The Lone Wanderer

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1章:見知らぬ地

街の喧騒

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「あー、えーっと 録音テープNo1。私はサラ・バギンズ少尉。
アメリカ合衆国通称SAC所属、SOGチーム、ミスフィット2だ。私はアフガニスタンで任務中、謎の現象によって違う次元に来たと思われる。帰れるか分からないが活動記録のため、今後音声データと写真データもこの端末に残していく。
私はこの異次元に来た時、森の中で目覚めた。ヘルメットは破損し、無線も通じない。そして、森でとある"モノ"に襲われた。緑の小人だ。私はこれをゴブリンと呼称する事にした。私はゴブリンを撃退し、この地の人間を探す為、川沿いを半日近く歩いた。距離は…分からない。そして村を見つけたが、村は人攫いによって荒らされており、村人は若い女を除いて全て殺されていた。
村の中には隊の仲間の遺体は見られず、私は、隊の仲間がその人攫いに連れて行かれた可能性があると思い、連中を追跡の後、全滅させた。
残された人質は回収。中に隊の仲間の姿は無かった。私は隊の仲間を探す為、街へ向かっている。……どうなるか分からないが、そうするしかない。以上、サラ・バギンズ。」
私は録音を終えると端末をポケットに入れた。


私は村人達と共に街へ向かい、街が見える丘で馬車を降りた。
ルーシーは私と離れるのを嫌がるように私の服を掴んだが、私はそれを諭し、ルーシーのことを頼むと村人に伝えた。
そして、私の存在の事は言わないように念を押した。近くの騎士達が助けてくれたとか、そう言う風に言っておくように頼んだ。

その後、道から少し離れたところで、録音を行い。腰のポーチに入っているスコープを手に取った。本来、RO2096のロングレンジカスタムに使うものだが、そのままでも単眼鏡代わりになる。 
私はここでしばらく様子を見ようかと思う。

気がつけば、三回朝を迎えていた。
この周辺を偵察したり、街を観察したりしたことでそれなりに分かったことがある。

まず、この街は城壁に囲まれ警備は厳重。
忍び込める隙間もなさそうだった。
城壁の外には農家がポツポツあり、そこで暮している人間も数軒いるようだ。
それに…日中煙を上げている建物もあり、あれは鍛冶屋ようだ。
私が知る限り3軒ほど、鍛冶屋がある。
常に城壁の門には見張りが2人立っていた。
彼らは昼夕に交代を行い、通る行商人の荷物などをチェックしている。
だが、荷車の中身までしっかりと見ている様子は無く、大抵は馬車の荷物を眺めるだけのようだった。
そして城壁の上には複数の兵士が行ったり来たりしている…数えただけで常に20人ほど。
人口は…この規模の昔の街の人数など、想像は出来ないが、500人弱は居ると考えても良さそうだ。
街に入る人々の服を見ると、チュニックや簡易的なパンツ。女性はスカートやワンピースなどの中世的な服装だった。
時折、城から鎧を着けた騎士が出てくる時もある。

「流石に、このプレートとコンバットウェアじゃあ目立つよなぁ… だからと言ってこの装備を外すのも心許ないし…」
ぶつぶつそう言いながら、どうしようかと考えた。
更に観察を続けているとフード付きのマントを羽織った人間が何人か入っていくのが見えた。
これなら装備も外さず、中に入れるかも知れない。
私は、近くの家を眺めてマントが干していないか探すことにした。
それを拝借すれば中に入れるかも知れない。
だが、城壁の外にあるどの家にもマントは干してなさそうだった。
「はぁ…そうは都合よく行かないか。夜を待って闇に乗じて忍び込む?でもこの世界の夜はオーロラでそれなりに明るいしなぁ…」
座り込み、いろいろ考えるが良い案が思いつかない。
すると、近くの道からカダガタと音が聞こえてきた。
道のそばの木陰に隠れて様子を伺うと、馬車が一台通りかかろうとしていた。
馬車には運転手が1人、そして荷車にはいくつかの樽などか積まれその上を布が被されていた。
私はこれしか無いと思い、馬車が通り過ぎると、後をつけて荷車にゆっくりの乗り込んだ。積荷の奥へ奥へと行き、腰ほどまでにある木の箱の影に隠れた。

