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66P エピローグ《花の舞姫》

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それから数ヶ月が過ぎた。その後は忍坂姫おしさかのひめは自分の宮に戻ったままで、そこに雄朝津間皇子おあさづまのおうじが通うと言う形をとっていた。

雄朝津間皇子はここ最近、用事でずっと遠出していた為、彼女の宮には3週間ぶりに来ていた。

「雄朝津間皇子、本当に申し訳ありません。姫は今、外の草原の所にまた行ってまして……」

そう彼に説明したのは、彼女の母親の百師木姫ももしきのひめだった。

「はぁー、そうなんですね。別に良いですよ。俺の方からちょっと行ってきます」

(折角3週間ぶりに会いに来たと言うのに、何で宮で待ってて来れないんだ!)

雄朝津間皇子は若干の苛立ちを覚えながらも、あの彼女がする事だからと半ば諦めの状態だった。

「では、俺はちょっと行ってきます」と言って、百師木姫に軽くお辞儀をしてから彼は向かう事にした。

それから彼が歩いていると、彼の目の前に1人の少女が現れた。

「あぁ、衣通姫そとおりひめ、久しぶり。この宮に来ても君には何故か余り会わないね」

この娘は忍坂姫の妹の衣通姫で、今年で12歳になっていた。姉の忍坂姫と違って控えめでとても可愛らしい姫だった。

「まぁ、これは雄朝津間皇子。ご無沙汰しております。これから姉に会いに行かれるんですか?」

彼女は皇子にとても愛想良くして話しかけた。

「あぁ、何でもまた外に行っているみたいだ。君のお姉さんも君ぐらい従順でおしとやかだと良いんだけどね」

雄朝津間皇子は彼女にそう言うと、思わずその場でため息をついた。
多分こんな気苦労はこれから一生付いてまわるのであろう。

「皇子、それはまたご苦労様です」

そう言って彼女は少し笑った。

姉の忍坂姫と違い、妹の衣通姫はとても綺麗でおしとやかな姫と言う事で評判も良い。
なので父親の稚野毛皇子わかぬけのおうじも、彼女の嫁ぎ先はそこまで心配はしていなかった。

「まぁ、もう諦めてるけどね。じゃあ俺はこのまま行ってくるよ」

そう言って皇子はその場を離れて行った。

そんな雄朝津間皇子の後ろ姿を、衣通姫はずっと見ていた。

「でもあんな素敵な皇子に選んで貰えて、お姉さまが本当に羨ましいわ」

彼女はふとそんな事を思いながら、彼を見ていた。




忍坂姫は宮の近くの草原にまたやって来ていた。春も過ぎて、これから暑い夏がやってこようとしている。

「はぁ、今日ものどかだわ。こんな日はまたここで日向ぼっこでもしたくなる」

忍坂姫はふとそんな事を思ってみた。

雄朝津間皇子との婚姻が決まって以降、彼は割と律儀に自分の元に通って来てくれていた。
彼的にはやっと思いが通じたので、少しでも沢山彼女に会いたいと思っているのであろう。

「忍坂姫、何で君はいつもこうなんだよ」

彼女がその声を聞いてその先を見ると、雄朝津間皇子が自分の元にやって来ていた。

「あらやだ。雄朝津間皇子、もう来られていたんですね」

雄朝津間皇子は彼女のそばまで来ると、横に座って腰かけた。

「てっきり、宮で俺の事を待っていてくれると思ってたのに」

彼は少しムッとしていた。
今日は3週間ぶりに来れたので、もう少し彼女に歓迎して貰えると思っていたみたいだ。

「皇子、本当にごめんなさい。その、次回からは気をつけます……」

雄朝津間皇子からすると、彼女のその発言はかなり疑わしいと思えた。

「まぁ、別にもう良いよ。それに君のその発言も、余り説得力が無いしね」

雄朝津間皇子には、彼女の行動はどうも全てお見通しのようだ。

(でも、言ったからには一応努力はしてみよう)

忍坂姫はそう思う事にした。

すると雄朝津間皇子は、彼女の腰に手を回して彼女との距離を近付けた。
彼にとってのこの3週間は本当に長かった。

「とにかく、やっと君に会えたよ……」

雄朝津間皇子はそう言って、彼女の頬に軽く口付けて、それから優しく彼女を抱きしめた。

忍坂姫も彼に抱きしめられて、そのまま彼の胸に思わず持たれた。
今の自分は本当に幸せだなと思う。

「それでだ。君と婚姻して、俺の宮に住む日程がだいたい決まったよ」

忍坂姫はそれを聞いて、思わず皇子の顔を見た。すると彼はとても優しそうな表情で彼女を見ていた。

「まぁ、そうなんですね。それは本当に良かったです。でも私的には、皇子がこうやって自分に会いに来てくれるのも嬉しかったんですが」

「まぁ、別にそれでも問題はなかったんだけどね。でも妃はどうせ君一人だけだし、それなら初めから一緒に住んでも良いかと思ったんだ」

皇子の彼と一緒に住むと言うことは、彼女は正妃の扱いだ。彼からしてみれば、それは当然と言う所であろう。
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