との事で、兄ではあまりにも身分が合わなかった。
兄はどうやら、その小さな姫に恋い焦がれてしまったようです。
  兄からしたら一回りも年の離れた姫でしたが、それでもその幼い姫を愛しく思ったみたいです」

(え、挂波弥かはやが私の事を?)

  忍坂姫おしさかのひめはそれを聞いて、思わず動揺した。

「それで兄はいつかその姫を妻にもらう事を夢見て、頑張る事を決めました。
  身分の差はあっても、それなりの実力や実績を認めてもらえたら、姫を貰い受ける事が出来るかもしれないと考えたみたいです。
  兄はそれから日々がむしゃらに働くようになりました。
  ですが、それが原因で体に無理がたたり、結局そのまま命を落とす事になりました」

  忍坂姫はその話しを聞いて、思わず涙が出てきた。
  そこまで一途に自分を想い、そんな自分を妻にしたいと思ってくれた人がいたとは。

「稚田彦、本当にごめんなさい。私のせいであなたのお兄様が……」

  そんな忍坂姫を見て、稚田彦は彼女に言った。

「忍坂姫、あなたが悪い訳ではありません。兄はちょっと不器用な人だったんです。でも最後まで兄はずっとあなたの事を想っていました。どうかその事だけでも覚えておいて貰えませんでしょうか」

  稚田彦にそう言われて、忍坂姫はコクコクと頷いた。

(そんな一途な人がいたなんて、本当に知らなかった)

  そんな忍坂姫の横で、雄朝津間皇子おあさづまのおうじは無言でその話しを聞いていた。
  何か酷く考え込んでいるようだった。

「忍坂姫、大丈夫?」

  市辺皇子いちのへのおうじは急に忍坂姫が泣き出したので、彼なりに彼女を慰めようとしているようだった。

「しかし、稚田彦の兄にそんな事があったとわな。その事がこう言う形でも忍坂姫に伝わって、これはこれで良かったのかもしれないな」

  瑞歯別大王みずはわけのおおきみはふとそう思った。
  彼も、まさかこんな話しを聞く事になるとは思ってもみなかった。

「本当にそうだと思います。きっとあの世にいる兄も本望でしょう」

  稚田彦も大王に同調した。
  今日はこの話しをする為に、自分はここに来たのかもしれないと彼は思った。
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