ガタゴトと音を立てながら馬車は街の方へと向かっているようだ。
だんだんと民家を通り過ぎ、石の橋の上を渡っているようだった。
「よし、そこで止まれ。あんたは… あぁレオナルドか。一応荷物を確かめさせてもらうぞ」
「えぇ、どうぞ。今回は色んな穀物やら酒やらを運んできたんだ。品がいいやつだよ、あんた達も後で見てってくれ」
「はは、是非そうさせてもらうよ」
そう声が聞こえ、足音が馬車の後ろへと近づいてきた。
足音は馬車の後ろで止まり、何やら中を覗いているようだった。
「よし、行け!また後でな」
「ご贔屓に!」
そう聞こえると馬車が走り出した。

なんとか上手く行ったようだ。
荷物の影から顔を少し出し、布の隙間から外を覗いた。
街人が大勢歩き回り、何やら物売りの声や様々な雑多の音が聞こえた。
なにやら賑わっているようだ。
しばらく、日の当たる通りを進むと、今度は2階建の立ち並ぶ通りに入ったようだ。
ここは先程の通りよりも人が少なく、路地裏などから所々に見えた。

私は荷馬車の後ろの方へと近づき、タイミングを待った。
程よく人が少なく路地裏の側を通りかかった瞬間、荷馬車から飛び降り、そのまま転がるように路地裏に入った。
路地裏の少し奥へと進み、コンバットウェアの迷彩をオリーブドラブ色に固定した。
そして、すぐ側に干してあった白色の布を肩に回し、顔とコンバットプレートを少しでも隠せるように巻いた。
RO2096を肩に回したまま、通りに出た。
人々は一瞬こちらを見たが、すぐに視線を逸らし、各々方面へと歩いていった。

「さて、どこで情報を集めようか… 酒場が定石だろうけど、生憎お金も持ってないし、話してくれるだろうか…」
とりあえず、先程の日の当たる大きな通りに歩いて行く。
大通りは様々な姿をした人々が闊歩しており、ガヤガヤと賑わいを見せていた。
「…!あれは…ドワーフにホビット族?それにあの耳はエルフ?実物を見れるなんてすっごい感激…」
時折、耳が長い高身長な人間や140cmほどの身長の男性、やたらと髭を生やしている小さめの男など、まさにファンタジーな世界に実在する人間らも混じっていた。
私は、しばらく通りを目立たないように人混みの中を歩き、観察を行った。

分かった事は、この通りには様々な店が立ち揃い、この街はここを中心として商いを行っているのだろう。
彼らは銅のコインを支払いに使っていた。
食料品店や鎧屋がメイン通りに並んでいる。
そしてすぐ側には宿屋があり、昼間からでも賑わいを見せていた。
だが、通りから外れたところにも宿屋がポツポツと点在し、怪しげな雰囲気な宿屋から高級そうな宿屋があった。
大体この通りの雰囲気が分かってきたが、無一文の今どうやって情報を集めればいいのかを考える。
「はぁ、まずどこかで稼ぐしかないか…」
「なあ、そこの…」
小さな路地裏から声が聞こえてきた。
そちらの方を向くと、背の低い老人がこちらに手招きをしていた。
「そう、そこの。あんただよ、ちょっと話を聞かないかい」
私は、路地裏の方に足を進めた。
「あんた…この街の人間じゃ無いね。見たこともない格好だ。ちょっと頼みたいことがあってね… もちろんお礼はする」
「そう、なぜそんな話を私に頼むの?」
「私は長い間生きてきたから、訳ありの人間は見たら分かるんだ。稼ぎが欲しいんだろう?それなら、この袋を街の東にある屋敷に届けて欲しいんだ。屋敷は一軒しかないから見たら分かるはずだよ」
「なるほどね、この袋を届ければあなたからお礼が貰えると」
「いやいや、私じゃないそこの屋敷の入り口に立っている人間に貰えばいい」
明らかにヤバそうな仕事だ。
関わるのはろくな事が無さそうだが…この3日間で食料は尽きたし、いくらなんでも無一文なのは心苦しい。
背に腹は変えられないし、やってみるとするか。
「分かった。届けるわ」
「そりゃよかった。じゃあ頼むよ」

私はその老人から荷物を受け取り、通りに戻った。
そのまま、東の方に向かうとだんだんと大きな建物が無くなり、路肩には薄布を着た、小さな子供や大人がポツポツと立っていた。
どうやら東の地区は貧困街らしい。
こんなところにある屋敷なんて、絶対にロクな組織じゃないはずだ。おそらく、この品物も危ない物だろう。
私は、袋を開けて中を覗いた。
中には、変哲もないパンと野菜、そして干し肉がいくつか入っているだけだった。
「……?」
私は不思議に思いながらも、足を進めた。
すると、屋敷が見えてきた。
建物の入り口には大男が立っており、建物の外には暖簾が掛かっていた。
暖簾は、兜の下に斧と剣がクロスしているデザインだった。
袋を持ったまま、大男に近づき声を掛けた。
「ねぇ、これを届けるようにって言われたんだけど…」
男は私に気づくと、私をジロジロと見た。
「…?あぁ、あんたがそうか。ほら礼だ、受け取りな」
私は男から小袋を受け取った。

私は屋敷から離れて、近くから様子を伺った。
男は袋の中身を確認すると、屋敷に入って行った。
しばらくすると、鎧を着けた傷だらけの女が2人と男が2人ほど出てきた。
手には何やら鍋を持っており、鐘を鳴らした。
すると、その屋敷にだんだんと人が集まってきた。
大人も子供も、薄汚れた格好をしており、皆手には器を持っていた。
そして、鍋を持った奴らから何やらスープを貰っていた。
「何…?これは施しをしているの?運んだのはその為の食料?ならなんであんな怪しげな路地裏から話しかけたんだろ…?」
中を見た限りただの食料だったし、慈善活動ならわざわざあんな怪しげな事をする必要はないと思うが、何にせよ疑問は残るばかりだ。
すると、その屋敷から何やら視線を感じた。3階の窓から男が覗いていた、明らかに私のことを見ている様子だ。
しばらくすると男は中に姿を消した。
「やっかいな事にならなければいいけど…」
私は元の大通りに戻ることにした。

何にせよ、金が手に入ってよかった。
中を見ると40枚の銅貨が入っており、この世界のレートはよく知らないが、何かは買えるだろう。
私は、取り敢えず今夜の宿を借りる事にした。街を眺めている限り、安宿は銅貨8枚で泊まれるようだった。
流石に、ここ3日水浴びもせず居るのは辛く、まともに寝ていない。
だんだんと日も落ちてきたので、私は安宿に向かった。
「今日宿を借りたいんだけど…」
「あぁ、良いよ。8枚ね。水浴びもするなら追加で1枚だ」
「それじゃあ9枚…と。私の部屋は?」
「右の階段を上がって奥の部屋だよ。水浴びならそこの通路の奥だ」
私は主人に銅貨9枚渡し、通路の奥に行った。

部屋の横には使用中と書かれたプレートがあり、使用する時は扉の真ん中にそれを吊すようだ。
使用中プレートを扉に掛け、中に入った。
部屋の中には、脱衣所と、簡易な桶があり中に水が溜まっていた。
私は装備品を外し、服を脱いだ。
こんな鍵もかかっていない所で裸になるのは気が引けるが仕方がない。

近くにあった小さな桶に水を溜め、体にかけた。
そして、側にある石鹸らしきモノを手に取った。
匂いを嗅ぐと、オリーブオイルに近い香りがした。
それを使って、全身身体を洗う。

服の素材は速乾性のもので出来ており、1時間ほど干せば乾く品物なのでついでに、服も下着も洗濯した。
小さな桶で泡を流し、桶の中に浸かった。
冷たいが、気持ちよかった。

しばらく浸かった後、まだ濡れている下着と服を着て、部屋を出た。
そして、二階に上がり借りた部屋に入ると、服を脱いで、そこに干す事にした。
下着は…流石に脱ぐのはやめておいた。

ベッドに寝転がり、しばらく休む事にした。


気がつくと何やら下が賑やかになっていた。
私は少し眠っていたらしい、我ながら無用心だった。
服も下着も既に乾いており、1時間以上経っているようだった。
装備品を確認するが、何も取られては無さそうだ。
少し暑かったので、コンバットウェアの袖の部分を外し、ショートスリーブにした。
装備品を身につけ、下に降りた。
宿屋は酒場に様変わりしており、内外のテーブルに沢山の人が集まっていた。
まぁ、安宿だからか、柄は良さそうじゃない。
私は酒場の中のカウンターに座り、壁に掛けられているメニューを見た。
「あー、これと、これ。あとこのエールも頼むよ」
「あいよ」
銅貨を4枚支払うと、主人はそれを受け取り厨房へ向かった。

しばらく待つと、魚のソテーと焼き野菜が出てきた。そして、カウンターの下から瓶を取り出し、料理の横に置いた。
久しぶりの温かい飯だ…自然と口によだれが溜まる。
近くにあるフォークとナイフを取り、魚を切り分けて口に運んだ。
「はぁ、久しぶりのちゃんとした食事…」
ちょっとした感動を感じながら、黙々と食べ進めた。

食事を取り終え、瓶に口を付けてエールに味わった。
すると、何やら楽器を持った連中が外で演奏をしていた。
奏でるアップテンポなメロディーに合わせ、周りの人々は楽しそうにステップを踏み、踊っていた。
ガヤガヤと賑わいが絶好調になり始めた時、3人組の酒に酔った男たちがこちらに近寄ってきたのが見えた。
横目でそれを見ながら、エールを飲んだ。
「あぁ、クソ。飲み過ぎた…」
「おれ、まだのめる。まだまだのむ。」
「そうだ、また女に逃げられたんだろ?もっと飲まねえとな… なんだ、坊主。こっちを横目で見て…」
明らかに私に話しかけているが、こう言うのは無視するのが一番だ。
騒ぎにならぬよう、目を逸らし瓶に口付けた。
「あぁ?こいつ男みたいな格好してるけどよく見たら女か。ならお前もこっちに来いよ」
「そうだ、こいつは女に逃げられたんだ。ちょっと"慰め"てやってくれよ」

男達は下卑た笑顔を浮かべている。
逃げられたんだろうが知った事じゃない。
「いや、私はやめておく。そっちはそっちで楽しんでくれ。私には関わらないで」
「ちょっとくらい楽しませてくれよ。お前が異教徒なのは司教に黙っておいてやるからさ」
「…ちょっと待って。私が異教徒だと?なんでそうなるの?」
「お前さん女の癖に男の格好をしているだろ。女は女の格好が当たり前だ…ほら、分かったなら俺たちにサービスしてくれよ」
そう言うと、男の1人が私の肩に手を回してぐいっと引っ張った。
「やめて。異教徒だろうがそんなの私に関係ない。そろそろいい加減に…」
言い終わる前に、肩を掴んでた男とは違う奴が、私の髪を掴んできた。
「テメエ!グダグダ言ってねえで楽しませろ!」
「あーぁ、始まったよ。こいついつもこんな感じだから女に逃げられんだ」
男は私の髪を掴んだまま、カウンターに押し付けてきた。
「ウグ…ちょっと… 本当に…」
「そうだ…お前ここでちょっと脱げ。ほら、その男みたいな服を脱いで、女らしさを見せてみろ」
「そんな事…するわけないでしょ」
すると、男は私の顎を掴んで顔を近づけた。
「なんだと…言っても分かんねえか?早く脱ぎやがれってんだ!」
男はそう言い終わると手を振りかざした。

次の瞬間、私の頬に鋭い痛みが走った。
男は、手を振りかざして私に平手打ちをしたのだ。

もう…我慢の限界だ。
「いい加減にしろ!この野郎!」
私は男の胸ぐらを掴み、頭突きをかますと
男は頭突きの衝撃で後ろによろめいた。
すると、男は右腕を私の顔を目掛けて振りかぶってきた。
私はそれを避け、男の頭を片手で掴み、膝を蹴った。男が体勢を崩したところを思いっきりカウンターに叩きつけた。
そして、そのままカウンターに擦り付けたままスライドさせて左へ放り投げた。
「このクソアマ!」
私の肩に手を回してきた男はそう言うと、こちらに掴みかかろうとしたが、その前に鳩尾にパンチを入れた。
前屈みになったところを頭を掴み、膝蹴りを入れた。
男は後ろに大きく吹き飛んだ。
すると、周りは私たちの騒ぎに気づいたらしく、気がつけば周りを囲み出した。
主人は、慣れた様子でカウンターの物を片付け始めていた。
「どうした?喧嘩か?」
「おお、いいぞ!やっちまえ!」
「おい、この女とピート達。どっちに賭ける!?」
なにやら、音楽も更にアップテンポなり、この騒ぎを周りは楽しそうにしていた。

すると、もう1人の男が後ろから羽交い締めをしてきた。
「この…木偶の坊め!離しなさいよ…!」
「おれ…はなさない…」
振り解こうとしたが、中々力が強く手間が掛かっていると、私が放り投げた男が立ち上がり、腹にパンチを入れてきた。
「ウグッ……ゲホゲホ、この…!」
「なんだよ、その目は…もう1発だ!」
さらに何発か腹にパンチをくらい、力が抜けてきた。
「ピートの勝ちみたいだぜ!ほら脱がせ!」
周りがそう言うと、ピートと呼ばれている男が私の身体をペタペタと触ってきた。
「ほら…最初から素直に慣れば良いんだよ。
どうやって脱がすんだ…この服」
頭が近づいた瞬間、鼻先に頭突きをかました。
そして、両足を上げて男を蹴飛ばした。
そのまま上に蹴上ると、羽交い締めは解けた。男の両肩に手を置き、上にあがる勢いで逆立ち状態になった。
「あえ…?」
男は変な声を上げながら、呆然としている。
そして、落ちる勢いのまま膝を男の後頭部に蹴り入れた。
強烈な膝蹴りを後頭部に受けた男は前のめりに倒れて動かなくなった。

私は立ち上がろうとしているピートに近づき、顔を思いっきり蹴り飛ばした。
顔を蹴られたピートは顔を抑えながら、四つん這いになり、何やらブツブツと言っているが私は更に顔を踏みつけた。
私はピートの胸ぐらを掴んで立たせると、思いっきり顔にパンチをくらわせた。
そして、胸ぐらを掴んだまま外に投げ出した。
「この間抜けめ!これでちょっとは懲りただろ!」
恐らくピートは気絶したのだろう。
泥だらけのまま動かない。
そう言って、カウンターに戻ろうとすると私の足が掴まれた。
下を見ると、膝蹴りを入れた男が私の足を掴んでいた。
「この…許さねえ…」
私はエールの瓶を手にとり、中身を飲み干した。
瓶の細い所を手にとり、下の男に向かって振りかぶった。
瓶は男の頭に当たり、大きな音を立ててバラバラに砕け散った。
「いい加減にしろって言ったでしょ」
気絶した男の手を蹴って掴んだ手を離した。

 「おお、この女の勝ちだ!」
「よっしゃあ、儲けたぜ!」
「あんた強いな!」
周りはガヤガヤと盛り上がりを見せていた。
私は宿屋の主人の方を見る。
「ごめんなさい、つい暴れちゃって」
「良いんだ、慣れてるよ。ほら、お前たち、片付けろ」
主人は、使用人にそう言うと、慣れた手つきで辺りを掃除し出した。

私は借りた部屋に戻ることにした。
装備品を外し、ベッドに横になると先程殴られた箇所が痛む。
「痛たた、ちくしょう…もう1発入れとけば良かったかな…」
痛むとは言え、殴り飛ばしたので少しはスッキリした。

にしても、気になることを言っていた。
この街では女が男っぽい格好をすると、異教徒と呼ばれるのか…
宗教が関わると絶対厄介な事になるだろう。
明日から何か対策を考えないと…
そう考えながら目を閉じた。



目が覚めると、朝日が目に滲みた。
伸びをして身体のコリをほぐしてからベッドを立ち上がる。
装備品を全て身につけ、布をマントの様に羽織った。
荷物を持ち帰ながら階段を降りる。
下では、朝から忙しそうに使用人たちは動き回っていた。
主人はこちらに気づくと悪戯な笑みを浮かべた。
「やぁ、おはよう。暴れ姫」
「お、おはよう。…暴れ姫って…」
なんだか、そのあだ名に納得はいかないが迷惑を掛けたから何を言われても仕方がない。
「朝飯食べてくかい?2枚で用意するよ」
「そうね…お願いするわ」
「じゃあそこに座って待っててな」

しばらく座って待っていると、一つのプレートにパンと焼き卵とハムとサラダが載っていた。
フォークで御菜をつつきながら、パンを手にとり、一口サイズに千切って口へ放り込む。
「なぁ…あんた、事情は聞かねえがその格好は気をつけた方がいいぞ。あんたの服装は見慣れないが…昨日ピートたちが言ってた様に、男みたいな格好を を司教とかに見られると異教徒扱いされる。特に女は魔女裁判に掛けられて、酷い目に逢う。若いし、あんた美人だからどんな目に合うか…」
「そんなに…分かった。気をつける事にするわ」
「ちょっと待ってな…」
そう言うと、主人は奥へと姿を消した。
しばらくすると、大きな布切れを持ってきた。
「どんな事象でその格好をしてるが知らねえが、これを羽織っておきな。今つけてるそんな布切れじゃあ、隠し切れてねえ」
私はその布を受け取り、広げると大きめのフードが付いたマントだった。
これなら身体を隠すことができる。
「ありがとう…助かるわ」
「気にすんなって、勿論嬢ちゃんの事も告発したりしねえさ。その代わり…またの利用を頼むぜ」
「ええ勿論……ごちそうさま。こんな美味しい料理がある宿ならまたお願いするわ。 ちょっと一つ聞きたい事があるんだけど…」
「ん?なんだい?」
「最近、街で変わった事はない?私みたいな格好をした人間が来ただとか、変な格好をした奴を見た、だとか」
「うーん、最近ねえ… 変な格好をした奴が街にいるとか聞いたことが無いね… 変わった格好をした奴を見たのはあんただけだったし。
最近で言うと、近くの豊穣の森の村が虐殺されて逃げ延びた女たちが街に逃げ込んだって話だけだからなぁ…」
「そう…ありがと。その逃げ込んだ女性たちはどうしてるの?」
「あぁ、聞いた話によると領主が用意した家にみんなで住んでいるらしいぜ。今仕事を探しているらしいが、難しい所だ。彼女らがどんな目に遭ったのか知らないが、男に恐怖心を持ってるらしくてね。若い女ばかりだが、"そっち"の仕事にもつけなさそうだしなぁ…」
「そう…ありがとう。また泊まりに来るわ」
「ん?おお、また頼むぜ」
私は食事を済ませ、主人に挨拶をすると貰ったマントを羽織り、店を後にした。
さてと…どうするべきか。
ここでは何も情報は無かったし、まだ他を探してみるとするか。
今度は…そうだな。
街の外れの方を探してみるか、治安は悪そうだけど何か情報屋がいるかも知れない。

私は大通りから外れた、薄暗い通りに向かう事にした。
















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